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ミーネ・ラトリャの不幸あるいは幸福
第四話 大罪
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「う……ん……」
何か、とてつもなく悪い夢を見ていた気がする。冗談でも見たくない、お母様が私を殺そうとする夢。そして、中身が変わったバッカ殿下に庇われる夢。そんな夢に、吐き気を覚えながら、私はそっと目を開ける。
「ここ、は……?」
「っ、お嬢様! お目覚めになりましたかっ!」
「レアナ? 私、は……?」
見覚えのない豪華な部屋で目覚めた私は、近くに馴染みのある侍女が居るというだけで安心する。
「覚えておられませんか? ……いえ、それなら、それで良いのです」
ものすごく心配した様子のレアナに、何があったのかを考えるものの、分からない。何せ、どうやら私は、長い悪夢を見ていたようなのだから。
「私、長い悪夢を見ていたの。……お母様が、私を殺そうとする悪夢を」
『そんなわけないのにね』と続けようとした私は、レアナの表情を見て、何も言えなくなる。
「夢……でしょう?」
この言葉に肯定してほしい。あれは夢だったのだと、断言してほしい。それなのに、レアナから新たな言葉が紡がれることはない。それが、何よりも雄弁な答えであるような気がして……私は、必死に首を横に振る。
「そんなっ、そんなはずないっ! お母様がっ、私を殺そうとするなんてっ! そんなっ、そんなっ」
「申し訳ありません。お嬢様。全ては、止められなかった、私の責任です」
「どう、いうこと……?」
なぜ、レアナが謝るのか、分からない。『止められなかった』とはどういうことなのかも、分からない。才女と持て囃されていたとしても、私はまだ、二十年にも満たない歳月しか経ていない。衝撃の連続としか言い様のない状況下を上手く立ち回れるほどの力は身についていない。
「申し訳ありませんっ。私達は、お嬢様に対する奥様の非道な行いを止めることができませんでしたっ! 奥様がお嬢様のことを疎んでおられるのは承知しておりましたのに、このような事態を招き、まことにっ、申し訳ありませんっ」
ただ、恐らくは、私が大人になって、ある程度の場数を踏んでいたとしても、今と同じ場面に直面して、上手く対応する、なんてことができるとは思えない。お母様が私を疎んでいたなど、信じられるわけがない。侍女であるレアナが知っているということは、それは、私だって理解しているはずの出来事でなければおかしい。
(どう、いう……何が、起こってる、の……?)
何もかもが、私の理解の範疇を超えていて、何も、考えたくない。
謝罪を続けるレアナに、私は何も返すことができないまま、呆然とするしかない。しかし……王族の挙式の場での暴挙を受けて、事がゆっくり進行するなんてことはあり得ない。
「失礼します。カイン殿下がお越しでございます」
見慣れない、恐らくは城の侍女であろう女性の言葉に、私は、混乱した頭のまま、その訪れを拒否しようとして……その前に、扉が開いてしまうのを目撃してしまう。
「やぁ、ミーネ。元気……ではなさそうだね」
そこに居たのは、本来のバッカ殿下ならばけっして見せないであろう、憂いの表情を浮かべたカインという男だった。
本当に、私のことで表情を変えているように見える彼を前に、私は、一気に緊張する。
(この男が、全てを変えた元凶……?)
フリア様の婚約破棄から始まった今日までの異常な時間。それを、この男のせいとするにしては、あまりにも荒唐無稽に思えるが、一つだけ、可能性があることには気づいていた。
「君達は下がって。私は、彼女と二人で話したい」
そんなカイン殿下の言葉に、レアナも、城の侍女も下がる。
「夫人のことは……残念だったね?」
「……あなたは、誰、ですか?」
表情を、悲しげなものに変えはしたものの、その瞳は、嗜虐性に満ちており、私は、身の危険を感じながら、一応、対話を試みる。すると、彼はスッと目を細め、今度は、表情を取り繕うことなく、邪悪さを感じさせる笑みを浮かべてみせる。
「ラトリャ家のご令嬢なら、予想はできるんじゃないかな?」
フリア様の婚約破棄の現場で見聞きしたこと。多くの国に存在する、ソレによって起きた悲劇の歴史。ヤツらが持つ、特殊な力。それらを鑑みれば、どうにか、答えは出る。
「悪魔……」
「せぇかいっ。ふふっ、何? もしかして、違うと言ってほしかった?」
顔だけ殿下と称されたバッカ殿下の顔で、凄絶な色気を醸し出すカイン。その様子に、私はベッドの上で後退るも、すぐに距離を詰められ、目の前に、ソレの顔が迫る。とてもではないが、私を庇って傷を負ったとは思えない滑らかな動き。もし、悪魔だと言うのであれば、あの程度の傷なら治してしまえるのだろうと頭の片隅で思いながら、必死に、この状況の打開策を考える。
「っ……」
「ふふっ、可愛いなぁ。ねっ、君のお母様は、何をしたのか、ちゃんと覚えてるかな?」
悪魔だと認めたソレの言葉に、私はそのまま頭を働かせて……絶望的な気持ちになる。
「分かったみたいだね?」
「は、母を、どうする、つもりですか……?」
記憶とは随分と性格の異なる母。彼女が行ったのは、まごうことなく、王族への殺害未遂だ。それをやらかした彼女が、どんな運命を辿るのか、想像するだけでも、恐怖で頭がどうにかなりそうだった。
「王族へ刃を向けた者を放置するわけにはいかない。それは、よぉく理解しているはずだよ?」
「くっ……」
どんなに頑張ったとしても、極刑を免れない罪を犯した母。その事実が痛いほど理解できて、震えてしまう。
(諦めちゃダメっ、何かっ、何か、手があるはずだからっ)
もし、この異常な状態が解除される日が来るとして、解除される前に母が死んでしまったら、私は二度と、大切な母に会えなくなる。
「私と、契約しませんか?」
様々な現実と思いたくない現実に追い詰められた私は、母を助けなければという感情に埋め尽くされて、まともな判断能力など残っていなかった。……だから、私は、大罪とされる悪魔との契約を行うことにした。
何か、とてつもなく悪い夢を見ていた気がする。冗談でも見たくない、お母様が私を殺そうとする夢。そして、中身が変わったバッカ殿下に庇われる夢。そんな夢に、吐き気を覚えながら、私はそっと目を開ける。
「ここ、は……?」
「っ、お嬢様! お目覚めになりましたかっ!」
「レアナ? 私、は……?」
見覚えのない豪華な部屋で目覚めた私は、近くに馴染みのある侍女が居るというだけで安心する。
「覚えておられませんか? ……いえ、それなら、それで良いのです」
ものすごく心配した様子のレアナに、何があったのかを考えるものの、分からない。何せ、どうやら私は、長い悪夢を見ていたようなのだから。
「私、長い悪夢を見ていたの。……お母様が、私を殺そうとする悪夢を」
『そんなわけないのにね』と続けようとした私は、レアナの表情を見て、何も言えなくなる。
「夢……でしょう?」
この言葉に肯定してほしい。あれは夢だったのだと、断言してほしい。それなのに、レアナから新たな言葉が紡がれることはない。それが、何よりも雄弁な答えであるような気がして……私は、必死に首を横に振る。
「そんなっ、そんなはずないっ! お母様がっ、私を殺そうとするなんてっ! そんなっ、そんなっ」
「申し訳ありません。お嬢様。全ては、止められなかった、私の責任です」
「どう、いうこと……?」
なぜ、レアナが謝るのか、分からない。『止められなかった』とはどういうことなのかも、分からない。才女と持て囃されていたとしても、私はまだ、二十年にも満たない歳月しか経ていない。衝撃の連続としか言い様のない状況下を上手く立ち回れるほどの力は身についていない。
「申し訳ありませんっ。私達は、お嬢様に対する奥様の非道な行いを止めることができませんでしたっ! 奥様がお嬢様のことを疎んでおられるのは承知しておりましたのに、このような事態を招き、まことにっ、申し訳ありませんっ」
ただ、恐らくは、私が大人になって、ある程度の場数を踏んでいたとしても、今と同じ場面に直面して、上手く対応する、なんてことができるとは思えない。お母様が私を疎んでいたなど、信じられるわけがない。侍女であるレアナが知っているということは、それは、私だって理解しているはずの出来事でなければおかしい。
(どう、いう……何が、起こってる、の……?)
何もかもが、私の理解の範疇を超えていて、何も、考えたくない。
謝罪を続けるレアナに、私は何も返すことができないまま、呆然とするしかない。しかし……王族の挙式の場での暴挙を受けて、事がゆっくり進行するなんてことはあり得ない。
「失礼します。カイン殿下がお越しでございます」
見慣れない、恐らくは城の侍女であろう女性の言葉に、私は、混乱した頭のまま、その訪れを拒否しようとして……その前に、扉が開いてしまうのを目撃してしまう。
「やぁ、ミーネ。元気……ではなさそうだね」
そこに居たのは、本来のバッカ殿下ならばけっして見せないであろう、憂いの表情を浮かべたカインという男だった。
本当に、私のことで表情を変えているように見える彼を前に、私は、一気に緊張する。
(この男が、全てを変えた元凶……?)
フリア様の婚約破棄から始まった今日までの異常な時間。それを、この男のせいとするにしては、あまりにも荒唐無稽に思えるが、一つだけ、可能性があることには気づいていた。
「君達は下がって。私は、彼女と二人で話したい」
そんなカイン殿下の言葉に、レアナも、城の侍女も下がる。
「夫人のことは……残念だったね?」
「……あなたは、誰、ですか?」
表情を、悲しげなものに変えはしたものの、その瞳は、嗜虐性に満ちており、私は、身の危険を感じながら、一応、対話を試みる。すると、彼はスッと目を細め、今度は、表情を取り繕うことなく、邪悪さを感じさせる笑みを浮かべてみせる。
「ラトリャ家のご令嬢なら、予想はできるんじゃないかな?」
フリア様の婚約破棄の現場で見聞きしたこと。多くの国に存在する、ソレによって起きた悲劇の歴史。ヤツらが持つ、特殊な力。それらを鑑みれば、どうにか、答えは出る。
「悪魔……」
「せぇかいっ。ふふっ、何? もしかして、違うと言ってほしかった?」
顔だけ殿下と称されたバッカ殿下の顔で、凄絶な色気を醸し出すカイン。その様子に、私はベッドの上で後退るも、すぐに距離を詰められ、目の前に、ソレの顔が迫る。とてもではないが、私を庇って傷を負ったとは思えない滑らかな動き。もし、悪魔だと言うのであれば、あの程度の傷なら治してしまえるのだろうと頭の片隅で思いながら、必死に、この状況の打開策を考える。
「っ……」
「ふふっ、可愛いなぁ。ねっ、君のお母様は、何をしたのか、ちゃんと覚えてるかな?」
悪魔だと認めたソレの言葉に、私はそのまま頭を働かせて……絶望的な気持ちになる。
「分かったみたいだね?」
「は、母を、どうする、つもりですか……?」
記憶とは随分と性格の異なる母。彼女が行ったのは、まごうことなく、王族への殺害未遂だ。それをやらかした彼女が、どんな運命を辿るのか、想像するだけでも、恐怖で頭がどうにかなりそうだった。
「王族へ刃を向けた者を放置するわけにはいかない。それは、よぉく理解しているはずだよ?」
「くっ……」
どんなに頑張ったとしても、極刑を免れない罪を犯した母。その事実が痛いほど理解できて、震えてしまう。
(諦めちゃダメっ、何かっ、何か、手があるはずだからっ)
もし、この異常な状態が解除される日が来るとして、解除される前に母が死んでしまったら、私は二度と、大切な母に会えなくなる。
「私と、契約しませんか?」
様々な現実と思いたくない現実に追い詰められた私は、母を助けなければという感情に埋め尽くされて、まともな判断能力など残っていなかった。……だから、私は、大罪とされる悪魔との契約を行うことにした。
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