【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

文字の大きさ
69 / 91
第三夜

069.聖女とアールシュ

しおりを挟む
 四つ時の鐘が鳴ってしばらくして、「イズミちゃん!」とわたしの名を呼びながらアールシュがすごい勢いで扉を開けて入ってきた。ベッドの上で両手を差し出してアールシュを迎える。彼は必死の形相でわたしの胸に飛び込んでくる。

「イズミちゃん、大丈夫!? 体は痛くない? しんどくない? ちゃんとご飯食べてる? 立てる? 立てない?」
「アールシュ、迷惑かけてごめんね。心配してくれてありがと」
「迷惑なんかじゃないわ。あなたが無事なら、いいの。あなたをそんな目に遭わせた愚か者たちは、きちんと処罰してもらいましょうね」

 その「愚か者」の中にラルスは入っているのかしら? そう疑問に思いながら、アールシュのキスを受け入れる。あっ、舌挿れられると、ちょっとゾクゾクしちゃう。さすがに何日もセックスしていないから、体が勝手に欲しがっちゃう。

「あ、アールシュ、んんっ」
「喋らないで。キスさせて。今夜はキスしかしないから」
「ちがっ、ちょっと、やりたいことがっ」

 わたしの言葉に、怪訝な顔をしてアールシュは「やりたいこと?」と小首を傾げる。マジ可愛いなぁ、わたしの夫。
 そう。リヤーフにも宮女官にもお願いできなかったことだ。わたしは可愛すぎる夫に負けないよう、上目遣いでアールシュを見上げる。

「アールシュ、わたし、お風呂に入りたいの」

 一応、タオルで拭いてもらってはいるんだけど、やっぱり湯船にザバーっと入りたいじゃん。まだ足はふらつく感じ。セックスしたことがないリヤーフに頼むのも恥ずかしいし、ただでさえ業務が負担になっている宮女官たちに介助を頼むのもかわいそうだなと思って、アールシュを待っていたのだ。

「お願い、湯殿に連れて行って」

 アールシュは一瞬目を見開いたあと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

「それはあたしも一緒に入っていいってことかしら?」
「もちろん。一緒に入ろ」

 アールシュはわたしを軽々と抱き上げて、「喜んで」と微笑んだ。やっぱりアールシュ、鍛えているよね。筋肉質だし、お腹も割れているもの。頼んで正解だったわ。



「なるほどね。聖職者たちの権力争いに巻き込まれたわけね、イズミちゃんが」

 七色の聖樹の花を浮かべた湯船に二人で入り、事の経緯を説明する。温泉みたいに熱かったらすぐ出ないといけないけど、水を入れて温めにしたから長湯もできる。
 湯船の周りにランプをいくつか置いてあるため、暗すぎることはない。ちょっと離れたところで足を伸ばしているアールシュが大変色っぽくて困っちゃう。ほんと、綺麗な体だなぁ。うっとりしちゃう。

「アールシュ、査問会ってどんなものなの?」
「大主教以上の役職者が集まって、聖職者が規律違反をしていないかを調べる会合のことよ」
「大主教ってことは、赤と紫の国からも?」
「ええ、二名の大主教のうち、一人は必ず出席するわね。今頃、早馬を走らせているんじゃないかしら」

 紫の国の大主教。まさか、ウィルフレドを虐待した人が来るんじゃないだろうか。だとしたら好都合。彼もちょっと殴ってやらないと気がすまない。

「わたしは査問会に出席できる?」
「裁く側での出席は無理ね。証人として出ることはできると思うけれど……正直、イズミちゃんをその場に行かせたくないわ」
「どうして?」

 ザバと湯の波が立つ。隣にやってきたアールシュが優しくキスをしてくれる。

「あなた、割と直情型だもの。大主教や副主教を相手に冷静に話ができるとは思えないわ」
「それは一理あるかも……んっ」

 アールシュが舌を捩じ込んでくる。嬉しいけど、ダメだってば。簡単にスイッチ入っちゃうんだから、今。

「言葉一つ過不足するだけで、簡単に処分が決まってしまう場なの。どんなに罵られても、どんなに蔑まれても、それに耐えてきちんと証言することはできる?」
「む、無理」
「でしょうね。あたし、イズミちゃんのそういう素直なところが大好きよ。でも、査問会ではその正直さが命取りになるの。誰かを助けたいと強く思っているなら、なおさらね」

 アールシュにそう説明されると、本当に難しいことなんだなと思う。たぶん、裁判みたいなものなんだろう。わたしは弁護士や検事になれるほど頭が良いわけじゃない。証言台に立ってきちんと説明できる気もしない。でも、相手は、聖職者たちは、賢い人たちなのだろう。太刀打ちできるわけがない。

「どうすればいいのかな。わたし、ずっと助けてもらってきたのに。わたしの力なんかじゃ、全然、助けられない。悔しいな」
「あら。そんなにその宮文官を助けたいの?」
「……うん。でも、聖女って何の役にも立てないんだね。宮文官一人、守ることができないなんて」

 アールシュはわたしの口を塞ぐ。舌が絡みついて、つい、その甘さに溺れたくなる。

「イズミちゃんは優しくて強いのね。すべてを救おうとするのね」
「欲張りかな?」
「あたしはそういうイズミちゃんが好きよ」
「アールシュ……!」

 わたしは夫の膝の上に乗り、ぎゅうと抱きつく。アールシュもわたしの腰を抱いてくれる。……でも、さすがに、挿れさせてはくれないみたいね。硬くない。ちぇっ。

「ダメよ。あなたの体が大事なの。無理はさせられないわ」
「無理じゃないんだけどな」
「ダーメ。しばらくは我慢しなさい、イズミちゃん」

 アールシュがそう言うんだもんな、仕方ない。我慢、我慢。美味しい体が目の前にあっても、我慢……!
 わたしはアールシュの肩に頭を預ける。

「……力が欲しいな。皆を守れるだけの力が」
「イズミちゃんはあたしたちを守りたいの?」
「うん。聖女宮を守りたい。夫たちも、働いている人も、皆」
「……そうよね。それが、イズミちゃん、なのよねぇ」

 何がわたし? アールシュの言葉の意味がわからなくて、そっと顔を上げる。彼は優しげな表情でわたしを見下ろしている。

「心配しなくても、あなたは最初から大きな力を持っているわ」
「……え? だって、わたし、何もできないのに」
「そうよ。あなた一人じゃあ、ね」

 アールシュはわたしの額に口づける。そのあと、優しく唇にキスをくれる。

「あなたはね、一人じゃないのよ、イズミちゃん」

 わたしは、一人じゃない?

「あら、忘れたの? あなたには七人も味方がいるでしょう?」
「……え」
「七つの国の一部を動かせる権力を持つ、つよーい味方がいるじゃないの、すぐそばに」
「あぁ、アールシュ!」

 思わず、アールシュに抱きつく。そしてキスをする。

「いいの? こんなことで頼っていいの?」
「頼りなさい、あたしたちを。あなたはもっと、夫たちを頼るべきなのよ」

 アールシュはとびきりの笑顔でわたしを見つめる。

「甘えていいのよ、イズミちゃん。あたしたちは、大好きなあなたに、いっぱい甘えてもらいたいんだから」

 わたしには力がない。でも、夫たちはそれを持っている。結婚と同時に失った権力だとしても、それは有効なのだろうか。わたしが使わせてもいい権力なのだろうか。

「アールシュ、あの、橙の国の大主教や副主教に手紙を送ったりとか、できる?」
「あら。手紙だけでいいの? 欲がないわねぇ」
「え」
「言うことを聞かないと失脚させるわよ、って脅すことくらい、王子様には簡単なことなんだけど」

 アールシュがバチンとウインクしたのを見て、わたしは不覚にもときめいてしまった。これが権力! これが権力なのね!? 持ってなくて良かった。こんな恐ろしいもの、わたしには扱えそうにないよ!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...