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「あら、魔女の子どもが見つかったの? 魔人なんて獣人よりも数が少ないのに、よく見つけたわねぇ。すごいじゃないの」

 国立調査団のロゼッタは、ルーチェの言葉に大変感心したようだ。アディを抱いた助手の青年は、まだ驚いたまま目を丸くしている。

「それで、緋色の魔獣が現れやすい時期や場所を知っておきたいと思いまして」
「魔女の子を緋色の魔獣に会わせたいのかしら?」
「できれば、そうしたいと思っています」
「そうねぇ。緋色の魔獣も黒髪の魔女も気まぐれだから、この日に絶対『魔境』から出てくる、という日はないのだけれど」

 言いながら、ロゼッタは日付が書かれた地図を広げる。前回広げた地図は『魔境』周辺のものだったが、今回は国内の全体地図。さらに、日付の数とインクの色が違う。あれからロゼッタが魔女と魔獣の目撃例をそれぞれ国内地図に書き加えたのだという。
「黒と赤のインクにすればわかりやすいと言ってしまったばっかりに……」と助手の青年は嘆く。どうやら、ロゼッタは地図づくりにかなり没頭してしまったらしい。

「コレモンテ伯爵領とラルゴーゾラ侯爵領に関して言えば、黒髪の魔女は秋になるとよく目撃されているみたいね。このあたりなんか真っ黒だわ」
「この場所、この日付……あっ、葡萄酒の解禁日!」
「あら。魔女は葡萄酒が好きなのかしら? 魔の者は人間の食べ物をあまり食べないのだけれど、黒髪の魔女は例外なのかもしれないわねぇ」

 のんびりとした口調でロゼッタは考察する。
 魔の者は『魔境』に豊富にある「魔素」というものを摂取して生きながらえる。魔素が宿る樹木の果実を食べたり、魔石を食べたりするのだ。
 もちろん、人間は食べることができない。摂取しても魔の者にはならない。ロゼッタは魔素のついた果実を食べたことがあるらしいが、「美味しくはなかったわねぇ」と優雅に微笑んだ。かなりまずかったらしい。

「黒髪の魔女は、もしかしたら、人間の食べ物に興味があるのかもしれないわね。このあたり、目撃情報のある夏は夏鰹がよく獲れるでしょう? 夏鰹の刺し身が食べられるのはこの時期だけだもの」
「では、ここは果樹園が旬を迎える時期ですね。農園がたくさんあるところですし」
「そうねぇ。このあたりは春鮭が遡上してくる時期、秋河豚の時期、ここは雪白菜。うふふ。素晴らしい考察だわ」

 統計から法則性を導き出すことができたためか、ロゼッタは興奮気味にペンを走らせている。ルーチェは、どうすれば緋色の魔獣に会えるのかを考える。

「旬を迎える食べ物がある場所に、黒髪の魔女が緋色の魔獣を伴って現れる……ということなら、今の時期に現れそうなのは」
「春と夏の間に現れそうなのは、摘んだ花のジャムが作られるこのあたりか、夏鮃や夏鰤があがる漁港あたりかしら」

 めぼしい場所に印をつけながら、二人は唸る。そして、苦笑する。不確定の要素が多すぎるため、範囲も候補も絞ることができないのだ。

「そんな賭けのようなことはできないわね」
「確実に現れる場所や時期があるといいのですけど」
「そうねぇ」
「……秋の葡萄酒の解禁日を待ってみます」

 確実なのはその日だ。ルーチェとロゼッタは頷く。そんなとき、助手の腕の中で地図を眺めていたアディが「ニャア」と鳴いた。

「アディ? 何か気づいた?」
「ナーア、ニャ」

 助手の腕から降りて、アディは地図の上に乗る。行儀が悪い、などとロゼッタが咎めることはない。興味深そうにアディを見つめている。
 アディは地図の南のほう、王都周辺をぽんぽんと前足で踏みしめる。黒いインクで書かれた日付――年に一回程度の日付がいくつか並んでいる。

「ニャーア、ナ」
「黒髪の魔女が王都で目撃されている日? 日付も時期もバラバラだけれど……何か共通点があるのかな?」
「書き入れながら、不思議だったのよねぇ。春から夏にかけて、魔女が王都にやってくる理由。ちょうど今の時期ね。緋色の魔獣は目撃されていないみたいだから、おそらく魔女一人でやってきているのだと思うのだけれど」

 ルーチェも首をひねりながら、その日付を紙に書き写していく。
 魔女が王都にやってくる理由があるとすれば、国王に会いに来るか、自分の子どもに会いに来るかのどちらかのような気がしている。もちろん、何か旬の食べ物を食べに来ているだけなのかもしれないのだが。

「この法則性がわかれば、魔女の送迎にやってきた緋色の魔獣に会うことができるかもしれません。そういえば、ロゼッタ姉様、緋色の魔獣は大きさを変えられるみたいです」
「あら? そうなの? わたくし、魔女を背中に乗せられるくらいの大きさしか知らないのだけれど」
「兄が見たことがある大きさは、大型犬と同じくらいだったそうです」
「セヴェーロが言うなら間違いないわね」

 ロゼッタは目撃例の記入された紙を眺めながら、「これは正確ではないのかもしれないわ」と頷く。

「黒髪の魔女のそばに、もしかしたら、大型犬くらいの大きさの魔獣がいたのかもしれないわねぇ。赤い犬と一緒にいたかどうかまでは記載されていないもの」
「では、黒髪の魔女の目撃情報を報告する際には、赤色の犬がそばにいたかどうかを一緒に報告するよう、聖教会に申し伝えておきます」

 助手の青年の言葉から、ルーチェは魔女や魔獣の目撃例が聖教会を通じて集まっていることを知る。領主経由だけではなかったのだ。

「わたくしのほうで法則性を調べることができるといいのだけれど、そこまで手が回らなくてごめんなさいね」
「いえ、情報がいただけるだけで助かります」
「ねえねえ、ところで、ルーチェ。この子、普通の猫ではないわね?」

 唐突に切り出されて、ルーチェは答えに窮する。ルーチェの膝の上に乗っているアディを見つめ、ロゼッタはニコニコと微笑んでいる。

「獣人かしら? 人化したほうが、さっきの説明はしやすかったんじゃないかしら? とも思ったのだけれど、信用していない人間を前に人化するのは危険ですものね。この子、可愛い上にとてもお利口さんなのねぇ」

 ロゼッタは勘違いをしたまま頷いている。勘違いをさせたままでも問題はないと判断し、ルーチェは曖昧に微笑むだけだ。

「そういえば、ヴァレリオの話を聞いたかしら?」

 ピクンとアディが耳を動かす。大臣からの結婚話のことだろうか、とルーチェは身構える。どこまで話が繋がっているのかはわからないため、アディが逃げないようにぎゅうと抱き寄せる。

「……何の話でしょう?」
「あの子ったら、外務大臣から賜った縁談を断ったんですって。侯爵家にとってはいい話なのにねぇ」

 おそらく、侯爵夫人が伝えてきたのだろう。外務大臣の顔を潰してしまったと知り、あれから侯爵家は大騒ぎだったことだろう。ルーチェは苦笑する。

「ヴァレリオには、心に決めた人がいると聞いております」
「わたくし、それがルーチェのことだとずっと思っていたの。でも、違ったのね」

 妙にもぞもぞしているアディを押さえつけながら、ルーチェは笑みを浮かべたままだ。

「あの子、外務大臣の前で『俺は第三王女と結婚する』と宣言してしまったのよ」

 ロゼッタは笑い、アディは恥ずかしさのあまり逃げ出そうとする。ルーチェは笑顔を貼りつけたまま、この場を何とかやり過ごさなければならない。

「お母様は倒れるし、お父様は陛下宛ての書簡をしたため始めるし、それはもう大変だったみたいなの。アルロットもぐったりするわよねぇ」
「なるほど、アルロットが伝えてくれたのですね」
「ヴァレリオの片想いで終わりそうなのに、お父様は本気にしてしまったんですって。今朝は書簡をいつ持っていくかでひと悶着があったのではないかしら。陛下は今隣国で八国会議中ですもの」

 ひとしきり笑ったロゼッタだったが、すぐに「わたくしのせいでもあるのだけれど」と複雑そうな表情を浮かべる。嫡女であるにもかかわらず、家督をヴァレリオに譲ってしまったために、弟が想い人と結ばれないことを案じている様子だ。

「アデリーナ王女殿下は、あなたの義理の妹君になるお方でしょう? その、わたくしが尋ねるのも筋違いなのだけれど……ヴァレリオの片想いは、片想いのままで終わりそうかしら?」
「……どうでしょう」

 膝の上でおとなしくなったアディを撫で、ルーチェは微笑む。

「可能性は、ゼロではないと思います」
「そう。ゼロではないなら、ヴァレリオは頑張ってしまうわね」
「そうですね。体力だけはありますから」
「ルーチェと親戚になれるのですもの、ヴァレリオにはぜひ頑張ってもらいたいわ」

 二人の言葉を、アディは顔を伏せて聞いていた。耳が忙しなくピクピクと動いているのを見て微笑みながら、ルーチェは金色の毛を撫でるのだった。


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