サクランボ味のアイスクリーム

紆余イダ

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前編

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 京阪本線天満橋。
 もうすでに人はいっぱいいて、チビな僕は来てしまったことを後悔した。
 ラジオで『造幣局の通抜け』が始まるって言っていたから、その日がたまたま僕の誕生日だったから、高校初めての始業式が終わってから、制服のまま来
たのに。
 平日だから人なんかいなくて、快適に桜を満喫出来ると思ったのに。

 電車を乗った途端ぎゅうぎゅうになって、息が苦しくなった。
 電車をおりるのも一苦労で、帰るためには下りの電車に乗らないといけないのに、ここで立ち止まったら怒られそうだ。
 人の波に揉まれた状態で、チビで華奢でガキンチョな僕が流れに逆らって反対側に向かうのは無理。
 呼吸も苦しくて、新しい鞄は誰かと誰かの間に挟まれ僕より先に歩いている。
 取りあえず改札を出ないことには、僕の身体は自分で操ることができそうにない。
 階段を踏み外さないように気を付けながら、僕はなんとか改札に踊らされ出た。

 改札を出ると、途端に呼吸が楽になり歩きやすくなる。
 このくらいなら問題なく歩けそうだから、行ってみようかなって思う。
 道順は幼い頃の記憶しかないけど、皆向かってるから、道を間違えられそうにもない。
 ほっとしながら、良い天気に心踊りつつ、軽快に脚を進める。
 周りを見渡せば、今日がお休みなのか親子連れが目立つし、コイビト同士もたくさんいた。
 学生で来ているのなんて、僕一人くらい。
 道路では交通規制をしているらしく、警察官が沢山いる。

 と、思って、僕は大変なことに気付いた。
 僕ってば制服!
 どうしよう。
 呼び止められたらどうしよう、家に帰るっていうのか、塾に行く途中って言うのか、いっぱい言い訳を考えながら、チビな僕はそばを歩いていた背の高い人の影に隠れた。
 警察官のそばを通る時、どきどきしたけど、仕事に忙しいのか僕のことには全然気付かなかった。

 ほっとして橋を渡り切れば、あちこちからやってくる人で、通抜けへの入り口はごったがえしていた。
 ここは一方通行になってしまっていて、駅へ帰ることはもうできそうにない。
 人の波の合間から見える桜は綺麗に色付いていて、心さらわれる。
 ふわりと香る屋台のたこやきのにおい。
 途端に腹が不服を申し立てた。

「せやった。昼飯まだなんや……」

 すきっ腹で電車に乗ると、乗り物酔いをしてしまうから、このままでは帰られない。
 土地カンもないから、コンビニが何処にあるのかも分からない。
 目の前には、桜の造幣局の通抜け。
 通り抜けたら団子がいっぱい。

 ちらりと辺りを見渡せば、通り抜けに入る前の出店が数件並んでいた。
 ここで食べてからでもいいんじゃないか?
 たこやきとか、焼そばなんかは食べにくいからフランクフルトにしよう。
 あれなら歩きながらでも食べられる。

 無理無理な状態ながらも、人の間をかき分けて、屋台へと近付く。
 威勢の良い兄ちゃんが、ケチャップとカラシを付けてくれて、あまりに美味しそうなソーセージ。
 がぷっと勢い良くかぶりついて、人の波に戻ろうと振り返れば、まさしく勢い良く誰かの背中にぶつかった。
 ケチャップの赤と、カラシの黄色が、頭の悪そうな柄のシャツにべっとりとついてしまった。

「うっわぁ、ご、ごめんなさい!!」

 ぐるりと振り返ったのは、薄い色のサングラスをかけた、怖そうな顔のお兄さん。
 その横には、明るい茶色の髪にふわふわのパーマがかかった気の強そうな顔つきのお姉さん。

「かずくん、背中にケチャップつけられてんで! きったなぁ~」
「おい、ボウズ、どないしてくれんねや? あ?」

 低い声ですごまれ、僕はフランクフルトを持ったまま、がたがたと震えていた。
 どう言い訳しようにも、僕が悪い。
 言い掛かりでもなんでもなく、彼らの顔は怖いけど、これは正統ないちゃもんである。
 でも、クリーニング代を払うと言っても、今の僕にはそんなお金もなく、きっと彼らはとんでもない金額を請求してくるに違いない。

 周囲に人は沢山いるのに、誰も助けてくれようとはしてくれず、警察官だってそばにいるのに、仲裁に入ってはくれそうにない。

「ごめんなさい、だけやとちゃうんやろ? すぐにオカンに電話せぇや。金もってこいゆうてな?」
「か、かか……」

 怖くて声もちゃんとでないし、歯もがちがちしてるから、上手く喋れない。

「ちゃんと喋れや」
「か、母さんは……いないんです。と、と、父さんも仕事で今は連絡取れなくて……」
「オカンおらんて、ほな、ワレどっから生まれてん? フカシとんちゃうで」

 別の意味で涙が出そうだった。
 僕の母親は、僕が幼い頃に蒸発した。
 それからずっと父親と二人暮し。
 父さんは仕事が忙しく、あまり家には帰らないから、まるで他人のようなのに。

 こういう場合、誰に相談するんだろう。
 誰に電話をすればいいんだろう。 
 こういう時に、僕には誰も助けてくれる人がいないんだと、初めて知った。
 チンピラに絡まれているという恐ろしい現状よりも、助けてくれる人がいないという事実に、僕は蒼白になり、涙を零していた。

「泣いたら許してくれるとでも思とんか?」

 男の煙草臭い息が顔にかかる。
 この状況を、僕は自分で打破しなければならない。
 声を上げて警察官を呼ぶなり、お金で話をつけるなり、きっちりと片をつけなければならない。
 怖がってばかりではなく、冷静になる。
 少し大きな声で、警察官を呼べばいい。

「ボウズ、どうでもええから、金払えや。コレ高かったんやで? ちょぉ、鞄見せや、学生証あるんやろ? 学校行ったるワ」

 男の手が僕の鞄を掴む。
 これを取られてしまっては、終わりの気がして僕は必死になって鞄の取っ手を握りしめる。

「いややっ! 離してやっ! おまわりさん呼ぶで」
「呼んだらええ。俺悪ないやろ? 犯罪者はジブンや」
「こんなんで犯罪者ならへんワ」
「腹立つジャリやな」

 言うが早いか、男は僕の胸の辺りを思いっきり突き飛ばし、鞄をむしり取ろうとする。
 押された反動で僕の体は後ろへとバランスを崩し、倒れまいと鞄の取っ手を握りしめる。
 しかし、男の力の方が強く、僕の手は取っ手の部分をつるりと滑り、離してしまった。

「あっ!」

 鞄が奪われる映像が、まるでスローモーションのようだった。
 自分の力不足が悔しい。

「返せや------っ!?」

 僕の背中は地面にぶつかることなく、誰かの腕に支えられていた。
 そして鞄も、その誰かの手が取りかえしてくれている。

 なにが起きたのかさっぱり分からなかったけど、スーパーマンってきっとこんな人だと僕は思った。
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