【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

文字の大きさ
70 / 91
第三夜

070.聖女と七人の夫たち(一)

しおりを挟む
 わたしは後ろに立っているアールシュを見上げ、「本当にやるの?」と尋ねる。夫は「やりなさい」とにっこり微笑む。けれど、決心が鈍る。本当に大丈夫なんだろうか。リヤーフと同じ考えの夫がいたら。夫たちから拒絶されたら。あぁ、揺らぐ。

「イズミちゃん、あたしを信じなさい」

 その一言が、わたしの背中を押す。アールシュを信じる――それならできる。
 椅子に座ったわたしは、すぅと息を大きく吸い込んで、目の前の七色の扉に向かって、叫んだ。

「和泉です! 皆に相談したいことがあります! 今すぐ扉の前に来てください!」

 今夜はアールシュとの逢瀬のため、橙以外の扉の鍵は開かない。けれど、扉の内と外で会話をすることはできる。ここは防音がしっかりしている場所ではないことを、さっき確認した。
 だから、わたしの声は、夫か従者かどちらかに届けばいい。そして、最終的には夫が来てくれればいい。

「和泉です! 皆さんに、相談したいことがあります! 今すぐ! 扉の前に! 来てください! オーウェン! セルゲイ! ヒューゴ! リヤーフ! ベアナード! ウィルフレド! 皆に! 相談したいことが! あるの!」

 拡声器とかトランシーバーとかがあるといいんだけど、そんなものはない。だから、わたしは大声で叫ぶ。この声が、夫たちに届くように。必死で。

「和泉です! 相談したいことが! あるの!」
「イズミ殿!?」

 一番早かったのは、オーウェンだ。さすが元聖武官。聖騎士。耳もいいし、足も速い。……扉に体当たりとかされたら、絶対壊れるよね。

「ごめんね、オーウェン! わたしは無事だから! 皆が揃うまで、ちょっと待ってて!」
「そうか、無事か。なら、良かった」
「イズミさん!?」
「ヒューゴ、わたしは無事だから、ちょっと待ってて! 話したいことがあるの!」

 ヒューゴも到着。茶色の扉の向こうからノックする音が聞こえる。ベアナードも到着、と。

「ベアさん、ありがとう! ちょっと待っててね!」
「茶の国の夫君って、もしかしてベアナード?」
「セルゲイ? 来てくれたの、ありがとう!」
「あー、やっぱり王宮お抱え木工職人のベアナード? イズの部屋に飾ってあった聖樹の花の細工を見て、そうじゃないかと思っていたんだよねー。イズが寝ていたから聞けなくて気になっていたんだ。ベアナードの繊細かつ優美な作品が、僕は本当に大好きでねぇ、彼の昔の作品を買い集めて」
「はいはーい、青の人、お喋りはあとよ!」

 ありがとう、アールシュ。セルゲイのマイペースさには相変わらず驚いちゃうわ。
 それにしても、夫たちはそれぞれの夫のことを知らないのかな? 結婚式で顔を合わせて……ないよね、そういえばベールかぶっていたし。セルゲイは今ベアナードのことを知ったような口ぶりだし。まぁ、それぞれ事情は違うのかもしれないけど。

「リヤーフ! ウィルフレド! 相談したいことがあるの! 扉の前まで来てくれると嬉しい!」

 リヤーフはもしかしたら来ないかもしれない。彼の考えは聞いてあるから、それでも構わない。

「リヤーフ! ウィルフレド!」
「はい、イズミ様、こちらに」
「ウィル、ありがとう!」

 リヤーフは……まぁ、いいか。彼抜きで話をしようかと思ったとき、緑の扉の向こうでドスンという音が聞こえた。なるほど、来てくれた、と。

「リヤーフ?」
「……一応、来てやった」
「ありがとう!」

 さて、七人の夫を集めて、わたしがやりたいこと。しんと静まり返った七色の扉の前で、わたしは扉の向こうの夫たちに声をかける。

「ランプももうそろそろ消えちゃうのに、来てもらってごめんね。でも、ありがとう。来てくれて嬉しい」

 あぁ、体が震える。受け入れられない、と言う夫がいても仕方がない。拒絶されても仕方がない。わかっている。
 でも、非力なわたしがラルスを救うには、この手段しかない。

「お願いします! わたしに、あなたたちの力を貸してもらいたいの!」

 七色の扉の向こうにいる夫たちに、頭を下げる。きっと不思議そうな顔をしているだろう夫たちに、すべてを話そう。それから、彼らが持っている権力を、少しだけ借りよう。もちろん、賛同してくれる夫がいれば、の話。
 ラルスのためにできることなんて、これくらいしかないのだから。



「つまり、黄の国の聖職者が紫の国の宮文官を陥れるためにイズミさんのことを利用し、辱めた、と。彼らの査問会が明日開かれるため、副主教や大主教を丸め込み、宮文官を救いたいとイズミさんはお考えなのですね」

 端的にまとめていただいてありがとうございます、ヒューゴ! さすが頭脳派!

「我が国の者がイズミさんを辱め傷つけたこと、深く謝罪申し上げます。命の実をイズミさんに食べさせようとしたこと……孕ませようとした罪そのものが極刑に値します」

 命の実を食べないと妊娠しないこの世界では、暴行とか強姦とかの罪よりも、「命の実を食べさせた罪」のほうが重いらしい。エレミアスに猿轡代わりに命の実を突っ込まれた、と言った瞬間に夫たちが口々に呪いの言葉を吐いたもんね。ちょっとびっくりしちゃった。「食べていないから安心して!」と何回も叫ぶ羽目になったもんなぁ。
 望まぬ妊娠により堕胎薬を使うことは許されていても、母体に多少の影響は残るらしい。だから、嫌がる女に無理やり命の実を食べさせたり、命の実だと知らせずに食べさせたりした場合、かなりの重罪になるんだそうだ。
 そして、曲がりなりにも「聖女」ということで、わたしへの暴行や強姦などの罪は、普通の女の人に対するものよりはずっと重くなるらしい。
 ……エレミアス、これ、詰んでるんじゃない? と思ったけど、彼が床に落ちた命の実を置いていくような失敗をするわけがないし、入手経路が特定できたとしてもおそらく買収されているだろうし、そもそもわたしの証言に信憑性がないと判断される可能性もあるし、で、結局はエレミアスを追い詰める決定的な材料にはならないみたい。残念ながら。マジ残念。科捜研とかあればいいんだけどなぁ。

 ラルスはバカ正直に「聖女と姦淫しました」と総主教に申し出たというのだから、ほんと、バカ。黙っていればいいのに。わたしがラルスを告発することなんてないというのに。ほんとバカ。
 ちなみに、総主教が前の聖女と愛人関係にあったことは、七人とも知らなかった。そのことがラルスの処罰に影響するかと言うと、そうではないみたい。罪は罪、罰は罰。「総主教が私を処罰することはできません」なんて、真っ赤な嘘。ラルスがわたしを安心させるための嘘をついたのだと、初めて知った。ほんと、バカ。バカだなぁ。
 ……何が何でも、助けないといけないじゃない。バカ。

「しかし、陥れられたと仰せの宮文官がイズミさんを姦淫した罪を減刑させるかどうかは……」
「俺は反対だ。暴力を振るった聖職者も、実を食べさせようとした聖職者も、唆されてイズミを犯した宮文官も同罪だと考える」
「あら、あたしは賛成よ。イズミちゃんがどうしようもなくて求めたんだもの。状況が状況なのに、ただの姦淫罪と同等だとは決めつけられないわ」

 リヤーフは反対、アールシュは賛成。夫の中でも賛否があるのは当然のこと。
 賛成ならば同国の副主教や大主教に嘆願する、反対ならば何もしない、そして、わたしはそれを強要はしない、ということだ。

「私は、自国の者が私利私欲のためにイズミさんを傷つけたことが許せません。黄の国にそこまで腐敗した人間がいるなんて、大変腹立たしい。宮文官にも申し訳が立ちません。すぐにでも嘆願書を書きつけます」
「ありがとう、ヒューゴ」
「い、いえ、イズミさんのためならば……ただ、私自身にはそこまでの力がありません。黄の国は総主教様がすべてです。そこまでの期待はできません」

 なるほど。そういうパターンもあるのか。でも、嘆願しないよりはするほうがいいんだよね? たぶん、そうじゃないかな。

「イズ、使われた催淫剤ってどんなやつ? どんな色してた?」
「親指の先くらいの大きさで、丸い形。色は確か、緑色だったような」
「えっ、緑? それを三粒も?」
「うん」

 確か娼婦が使うものだと言っていたような。セルゲイはそのあたりに詳しいんだろう。

「イズに使われた催淫剤、命の実の種から作られた強い薬だよ。普通の娼婦でも一粒で理性をふっとばしちゃうほど。感度が高くなる分、体力もすぐに奪われる。僕の実家の娼館では使用を禁止にしていたくらい危険なものだ。三日も四日も眠り続けていたから何かあるとは思っていたけど、大変だったね、イズ」

 ひえぇ。そんな怖い薬使われていたの? セルゲイは「中毒性はないから安心して」と言っているけど、安心なんてできないよ。こわっ!
 というか……命の実の種が催淫剤になるってことは、果肉のほうももしかしてそういう成分でできているんじゃないの? 命の実って、確実に妊娠させるために、えっちな気分になるものが入っているってことなんじゃない? わぁ、これって大発見?
 あ、でも、普通のセックスでは妊娠しないんだよねぇ? あんな気持ちいいことしても、二年も人口が増えていないんだし。だったら、やっぱりこの世界の人の体の作りが違うってことなのかな。命の実によってのみ排卵するとか。それか、妊娠する確率がやたら低いとか。生理がないなら羨ましい体なんだけどなぁ。
 わたしの体はどうなんだろう? 元の世界と同じ体なら、めっちゃ中出ししてるから妊娠しそうなんだけど。というか、生理の日数から考えて、絶対妊娠していると思うんだけど。そのへん、どうなんだろう?
 わたしがうんうん唸っている間にも、夫たちは勝手に話を進めてくれる。大変ありがたい。

「僕は聖職者たちの弱味を握っているから、脅すことくらい造作もないことだけれど、他の国はそうしたたかにはできないよねぇ?」
「脅す、か。確かに、自分にはそのような真似はできない。そういうやり方は好きではないし、自分が大きな権力を持っているわけでもない。だが、筋を通した嘆願という形であれば、協力はできる」
「オーウェン、ありがとう!」

 セルゲイが物騒なだけで、普通はオーウェンみたいな考え方だからね! 堅実なオーウェンが協力してくれるだけでもありがたい!

「……オレは、王宮で働いてはいたが、オレ自身に力があるわけではない。王族を動かすには、時間と誠意が必要だ。明日には到底間に合わない」
「ありがとう、ベアさん! 気持ちだけで嬉しいよ!」

 ええと、あとは……ウィルフレド。
 どうなんだろう。彼の考えは、全く読めない。何を考えているのか、本当にわからない。紫の国出身のラルスが陥れられたと聞いて、どんな判断を下すのだろう。
 紫の扉の向こうの反応を待つ。
 あぁ、どうか、普通の反応でありますように……! 第二王子らしい判断でありますように……!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...