聖女様はなんでもお見通し!

千咲

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001.召喚された聖女様。

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 聖女フジ様の調子が悪いと聞いたのはいつだっただろうか。

 病に伏せる時期が長くなり、痩せ細り、大聖会だいせいかいも満足に行なえぬようになった頃、ようやく聖教会はフジ様の体調が悪いことを信徒に伝えることとなった。
 フジ様が静養のために先代国王と連れ立って地方へ移られてから、信徒から農作物の収穫量が減っていると聞くことも増え、魔物の数が増えたという王立騎士団からの報告も上がるようになった。そうして、主聖しゅせい会議でも納得できる聖女交代の材料が揃ったとして、早急に「聖女召喚の儀式」を準備することになった。
 そして、聖女退位式ののち、半年の準備期間を経て、山々の緑が赤や黄色に染まる葉栄え月に、ようやく陣が完成したのだ。

 久々の聖女召喚に、心なしかティーロの顔も強張っているように見える。出世に貪欲な聖魔術師隊副隊長も、さすがに国王女王陛下や王子殿下を前にして緊張するものなのかと驚いた。同期の聖魔術師にそんな繊細な心が残っていたことが意外だったのだ。
 聖カエルリッテ教の東オリエ神殿に所属する聖魔術師と聖騎士が一堂に会し、王族と主聖たちが見守る中、儀式は厳かに始まった。

 聖魔術師九人が聖女召喚魔法の詠唱を始める。誰か一人でも詠唱を間違えば儀式は失敗だ。瑠璃を砕いて描かれた魔法陣を再度構築するには、金も時間もかかる。フジ様の力があと半年もつかどうかはわからない。儀式は一度きりだ。重圧の中、ティーロは涼し気な顔で立っているが、内心は冷や汗が出ているに違いない。
 儀式の間の白亜の床に、魔法陣が青白く浮かび上がる。聖魔術師九人の魔力をすべて結集しなければならないほどの、大掛かりな儀式だ。
 我々聖騎士は魔法陣から少し離れたところで剣と盾を構え、王族と主聖たちの前に立っている。万が一儀式が失敗して良からぬものが召喚された場合、聖騎士がそれを討たねばならない。王族と主聖――高貴な方々の盾になりながら。
 犠牲者を出したくはない。
 儀式が成功することを祈るだけだ。

 喚び出した聖女は、それに見合うだけの仕事をしてくれると我々は知っている。
 フジ様は魔物の出現を《抑制》し、土壌の汚染を《浄化》し、傷ついた人間を癒やし《回復》させ、不幸な出来事を《先見》し、すべての事象を《透視》する、まさしく聖女であった。
 フジ様が聖女であった期間、東オリエ神殿のあるウェローズ王国には、戦争も内戦も、大きな飢饉も、疫病の蔓延もなく、実に平和な日々が続いていた。
 しかし、フジ様ももう六十歳。四十年も聖女を務められ、平均寿命も越えてしまっている。魔力の巡りも良くないだろう。神殿にいる聖務官せいむかんは皆フジ様の健康を願っている。聖女という荷を下ろし、ゆっくり静養してもらいたい。優しく穏やかで凪いだ海のような聖女様を、我々は慕っているのだ。

『聖母エルラートよ、我らに新しき聖女を授けたまえ』

 聖魔術師たちの最後の詠唱とともに、瑠璃の魔法陣が発光し、嵐ほどの強風が陣の中央へと集まっていく。すべての人間の青い聖衣がはためき、老いた主聖などはよろめいている。鍛えている聖騎士でさえ、盾を持つのがやっとの状態だ。儀式の間が吹き飛ばされるのではないかと危惧してしまうほどの暴風だ。
 しかし、誰一人として声を上げることはない。固唾を飲んで、陣の中央を見つめている。

 やがて、瑠璃色の光が白亜の床に集まり、何かを形作る。何か――寝転んだ人間だ。

「……聖女様?」

 青白い光が収まったのち、大主聖だいしゅせいが声をかける。
 教聖きょうせいの聖衣と同じくらい真っ青な衣服を身に着け、赤と白の布を黒い頭に巻き、液体の入った青い瓶のような容器を胸に抱きながら、寝転んだ人間はむにゃむにゃと呟いた。

「んふふ、もう飲めなぁい」

 聖女様だ、成功だ、と主聖たちが騒ぎ立てるが、寝転んだ人間は起きる様子もない。ぐっすり寝入っているようだ。
 力を使い果たして倒れた聖魔術師たちを起こし、部下の聖騎士たちに薬用室へ連れて行くよう指示を出す。魔力回復の薬が必要だ。辛うじて意識のあったティーロを座らせて、「聖女様」が見えるようにしてやる。
 聖女様は赤ら顔で幸せそうに眠っている。召喚されたことにも気づいていないようだ。
 フジ様はあのようなはしたない姿を自分たちに晒したことはない。聖女様は神聖なもの、という概念が音を立てて崩れていくかのようだ。
 あの者は本当に聖女様なのか?
 そんな疑念を抱いているのは自分だけのようだ。周りは既に奇跡を称え合っている。

「召喚成功ですか?」
「……酔っ払い、のようだがな」
「酔っ払いでもいいんですよ、ゼルギウス。聖女様を召喚できたのですから」

 ホッとしたのか、ティーロはそこで意識を失った。

「グライスナー、聖女様を聖居せいきょへ!」

 大主聖ディークマン様から命令されたので、ティーロの介抱を部下に任せて聖女様に近づく。やはり酒臭い。酔っ払いで間違いない。召喚時に泥酔していた聖女様は聞いたことがない。
 しかし、これでも世界の均衡を保つ力のある聖女様だ。神聖な存在だ。抱き上げると、意外と軽く柔らかい体に驚く。可愛らしい顔をしているようだが、酒の臭いで色々と台無しだ。
 液体の入った容器は、オストヴァルト団長が大事そうに抱えているのが見えた。……聖女様の私物を失敬するんじゃないだろうな、聖騎士団の団長様ともあろう方が? 疑いの目を向けながらも、咎めることなく聖居へと向かう。
 聖女様に触れることができて光栄なはずなのに、そこまで大きな歓びには繋がらない。自分のことを信心深いと思っていたのだが、考えを改める必要がありそうだ。

「しずく……おいし……」

 だらしなく、幸せそうに笑う彼女を、どうしても聖女様だと認めたくない自分がいる。なぜなのか、言語化するには難しい感情だ。とても難しいものだったのだ。



 その日、聖女召喚は成功した、と国王陛下から広く国民に伝えられた。もちろん、聖女様が酔っ払っていたことは伏せられたままであったが。
 新たなる聖女が、ここ、東オリエ神殿に誕生したのだった。


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