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第一章
10.オルガと王子と少年
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なんで、こんなことに。
どうして、私が。私だけが。
弟が勇者に選ばれたから?
王都なんかに来たから?
この男に出会ったから?
なんで、どうして。
答えのない問い。誰も答えてくれない問い。
苦しくて、怖くて、絶望しかない。
「んんっ」
声も出せず、両腕も自由にできない。嫌だ。涙が溢れる。セドリックは私の肌に、乳房に、舌を滑らせ、唇で吸い上げ、強く噛みながら、痕を残していく。
こんなに執拗に肌に触れられるのは初めてだ。いつもは薬が効いているため、セドリックは前戯に時間はかけずすぐに挿れてくる。本当に最低な男。
「薬がなくてもこんなに濡れるとはな」
セドリックの声に、ビクと体が震える。力の限り閉じているはずの蜜口に彼の指が添えられていることに気づく。嫌だ、やめて、と首を振ると、お構いなしに指が蜜を絡め取る。糸引くそれを私に見せつけながら、セドリックは笑う。
「挿れてほしいか?」
首を左右に振ると、「そうか」と短く応じてセドリックは再度私の肌に吸い付いてくる。首筋、鎖骨、乳房、腹、舐められながら、気づく。決定的な快楽が与えられていないことに。彼の意図に。
最悪だ。セドリックは私のはしたない言葉を待っている。彼を求める言葉を待っている。最悪だ。
乳房の尖端は彼の衣服が擦れるだけで立ち上がってしまっている。そこを熱い舌で舐めてもらえたら――そう期待してしまっている。蜜が溢れ出る場所は、既にセドリックを受け入れる準備を完了している。セドリックの暴力的な熱杭で貫かれたいと、蜜を零しながら待っている。
嫌だ。絶対に、「欲しい」なんて言うものか。セドリックを求めたり、するものか。薬を飲まされたときは仕方がないと諦めていた。けれど、今は素面、思考の自由がある。絶対に、思い通りになってやるものか。
「強情な女だな。腰を振り、ねだればいいものを」
私を見下ろすセドリックは、笑っている。楽しくて仕方がない、という表情にゾッとする。これがいつまで続くのか、朝までこのままなのか、考えたくない。
憐れな男。リュカなんかに嫉妬して、馬鹿げた虚栄心を満たすために私を抱こうとするなんて、本当に愚かな男。
「んんんっ」
ふくらはぎの傷跡にセドリックが口づけを落とす。この男がつけた、醜い痕。自分がつけた傷跡にキスをするなんて、頭がおかしいとしか思えない。狂ってる。
くすぐったくて身じろぎしたのがまずかった。セドリックの体がぐいと両足の間に割り込んでくる。嫌だ。やめて。私が涙を流しているうちに、セドリックの腰が私の足の付け根に到達する。彼は私の膝の後ろを押さえ、熱く滾る尖端を蜜口に宛てがった。
「わかるか? 聞こえるか? お前の体液が私のものを濡らしている。こんなにひくついているとは……そんなに食べたいか?」
「んんっ!」
「そうか。食べたいか。だが、まだやれぬ。我慢しろ」
肉杭が蜜口のあたりを何度も往復する。そのたびに、ぐちゅぬちゅと耳障りな音が響く。私の、音。いやらしくてはしたない。求めているわけじゃないのに、私の体は心を裏切る。
そんな私の反応を見ながら、セドリックは笑っている。最低な男。
「お前のここは、私のこれを覚えているようだな。咥えたくて仕方がないようだ」
「んーっ!」
「薬はなくとも、お前の体は私を欲している。その体に快楽を教え込んだのは、私だ。他のどんな男に抱かれても、お前は満足しなかったはずだ。満足できなかったはずだ。お前のここは――」
びくん、と体が歓喜に震えた。尖端のほんの一部が少し挿入っただけ。なのに、簡単に達してしまう。私の醜い体。セドリックを受け入れたくて仕方がない体。
「――私のものだ」
「オルガ、様?」
驚いたような声が、響いた。誰の声か私は知っている。体を起こし、確認することはできない。こんな姿、見られたくない。
セドリックは背後を見やり、「来たか」と呟く。
「オルガ様! 大丈夫ですか!? 薬をお持ちいたしました!」
「世話係よ、無粋な真似をするな」
「……っ!」
リュカが息を呑む音まではっきりとわかる。舌を噛み切って死んでしまいたい。私が何をしたというの? こんな辱めは、もうごめんだ。
「今夜は交わる予定ではないと仰っていたではありませんか!」
「予定が変わっただけだ。黙ってそこで見ていろ。お前の愛した女が、憎んだ男に犯されるという悲劇を見届ける勇気があるのなら、な」
瞬間、濡れた隘路を熱杭が貫いた。
いや! いやだ! 足をむちゃくちゃにばたつかせても、セドリックはびくともしない。何度も膣壁を擦り、恍惚の笑みを浮かべながら、奥へ奥へと尖端を打ちつける。
セドリックは執拗に奥を穿つ。私が一番反応してしまう場所を、彼はよく知っている。憎らしいほどに。
「オルガ様、オルガ様!」
リュカが格子をガンガン叩きながら私の名を必死で呼んでいる。それさえもかき消されるほどに、濡れて交わる箇所のいやらしい音が響く。
「見られて感じるのか。薬もないのに溢れてきたぞ」
セドリックの笑みに、反論できない。奥から奥から、泉のように何かが溢れてくる。止めることはできない。
「っあ!」
乳房の尖端を熱いもので舐られ、すぐに達してしまった。セドリックは「締めるな」と笑って短く応じ、奥を擦る。
酷い。酷い。こんな姿を、リュカに見せなくても、見せつけなくても、いいじゃない。成人していない彼にとっては、私に好意を寄せてくれている彼にとっては、毒にしかならない行為だというのに。
酷い。最低。セドリックの馬鹿。いつか絶対殺してやる。
「オルガ様、大丈夫ですか!?」
「ふ、あ」
「黙って見ていられないなら、塔を降りることだな」
「降りるものか! 僕はオルガ様を」
「愛しているとでも? 私に復讐するためにこの女に近づいただけだろう?」
リュカが言い淀むのを聞き、セドリックは「図星か」と呟く。
ちょっと待って。そういえばさっきも、復讐心がどうとか言っていたわよね。どういう意味? どういうこと? さっぱり意味がわからない。説明してほしいけど、今難しいことを言われても多分全然頭に入らないだろう。
「お前なんかに、私の女を二度も奪われるわけにはいかない」
「オルガ様から離れろ!」
「なるほど、復讐するつもりで近づいて、本気になったか。憐れなものだな。好いた女が奪われる苦しみを、お前も知るがよい」
セドリックが私の膝の裏を掴み、持ち上げる。いやだ、やめて、リュカに見えてしまう。見られたくない。見られたくないのに。
流れる私の涙を優しく拭い、セドリックはハァと一息吐き出した。
「オルガ」
奥のほうが痛い。じんじんする。それもこれも、この男のせいだ。どうしようもなく愚かで、憐れな男のせいだ。
「見せつけてやろうじゃないか。あれに、お前が孕む姿を」
「オルガ様!」
「んっ、んんーっ!」
「愛しいオルガよ」
愛しい? そんなこと、思ってもいないくせに。私は両腕を縛られた状態でセドリックを殴る。けれど、彼は笑いながら私の首筋に噛み付いてくる。痛い、痛い。
「あぁ……オルガ、もう」
ゾッとしたのか、ゾクッとしたのか、わからない。体の芯がピリピリする。
やめて。やめて。これ以上苦しめないで。私を汚さないで。
「オルガ様!」
リュカの悲鳴が聞こえる中、セドリックは腰を強く打ち付けてくる。いやだ、やめて、出さないで。出さないで! いや!
セドリックが「ん」と小さく零した声。最奥に穿たれ、震えている熱杭。吐き出された感覚はなくとも、セドリックが果てたのだと、わかる。
あぁ……最悪だ。最低だ。殺してやる。
「身籠っているといいな」
笑いながら、セドリックは私の耳元で囁く。私は首を左右に振りながら、彼を睨む。私はそんなこと一切望んでいない。ろくでなしのあなたの子どもなんて、欲しくない。そんなことになったら、死んでやる。
「お前は本当に強情な女だ。だからこそ、教えてやる」
格子の外でうなだれているリュカをちらと見て、セドリックは笑みを浮かべる。ひどく醜い笑みだ。
「あれは私の子だ。娼婦と私の子だ。私と女が愛し合っていたかどうかは、定かではないが」
え? えっ? ええっ? リュカが、セドリックの、子ども? 本当に? あんなに良い子のリュカが、最低王子セドリックの子ども!? 似ているところなんて、目の色以外にはないというのに。
「私よりあれがいいと言うのなら、孕んでいないといいな。いつもよりたくさん出してやったんだが」
「んんっ!」
「薬がなくとも、お前の中は良かったぞ」
セドリックの側頭部を両腕で殴ると、ようやく彼は私の中から出ていった。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべたまま。
蜜口からドロリとしたものが流れ出ていくのを感じながら、セドリックなんて目にもかけず私はベッドを飛び降りてリュカの元へと走る。口に入れられていた布はすぐに吐き出した。そして、格子の向こうで石壁にもたれて泣いている彼に、精一杯両腕を伸ばそうとして、見えない結界に阻まれる。
「リュカ!」
肩を震わせて顔を上げたリュカは、私の顔を見るなり、「オルガ様」と力なく呟いて立ち上がる。そうして、私の元へ寄ってきてくれるのかと思いきや、彼は、フラフラとした足取りで階段を降り始めた。
「リュカ! リュカ!」
リュカはカンテラも持たずに行ってしまった。明かりがないと階段は危ないのに。
そして、しばらくして気づくのだ。岩の床に落ちた、白く濁った液体に。
「……ふん。見ながら慰めておったか」
背後から聞こえた声に、何を見たのか、誰が何を慰めたのか、すぐさま理解する。なんてこと。なんてものを、見せてしまったのだろう。
あぁ、リュカ、ごめんなさい。ごめんなさい。
「次からも薬を飲まずに交わるぞ。いいな?」
力なくセドリックを見上げる。何でそんなこと言うの? 何でそんなことするの? 私のことなんて愛してもいないくせに。望まれもしない命を作って、何になるの? リュカへのあてつけだけで、私の人生を弄ぶの?
「お前との子を作ってみたくなった。私と同じ緑色の目の子であっても、お前は憎むことができないだろう。愛さずにはいられないんだろうな」
なんて、悪趣味な。なんて、自分勝手な、最低な男。
グラスを片付けたセドリックが部屋から出ていったあとも、私はその場から動けずにいた。妊娠してしまうかもしれない恐怖より、リュカをひどく傷つけたかもしれない悲しみのほうが勝る。
このろくでもない世界から逃れる術を、早く見つけなければ。セドリックから、早く逃げ出さなければ。
今はただ、リュカにその気力がなくなっていないことを、祈るだけだ。
どうして、私が。私だけが。
弟が勇者に選ばれたから?
王都なんかに来たから?
この男に出会ったから?
なんで、どうして。
答えのない問い。誰も答えてくれない問い。
苦しくて、怖くて、絶望しかない。
「んんっ」
声も出せず、両腕も自由にできない。嫌だ。涙が溢れる。セドリックは私の肌に、乳房に、舌を滑らせ、唇で吸い上げ、強く噛みながら、痕を残していく。
こんなに執拗に肌に触れられるのは初めてだ。いつもは薬が効いているため、セドリックは前戯に時間はかけずすぐに挿れてくる。本当に最低な男。
「薬がなくてもこんなに濡れるとはな」
セドリックの声に、ビクと体が震える。力の限り閉じているはずの蜜口に彼の指が添えられていることに気づく。嫌だ、やめて、と首を振ると、お構いなしに指が蜜を絡め取る。糸引くそれを私に見せつけながら、セドリックは笑う。
「挿れてほしいか?」
首を左右に振ると、「そうか」と短く応じてセドリックは再度私の肌に吸い付いてくる。首筋、鎖骨、乳房、腹、舐められながら、気づく。決定的な快楽が与えられていないことに。彼の意図に。
最悪だ。セドリックは私のはしたない言葉を待っている。彼を求める言葉を待っている。最悪だ。
乳房の尖端は彼の衣服が擦れるだけで立ち上がってしまっている。そこを熱い舌で舐めてもらえたら――そう期待してしまっている。蜜が溢れ出る場所は、既にセドリックを受け入れる準備を完了している。セドリックの暴力的な熱杭で貫かれたいと、蜜を零しながら待っている。
嫌だ。絶対に、「欲しい」なんて言うものか。セドリックを求めたり、するものか。薬を飲まされたときは仕方がないと諦めていた。けれど、今は素面、思考の自由がある。絶対に、思い通りになってやるものか。
「強情な女だな。腰を振り、ねだればいいものを」
私を見下ろすセドリックは、笑っている。楽しくて仕方がない、という表情にゾッとする。これがいつまで続くのか、朝までこのままなのか、考えたくない。
憐れな男。リュカなんかに嫉妬して、馬鹿げた虚栄心を満たすために私を抱こうとするなんて、本当に愚かな男。
「んんんっ」
ふくらはぎの傷跡にセドリックが口づけを落とす。この男がつけた、醜い痕。自分がつけた傷跡にキスをするなんて、頭がおかしいとしか思えない。狂ってる。
くすぐったくて身じろぎしたのがまずかった。セドリックの体がぐいと両足の間に割り込んでくる。嫌だ。やめて。私が涙を流しているうちに、セドリックの腰が私の足の付け根に到達する。彼は私の膝の後ろを押さえ、熱く滾る尖端を蜜口に宛てがった。
「わかるか? 聞こえるか? お前の体液が私のものを濡らしている。こんなにひくついているとは……そんなに食べたいか?」
「んんっ!」
「そうか。食べたいか。だが、まだやれぬ。我慢しろ」
肉杭が蜜口のあたりを何度も往復する。そのたびに、ぐちゅぬちゅと耳障りな音が響く。私の、音。いやらしくてはしたない。求めているわけじゃないのに、私の体は心を裏切る。
そんな私の反応を見ながら、セドリックは笑っている。最低な男。
「お前のここは、私のこれを覚えているようだな。咥えたくて仕方がないようだ」
「んーっ!」
「薬はなくとも、お前の体は私を欲している。その体に快楽を教え込んだのは、私だ。他のどんな男に抱かれても、お前は満足しなかったはずだ。満足できなかったはずだ。お前のここは――」
びくん、と体が歓喜に震えた。尖端のほんの一部が少し挿入っただけ。なのに、簡単に達してしまう。私の醜い体。セドリックを受け入れたくて仕方がない体。
「――私のものだ」
「オルガ、様?」
驚いたような声が、響いた。誰の声か私は知っている。体を起こし、確認することはできない。こんな姿、見られたくない。
セドリックは背後を見やり、「来たか」と呟く。
「オルガ様! 大丈夫ですか!? 薬をお持ちいたしました!」
「世話係よ、無粋な真似をするな」
「……っ!」
リュカが息を呑む音まではっきりとわかる。舌を噛み切って死んでしまいたい。私が何をしたというの? こんな辱めは、もうごめんだ。
「今夜は交わる予定ではないと仰っていたではありませんか!」
「予定が変わっただけだ。黙ってそこで見ていろ。お前の愛した女が、憎んだ男に犯されるという悲劇を見届ける勇気があるのなら、な」
瞬間、濡れた隘路を熱杭が貫いた。
いや! いやだ! 足をむちゃくちゃにばたつかせても、セドリックはびくともしない。何度も膣壁を擦り、恍惚の笑みを浮かべながら、奥へ奥へと尖端を打ちつける。
セドリックは執拗に奥を穿つ。私が一番反応してしまう場所を、彼はよく知っている。憎らしいほどに。
「オルガ様、オルガ様!」
リュカが格子をガンガン叩きながら私の名を必死で呼んでいる。それさえもかき消されるほどに、濡れて交わる箇所のいやらしい音が響く。
「見られて感じるのか。薬もないのに溢れてきたぞ」
セドリックの笑みに、反論できない。奥から奥から、泉のように何かが溢れてくる。止めることはできない。
「っあ!」
乳房の尖端を熱いもので舐られ、すぐに達してしまった。セドリックは「締めるな」と笑って短く応じ、奥を擦る。
酷い。酷い。こんな姿を、リュカに見せなくても、見せつけなくても、いいじゃない。成人していない彼にとっては、私に好意を寄せてくれている彼にとっては、毒にしかならない行為だというのに。
酷い。最低。セドリックの馬鹿。いつか絶対殺してやる。
「オルガ様、大丈夫ですか!?」
「ふ、あ」
「黙って見ていられないなら、塔を降りることだな」
「降りるものか! 僕はオルガ様を」
「愛しているとでも? 私に復讐するためにこの女に近づいただけだろう?」
リュカが言い淀むのを聞き、セドリックは「図星か」と呟く。
ちょっと待って。そういえばさっきも、復讐心がどうとか言っていたわよね。どういう意味? どういうこと? さっぱり意味がわからない。説明してほしいけど、今難しいことを言われても多分全然頭に入らないだろう。
「お前なんかに、私の女を二度も奪われるわけにはいかない」
「オルガ様から離れろ!」
「なるほど、復讐するつもりで近づいて、本気になったか。憐れなものだな。好いた女が奪われる苦しみを、お前も知るがよい」
セドリックが私の膝の裏を掴み、持ち上げる。いやだ、やめて、リュカに見えてしまう。見られたくない。見られたくないのに。
流れる私の涙を優しく拭い、セドリックはハァと一息吐き出した。
「オルガ」
奥のほうが痛い。じんじんする。それもこれも、この男のせいだ。どうしようもなく愚かで、憐れな男のせいだ。
「見せつけてやろうじゃないか。あれに、お前が孕む姿を」
「オルガ様!」
「んっ、んんーっ!」
「愛しいオルガよ」
愛しい? そんなこと、思ってもいないくせに。私は両腕を縛られた状態でセドリックを殴る。けれど、彼は笑いながら私の首筋に噛み付いてくる。痛い、痛い。
「あぁ……オルガ、もう」
ゾッとしたのか、ゾクッとしたのか、わからない。体の芯がピリピリする。
やめて。やめて。これ以上苦しめないで。私を汚さないで。
「オルガ様!」
リュカの悲鳴が聞こえる中、セドリックは腰を強く打ち付けてくる。いやだ、やめて、出さないで。出さないで! いや!
セドリックが「ん」と小さく零した声。最奥に穿たれ、震えている熱杭。吐き出された感覚はなくとも、セドリックが果てたのだと、わかる。
あぁ……最悪だ。最低だ。殺してやる。
「身籠っているといいな」
笑いながら、セドリックは私の耳元で囁く。私は首を左右に振りながら、彼を睨む。私はそんなこと一切望んでいない。ろくでなしのあなたの子どもなんて、欲しくない。そんなことになったら、死んでやる。
「お前は本当に強情な女だ。だからこそ、教えてやる」
格子の外でうなだれているリュカをちらと見て、セドリックは笑みを浮かべる。ひどく醜い笑みだ。
「あれは私の子だ。娼婦と私の子だ。私と女が愛し合っていたかどうかは、定かではないが」
え? えっ? ええっ? リュカが、セドリックの、子ども? 本当に? あんなに良い子のリュカが、最低王子セドリックの子ども!? 似ているところなんて、目の色以外にはないというのに。
「私よりあれがいいと言うのなら、孕んでいないといいな。いつもよりたくさん出してやったんだが」
「んんっ!」
「薬がなくとも、お前の中は良かったぞ」
セドリックの側頭部を両腕で殴ると、ようやく彼は私の中から出ていった。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべたまま。
蜜口からドロリとしたものが流れ出ていくのを感じながら、セドリックなんて目にもかけず私はベッドを飛び降りてリュカの元へと走る。口に入れられていた布はすぐに吐き出した。そして、格子の向こうで石壁にもたれて泣いている彼に、精一杯両腕を伸ばそうとして、見えない結界に阻まれる。
「リュカ!」
肩を震わせて顔を上げたリュカは、私の顔を見るなり、「オルガ様」と力なく呟いて立ち上がる。そうして、私の元へ寄ってきてくれるのかと思いきや、彼は、フラフラとした足取りで階段を降り始めた。
「リュカ! リュカ!」
リュカはカンテラも持たずに行ってしまった。明かりがないと階段は危ないのに。
そして、しばらくして気づくのだ。岩の床に落ちた、白く濁った液体に。
「……ふん。見ながら慰めておったか」
背後から聞こえた声に、何を見たのか、誰が何を慰めたのか、すぐさま理解する。なんてこと。なんてものを、見せてしまったのだろう。
あぁ、リュカ、ごめんなさい。ごめんなさい。
「次からも薬を飲まずに交わるぞ。いいな?」
力なくセドリックを見上げる。何でそんなこと言うの? 何でそんなことするの? 私のことなんて愛してもいないくせに。望まれもしない命を作って、何になるの? リュカへのあてつけだけで、私の人生を弄ぶの?
「お前との子を作ってみたくなった。私と同じ緑色の目の子であっても、お前は憎むことができないだろう。愛さずにはいられないんだろうな」
なんて、悪趣味な。なんて、自分勝手な、最低な男。
グラスを片付けたセドリックが部屋から出ていったあとも、私はその場から動けずにいた。妊娠してしまうかもしれない恐怖より、リュカをひどく傷つけたかもしれない悲しみのほうが勝る。
このろくでもない世界から逃れる術を、早く見つけなければ。セドリックから、早く逃げ出さなければ。
今はただ、リュカにその気力がなくなっていないことを、祈るだけだ。
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