【R18】ヴァレンタインの前々日に。

千咲

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前々日の夜(三)

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「俺、日曜からテレビに出るんだ」
「は!?」

 意味がわからなくて、思わず後ろを振り向く。ザバザバと水面が揺れる。
 一体、何の話?

「今月始まるライダーシリーズの」
「主役?」
「だといいんだけど、敵のイケメン枠」

 いつも小さな舞台にしか立っていなかった人が、テレビの仕事に出るなんて。そんな甘い世界ではなかったはずだ。

「俺がいなくなったのは、事務所に所属して、オーディションを受けまくって、コネを作っていたからなんだ。本当に、必死で、連絡もできなかった。ごめん」
「……今さら、謝られても、困る」
「そうだね。ごめん」

 亮太は私のうなじに時折キスをしながら、別れていた期間の話をする。

 何回も何回も映画やドラマ、CMのオーディションを受けて、監督さんや助監督さん、プロデューサーさんに顔を売った。とにかく、名前と顔を知ってもらおうと、必死で自分を売り込んだ。
 そして、再現ドラマや夜中のドラマにエキストラや脇役で出演して、少しずつ「使ってもらえる」ようになったらしい。

 全く知らなかった。私はあまりテレビを見ないから、本当に知らなかった。

「ライダーも、本当は主役のオーディションを受けたんだけど、敵になっちゃった」
「……へえ」

 小劇場でお芝居をするために、ノルマのチケットが捌けなくて、泣き言を言っていた亮太ではない。一年で、だいぶ成長したのだろうか。

「ありがたいことに、次の仕事も決まってる。苦労はさせてしまうと思うけど、里中さんよりはずっと幸せにしてあげられるよ」

 そうだ。そういえば、なんで、亮太が隆也さんのことを?

「なんで、隆也さんのこと……?」
「里中さんの仕事を知ってる?」
「詳しくは知らないけど、制作会社だって」
「制作会社って、芸能界とすごく密接な関係にあるんだ。だから、そこで知り合った人の一人だよ。で、長年付き合っている恋人がいるのに、結婚するんだって聞いた」
「……え?」

 頭の中が真っ白になる。私が「長年付き合っている恋人」でないことだけはわかる。だって、私たちはまだ付き合って半年だ。

「あの人の恋人は男だよ」

 真っ白になった頭を、鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。どういうことだ、と疑問に思うのに、あぁやっぱり、という諦めに似た感情もある。
 そんな気はしていた。他に相手がいるとは思わなかったけれど、隆也さんは私とはあまり触れ合いたがらなかったから。

「だから、由美は、幸せにはなれない。だって、由美、子ども欲しいでしょ? 里中さんはいらないって言ってたよ」
「……初耳」
「だから、もし今回のセックスで妊娠したら、産んで欲しい。俺は子ども欲しいから」

 亮太が言っていることがすべて真実だとは限らない。嘘をついて隆也さんとの仲を裂こうとしている可能性だってある。
 でも、でも。

「今信じられなくてもいいよ。里中さんに別れ話をしても、きっとすんなり承諾してくれるはずだよ。あの人は本当は結婚なんてしたくないんだから」
「……本当に?」
「酔っ払って、だいぶ本音を漏らしていたからね」

 そっか……そうだったんだ。
 仮面夫婦を演じるための役者の一人にされるところだったんだ、私。
 不思議と、怒りは湧いてこない。それはきっと、亮太のせいだ。隆也さんも不貞行為をしているなら、今の私も同じだ。同じところにいるのだから。

「由美」

 やわやわと胸を揉む指。ちくりと痛む肩。キスマークに歯型に、どれだけ私に所有の痕を残すつもり? 見えている部分だけで、かなりあるんだけど。

「愛してる。失った信用は絶対に取り戻すから、里中さんとの結婚だけは白紙にして。お願いだから、俺以外の人のものにならないで」

 耳元で懇願されて、ぞくぞくする。

「一年前、由美の幸せを願って由美から離れたのに、やっぱり由美がいないと俺はダメなんだ。由美が許してくれるなら、もう一度チャンスが欲しい」
「随分都合がいいのね」
「それもわかってる。でも、拒否されても、拒絶されても、何度でも何度でも、許してもらえるまで来るから。どうしても由美が欲しいから」

 はぁと短いため息を吐き出して。私は振り向いて亮太を見つめる。
 イケメン枠で選ばれるくらいには、顔が整っていると判断されたらしい。良かったじゃないの。舞台で何度も主役を務めたことがある経歴が役に立ったじゃない。

「お願い、由美」
「じゃあ、私からも一つだけ、お願い」
「何? 何? 何でもするから!」

 ぱぁっと笑みを浮かべて、亮太は私を見つめる。

「別れ話がすむまでは、セックスはナシ」
「……わかった。じゃあ、お風呂から出たらすぐ電話して。すぐ別れて。すぐ俺のものになって」

 さぁ、早く、と急かされるようにして浴室を出る。キッチンはまだ甘い匂いで満ちている。

 なんて都合のいい話。
 一年前に私の前から消えた元カレが現れて、婚約者の不貞行為を密告する。そして、元カレはまだ私のことが好きで、既成事実まで作って、私を手に入れたがる。
 こんなチープな設定、お芝居でも見たことがない。
 チープなのに、涙が出てくる。馬鹿みたい。本当に馬鹿みたい。

 きっと隆也さんは、私が別れ話を切り出しても、怒りも泣きもしない。淡々と承諾しそうな気がする。執着心のかけらさえ、私には見せてくれない人だった。
 心も体も不満なままで、私は本当に幸せになれる?
 燻っていた疑念と、ずっと隠してきた情欲に、亮太が火をつけた。その火は、心地よい熱で私を焦がす。

「ねぇ、由美」

 バスタオルで体を拭きながら、亮太は、ショーツを穿いただけの私をうっとりとした視線で犯す。

「さっきのクリーム、美味しかった。またしよう」

 ぞくりと背中が粟立つ。こういうプレイ、亮太は確かに好きそうだ。

「次は俺のに塗るから、由美が舐めて。そのあと、由美のに塗って、俺が舐める」

 由美のここだよ、とショーツを撫でられると、またドロドロの亮太の欲望が中から濡れ出てくる。ショーツ、何枚替えないといけないの。まったく。

「あぁ、早く舐めたい。早く挿入りたい。早く別れ話して。ねぇ、早く」

 ぎゅうと後ろから抱きついてきて、催促をしながら亮太は私の耳介を甘噛みする。
 彼の肉棒はヘソに届くくらい硬く屹立している。それをショーツになすり付けながら、私の耳を犯す。

「ヴァレンタインは、クリームまみれの由美が欲しい」

 とんだ変態に捕まってしまったと嘆きながら、クリームまみれの亮太のものを口に含む画を想像して、唾を飲み込む。あぁ、確かに美味しそうだ。

「わかったから。あと少し、待って」

 あぁ、もう、本当に。
 隆也さんに、なんて切り出せばいいの?
 電話で別れ話なんて、そんな不誠実なことでいいの?

「早く、由美。早く抱きたい」

 亮太の無邪気な声に、失恋の痛みさえ、押し流される。

 本命がコロコロ変わるヴァレンタインなんて、本当にもう、コリゴリだわ。
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