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38.兄弟の提携(二)
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さすがにモール内で始めてしまうほど理性がないわけじゃない。そこまで愚かじゃない。
固く手を握って、小走りで出入り口へ向かう。途中、何度も「大丈夫?」と翔吾くんが振り向いてくれて、私はただ頷くだけで彼についていく。
箱根でも同じだった。湯川先生も、「早く抱きたい」と、こうして手を引いてくれた。少し会えなかっただけなのに、どうしてこんなにお互いがお互いを強く求めてしまうのか。不思議。
ねぇ、ケントくん。
私のほうこそ、中毒症状なのかもしれない。
セフレさんたちが私の体に溺れるように、私も彼らの精液の虜になっている――そんな気がするよ。
パーキング内の車に乗り込んだ翔吾くんにならって助手席に乗ろうとすると、「あかりは後部座席」と指示される。
後部座席に乗り込んですぐ、高級な車なんだなと理解する。シートは本革。足元も広い。後ろから見える運転席も、何か凝った作りになっている。豪華。そして、綺麗。
バッグと紙袋を置き、アームレストを引き上げて座席に引っ込めると、運転席の後ろのドアが開き、翔吾くんがひょこりと顔を出す。
「あれ、運転?」
「そこまで我慢できないから」
エンジンと冷房を入れてくれたけど、走っていない車にはそんなに効果は期待できない。屋根があり、日陰があるおかげで車内は暑すぎることはないけれど。
「あかり」
「え、まさか」
「車でするのは初めて?」
「そこまで我慢できない」は、「別荘まで我慢できない」という意味だと、ようやく気づく。
ぐいと手を引かれ、翔吾くんに抱きしめられる。ベージュ色の本革のシートはよく滑る。体重をかけられ、引っ張られるとすぐに翔吾くんに組み敷かれてしまう。
「しょーご、くん」
「ごめんね、あかり。もう無理。もう我慢できない。挿れるよ」
サンダルを落とされても、ショーツを一気に引き下ろされても、性急で乱暴なキスにも、抗うことはない。お互いの舌を求め合いながら、汗をかきながら、ただ一つのことを思う。
――早く、繋がりたい。
ベルトを外し、寛げられたズボンの中央に、硬く屹立した肉棒がある。それが欲しい。今すぐ欲しい。
翔吾くんの指が割れ目をなぞり、潤いを確認する。そして、体重がかけられた一瞬の間のあと、一気に熱が埋め込まれた。
「っあぁ!」
解されてもいない隘路に侵入されたというのに、痛みはない。それくらい濡れている。それくらい、求めている。
狭く不自由な車内が、お互いの密度を増す。荒い息遣いが響き、汗が落ちる。車が揺れて、情事を隠すことができなくても、恥ずかしさより快楽を求めてしまう。
「あかり、好き」
ショコラの甘さはもうだいぶ消えてしまったのに、翔吾くんの言葉は甘い。唇と舌を貪られながら、私は、彼の望む言葉を探す。
好き? 愛してる?
どんな言葉より、ただ抱き合って、深く繋がって、お互いの欲を貪り合いたい。
「触れたくて仕方なかった。手も繋ぎたかった。キスしたくて、抱きしめたくて……抱きたくて、仕方なかった」
「あ、しょーご、っん」
「あかりを一番汚したいのは、俺だよ」
翔吾くんが奥を抉る。亀頭が愛しそうに子宮口に口づけをする。
「俺が一番、あかりを――っ」
翔吾くんの体が大きく跳ねた。奥でじわりと広がる熱い液体に、体が歓喜する。待ちに待ったご馳走だ、と。
「俺が一番、俺の精液で、あかりを汚したいって、思ってる」
「……翔吾」
「好きだよ、あかり」
何度も落とされるキスの合間に、翔吾くんは、苦しそうに微笑んだ。
「あかり、愛してる」
甘美な言葉は、きっと、ショコラより甘く、ほろ苦い……。
◆◇◆◇◆
翔吾くんが自分の着ていたシャツで後部座席の汗と痕跡を拭いたので、代わりにTシャツを渡す。思わぬプレゼントを前にして、翔吾くんは驚いて、喜んで着てくれた。タグはヒモが巻いてあるタイプだったので、ハサミがなくても大丈夫だった。
「似合う?」
「似合う! なんかね、アウトレット限定って書いてあったよ」
「へぇ。カエル、好きなの?」
「うん、かわいい。私も買っちゃった」
ちょっと大きめのカエルが、ひょこりと頭だけ出している感じで裾にデザインされているTシャツ。青い生地に白いカエルのイラストがかわいいと思ったのだ。
まぁ、若干、かわいすぎたかもしれないけど、部屋着にでもしてもらえたらいいかな。
「あかりも買ったの? おそろい?」
「うん!」
「あとで着てみて」
動き出した車は、静かだ。東京に来てからは電車移動ばかりであまり車には乗っていなかったけど、最近の車はエンジン音がわからないくらいに静かなんだなぁと感心する。
何度か信号を曲がり、大きな通りから外れて少しずつ小さな道へ進んでいく。曲がるたびに、人の姿がなくなっていき、蝉の大合唱だけが聞こえてくる。
そして、翔吾くんが車を停めたのは、小道を行った先の、木々が生い茂る中に見える、白い壁の大きめの建物の前だった。ログハウスやコテージを想像していたから、ちょっとモダンな感じに驚く。
「ここが別荘?」
「そう。狭いけど」
「……めちゃくちゃ広いんだけど」
入ってきた細い道から、きっと桜井家の土地なんだろうなぁと思いながら、車から降りる。空気が澄んでいる。東京とは違う綺麗な空気。砂利の上を歩いて、玄関にたどり着く。
玄関は木製。外観は白と木を活かした感じの和モダンな造り。広々としたウッドデッキもある。
翔吾くんに中に招き入れられて、「すごい」と言葉がこぼれる。内装は木目調。床も壁も天井も、木。テーブルも椅子も、部屋全体が、木。匂いが気持ちいい。
「二年前にリフォームしたばかりだから、まだ綺麗でしょ」
「キレイ! すごい!」
「あかりの語彙力は増えないなぁ」
給湯システムのボタンを操作して、翔吾くんが手招きをしてくれる。広すぎるリビングの奥の廊下の先、「ここがあかりの部屋ね」と翔吾くんが荷物を持って入ったのは、大きなベッドがある部屋だ。
「客室。好きに使っていいよ」
「広い! 洗面台がある! あ、トイレも! 翔吾くんの部屋は?」
「二階にあるよ。あとで案内してあげる」
窓からは緑が見える。むしろ、緑しかない。木々の中にあるんだと実感できる。
キャリーバッグをクローゼットの前に置いて、翔吾くんがゆっくり近づいてくる。
「あかり」
「はい」
ぎゅうと抱き合って、キスをする。最初から舌を絡めて、お互いの味を、熱を、求め合う。
ゆっくりと抱き合いながら、笑い合う。
「今日一日、俺に時間をちょうだい」
「ん、いいよ」
「一日中、抱いていい?」
「いいよ……でも、シャワー浴びてからがいい、かな」
「わかった。お風呂でしようね」
そういうつもりではなかったのだけど、まぁ、いいか。
「健吾と俺のことを気にしているなら、気にしなくていいよ。何もなく、いつも通りだから」
「翔吾くん?」
大きなベッドに押し倒されて、翔吾くんを見上げる。翔吾くんは私を組み敷いたまま、何度もキスを落とし、服の上から胸を揉んでいる。
「健吾に抱かれてもいいって言ったのは俺だし、あかりがそういう人だってことは十分理解しているから。まぁ、健吾の初めてがあかりだっていうのは、ちょっと羨ましいけど」
「……ごめんね、翔吾くん。私、嫌われたかと思って」
「俺があかりを嫌うわけないでしょ。どれだけあかりのことを好きだと思ってんの」
翔吾くんは苦笑する。
そして、私は「今しかない」と判断した。今が、絶好のタイミングだと。
「あ、のね、本当に疑問なんだけど……翔吾くんは私のどこが好きなの?」
「あかり?」
「そして、それは、どれくらい……本気なの?」
翔吾くんの目が見開かれる。驚きの表情のまま、私を見下ろす。指も手も止まる。さっきと同じ。完全に固まっている。
私の心臓はバクバクしている。かつてないほどの動悸だ。胸が痛い。
けれど。
「――それを知って、どうするつもり? 俺と別れるの? それとも、付き合ってくれるの?」
翔吾くんの声は驚くほど冷静で、冷たい。視線も冷ややかだ。
あ、しまった、と思ったけれど、すべては後の祭り。口に出してしまったものは、飲み込めない。覆水は盆には返らない。
「別れもしないし、付き合いもしないんだけど……ただ、知りたくて」
「それは卑怯だよ、あかり」
「やっぱり、卑怯、だよね……ごめん」
「うん、卑怯。それを俺に聞くなら、別れるか付き合うかのどちらかを覚悟してくれなきゃ、教えてあげられない」
「……ごめんなさい」
水森さんに煽られて、私は本当に馬鹿なことを翔吾くんに聞いてしまった。呆れたし、怒っただろう。けれど、翔吾くんは優しいから、それを私にぶつけることはない。それが、つらい。
ゴロリと横になって、翔吾くんは天井を見上げる。その隣で腕枕をしてもらいながら、スイッチがオフになったことを目視で確認する。
……ごめん、萎えさせちゃった。
「誰かに何か言われたんだね?」
「……セフレが、体だけを求めるはずがない、心を許さないあなたは残酷だ、って」
「あー……誰か知らないけど、余計なことを。まぁ、全面的に同意するけど」
額にキスをしてくれて、翔吾くんは苦笑する。
「でも、それを承知の上でセフレになったんだから、あかりを恨んだりはしないよ」
「翔吾くん」
「残酷か……残酷だなぁ、確かに。無自覚だもんね、あかりは」
「……そんなに?」
「そういうところ」と翔吾くんは笑う。
無自覚で、鈍感で、残酷……私、もしかしなくても、めちゃくちゃ、悪女?
「ま、あかりのセフレになるなら、それくらい許容範囲でしょ。振り回されるのにはもう慣れたし」
「え、そんなに振り回して、た?」
「ジェットコースターより酷いよ」
「う……すみません」
どこが悪いのか、悪かったのかさっぱり思い当たらないけど、とりあえず謝ってしまう。ジェットコースターより酷く振り回す女なんて、最悪じゃないか。しかも、翔吾くんは、そこから降りようとする気はないみたいだし……うん?
「……翔吾くんは、ジェットコースターが好きなの?」
「好きなほうだよ」
だから、降りないのかな。あえて、振り回されている、ということ? それが、好きなの? 翔吾くんは、実はMなの?
「マゾ?」
「どちらかと言うと、S。桜井翔吾はSが二つもつくよ」
「あ、ほんとだ。イニシャ」
唇が塞がれる。これ以上喋らないで、と言うように。
「本気になったら別れなきゃいけないのに、ただの好奇心で俺に本気かどうか聞くなんて、本当にあかりは残酷だよ」
「……ごめんなさい」
そうだ、よね。
本気になったらダメな関係なのに、本気かどうか聞くのはマナー違反だ。本当にごめんなさい。私がバカで、浅はかで、愚かだった。
「誰か、はセフレ?」
「違うよ。男の人だけど」
「じゃあ、その男とは絶対にセックスしないで。セフレに加えないで。あかりに振り回される喜びを、そいつに分け与えたくない」
……翔吾くん、Mでしょ、やっぱり。
キスをしながら、少しずつ勃ち上がってくるものの気配に、スイッチの切り替えが早いなぁと笑う。
「翔吾くん、私とのキスは甘い?」
「甘い、のかな。まぁ、キスってそんなもんでしょ」
「愛液も?」
「んー……普通だよ。あかりの味は好きだけど、特別甘いわけじゃないよ」
人間とそう変わりはない、ということ? 甘いから催淫効果があるわけじゃない?
他の人とも経験が豊富な翔吾くんに聞いて良かった。相馬さんでも良かったけど、湯川先生や健吾くんでは役に立ちそうになかったから。
「私の体は、好き?」
「あかりの体、も、好き」
「も?」
「これ以上の言葉を聞き出したいなら、覚悟を決めて、ね」
別れる覚悟か、付き合う覚悟。
私が言い淀んだのを見て意地悪く笑って、翔吾くんはゆっくりと私の上に乗ってくる。
「お風呂に入る前に、イカせてあげる」
「イクのは、別に……っあ!」
「俺の気持ちを弄んだお仕置き、ね。何回イカせられるかなぁ」
翔吾くんの指が遠慮なくショーツの隙間から差し込まれ、思わぬ刺激に声が出てしまう。
三十分かけて焦らされるよりは、早くイカせて欲しいなぁなんて思いながら、私は翔吾くんに抱きついた。
固く手を握って、小走りで出入り口へ向かう。途中、何度も「大丈夫?」と翔吾くんが振り向いてくれて、私はただ頷くだけで彼についていく。
箱根でも同じだった。湯川先生も、「早く抱きたい」と、こうして手を引いてくれた。少し会えなかっただけなのに、どうしてこんなにお互いがお互いを強く求めてしまうのか。不思議。
ねぇ、ケントくん。
私のほうこそ、中毒症状なのかもしれない。
セフレさんたちが私の体に溺れるように、私も彼らの精液の虜になっている――そんな気がするよ。
パーキング内の車に乗り込んだ翔吾くんにならって助手席に乗ろうとすると、「あかりは後部座席」と指示される。
後部座席に乗り込んですぐ、高級な車なんだなと理解する。シートは本革。足元も広い。後ろから見える運転席も、何か凝った作りになっている。豪華。そして、綺麗。
バッグと紙袋を置き、アームレストを引き上げて座席に引っ込めると、運転席の後ろのドアが開き、翔吾くんがひょこりと顔を出す。
「あれ、運転?」
「そこまで我慢できないから」
エンジンと冷房を入れてくれたけど、走っていない車にはそんなに効果は期待できない。屋根があり、日陰があるおかげで車内は暑すぎることはないけれど。
「あかり」
「え、まさか」
「車でするのは初めて?」
「そこまで我慢できない」は、「別荘まで我慢できない」という意味だと、ようやく気づく。
ぐいと手を引かれ、翔吾くんに抱きしめられる。ベージュ色の本革のシートはよく滑る。体重をかけられ、引っ張られるとすぐに翔吾くんに組み敷かれてしまう。
「しょーご、くん」
「ごめんね、あかり。もう無理。もう我慢できない。挿れるよ」
サンダルを落とされても、ショーツを一気に引き下ろされても、性急で乱暴なキスにも、抗うことはない。お互いの舌を求め合いながら、汗をかきながら、ただ一つのことを思う。
――早く、繋がりたい。
ベルトを外し、寛げられたズボンの中央に、硬く屹立した肉棒がある。それが欲しい。今すぐ欲しい。
翔吾くんの指が割れ目をなぞり、潤いを確認する。そして、体重がかけられた一瞬の間のあと、一気に熱が埋め込まれた。
「っあぁ!」
解されてもいない隘路に侵入されたというのに、痛みはない。それくらい濡れている。それくらい、求めている。
狭く不自由な車内が、お互いの密度を増す。荒い息遣いが響き、汗が落ちる。車が揺れて、情事を隠すことができなくても、恥ずかしさより快楽を求めてしまう。
「あかり、好き」
ショコラの甘さはもうだいぶ消えてしまったのに、翔吾くんの言葉は甘い。唇と舌を貪られながら、私は、彼の望む言葉を探す。
好き? 愛してる?
どんな言葉より、ただ抱き合って、深く繋がって、お互いの欲を貪り合いたい。
「触れたくて仕方なかった。手も繋ぎたかった。キスしたくて、抱きしめたくて……抱きたくて、仕方なかった」
「あ、しょーご、っん」
「あかりを一番汚したいのは、俺だよ」
翔吾くんが奥を抉る。亀頭が愛しそうに子宮口に口づけをする。
「俺が一番、あかりを――っ」
翔吾くんの体が大きく跳ねた。奥でじわりと広がる熱い液体に、体が歓喜する。待ちに待ったご馳走だ、と。
「俺が一番、俺の精液で、あかりを汚したいって、思ってる」
「……翔吾」
「好きだよ、あかり」
何度も落とされるキスの合間に、翔吾くんは、苦しそうに微笑んだ。
「あかり、愛してる」
甘美な言葉は、きっと、ショコラより甘く、ほろ苦い……。
◆◇◆◇◆
翔吾くんが自分の着ていたシャツで後部座席の汗と痕跡を拭いたので、代わりにTシャツを渡す。思わぬプレゼントを前にして、翔吾くんは驚いて、喜んで着てくれた。タグはヒモが巻いてあるタイプだったので、ハサミがなくても大丈夫だった。
「似合う?」
「似合う! なんかね、アウトレット限定って書いてあったよ」
「へぇ。カエル、好きなの?」
「うん、かわいい。私も買っちゃった」
ちょっと大きめのカエルが、ひょこりと頭だけ出している感じで裾にデザインされているTシャツ。青い生地に白いカエルのイラストがかわいいと思ったのだ。
まぁ、若干、かわいすぎたかもしれないけど、部屋着にでもしてもらえたらいいかな。
「あかりも買ったの? おそろい?」
「うん!」
「あとで着てみて」
動き出した車は、静かだ。東京に来てからは電車移動ばかりであまり車には乗っていなかったけど、最近の車はエンジン音がわからないくらいに静かなんだなぁと感心する。
何度か信号を曲がり、大きな通りから外れて少しずつ小さな道へ進んでいく。曲がるたびに、人の姿がなくなっていき、蝉の大合唱だけが聞こえてくる。
そして、翔吾くんが車を停めたのは、小道を行った先の、木々が生い茂る中に見える、白い壁の大きめの建物の前だった。ログハウスやコテージを想像していたから、ちょっとモダンな感じに驚く。
「ここが別荘?」
「そう。狭いけど」
「……めちゃくちゃ広いんだけど」
入ってきた細い道から、きっと桜井家の土地なんだろうなぁと思いながら、車から降りる。空気が澄んでいる。東京とは違う綺麗な空気。砂利の上を歩いて、玄関にたどり着く。
玄関は木製。外観は白と木を活かした感じの和モダンな造り。広々としたウッドデッキもある。
翔吾くんに中に招き入れられて、「すごい」と言葉がこぼれる。内装は木目調。床も壁も天井も、木。テーブルも椅子も、部屋全体が、木。匂いが気持ちいい。
「二年前にリフォームしたばかりだから、まだ綺麗でしょ」
「キレイ! すごい!」
「あかりの語彙力は増えないなぁ」
給湯システムのボタンを操作して、翔吾くんが手招きをしてくれる。広すぎるリビングの奥の廊下の先、「ここがあかりの部屋ね」と翔吾くんが荷物を持って入ったのは、大きなベッドがある部屋だ。
「客室。好きに使っていいよ」
「広い! 洗面台がある! あ、トイレも! 翔吾くんの部屋は?」
「二階にあるよ。あとで案内してあげる」
窓からは緑が見える。むしろ、緑しかない。木々の中にあるんだと実感できる。
キャリーバッグをクローゼットの前に置いて、翔吾くんがゆっくり近づいてくる。
「あかり」
「はい」
ぎゅうと抱き合って、キスをする。最初から舌を絡めて、お互いの味を、熱を、求め合う。
ゆっくりと抱き合いながら、笑い合う。
「今日一日、俺に時間をちょうだい」
「ん、いいよ」
「一日中、抱いていい?」
「いいよ……でも、シャワー浴びてからがいい、かな」
「わかった。お風呂でしようね」
そういうつもりではなかったのだけど、まぁ、いいか。
「健吾と俺のことを気にしているなら、気にしなくていいよ。何もなく、いつも通りだから」
「翔吾くん?」
大きなベッドに押し倒されて、翔吾くんを見上げる。翔吾くんは私を組み敷いたまま、何度もキスを落とし、服の上から胸を揉んでいる。
「健吾に抱かれてもいいって言ったのは俺だし、あかりがそういう人だってことは十分理解しているから。まぁ、健吾の初めてがあかりだっていうのは、ちょっと羨ましいけど」
「……ごめんね、翔吾くん。私、嫌われたかと思って」
「俺があかりを嫌うわけないでしょ。どれだけあかりのことを好きだと思ってんの」
翔吾くんは苦笑する。
そして、私は「今しかない」と判断した。今が、絶好のタイミングだと。
「あ、のね、本当に疑問なんだけど……翔吾くんは私のどこが好きなの?」
「あかり?」
「そして、それは、どれくらい……本気なの?」
翔吾くんの目が見開かれる。驚きの表情のまま、私を見下ろす。指も手も止まる。さっきと同じ。完全に固まっている。
私の心臓はバクバクしている。かつてないほどの動悸だ。胸が痛い。
けれど。
「――それを知って、どうするつもり? 俺と別れるの? それとも、付き合ってくれるの?」
翔吾くんの声は驚くほど冷静で、冷たい。視線も冷ややかだ。
あ、しまった、と思ったけれど、すべては後の祭り。口に出してしまったものは、飲み込めない。覆水は盆には返らない。
「別れもしないし、付き合いもしないんだけど……ただ、知りたくて」
「それは卑怯だよ、あかり」
「やっぱり、卑怯、だよね……ごめん」
「うん、卑怯。それを俺に聞くなら、別れるか付き合うかのどちらかを覚悟してくれなきゃ、教えてあげられない」
「……ごめんなさい」
水森さんに煽られて、私は本当に馬鹿なことを翔吾くんに聞いてしまった。呆れたし、怒っただろう。けれど、翔吾くんは優しいから、それを私にぶつけることはない。それが、つらい。
ゴロリと横になって、翔吾くんは天井を見上げる。その隣で腕枕をしてもらいながら、スイッチがオフになったことを目視で確認する。
……ごめん、萎えさせちゃった。
「誰かに何か言われたんだね?」
「……セフレが、体だけを求めるはずがない、心を許さないあなたは残酷だ、って」
「あー……誰か知らないけど、余計なことを。まぁ、全面的に同意するけど」
額にキスをしてくれて、翔吾くんは苦笑する。
「でも、それを承知の上でセフレになったんだから、あかりを恨んだりはしないよ」
「翔吾くん」
「残酷か……残酷だなぁ、確かに。無自覚だもんね、あかりは」
「……そんなに?」
「そういうところ」と翔吾くんは笑う。
無自覚で、鈍感で、残酷……私、もしかしなくても、めちゃくちゃ、悪女?
「ま、あかりのセフレになるなら、それくらい許容範囲でしょ。振り回されるのにはもう慣れたし」
「え、そんなに振り回して、た?」
「ジェットコースターより酷いよ」
「う……すみません」
どこが悪いのか、悪かったのかさっぱり思い当たらないけど、とりあえず謝ってしまう。ジェットコースターより酷く振り回す女なんて、最悪じゃないか。しかも、翔吾くんは、そこから降りようとする気はないみたいだし……うん?
「……翔吾くんは、ジェットコースターが好きなの?」
「好きなほうだよ」
だから、降りないのかな。あえて、振り回されている、ということ? それが、好きなの? 翔吾くんは、実はMなの?
「マゾ?」
「どちらかと言うと、S。桜井翔吾はSが二つもつくよ」
「あ、ほんとだ。イニシャ」
唇が塞がれる。これ以上喋らないで、と言うように。
「本気になったら別れなきゃいけないのに、ただの好奇心で俺に本気かどうか聞くなんて、本当にあかりは残酷だよ」
「……ごめんなさい」
そうだ、よね。
本気になったらダメな関係なのに、本気かどうか聞くのはマナー違反だ。本当にごめんなさい。私がバカで、浅はかで、愚かだった。
「誰か、はセフレ?」
「違うよ。男の人だけど」
「じゃあ、その男とは絶対にセックスしないで。セフレに加えないで。あかりに振り回される喜びを、そいつに分け与えたくない」
……翔吾くん、Mでしょ、やっぱり。
キスをしながら、少しずつ勃ち上がってくるものの気配に、スイッチの切り替えが早いなぁと笑う。
「翔吾くん、私とのキスは甘い?」
「甘い、のかな。まぁ、キスってそんなもんでしょ」
「愛液も?」
「んー……普通だよ。あかりの味は好きだけど、特別甘いわけじゃないよ」
人間とそう変わりはない、ということ? 甘いから催淫効果があるわけじゃない?
他の人とも経験が豊富な翔吾くんに聞いて良かった。相馬さんでも良かったけど、湯川先生や健吾くんでは役に立ちそうになかったから。
「私の体は、好き?」
「あかりの体、も、好き」
「も?」
「これ以上の言葉を聞き出したいなら、覚悟を決めて、ね」
別れる覚悟か、付き合う覚悟。
私が言い淀んだのを見て意地悪く笑って、翔吾くんはゆっくりと私の上に乗ってくる。
「お風呂に入る前に、イカせてあげる」
「イクのは、別に……っあ!」
「俺の気持ちを弄んだお仕置き、ね。何回イカせられるかなぁ」
翔吾くんの指が遠慮なくショーツの隙間から差し込まれ、思わぬ刺激に声が出てしまう。
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