【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

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第三夜

076.聖女とウィルフレド(二)

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「元々、紫の国の国民は他国に流出しており、人口は減少の一途をたどっています。命の実がならない二年の間にどれほど国民が離れていったのか、大主教様も理解しておられるでしょう?」

 ウィルフレド、めっちゃ楽しそう。

「その遠因を黄の国に求め、他国民を差別し、仮想敵国を作り出していった罪は、国王をはじめとする為政者、そして増長し続けた聖職者たちに課せられるものと思っています。ボクはもう紫の国の王子ではないので、国がどうなろうと関係ありません」

 そうか。だから、最初はラルスのことも「どうでもいい」と言ったのか。なんて冷たいんだろうと思っていたけれど、当のウィルフレドは「故郷を滅ぼしたい」なんて思っていたのだから、ラルスのことなんて心底どうでもいい話だったんだろうな。それは仕方ない。

「滅びればいいんですよ、あんな国」
「ウィルフレド様っ!」
「その名を軽々しく口にするな、痴れ者め!」

 ヒエッてなった。ヒエッ。ちょっとビビって飛び上がっちゃった。
 怒っているのかと思うじゃない? ウィルフレド、笑っているの。めちゃくちゃ楽しそうなのに、めちゃくちゃ、悲しそう。寂しそう。すごい、切ない。思わず、夫を抱きしめちゃった。

「お前が無能だ傀儡だと嘲笑っていた王子は、もう死んだ。ここにいるのは、聖女の夫だ。その気になれば小国を滅ぼすことができる力を持っている。その男の言葉に従い一人の聖職者の命を助けるか、従わずして国を滅ぼすか、お前が選べ! お前が選択しろ! 今! この場で!」

 大主教、扉の向こうで絶対震えているだろうな。ウィルフレドの豹変ぶりに、わたしですら驚いているんだもの。飼い犬だと思っていたら、めっちゃ強いドラゴンだった、みたいな? 羊の皮をかぶった狼、みたいな?
 わたしは、ぎゅうとウィルフレドの体を抱きしめる。犬でもドラゴンでも羊でも狼でも、ウィルフレドはウィルフレド。わたしの夫だ。あなた一人に、この男を追い詰めさせたくはない。この罪は、夫婦で背負うものだ。

「わっ、わかりました! わかりましたっ! 明日の結審で、ラルスの減刑を求めます! 減刑を求めますから! どうか、どうか、紫の国を滅ぼすことだけは……っ!」

 土下座でもしながら、そう叫んでいるんだろう。大主教の言葉に、ウィルフレドは溜め息をつく。

「減刑を求めるだけか? 必ず、命を救え。そうでなければ」
「わか、わかりましたっ! 仰せの通りに! 仰せの通りにいたしますっ!」

 ラルスを黒翼地帯へ追放することになったら、紫の国が滅ぶ。そんな恐ろしい選択を突きつける、紫の国の第二王子。こういう人に権力を持たせちゃいけないのだけは、何となくわかる。めっちゃ怖い。怖いね。

「もう二度とボクへの謁見を求めるな。国で大人しくしていろ。ボクが生きているうちは、お前を総主教にすることなど、絶対にありえない。それを肝に銘じておけ」
「はっ、はいっ! し、失礼いたしましたっ!」

 大主教がドスドスと大慌てで去っていく足音だけが響く。それも、すぐに聞こえなくなる。逃げ足速いな。
 しばらくして、ウィルフレドがわたしの手をポンポンと軽く叩いた。わたし、あまりのことに、めっちゃ抱きついていたわ、彼に。

「権力というものは、こうして使うものなのですよ。それでもイズミ様は欲しますか?」
「う、ううん。大丈夫。こんな貫禄出せないわ、わたし」
「でしょうね。イズミ様はお優しいですから」

 ウィルフレドは顔を上げ、そっとわたしの頬にキスをする。求められているのだと気づいて、わたしは彼の唇に触れる。

「……国を、滅ぼしたかったの?」
「ずっと考えていたことです。どうすれば、愚かで卑しいあの国を滅ぼしてしまえるのか。腐りきった場所を切り捨てるということしか、ボクには思いつきませんでした」
「本当は、わたしといちゃいちゃする予定じゃなかったんだね?」
「ええ。……本当に、それだけが、唯一の誤算でした」

 言いながら、ウィルフレドはわたしの唇をペロリと舐める。わたしの頬をしっかりと持ち、舌を挿れてくるくせに、「こんなはずじゃなかった」と嘆くんだもんなぁ。キスしたら花が咲いて実がなるよ。あなたが憎んだ国に、国民に、命を授けることになるよ。これはどういう矛盾なんだろうねぇ。

「イズミ様、申し訳ありませんでした。計画を遂行するために、あなたにはたくさんの嘘をつきました。騙してしまいました。信じてもらえないとは思いますが、ボクは」
「ちょっ、ウィル、わっ」
「ボクは、あなたに触れるたび、触れてもらえるたび、愚かな計画を企ててしまったことを、ずっと心苦しく思っていたのです」

 それは本当なのかな? 嘘なのかな?
 長椅子に押し倒されて、ウィルフレドを見上げる。葡萄色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見下ろしている。かちり、と、目が合う。瞳が、視線が、交わる。

「……ウィル。あなた、まさか」
「ボクの妻がこんなに可愛い人だなんて、本当に予想外のことですよ」
「嘘でしょ、待って、えっ、えっ?」

 首筋を、鎖骨を、舌が這う。寸分の狂いもなく、ボタンが外されていく。

「ちょっと、えっ、ウィル?」
「目が見えにくい、というのが真相です」
「え? 近眼?」
「きんがん? 光の強さによって見える範囲や見え方が異なり、ぼやけたり二重になったり、日常生活に支障がある程度のことなので、まぁ完全なる盲目ではありません。そのように演じておりました。イズミ様のことも、ぼんやりと見える程度で」
「近眼じゃん! 乱視入ってんじゃん! 眼鏡かけようよ! 眼鏡!」

 ウィルフレドの唇がわたしの胸元の肌を吸い上げる。何度かそうして赤い痣をつけたあと、夫はにっこりと微笑んだ。

「つけてみたかったんですよね、これ。他の夫たちがつけているのを見て、ちょっと羨ましかったんです。舐めるとよく見えるので」
「ウィル、あのね、ここは」
「ええ、寝室ではありません。廊下の、長椅子の上です」
「じゃあ、せめて」
「嫌です。今すぐここであなたと交わりたいのに」

 待って。ウィルフレドはこんな子だった? 色気がだだ漏れなんだけど。めっちゃ色っぽいんだけど。えっ、ちょっと、どういうこと?

「国を滅ぼすため、命の実を最小限にするために、イズミ様とは積極的には交わらない予定だったのですが……本当に、誤算ですよ」
「ウィル」
「触れて、奥まで挿入ってみたいと思う日が来るなんて、本当に想定外です」

 乳房の先端を手のひらで転がしながら、ウィルフレドはキスをくれる。すごい久しぶりだから、すぐ体が欲しがってしまう。頭がふわふわする。

「ウィル、待って、あの」
「嘘つきは嫌いですか? ボクのことを許せませんか?」

 確かに、騙されていたことには驚いたけど、許せないというほどの強い怒りはない。元々、ウィルフレドとの間には大きな壁があると感じていたからなのかもしれない。まだ腹の探り合いをしている段階だった。まだ「夫婦」じゃなかった。他の夫たちと比べると、そこまでの信頼関係はなかったんだよなぁ。

「どうして、こんな嘘を?」
「そうですね……紫の国の者の問題点を、王族の立場で確認したかったのかもしれません。王族という絶対的な権力者であるにもかかわらず、盲目という弱者であるボクに、為政者や国民はどう接するのかと純粋に疑問に思ったので」

 自分の体を使って実験をしていたということかな? 何かきっかけでもあったのかもしれない。ウィルフレドはたぶん話してはくれないだろうけれど。偉い人の考えることはさっぱりわからない。

「結果はあの通りです。紫の国で弱者は生きていけません。ああいう権力が欲しい人間だけが、ボクを生かしてくれるような国です。陰で無能な王子だと蔑みながら、ボクの前ではへりくだる人々。目が見えないからと、ボクの眼前で堂々と不正を行なう国王と兄王子。腐った国を正しい方向へ導くことなとできないと早々に見切りをつけ、国を見捨てることにしました」
「そっか……信用できる人がいなかったんだね。だから、聖女の夫に?」
「はい。国民も為政者たちも大喜びでしたよ。有能な男より無能なボクを聖女の夫に据え置いたほうが、国力が削がれなくてすみますからね。魔物と戦うため、屈強な若い男がどうしても必要なので」

 信頼できる大人がいなくて、誰からも必要とされない――そうして、彼は歪んだんだろう。「実は盲目ではない」と告げたところで、皆が変わるわけではないのだと彼は信じてしまった。
 でも、それはウィルフレドだけの罪じゃない。紫の国全体の責任でもあるのだろう。誰も彼を救わなかったのだから。……わたしも、救えていないのだから。

「あなたの考え方や思想を確認するために、また、夫たちをどのように利用するのかを調べるために、最初は嘘をつきました。でも、あなたは本当に素直で、騙されやすくて、単純で、真っ直ぐで……ボクにないものばかり持っている人でした」
「ウィル、それ本当に褒めてる?」
「ええ、最上級に褒めています。そのあだ名も、ボクは気に入っていますよ」

「だから、協力することにしたんです」とウィルフレドは微笑む。「紫の国や宮文官に興味はなくても、イズミ様には興味があったので」と。
 体のあちこちに触れながら、ウィルフレドがキスをくれる。くすぐったい。「もう終わりですか?」と尋ねてくる視線には気づいている。だから、あと、一つだけ。

「もう、嘘はつかない?」
「それはわかりません。ボクはたぶん、息をするように嘘をついてしまいますから」
「じゃあ、なるべくつかないで、っあ」

 乳首が甘く食まれる。待ちに待った快楽に、体が素直に喜んでしまう。

「それは、イズミ様もですよ。あなたも自分を偽り続けてきたでしょう? ボクの前では嘘をつかないで……と言いたいところですが、自分のこともあるので、なるべく、で構いません」

 裾をたくし上げて、ウィルフレドは腰のあたりにあった紐を引く。解けたショーツの隙間から、夫は手を侵入させてくる。ぬるりと濡れた割れ目に指が這う。うぅ、めちゃくちゃ濡れてる。

「可愛い。こんなにしてしまって」
「ウィルっ、う」
「あなたは本当に、愛されたがりですね」

 花弁に指をゆっくり滑らせ、芽をぬるぬると撫でながら、ウィルフレドは微笑む。

「大丈夫ですよ。あなたはちゃんと皆から愛されています」
「……ほんと?」
「本当のことですよ」
「皆、の中にウィルは入ってる?」

 ウィルフレドは少し困ったような笑顔を浮かべて、わたしにキスをくれる。なるほど、彼との関係を築くにはまだ時間がかかりそうだ。最初に会ったときに感じた通り、長期戦になりそう。

「愛していますよ、イズミ様」
「ふふ。嘘でも嬉しい」

 指が蜜口から挿入ってくる。ゆっくり、中の様子を確認するかのように、ウィルフレドは指を動かす。

「っあ」
「柔らかいですね。熱くて、動いてる」
「や、だ」
「それは嘘。中、締まりましたよ」

 こうやってぜんぶ嘘だと暴かれるのかな。わたしが素直になるまで。本当のことを言うまで。二人の間に嘘が必要なくなるまで。

「ウィル、挿れて」
「いいですよ。ボクもあなたの中に挿入りたい」

 わたしたちはそっと口づけを交わす。嘘つき同士が、ようやく互いを求めたのだ。


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