聖女様はなんでもお見通し!

千咲

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002.聖女、宣誓する。

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 頭が痛い。
 比喩ではなくて、本当に頭が痛い。二日酔いだとわかっている。
 地域の秋祭りでだんじりを担ぎ終え、酒蔵のヤマさんが、かき手一人一人に行き渡るほどに差し入れてくれた純米大吟醸酒を飲んだところまでは覚えている。めちゃくちゃ美味しかった。そこから先の記憶が全くない。お酒が美味しかったことしか覚えていない。

 だから、見知らぬベッドで寝かされている状況には軽くパニックになったし、何人かの女性たちに「湯浴みの時間です」と岩風呂に連れて来られて体中を洗われたときには、まだ夢を見ているのだと思った。
 けれど、湯は熱く、頬を叩くと痛かった。夢ではないとすぐにわかった。
 ならば、ここはどこ?
 私が口を開こうとすると、女性たちから次々に「飲み物はこちらです」「お菓子をお食べください」と勧められ口に詰められるので、疑問は解消されないままだ。
 バスケットに入れられた、手のひらほどの大きさのビスケットはしっとりしていて美味しい。食欲はないと思っていたけれど、二枚ペロリと食べてしまう。意外とお腹は空いていたらしい。
 思わず女性たちに聞いてみると、すんなりと答えてくれた。私は三日ほど寝ていたようだ。泥酔して三日も寝込むなんてバカみたい。秋祭りが終わってしまった。最悪だ。
 なので、この頭痛は厳密には「二日酔い」ではないみたい。「こちらの薬草水が頭痛にはよく効きますよ」と言われるがままに差し出された青汁のような液体を飲む。草の匂いのする薬草水は全く美味しくなかった。厚意を無下にすることもできないので何とか全部飲んだけど、吐き気が強まった気がする。失敗だ。

 岩風呂から出ると、隣の部屋に通される。脱衣所にしては広い。ドレッサーのようなものや、ソファ、何か青い衣装などが置いてある。写真館の着付け・メイク部屋に似ている。
 そこで、肌触りのいい服に着替えさせられ、ふかふかの椅子に座らされて丁寧に髪を梳かれ、化粧を施される。部屋の雰囲気といい、されるがままの状況といい、まるで成人式の前撮りみたいだなぁなんて夏のことを思い出す。
 ぼんやりしているうちに、ずっしり重たい青い衣装を着させられ、ずっしり重たい冠みたいなものを頭に載せられた。衣装には宝石が縫い付けられているみたいで、めちゃくちゃ重い、本当に重い。
 だから、私、頭が痛いのよ。吐きそう。ねぇ、これで写真でも撮るの? 早く終わらせたいんだけど、カメラマンはどこ? コレ、ドッキリなんでしょ?

「聖女様、お美しいです」

 誰かがほぅっと溜め息をついたので、私はすぐさま鏡を希望した。見たい、見たい。「お美しい」私を見たい!
 けれど、別に「お美しい聖女様」が鏡に映っていたわけではない。薄化粧をした、いつも通りの私がいた。二日酔いゆえか、赤い口紅が青白い顔によく映える。もう少しチークを濃くしなきゃと思うんだけど。コレでいいの? 本当に? お世辞が上手なのね、皆。

「ところで、ここはどこ? ドッキリなんでしょ? まさか拉致されたとか?」
「ラチ? 聖女様は召喚されたのですよ」
「ショーカン?」
「召喚です」

 年配の女性が力強く言い切り、「今から主聖様方から詳しく説明してくださいますので」とこれ以上の説明はいたしませんとばかりに青い装飾品を選び始めた。
 シュセイサマガタとやらはきっと偉い人なのだろう。納得できるよう説明してもらえるならいいけど。納得できなかったら逃げ出せばいい。この宝石だらけの衣服を売れば、当面の生活費にはなるはずだ。
 ……あ、でも、衣装も装飾品もレンタルかな? 私のものかわかんないや。売るのはマズいかも。捕まっちゃう。逮捕されるのは嫌だな。

 準備ができると、女性が扉の向こうに声をかける。重厚な扉を開けて入ってきたのは、二人組の男性だ。紺桔梗の短髪に薄藍の目の屈強な男と、銀鼠の長い髪に常磐色の目をした優男。二人とも結構なイケメンだと思う。好みではないけれど。
 屈強な男は紺碧の甲冑を着て帯剣しており、優男のほうは私と同じようにゆったりとした浅葱色の衣装を着ている。宝石は縫い付けられていないみたいだ。私もそっちの衣装が良かった。
「我々が聖女様を護衛いたします」と優男さんが言う。護衛が必要なほど周りが危険なのかと身構えてしまう。確かにこの衣装では誰かに襲われたとしても逃げることはできないだろう。護衛してくれるならお任せしよう。

 それにしても、何だろう、この「青」の多さ。調度品にも藍色や青色が多く使われている。落ち着くようで落ち着かない。
「では参りましょうか、聖女様」と優男さんが微笑んで扉の向こうに案内してくれる。私はフラフラしながらついていく。
 真っ青な廊下を想像したけれど、意外と廊下は白かった。水色、パステルブルーが壁の装飾に使われているけれど、暴力的な青色はない。ただ、廊下の窓から見える建物の外壁は、空の色よりも真っ青だ。外国のお城のような、教会のような建物に見える。日本では見たことがない建築物だ。
 また、周りに怪しい人物もいない。護衛と言うからビビっちゃったじゃないの。一応、注意しながら進むけど。

「ねえ、ここはどこ?」
「ウェローズ王国ですよ」
「日本、じゃないの? ヨーロッパ? 私、パスポート持っていないんだけど」
「大丈夫です。今から説明いたしますので」

 全然大丈夫じゃない。衣装がめちゃくちゃ重い。これでこの廊下を歩き続けるの? ヒールじゃないことだけが救いだわ。
 空気に暑苦しさはない。日本の秋と同じくらいの気温。赤道直下ではなく、ヨーロッパあたりかなと想像する。海外旅行なんて行ったことないから、当てずっぽうだけど。
 パスポートがなくても大丈夫な外国があるとは思わなかった。……日本語が通じるとも思わなかった。優男さんは流暢な日本語だなぁ。通訳もできる護衛さんかな?

「あなたたちがシュセイサマガタ?」
「いえ、我々は教聖です」
「キョウセイ……また新しい単語が出てきた」
「いずれ慣れますよ」

 いずれ、って。私、どれだけここにいる予定なんだろう? まさか、ずっとってことはないよね?
 前を歩く優男さんの歩幅はゆっくりだ。色々と配慮してくれているとわかる。衣装がずっしり重たいので、非常に助かる。
 私の背後の屈強さんからはめちゃくちゃ視線を感じる。好奇心という類のものではない。めちゃくちゃ睨まれている気がする。もしかして嫌われてる? 失礼なことをしたら腰に見えている剣で斬られそうだ。背後に凶器を持つ男がいると落ち着かない。有名なスナイパーが嫌がるのも納得できる。

「ところで、聖女様。今から大主聖様の前で聖女宣誓をしていただくのですが、手順は全て補佐いたしますのでご安心ください」
「はあ」
「難しいことはありません。祭壇にある水晶に手を当て、大主聖様と同じ言葉を繰り返すだけですので」

 なら、大丈夫そうかな。ダイシュセイサマもセイジョセンセイも漢字変換が全然追いつかないけど。
 長い廊下を歩き、いくつか角を曲がる。何箇所か扉があった。目にするもの全てに青色の装飾がなされているのを見ると、やはりここでは青色に何か重要な意味があるのだろうと想像がつく。
「着きました」と優男さんが扉の前で立ち止まる。なるほど、扉は全体が深い藍色をしている。藍色のタイルのようなもので装飾されているようだ。
 護衛、と言っていたけれど怪しい人に襲われたりはしなかった。ホッとする。彼らは道案内をしてくれただけらしい。
「聖女様をお連れいたしました」と優男さんが扉の向こうに声をかけると、すぐに藍色の扉が開かれた。

「では、どうぞ」

 優男さんに促されて部屋の中に足を踏み入れる。
 予想通りと言うべきか、やはり室内は真っ青だった。まるで沖縄の海底に沈んでいるかのような部屋だ。
 部屋はコンビニくらいの広さだ。奥には木製の教卓のようなものがあり、さらにその奥に何人かの男性がいる。皆、青い衣装を身に着けているので、コンビニのカウンターと店員のように見える。衣装が青と白のストライプだったら、絶対吹き出していた。絶対に笑ってはいけないセイジョセンセイだ。あれが祭壇とシュセイサマガタ、なんだろうな。

「聖女様、こちらへ」

 祭壇の奥、中央に立った男性に促され、前へと進む。祭壇の上には確かに水晶のような球体が置かれている。男性の顔と同じくらいの大きさ。占い師さんとかが使っていそうなものだ。
「手で触れるように」と言われたので、右手を素直に水晶の上に置く。彼が「ダイシュセイサマ」だろうか。ダイシュセイサマの周囲にいる男性たちがなぜか皆つばを飲み込んだのは、何でだろう。
 水晶はひんやりと冷たい。すかさず「両手で」と背後にいた優男さんが耳打ちしてくれたので、左手も添える。補佐してもらえるのは助かる。早く終わらせたい。吐きそう。

「では、私に続けて宣誓を。んんっ、聖女宣誓」
「セイジョセンセイ」

 畏まった感じでセイジョセンセイとやらが始まったけれど、既に気持ち悪さで吐きそうだ。部屋に入る前に一回吐いておけばよかった。
 セイジョセンセイは、先生になることでも、運動会なんかで実施する「スポーツマンシップに則り」という宣誓でもなかった。想像していたものとは違っていた。お祈りみたいなものだ。
 そして、ダイシュセイサマはゆっくり、はっきりと言葉を口にしてくれるのでかなり助かった。聞き取れなかったらどうしようかと思っていたけれど、その心配はなかった。
 何となく、気づく。セイジョセンセイが「聖女宣誓」であり、私がその聖女そのものなのだと。ショーカンは、召喚。つまり、漫画やアニメで見たことあるやつだ。作り物の話だと思っていたけど、ほんと、どういうこと?

「聖母エルラートの名において」
「聖母エルラート、の名において」
「我らをお導きくださいませ」
「我らを、お導きくださいませ」

 アーメンと言ったり十字を切ったりはしないようだ。キリスト教ではないみたい。
 それにしても、聖母エルラートって誰? マリア様とは違うの? 二日酔いでグロッキーな女が聖女でも聖母様とやらは許してくれるの?
 説明不足もいいとこだわ、と思っていたら、いきなり水晶が青白く光った。思わず「わぁ」と叫んで手を離してしまう。けれど、優男さんからは咎められなかったので、もう手を離しても大丈夫だったのだろう。
「おぉ」と男性たちは光を見つめて喜んでいる。何かいいことがあったに違いない。

「聖母エルラート様が聖女様をお認めになられた」
「私も確認いたしました」
「私めも」

 男性たちは頷き合っている。しばらくすると、光はすぅっと消えてなくなった。
「東オリエ神殿はそなたを聖女と認めよう」と言われたけれど、よくわからない。よくわからないので、とりあえず「はい」とだけ答えておく。「聖女様、聖女様」と言われてもわけわかんないんだよね。二日酔いでも大丈夫だったみたいだけど。

「ファスベンダー、グライスナー」

 優男さんと屈強さんがそれぞれ返事をする。それが彼らの名前のようだ。

「ヘーディケとともに、聖女様への説明を」
「かしこまりました」

 ダイシュセイサマが、どうやらこの中で一番偉いみたい。人に命令するのに淀みがない。慣れている人だ。

「あのー、ちょっといい?」

 ダイシュセイサマがジロリと私を見下ろす。その視線だけで気づいてしまう。彼が私を歓迎していないということに。
 別に、権力者に楯突くつもりなんてなかったけれど、人を召喚しておいて偉い人が説明を省くなんて腹が立つ。私のことを「聖女様」と言う割には不遜な態度だし。

「ダイシュセイサマは聖女様の名前を聞かなくてもいいの?」

 空気がヒヤリと冷たくなった気がした。間違いではない。ダイシュセイサマは私を虫けらか何かを見るような目つきになっているもの。
 ちょっと言い方がまずかったかな、と思っても後の祭りだ。権力者に喧嘩を売ってしまったみたい。売った私が言うのもなんだけど、その喧嘩、買わないでほしいなー。

「せせせ聖女様、ディークマン様はお忙しいので!」
「お名前なら我々がしかと伺いますので!」

 周りの男性が慌てたことから、彼らの権力図もすぐ描けそう。ダイシュセイサマことディークマン様がトップに違いない。
 当のディークマン様はフッと口元を緩める。そして、冷徹な視線で私を見下ろし――いや、見下した、の間違いだね。とにかく場が凍るほどに不機嫌な声が発せられた。

「では、聖女よ、名を聞こうではないか。むろん、私の足を止めるだけの価値があるというのだろうな」

 名を尋ねるのならあなたが先に名乗りなさいよ、とは言わなかった。背後から、ものすごい気配がしたからだ。カタカタと何かが震える音。……屈強さん、もしや、鞘を、剣を握って、いらっしゃる? 剣を抜く寸前? 気になるけれど、振り向くことなどできない。めっちゃ怖い。振り向いた瞬間に首が飛ぶかもしれないもん。
 私だって命は惜しい。認められたからと言って、聖母エルラート様とやらが助けてくれるとは限らない。

清里きよさとあやめ、と申します。以後、お見知りおきくださいませ、ディークマン様」

 ディークマン様は、フンと鼻を鳴らし、すぐに部屋から出ていった。それに何人かの男性が従い、同じように退室する。
 祭壇の奥、男性が一人残っているのだけれど、彼がヘーディケ様だろうか。男性は私を見つめ、頷く。けれど、すぐに私から視線を外した。

「君たち、笑いすぎ」

 その言葉を合図に、私の背後からヒィヒィという声が聞こえてきた。

「だって、ヘーディケ様、あの顔を見たら、絶対笑いますよ……ふふ、ははは」
「ディークマン、様、あんな顔、初めて見た……はははははっ」

 振り向くと、優男さんと屈強さんが肩を震わせながら笑っている。そんな二人を見ながら、「困ったなぁ」とヘーディケ様は鼻をかく。
 どうやら、私の命は助かったみたい。

 でも、説明は、とりあえず、吐いてからでもいい? めっちゃ気持ち悪いんだよね。


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