侯爵家の婚約者

やまだごんた

文字の大きさ
85 / 89

84.ジルダの献身

しおりを挟む
「からっぽにする必要はないんだよ」
 マールは敬語を使う事を諦めたようだった。
 ジルダも特に注意もしなかった。
 マールと話していると、ロメオやティン=クェンと話しているのとは違う安心感を得る事ができた。
 兄とは年に数回しか顔を合わせる事がないが、仲のいい兄弟がいればこんな感じなのだろうかと、ジルダはこっそりと思っていた。
「余りをできるだけ最小にすればいいんだ。そしたら残りを魔法陣で吸収させることができる」
 マールの提案にジルダは、目から鱗が零れ落ちる気がした。
「一番消費量が少ないのは剣や盾だけど、数をそろえるのが大変よ」
 カインの魔力量を考えると、少なくとも小さい魔石が20個は必要になる。大きい魔石だともっと少なくていいのだが、使い切るのに時間がかかる為、回転率を考えて小さい魔石にする事にした。
「ったく、お嬢さんは本当に頭が固いな。あんたんとこの家は農場を持ってるだろ」
 マールは農具に魔石を埋め込めば、一度にたくさんの農夫に使わせて魔石を回収することができると提案した。
 奇しくも、カインがイレリアを屋敷に連れ帰った頃だった。

 シトロン伯爵家の農場には農夫は大勢いたが、春から秋にかけて貧民街から人を雇い入れる事が多かった。
 賃金が安いからだ。
 ジルダはイレリアがいなくなった貧民街に、カインが申し訳程度の支援だけ送って放置している事を知っていた。
 それを償う意味も込めて、正体を明かさずに貧民街に支援事業を行う事にした。
 資金はジルダの個人資産を使う事にした。正体を明かさないのは、イレリアの功績にする為だった。
 カインと婚約した直後、ジルダには首都の一画の所有権が王室から祝いの名目で与えられていた。
 それは、貧民街を含む商業施設が立ち並ぶ区画だったため、貧民街もジルダのものだった。
 これはジルダの身の安全を考慮して、カインと結婚するまではシトロン伯爵家にも明かされず、表向きの管理は王室が行っているとされていた。
 ジルダは貧民街に必要な支援内容を、アレッツォやティン=クェンに調査するよう頼んだ。
 必要な調査が出揃うと、エスクード侯爵の伝手を使って製糸技術を希望者に教え込んだ。
 建物の補修を行い、冬の間の住処と収入源を与え、春になると計画通り魔石の入った農具を無料で貸し出した。
「魔石の効力が切れたら捨てずにお返しください。魔石を交換いたしますので」
 ジルダの使いは、ジルダの指示通り丁寧に貧民街の住民達に接していた。
 また、農具以外にも魔石の込められた弓や短剣を配布し、首都近郊で魔獣を狩らせた。
 そして、魔石を適正価格で買い取ってやると、貧民街の住民だけでなく、平民までもが小遣い稼ぎに魔獣狩りに出かけるようになった。
 こうして、集めた魔石の余り魔力を最小限にすることは成功したのだが、肝心の仕組みが難航したままだった。

 魔石を空にする事、空にした魔石を安全にカインに渡す事。
 これが最大の難関だった。
 何しろ空の魔石は、命に関わる危険な代物だ。
 ましてや、ジルダを敵視するカインが素直にジルダからの提案を受け入れるかも疑問だった。
 そんな時、カインが突然変わった。
 イレリアを避けるどころか、ジルダが用意した魔力を安定させる首飾りを受け取ったのだ。
 ジルダはカインが遂におかしくなったのかと我が目を疑った。
 そして、今回の事件が起きた。
 パウロの作った魔法陣は、ジルダ達に大きな手掛かりを与えた。
 そして、完成したのがこの袋だった。
「この袋の内部に描かれた魔法陣が、魔石の魔力を吸収します。残り魔力が僅かな魔石程度で作動する魔法です」
 ジルダは静かに説明した。
「魔力によって色が変わる布です。この袋が緑に変わったら魔石の魔力は空になったと言う事です。そこに魔力を通すことで魔力を吸収する魔法陣が発動します」
「魔力を吸収する魔法陣?」
 カインが不思議そうに尋ねると、ジルダは小さく頷いた。
「あの薬師の魔法陣――」
 ジルダの言葉に、カインはあの時の苦痛を思い出して、思わず袋を取り落としてしまった。
「まぁ、カイン様でも怖いものがおありなのですね」
 ジルダはくすくす笑うと、床に落ちた袋を持ち上げた。
「あの魔法陣が最後のきっかけでしたわ」
 ジルダは大事なものを持つように、両手で袋を包み込んだ。

 ラエル卿が回収してくれた魔法陣は、王宮の魔導士とアバルト侯爵夫人に加えて、マールが解析した。
 パウロとて、魔法陣そのものを解析出てきているわけではなく、ただ天才的な直感と魔力操作で仕掛けていただけにすぎなかった。
 だが、アバルト侯爵夫人とマールが寝る間も惜しんで解析を続けた結果、カインの魔力に反応する仕掛けを見つけ出した。
 そして、マールによる試行錯誤の末に、ただカインの魔力だけを魔石に送り込む魔法陣が完成したのだ。
「マールって……あの……」
 一度だけジルダが連れてきた錬金術師だと、すぐに気がついた。
「はい。もっとも、あの男は自分の研究欲を満たしたいだけですが」
 ジルダが微笑むと、カインの中で何かが疼いた。
 ほぼ無意識に、カインは両手でジルダの頬をつまむと、左右に引いてみた。
 ――笑顔ではない。
 カインががっかりして手を離すと、ジルダは両頬をさすりながら、カインを睨んだ。
 痛かったようだが、取り乱さないあたりはさすがと言えばいいのか。
 カインは、ジルダの膝の上から草竜の袋を持ち上げると、その袋をじっと見つめたあと、ジルダの手を握った。
「君は――これをどういう気持ちで作ったんだ」
「カイン様がいつでも婚約を解消できますようにと」
 カインの質問にジルダは、いともあっさりと言ってのけた。
「簡単に言ってくれる――君は僕との婚約を解消したいのか」
 カインはジルダの手を握ったまま尋ねた。
「君は――そ……その錬金術師が好きなのか?ナジームはダメでも、あの錬金術師ならいいと言うのか?」
 ジルダの回答を待たず、カインはジルダに詰め寄った。
 ――この人は自分が何を言ってるのかわかってるのかしら。
 ジルダは握られた手をどう振りほどこうか悩んだが、思いの外しっかりと握られていて、振りほどけそうにない。
 ジルダは小さい溜息をつくと、カインの目を見て言った。
「私は婚約を解消したいとは思っていませんし、マールの事は兄のようなものだと思っていますわ。私はカイン様と婚約しておりますし」
 言い終わる前にカインはジルダを抱き締めた。ジルダの優しく温かい魔力がカインに触れた。
「あの時――」
 カインの声は震えていた。
「君が転んで腕を折ったあの時、本当は僕が君を助け起こしたかった。『大丈夫?』って言ってあげたかったんだ」
「知ってましたよ?――子供の頃のカイン様は、心を閉じるのがあまり上手じゃありませんでしたから」
 ジルダが平坦な声で答えると、カインは顔を赤くした。
「じ……じゃあ僕の気持ちは全部……」
「大まかには」
 ジルダの声が少しだけ震えているような気がする。
「すまなかった。もう二度と君を疎かにはしないと誓う」
「苦しいです――カイン様」
 ジルダは、抱きしめられたおかげで自由になった手を、カインの背にそっと手を回した。
しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...