冒険の書 ~始の書~

星宮歌

文字の大きさ
43 / 64
第二章 第二フロア

ブルースライム

しおりを挟む
 そんな馬鹿なことがあってたまるかという思いと、やっぱりかという思いがない交ぜになり、俺は複雑な面持ちになる。しかし、それも、次の瞬間には引き締めることとなった。


『ブルースライムが現れた』


 警戒を怠ったつもりはない。しかし、開いたままの冒険の書には、たしかに、そんな文章が浮き出ていた。疲れた体で素早く立ち上がった俺は、周囲を真剣に探る。

 『ブルースライム』というモンスターの名前に、聞き覚えはない。最大限の注意を払うべきだ。

 そして……瞬間的に全身に恐ろしいまでの悪寒が走り、俺は本能の命ずるままにその場を飛び退く。


 パチャンッ!


 盛大に水をぶちまけたかのような音に、俺はサァっと青ざめる。俺の選択は、大正解だった。ソイツは、俺が先程までいたその場所に、上から落下してきたのだから……。

 第一フロアでスライムに腕を焼かれた記憶がよみがえり、色は水色に変わっているものの、あのスライムと同じ形状のソレを見て身震いする。ただ、ブルースライムは、そんな俺を待ってはくれない。


 フシュンッ!


「っ!?」


 第一フロアのスライムのようにフリュンと震えるかに見えたブルースライムは、そのゼリー状の天辺を鞭のように伸ばし、しならせて攻撃してきたのだった。足下を狙ったそれに、俺は慌ててジャンプして避ける。

 スライムと言うからには、きっとあの体を構成しているのは強力な酸だ。当たるわけにはいかない。


 フシュンッ!


 そして、次は、上から下へとスライムの鞭が降り下ろされる。


「っと」


 それに対して、俺は危なげなく横へ回避すると、そのまま鞭の先を剣で切りつけるべく踏み込む。が、それは悪手だったらしい。


 パチャンッ!!


 地面に叩きつけられた鞭は、その構成物である酸を撒き散らす。


「いっ!!」


 もしも上からの鞭を確認した瞬間、できるだけ逃げていれば、俺はその飛沫の被害を被ることはなかっただろう。左足に感じた熱に、俺は歯を食い縛る。

 これまでに怪我をしたのは一度や二度なんかじゃすまない。小さなものから大きなものまで、様々な怪我をこの場所に来てから負っている。
 だから俺は、その痛みを耐えられる。来たばかりの頃では悲鳴を上げていたであろうものを耐え、次の攻撃をかわす。


 フシュンッ! フシュンッ!


 そんな音とともに繰り出される攻撃は、けして避けられない程のものではない。むしろ、レベルが上がるとともに動体視力やら足の速さやらも上がったのか、簡単に避けられるレベルのものだ……が、攻勢に出ようとすれば鞭に邪魔される。

 たまに、横凪ぎに振るわれた鞭状のスライムを斬りつけることはできても、それ以上の大きなダメージが与えられない。いや、そもそもそれがダメージになっているのかさえ怪しい。


 何か……何かないか?


 さすがに避けながら、斬るタイミングを見計らいながら、リュックの中のものを探るという三つのことを同時にはできない。そこで俺は一度攻撃を諦め、帯剣ベルトに剣を戻すと、攻撃の回避とリュックの中のものを探ることに専念する。


 何か、何か……ん? これは……。


 後ろに手を回して、リュックの中身を探っていた俺が掴んだものは、おそらく先程回収したばかりの『赤い雫』入りの小瓶。たしか、毒消しの効果があると書いてあったはずだ。

 スライムの構成物質は酸。毒消し効果のある液体を放ったところで、何かが変わる保証もない。が、もしかしたら、何か俺の知らない化学変化が起きてくれる……かもしれない。

 いや、化学変化が起きずとも、これを投げればブルースライムの注意を引くことくらいはできそうだ。


 フシュンッ!


 上から降り下ろされるブルースライムの鞭に、俺はその場から大きく後退することで回避する。そして……『赤い雫』入りの小瓶をブルースライム目掛けて投げた。


 フシュンッ!


 やはりというか、なんというか、その小瓶はブルースライムの体(?)の部分に当たる前にその鞭が叩き壊す。が、そこに、致命的な隙が生まれたのを、俺は見逃さなかった。俺は一気にブルースライムの前へと肉迫する。そして、剣を降り下ろそうとした瞬間、またあの鞭がこちらを狙おうとしていることに気づき、予定を変更して回避行動へと移る。


 フシュンッ!


「くっ」


 その鞭は、俺の腹を目掛けて横凪ぎに振るわれ、間一髪、後ろへ跳ぶことで逃れる。

 どうやら、多少注意を引き付けただけでは懐に飛び込めないらしい。バックステップを繰り返し、とにかくブルースライムから距離を取ると、次の手を思案する。

 が、そこで、ブルースライムに異変が起こった。


 ボコッボコボコッ。


 ブルースライムが、まるで沸騰でもしたかのようにブクブクと波打つ。何が起こるか分からない俺は、それが何か恐ろしいことの前兆に思え、本能的にブルースライムに背を向けて逃げ出した。そして、その直後。


 バチャンッ!!!


 水風船が破裂したかのような大きな音を立てて、ブルースライムが破裂する。


「ひっ!」


 チラリと後ろを振り向いてそれを確かめた俺は、迫り来るブルースライムの残骸に悲鳴を上げる。


 あれに当たったら、絶対にまずいっ。


 一直線にその残骸から逃れようと、通路を走り抜ける。


「っ!?」


 ただ、クックドラゴンとの恐怖の追いかけっこをした影響か、足が縺れる。

 全てがスローモーションに映る視界……しかし、なすすべもなく、俺は冷たい床に倒れ込む。

 石の床は、けして柔らかくはない。咄嗟の判断でどうにか手をつくことはできたものの、絡まった足は強く打ちつけてしまう。


「ぐぅっ!」


 そして、さらなる追い打ちとして、ブルースライムの残骸が迫って…………きたものの、勢い余って俺の頭上へと飛んでいく。


「……えっ?」


 そして、その残骸は、飛んでいる最中に見慣れた黒い光を放って霧散する。


「はぁ?」


 足の痛みを忘れて、俺は呆ける。


 もしかして、咄嗟に伏せていたら良かった……のか?


 そんなことを考えながら振り返ると、ちょうど黒い光を放って霧散していく残骸を見つける。どうやら、相当な広範囲に飛び散ったらしく、至る箇所で霧散する残骸が見える。

 あのブルースライムの体液に当たらなかったのは、幸運でしかなかったらしい。

 ゾォッと背筋が凍るのを感じながら、俺はうつ伏せの状態からリュックを下ろして横に置くと、ぐるりと仰向けに転がる。


 どうにか……生きている。


 それだけが、今、考えられる全てだった。

 第一フロアで重宝していた『薬草(小)』を寝転んだまま取り出し、足の痛みを解消する。と、そこで、ブルースライムのドロップアイテムを回収していなかったことを思い出し、重い体に鞭打って起き上がる。


「あった」


 目的のものは、ブルースライムが佇んでいた場所にあった。普通のスライムを倒した時のように、ペットボトルらしきものが。ノロノロと歩いてそれを手に取り、思わず観察する。


「……何で光ってるんだ?」


『アイテム図鑑

食糧編

8 キラキラの水

ブルースライムのレアドロップアイテム

何もかもが輝いて見える素晴らしい水』


 七色にキラキラと輝くペットボトルに入った液体の説明を求め、疲れも忘れて冒険の書を開いた俺は、そんな文言に戦慄する。


 これが……飲み物?


 『食糧編』とあるからには、この、七色に光る液体は飲み物である可能性が高かった。と、いうより、それしか考えられない。が、それでも、俺は、この『キラキラの水』が飲み物であることなど、信じられなかった。信じたくなかった。

 あの『黒卵』のときと同じ……いや、もしかしたらそれ以上の危機感に見舞われ、俺は必死に思考する。


 どうする。コレを持ち帰るか……? もし持ち帰ったとして、緊急時に何か飲食しなければならない状態に陥ったら……コレを飲むことになる?


 どう考えても、この『キラキラの水』は飲み物にあらざる輝きを放ってしまっている。


 ……よし、アンデットにでも投げて、安全性を確かめてからにしよう。そうしよう。


 『黒卵』の例があるため、もしかしたら、『キラキラの水』は美味しいのかもしれない。見た目が駄目でも、中身はそうでもないかもしれないことは重々承知だ。ただ……とにかく、これは生理的にアウトだ。

 だって、よく観察したら、この七色の光は、ドクロを形成しては霧散するというわけの分からない事象を繰り返しているのだ。


 無理だ。誰が何と言おうと、コレは飲めない。むしろ、コレを飲む奴がいたら、俺はソイツを勇者だと讃えよう。


 一応、『キラキラの水』をリュックに収めた俺は、フルフルと頭を振る。もう、『キラキラの水』のことは忘れて、これからを考えよう。

 そんな決意を胸に、俺は冒険の書の地図が描かれたページを開く。


「ここから先は知らない場所、だな」


 このフロアの地図は、まだ、三分の一くらいしか埋ってない。だから、このまま探索を続けて少しでも地図を広げるという手もあったが、今日はもう、色々と疲れた。引き上げようという決定は、すぐに下ったのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


キラキラの水、飲んだらどうなるんでしょうねぇ。

とりあえず、『絶対ヤバイやつじゃんっ!』って思ってもらえるような説明を心がけたつもりです(笑)

それでは、また!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

処理中です...