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ミーネ・ラトリャの不幸あるいは幸福
第五話 契約
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「あぁ、いいね。その力強い瞳。そんな目をされると、グチャグチャのドロドロに溶かして、泣き叫んでほしくなる」
目の前で麗しい顔のまま、とんでもないことを口走るソレに、私は、頬を引きつらせないように必死に表情筋を駆使する。
「俺と契約するってことが、どういうことか、分かってるのかな?」
狂気の宿ったギラつく瞳を向けられて、思わず悲鳴を漏らしそうになるのを我慢して、どうにか、声を振り絞る。
「分かって、ます」
悪魔は、人間の魂を対価に願いを叶える。願いの規模によって、その魂の量は変化するし、時には、魂以外のものを要求されることだってある。それでも、私は、お母様を助けたかった。いつも、私に優しく、時には厳しく接してくれた、大切な、大切なお母様を、救いたかった。
「本当にぃ? もし、契約したら、願いが叶った途端、俺に魂を奪われて、グチャグチャのドロドロにされちゃうんだよ? 許してって、いっそ殺してって叫んでも、ずっと、ずーっと、俺が飽きるまで、おもちゃにされ続けるんだよぉ?」
ドロリとした、粘性を持った狂気。それに対して、私は悲鳴をあげないようにするのが精一杯で、全身を震わせることしかできない。
「あぁ、可愛いなぁ。可愛い、可愛い、可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわいいかわいいかわいいかわいイかワイいカワイい」
唇が触れ合いそうな距離で、全く、甘い雰囲気もなく、ただただ、壊れたように狂気をぶつけられて、心臓が握り潰されそうな恐怖に囚われる。
「……あぁ、ごめんネ? 怖がらせて……ふフフっ」
ひとしきり、狂気に包まれたところで、ピタリと、ソレは言葉を打ち切り、私から顔を離すと、謝罪らしき言葉を告げる。
「はっ……ぁ……はっ、はっ……」
カチカチという音がどこかで鳴っているのを聞きながら、いつの間にか止めていた息を、必死に吐いて、吸うのを繰り返す。
「ふふふっ、ふふふふふっ。ごめんごめん。随分と、面白いことを言ってくれたから、つい、いじめちゃったね?」
「ぁう……」
「契約、しても良いよ? でも、よぉく考えることだね。自分の魂を捧げてまで、君は、母親を助けたい? 死にたくなるほどの苦しみを受けてでも、救いたい? もしかしたら、彼女にとっては、死が安らぎになるかもしれないのに?」
正直に言えば、先ほどの狂気に晒された結果、母を助けるためであっても、契約などしたくないという気持ちが強くなっていた。契約をすれば、きっと、コレは先ほど言ったことを実行する。人としての尊厳を奪われ、踏みにじられ、苦痛と恐怖の中で、最大限の苦しみを与えられる。そんなものに、耐えられる気などしなかった。
「……母を……いえ、この世界の記憶を歪めたのは、あなた、ですか?」
今は、まだ答えを出せない。しかし、それでも、母を救うことを諦めてはいなかった。
「んー、そう、とも言えるし、違うとも言えるね。俺は、過去に結ばれた契約の力で、間接的に干渉はしたけど、俺自身の力でこの状況を産み出したわけじゃない」
「過去の、契約……?」
「そっ。俺の父親。フリアの父親でもある人が結んだ契約!」
フリア様が結んだ契約は、詳しい内容までは分からないものの、バッカ殿下とトーリ殿下の魂を奪うものだった。しかし、彼らの父親という存在については、全く情報がない。
「あぁ、ダメだよ? 俺は、その契約内容は話せないから。……まぁ、伴侶になら話せるんだけどね?」
伴侶、というのは、あの婚約破棄の場でも聞いた。このカインという悪魔は、私を伴侶に選んだと言ってはいなかっただろうか?
悪魔の伴侶、という響きは、考えるだけで恐ろしいもののように思える。しかし、聞かないわけにはいかないと口を開いたところで……。
「カイン殿下、そろそろ開始となります」
扉が外からノックされ、執事らしき人の声が響いた。
目の前で麗しい顔のまま、とんでもないことを口走るソレに、私は、頬を引きつらせないように必死に表情筋を駆使する。
「俺と契約するってことが、どういうことか、分かってるのかな?」
狂気の宿ったギラつく瞳を向けられて、思わず悲鳴を漏らしそうになるのを我慢して、どうにか、声を振り絞る。
「分かって、ます」
悪魔は、人間の魂を対価に願いを叶える。願いの規模によって、その魂の量は変化するし、時には、魂以外のものを要求されることだってある。それでも、私は、お母様を助けたかった。いつも、私に優しく、時には厳しく接してくれた、大切な、大切なお母様を、救いたかった。
「本当にぃ? もし、契約したら、願いが叶った途端、俺に魂を奪われて、グチャグチャのドロドロにされちゃうんだよ? 許してって、いっそ殺してって叫んでも、ずっと、ずーっと、俺が飽きるまで、おもちゃにされ続けるんだよぉ?」
ドロリとした、粘性を持った狂気。それに対して、私は悲鳴をあげないようにするのが精一杯で、全身を震わせることしかできない。
「あぁ、可愛いなぁ。可愛い、可愛い、可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわいいかわいいかわいいかわいイかワイいカワイい」
唇が触れ合いそうな距離で、全く、甘い雰囲気もなく、ただただ、壊れたように狂気をぶつけられて、心臓が握り潰されそうな恐怖に囚われる。
「……あぁ、ごめんネ? 怖がらせて……ふフフっ」
ひとしきり、狂気に包まれたところで、ピタリと、ソレは言葉を打ち切り、私から顔を離すと、謝罪らしき言葉を告げる。
「はっ……ぁ……はっ、はっ……」
カチカチという音がどこかで鳴っているのを聞きながら、いつの間にか止めていた息を、必死に吐いて、吸うのを繰り返す。
「ふふふっ、ふふふふふっ。ごめんごめん。随分と、面白いことを言ってくれたから、つい、いじめちゃったね?」
「ぁう……」
「契約、しても良いよ? でも、よぉく考えることだね。自分の魂を捧げてまで、君は、母親を助けたい? 死にたくなるほどの苦しみを受けてでも、救いたい? もしかしたら、彼女にとっては、死が安らぎになるかもしれないのに?」
正直に言えば、先ほどの狂気に晒された結果、母を助けるためであっても、契約などしたくないという気持ちが強くなっていた。契約をすれば、きっと、コレは先ほど言ったことを実行する。人としての尊厳を奪われ、踏みにじられ、苦痛と恐怖の中で、最大限の苦しみを与えられる。そんなものに、耐えられる気などしなかった。
「……母を……いえ、この世界の記憶を歪めたのは、あなた、ですか?」
今は、まだ答えを出せない。しかし、それでも、母を救うことを諦めてはいなかった。
「んー、そう、とも言えるし、違うとも言えるね。俺は、過去に結ばれた契約の力で、間接的に干渉はしたけど、俺自身の力でこの状況を産み出したわけじゃない」
「過去の、契約……?」
「そっ。俺の父親。フリアの父親でもある人が結んだ契約!」
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「あぁ、ダメだよ? 俺は、その契約内容は話せないから。……まぁ、伴侶になら話せるんだけどね?」
伴侶、というのは、あの婚約破棄の場でも聞いた。このカインという悪魔は、私を伴侶に選んだと言ってはいなかっただろうか?
悪魔の伴侶、という響きは、考えるだけで恐ろしいもののように思える。しかし、聞かないわけにはいかないと口を開いたところで……。
「カイン殿下、そろそろ開始となります」
扉が外からノックされ、執事らしき人の声が響いた。
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