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第三章 歩み寄り

第四十九話 お城探検

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「(それは、本当なの?)」


 ジークフリートさんから声の件を謝られた翌日、私はメアリーからもたらされた情報に耳を疑う。


「はい、本当ですよ。今日から鎖を外しても良いことになりました」


 メアリー曰く、ハミルトン様は、私が傷つかないように、自殺を防止するために鎖で繋いでいたらしい。けれど、私がそんな素振りを見せないことから、まだまだ不安ではあるものの、一応鎖を解いてくれるようだ。
 ついでに、正式な謝罪は今日の午後、いつもの訓練が終わった後に行ってくれるらしい。


(自由に、動ける?)


 元々、頻繁に外出するタイプではなかったものの、ずっと閉じ込められたままというのは少しばかりつらい。最近は、リド姉さんのおかげで少しは外に出たりもできていたものの、それでももっと自由になりたいという気持ちは心のどこかにあった。


「嬉しそうですね。ユーカお嬢様」


 穏やかに微笑むメアリーに言われて、私は珍しく表情に出たのだろうかと思いつつも、緩む頬を引き締めようとは思えない。


「(うん、嬉しい。私は、庭とテラス、後、図書室くらいしか知らないから、これからは色々な場所を回れるかな?)」

「えぇ、もちろんです。よろしけれは、ご案内しますよ」

「(じゃあ、よろしくっ)」


 鎖が外されて、手足が軽くなった私は、コクコクとうなずく。本当は、今日は大人しく読書をしているつもりだったけれど、外に出られるのならばそちらの方が良い。


「では、リドル様もお呼びしますね。あのお方は、この城に詳しいですから」

「(……しろ?)」

「? はい、ここはお城ですよ?」


 まさかと思って否定していた、ここがお城であるという事実に、私は少しだけ思考停止する。


(『マリノアジョウ』って、『マリノア城』だったんだね)


 確かに、ジークフリートさんの職業は魔王だ。魔王といえば、魔王城なのに、何だかあまりに現実離れしたできごとが続いていたせいで、そこまでの思考ができていなかった。


「(じゃあ、お城の探検、楽しみだね)」

「はい」


 すぐに気を取り直した私はそう言うと、メアリーの笑顔を眺めるのだった。





 リド姉さんとメアリー、リリの三人を伴ったお城探検は、すぐに開始された。私の居た部屋は三階らしく、一階から順番に案内してくれるとのことで、私はとっても楽しみだった。……なぜか、そこに待ち受けているジークフリートさんを見るまでは。


「ユーカ、城を探検するそうだな。俺も一緒に案内しよう」


 甘く、蕩けるような表情で告げてくるジークフリートさんに、私は内心大パニックだ。どう頑張っても、まともにジークフリートさんの顔を見ることはできそうにない。


「ご主人様っ、お仕事はどうなさったんですかっ?」


 と、そこに、リリの助け船が入る。


(そうだっ。魔王ってことは、色々と仕事があるはずだよね。私に構ってる暇なんてないよねっ)


 そう、希望を持ったのは一瞬。次の瞬間には、絶望へと叩き落とされる。


「むろん、仕事は全て終わらせた。それもこれも、ユーカを俺自身が案内したいと思ったからだがな」


 そう言いながら、ジークフリートさんはゆっくり私の方へと歩いてくる。


(わーっ、わーっ、無理無理無理ーっ!!)


 何だか心臓がうるさいくらいに鳴り響き、私は完全に混乱して、思わずリド姉さんの後ろへ、サッと身を隠す。


「……リド」

「ちょっ、ワタシのせいじゃないわよっ!?」


 随分と低い声でリド姉さんを呼ぶジークフリートさんに、私は少しも疑問に思うことなくただひたすらに隠れ続ける。


「ユ、ユーカちゃん? ほ、ほら、出ておいでー」


 リド姉さんは猫なで声でそう言うものの、無理なものは無理だ。今は、顔を合わせることなんて不可能なのだ。
 目の前にあるリド姉さんの服をギュッと掴み、フルフルと首を振れば、リド姉さんは何やら『ひっ』と引きつったような声を上げる。


「ご主人様、余裕がないですねっ」

「……仕方ないだろう」


 固まるリド姉さんに、やはり疑問を抱くことなく早くここから立ち去ろうとばかりに袖を引っ張ると、リド姉さんはどうにか動いてくれた。


「リド……」

「し、仕方ないでしょう! ユーカちゃんが優先よっ」


 リリと話している間に逃げてしまおうと思ったものの、その目論みはすぐにジークフリートさんに気づかれてしまう。ただ、リド姉さんは私の意思を優先させるつもりなのか、ジークフリートさんに必死に反論していた。


「……分かった。今日のところは引こう」

「えぇ、ユーカちゃんのことはちゃんと守るから、安心なさい」

「あぁ」


 しばらくの反論の後に、何やらまとまったらしい話。それはどうやら、私の意思を優先してもらえるということらしかった。


(よ、良かったぁ。ジークフリートさんは、今は心臓に悪いもんね)


 やっと安心できた私は、そのままリド姉さんの服から手を離し、ホゥッとため息を吐く。そして、そのために、私は気づくのが遅れた。ジークフリートさんが、一気に私との距離を詰めたという事実に。


(えっ?)


 顔を上げた瞬間、目の前にあったジークフリートさんの美しい顔に、私はカチンと固まる。そして、ジークフリートさんはそのサファイアの目を切なそうに細めて、私の髪を一房取ると、そこに口づけを落としていく。


「気をつけて見て回るんだ」


 そんな言葉を残して去っていくジークフリートさんを見送った私は、その後のことをよく覚えていない。お城を案内してもらったのは確かだったけれど、ジークフリートさんの行動の方が強く頭に残って、どうしようもなかった。


「(わーっ、わーっ、わーっ!!)」


 ぼんやりしながら部屋に戻った私は、枕に顔を埋めて、ひたすら出ない声で叫ぶのだった。
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