サクランボ味のアイスクリーム

紆余イダ

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後編

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「なんや、ワレ! 邪魔すんなや!」

 男は恋人の前で恰好つけたいためか、僕を助けてくれた男の人に殴り掛かろうと、入れ墨の入った右腕持ち上げ、脚を一歩踏み出した。
 しかし、僕を助けてくれた男の人は、名刺サイズくらいの白い紙を一枚、男の顔の前に突き付けた。
 一瞬にして男の顔が凍り付く。 

「ここのクリーニング屋、知り合いや。そこでならタダで洗ろてくれる。どこまで綺麗にしてくれるかは、俺も知らんけど、ひょっとしたら、人生もまっさらにしてもらえるかもしれんで?」

 男の体がおびえるように、後ろへと下がった。

「ちょぉ、かずくん、なにしてんの。こんな子供らごときに------」
「アホっ! 行くで」 
「なんやの。あの名刺貰った方がええんとちゃうの!?」
「あかんっ、相手がヤバい」

 ワケが分からないといった顔で女の人は、男に引っ張られて行ってしまった。
 わけが分からないのは僕も同じ。
 僕を助けてくれた人は、男に見せていた名刺らしきものを学生服の胸ポケットに入れた。
 胸ポケットをじっと見つめる僕に気付いた男は、少し眉を寄せて呟いた。

「気にしな」 

 気にするなって言われても……あれ?
 良く見れば制服は、僕と同じ学校の制服だった。
 ネクタイのカラーも僕と同じ青色で、一年生。
 それなのに、この風格の違いはなんだろう。

 僕は抱えられたままでは変だからと、体勢を立て直し、彼の腕の中から抜け出すと、ペコリと頭を下げる。

「どこの誰かは存じませんが、助けて頂きありがとうございます。この恩はどうやって返せば良いのか分からないくらいに感謝……」
「桜木隼輔(さくらぎ しゅんすけ)」
「桜木隼輔さん。僕は風間咲人(かざま さくと)です」

 僕は顔を上げて、桜木隼輔と名乗った男の顔をじろじろと見る。
 その名前に聞き覚えがあったからだし、顔にも見覚えもあったからだ。
 この顔を見た時に、陽に焼けた顔は彫が深く、鼻が高くてうらやましいななんて思った記憶がある。ついでに背も高いから、ええなぁええなぁ、なんて、プリントを回収しにきたヤツに思ったような。

「あ……おんなしクラス?」

 桜木隼輔は無口な性格らしく、僕の質問には頷くだけだった。
 だからと言って、じゃあここでさようなら、というワケでもない。僕と桜木隼輔は向かい合ったまま。しかし、僕は桜を見たいし、桜木隼輔のことも気になるから、彼の顔を見上げて提案する。

「桜、見に来たん? 僕もなんやけど一緒に見に行かへん?」

 こくっと頷いたが、桜木隼輔はその場で立ち止まったまま、進行方向に立ちふさがっている。

「えっと、桜木?」

 首を傾げて行こうと促せば、彼は無言のまま僕の顔に手を伸ばした。
 殴られると思い目を閉じれば、桜木の指らしきものが僕の口元をぬぐっている。
 そっと目を開ければ、桜木と目があう。

「ケチャップ、よぅけついてるで」

 彼は真面目な顔をして、指についたケチャップをぺろりとなめた。
 桜木の行動が親しい人のように思えて、なんだかこそばゆい。 

「なんや、桜木てお母さんみたいやなぁ」

 桜木の目が少し大きく開いた。僕の台詞に驚いていたようだ。
 確かに、男の桜木に『お母さん』はだめだかったか。

「僕、お母さん知らんから、こんなんかなぁ思て。変やった、ごめん」

 桜木は何も言わないし、僕が喋らなければ沈黙が来てしまう。沈黙を誤魔化すように、ばたばたと鞄の中を探る。中には、駅で貰ったポケットティッシュがあったはずだ。 
 見つかったポケットティッシュで、口の周りを拭う。 

「貸してみ、取れてへんわ」

 唐突に顎を捕まれた。桜木が僕の顔についたケチャップを、ティッシュで丁寧に拭ってくれる。
 右の頬の辺りも拭かれて、そんな所にもついていたのかと驚いた。
 そういえばさっきぶつかった時、ソーセージが頬の方へとずれたような気がする。
 状況が状況だったから、全然気にしていなかったけど、そんな顔で僕はおろおろしていたのか。
 みっともないなぁ。

「ん、綺麗になったで」
「ありがとう。桜木は優しいなぁ」
「……そうでもないわ」
「え?」
「いや。……ほな、行こか?」
「うん」

 これは、友達ができたと思っていいんだろう。
 今まで友達がいなかったわけではないが、やはり新しく友達ができるというのは、嬉しいことだ。
 桜木と沢山喋りたいし、桜木のことを知りたい。それには食べかけのフランクフルトが邪魔だから、さっさと片付けてしまおう。
 がぶっと食べようとした瞬間、フランクフルトを持っていた右手を思いっきり捕まれた。

「なにすんのん」

 邪魔されてぷぅと頬を膨らませると、桜木は少し眉を寄せた。

「そんなきちゃないの食べんと、ほってしまい」
「きちゃないて、ぶつかっただけやん」

 まだ一口しか食べてないのに、汚いから捨てろだなんて勿体無い。
 食べるから離して、と桜木に言っても彼は無言で首を横に振る。その上、目が怒っているから、少し怖い。

「このままほったら、勿体無いオバケ出るで?」
「出たら俺がやっつけたるから心配しな」
「それは有り難いけど、僕、お腹空いてんのに……」

 手に持つフランクフルトを見つめる。ケチャップもマスタードもほとんど無くなってしまったけれど、やっとありついた昼飯だ。
 お小遣いもそんなに持って来ていないのに、それを取り上げられてしまったら、ちょっと辛い。
 ちらりと桜木を見上げれば、彼は肩から溜息をつき、僕のフランクフルトを取り上げる。

「あっ」
「それでも食べたらあかん。お腹壊すやろ? 腹減ってるんやったら、俺が代わりのん買(こ)うたるから、神様にごめんなさいしてほってしまい」 

 なんだか桜木がお母さんに思えてくる。
 これ以上なんだかんだと言っても、食べさせてもらえない気がするから、僕は諦めることにした。桜木が代わりの食べ物を買ってくれるなら、それでいいや。

「……わかった。そうする。ほんまに買(こ)うてくれるん?」

 同意した僕の横で、桜木はフランクフルトをさっさとゴミ箱に捨ててしまう。
 ゴミ箱に向かい、手を合わせて神様に謝っている桜木がなんだかかわいらしかった。

「そこのアイス買(こ)うたるわ」
「アイス?」

 桜木が指差した方には、アイスやジュースを売っている出店があった。今日は暑いくらいにお日様が照っているから、アイスでも丁度いいかも知れない。桜木には、僕の同意は必要無いらしく、さっさとアイスを買って来てしまった。
 渡されたのは、コンビニなんかで見かけるソフトクリーム。
 かぱりと蓋を取れば、クリームは美味しそうな薄いピンク色をしていた。

「サクランボの味?」

 ぺろりとなめれば、ほのかにサクランボの味がした。

「美味しいわ。桜木と桜を見ながら、サクランボ味のアイスクリーム。なんか面白いなぁ……今日な、実は僕誕生日やねん。桜木には関係ないと思うけど、ありがとう」
「知ってた」
「え?」

 顔あげれば、桜木は僕とは反対の方向に顔を背けてしまった。

「知ってたって?」
「……風間が誕生日なん、知ってた」
「なんで? どうやって?」

 魔法でも使わない限り、僕の誕生日なんて分かるはずがない。
 今日が誕生日であることは、クラスの誰にも言っていないのだから。

「……今日、定期の発行にいる証明書を作るからって、生徒手帳集めたやろ? そん時、偶然見えたんや」

 電車通学の僕は定期がいるから、生徒手帳を提出したんだった。
 列の一番後ろの席の桜木が、それぞれの生徒手帳を回収しに来て、僕は桜木に見蕩れていた。その時桜木は、広げてあった生徒手帳の中を見て、僕の誕生日に気付いたのか。

「気になったし、帰る方向一緒やったから、ずるずるとついて来てもたんやけどな……」

 そうして桜木は、後頭部をぽりぽりと手で掻いている。
 桜木がついて来てくれたお陰で、僕は助かったわけだ。
 偶然と偶然が重なって、桜木と友達になれた。
 こんな偶然がなければ、僕は桜木を羨望の目で見ながらも、一見怖そうな雰囲気のために話し掛けることは出来なかったと思う。
 不思議なくらいに胸が暖かくなり、人の優しさを久しぶりに感じた気がして、涙が零れそうになった。 

「ちょぉせこいけどな、そのアイス、誕生日プレゼント。風間に似合いそうやなぁ思て、それにしてん」
「……んもう、サクランボ味のアイスが似合うて、なんやねんな」

 桜木が真面目腐って言うから、泣きそうだった僕はつい笑ってしまった。

「ありがとうな、桜木。凄い嬉しい」

 にへらっと笑えば、桜木も口元を緩めてくれた。

 誕生日当日に、優しい行為を受けたのは何年ぶりだろう。
 もしかしたら、神様が気紛れでくれただけなのかもしれない。 
 それでも僕は、見かけは怖いけれど中身はすごく優しい桜木とは、ずっと一緒にいたいと心から願った。


 そして願うだけではなく、願いを叶えるよう努力しようと、心に誓った。
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