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第三章 閉ざされた心
第三十七話 快癒を祈って(ドム爺視点)
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カイトお嬢様が、魔本の影響で心を壊してしまわれた。それを知ったライナード坊っちゃんの絶望はいかばかりのものであるか、想像もできない。
「カイトお嬢様のご様子は?」
「お変わりありません」
カイトお嬢様の部屋から出てきたリュシリーに問いかければ、彼女は酷く憔悴した様子で答える。あの日、リュシリーは、本来ならばカイトお嬢様について、書庫の整理を一緒に行うはずだった。しかし、書庫の状態が、カイトお嬢様一人でも整理できる状態になったがために、リュシリーは他の仕事に向かうよう告げられ、本人もそれを承諾してしまったのだ。
「私が離れなければ……」
最近のリュシリーは、そう言って自分を責めることが多い。ただ、魔本の封印が緩んでいたらしいことを考えれば、リュシリーがついていたとしても、少しの隙をついて魔本がカイトお嬢様を襲った可能性は高い。
その説明はするものの、リュシリーが納得してくれる様子はなく、ただひたすらにカイトお嬢様に尽くしていた。そして……。
「ライナード坊っちゃんも、お変わりないか?」
「はい。今日も、ずっとカイトお嬢様の側におられます」
自分を責めているのは、リュシリーだけではない。ライナード坊っちゃんも、カイトお嬢様を書庫に向かわせるのではなかったと、ずっと自分を責めておいでだ。食事を摂ることはほとんどなく、ただただ、カイトお嬢様の側についたまま、じっと動くことはない。日に日にやつれていくライナード坊っちゃんを見続けるのは、とてもつらかった。
「そう、か……」
片翼に何かがあれば、魔族の心は引き裂かれんばかりに痛むと言われている。魔族は片翼を守るために、全力を尽くす。だから、自身の手の及ばないところで片翼が苦しんでいる時は、それはそれは心配するのだ。今のライナード坊っちゃんは、まさにその状態で、もしかしたら、このままカイトお嬢様の心が戻らなければ、ライナード坊っちゃんの心も壊れてしまうかもしれない、と思える状態だった。
「少し、坊っちゃんと話してくる。リュシリーは通常業務に戻るように」
「はい」
立ち去るリュシリーを見送り、私はカイトお嬢様が眠る部屋へと訪れる。
「ライナード坊っちゃん」
「……何だ?」
愛しそうにカイトお嬢様の手を取り、カイトお嬢様から目を逸らさないライナード坊っちゃん。それは、ともすれば壊れかけた魔族に見えなくもない状態で、私の心はヒヤリとする。
「お食事を召し上がっておられないとのことですが……」
「すまない。今は、食べたくない」
実は、このやり取りはカイトお嬢様が倒れてから今日までの五日間、ずっと続けられている。最初は仕方ないと思っていたものの、このままでは、ライナード坊っちゃんまで倒れてしまう。
「ライナード坊っちゃんが倒れたら、誰がカイトお嬢様を看るというのですか? さぁ、少しは食べてください」
お手洗いと、カイトお嬢様の着替えの時以外は、ずっと側に居るライナード坊っちゃん。しかし、それだけ根を詰めていては、ライナード坊っちゃんが参ってしまうのも時間の問題だ。
「……」
「ライナード坊っちゃんっ! 坊っちゃんが倒れれば、カイトお嬢様が悲しみます」
最終手段として、カイトお嬢様の名前を出せば、ライナード坊っちゃんはようやく反応を示す。
「食べる」
「っ、すぐにご用意致しますっ!」
カイトお嬢様には、栄養バランスの取れた食事をペースト状にして、ライナード坊っちゃんがスプーンで食べさせているようだから問題ない。問題は、この五日間、ほとんど何も食べていないライナード坊っちゃんだ。私はすぐさま厨房に向かい、胃に優しい、滋養のある料理を作ってもらい、それを持ち込む。
「ライナード坊っちゃんっ、どうぞお食べください」
「あぁ」
そう言うと、噛んでいるのかも分からない状態で、ライナード坊っちゃんはそれらを一定のペースで口に運び、完食する。
「坊っちゃん、何か必要なものはございますか?」
そう問いかければ、ライナード坊っちゃんは、ポツリと、『苺大福……』と呟く。
苺大福は、カイトお嬢様の好物らしく、このお屋敷でも、カイトお嬢様が来てから度々食されるようになったお菓子だ。
「すぐに用意して参ります」
苺大福が目の前にあれば、もしかしたらカイトお嬢様のお心に変化が現れるかもしれない。そんな期待を込めて、私はすぐさま厨房へと引き返し、苺大福を作るよう指示を出す。
(カイトお嬢様、どうか、早く元気なお姿を見せてください)
ライナード坊っちゃんに長年仕えてきたものの、今の私にできることなど、ほとんどない。だから、とにかく、お屋敷の使用人達一同で、必死にカイトお嬢様の快癒をお祈りする。
(どうか、どうかっ!)
しかし、カイトお嬢様は苺大福を目の前にしても、変化をあらわにすることはなかった。
「カイトお嬢様のご様子は?」
「お変わりありません」
カイトお嬢様の部屋から出てきたリュシリーに問いかければ、彼女は酷く憔悴した様子で答える。あの日、リュシリーは、本来ならばカイトお嬢様について、書庫の整理を一緒に行うはずだった。しかし、書庫の状態が、カイトお嬢様一人でも整理できる状態になったがために、リュシリーは他の仕事に向かうよう告げられ、本人もそれを承諾してしまったのだ。
「私が離れなければ……」
最近のリュシリーは、そう言って自分を責めることが多い。ただ、魔本の封印が緩んでいたらしいことを考えれば、リュシリーがついていたとしても、少しの隙をついて魔本がカイトお嬢様を襲った可能性は高い。
その説明はするものの、リュシリーが納得してくれる様子はなく、ただひたすらにカイトお嬢様に尽くしていた。そして……。
「ライナード坊っちゃんも、お変わりないか?」
「はい。今日も、ずっとカイトお嬢様の側におられます」
自分を責めているのは、リュシリーだけではない。ライナード坊っちゃんも、カイトお嬢様を書庫に向かわせるのではなかったと、ずっと自分を責めておいでだ。食事を摂ることはほとんどなく、ただただ、カイトお嬢様の側についたまま、じっと動くことはない。日に日にやつれていくライナード坊っちゃんを見続けるのは、とてもつらかった。
「そう、か……」
片翼に何かがあれば、魔族の心は引き裂かれんばかりに痛むと言われている。魔族は片翼を守るために、全力を尽くす。だから、自身の手の及ばないところで片翼が苦しんでいる時は、それはそれは心配するのだ。今のライナード坊っちゃんは、まさにその状態で、もしかしたら、このままカイトお嬢様の心が戻らなければ、ライナード坊っちゃんの心も壊れてしまうかもしれない、と思える状態だった。
「少し、坊っちゃんと話してくる。リュシリーは通常業務に戻るように」
「はい」
立ち去るリュシリーを見送り、私はカイトお嬢様が眠る部屋へと訪れる。
「ライナード坊っちゃん」
「……何だ?」
愛しそうにカイトお嬢様の手を取り、カイトお嬢様から目を逸らさないライナード坊っちゃん。それは、ともすれば壊れかけた魔族に見えなくもない状態で、私の心はヒヤリとする。
「お食事を召し上がっておられないとのことですが……」
「すまない。今は、食べたくない」
実は、このやり取りはカイトお嬢様が倒れてから今日までの五日間、ずっと続けられている。最初は仕方ないと思っていたものの、このままでは、ライナード坊っちゃんまで倒れてしまう。
「ライナード坊っちゃんが倒れたら、誰がカイトお嬢様を看るというのですか? さぁ、少しは食べてください」
お手洗いと、カイトお嬢様の着替えの時以外は、ずっと側に居るライナード坊っちゃん。しかし、それだけ根を詰めていては、ライナード坊っちゃんが参ってしまうのも時間の問題だ。
「……」
「ライナード坊っちゃんっ! 坊っちゃんが倒れれば、カイトお嬢様が悲しみます」
最終手段として、カイトお嬢様の名前を出せば、ライナード坊っちゃんはようやく反応を示す。
「食べる」
「っ、すぐにご用意致しますっ!」
カイトお嬢様には、栄養バランスの取れた食事をペースト状にして、ライナード坊っちゃんがスプーンで食べさせているようだから問題ない。問題は、この五日間、ほとんど何も食べていないライナード坊っちゃんだ。私はすぐさま厨房に向かい、胃に優しい、滋養のある料理を作ってもらい、それを持ち込む。
「ライナード坊っちゃんっ、どうぞお食べください」
「あぁ」
そう言うと、噛んでいるのかも分からない状態で、ライナード坊っちゃんはそれらを一定のペースで口に運び、完食する。
「坊っちゃん、何か必要なものはございますか?」
そう問いかければ、ライナード坊っちゃんは、ポツリと、『苺大福……』と呟く。
苺大福は、カイトお嬢様の好物らしく、このお屋敷でも、カイトお嬢様が来てから度々食されるようになったお菓子だ。
「すぐに用意して参ります」
苺大福が目の前にあれば、もしかしたらカイトお嬢様のお心に変化が現れるかもしれない。そんな期待を込めて、私はすぐさま厨房へと引き返し、苺大福を作るよう指示を出す。
(カイトお嬢様、どうか、早く元気なお姿を見せてください)
ライナード坊っちゃんに長年仕えてきたものの、今の私にできることなど、ほとんどない。だから、とにかく、お屋敷の使用人達一同で、必死にカイトお嬢様の快癒をお祈りする。
(どうか、どうかっ!)
しかし、カイトお嬢様は苺大福を目の前にしても、変化をあらわにすることはなかった。
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