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第四章 隠し事
第五十三話 失った者の末路
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屋台村は、本当に屋台だらけで、そこそこ賑わっていた。明るい声が至るところで響き渡る中、俺は、護衛だという魔族の人達を少し離れた場所に連れて、物珍しいものを見るようにキョロキョロと辺りを見渡す。
「カイさん、何かほしいものはありますか?」
今は、俺はお忍びというやつで、一応偽名を使っている。一緒に歩いてくれているリュシリーも、町に溶け込んだ衣装で、俺の歩幅に合わせてくれていた。
「あっ、でも、私、お金は……」
ここに来て初めて、俺はこの国のお金を持っていないことに気づく。しかし、それを告げれば、リュシリーは『問題ありません』と言う。何でも、ライナードから俺用のお小遣いをもらってきたらしい。
ライナードに申し訳ないと思う気持ちはあるものの、その心遣いはありがたい。
「なら、お土産も買わないとな」
「はい」
そう言って、俺は焼き鳥やらたこ焼きやらが売られている区画を色々と見て回る。時折、美味しそうな匂いにつられてそれらを買いながら、この世界特有の虹色に輝くお肉なんかをぼんやり見る。
(この国は日本に似てるけど、住む人や食べ物とかは、色々と違うんだよな……)
食べ物はほとんど似ているものの、それでもたまに、びっくりするようなものが出てくることがある。ドラゴンのステーキなんて、日本では食べられなかっただろう。
そして、住む人に至っては、角を生やした魔族が八割、耳が長いエルフや、背が小さくて髭のあるドワーフ、獣耳が特徴的な獣人、やたらと綺麗で神々しい精霊、俺と同じ人間などが残りの二割を占めている形のようだ。
「ん? あれは……」
「あぁ、あそこは少し屋台村からは外れますが、雑貨店のようですね」
そう言われて、俺は、お土産をそこで買えないかと足を伸ばしてみることにする。
ただ、ここでトラブルは発生した。
「キャアァァァアッ!!」
一つの甲高い悲鳴が前方から上がったと思えば、そこから一人の魔族の男が飛び出てくる。手には一振りの剣、目は血走っており、とても正気とは思えない形相で、一直線にこちらに向かってきていた。
「あぁぁぁぁぁあっ!」
恐ろしい形相で雄叫びを上げるそいつを前に、俺は、恐怖で足が動かなくなってしまう。
「カイトお嬢様っ!」
男が剣を振り下ろすタイミングで、リュシリーがどこかから取り出した短剣でそれを受け止める。
「死ねっ、死ねっ、シネっ、シネェェェェェエッ」
(っ、こ、わいっ)
狂気に駆られた者を初めて見た俺は、ここから動いて、助けを求めなければならないのに、一歩も動けなかった。
「シネシネシネシネシネシネ」
ガンガンと振り下ろされる剣は、全て、リュシリーが弾く。そして、何度目かの振り下ろしに、風魔法が男を襲い、遥か上空へと吹き飛ばす。
「拘束をっ」
「「「はっ!」」」
リュシリーの一言で、今まで存在を忘れていた護衛の男達が俺の前に出て、一気にそいつを魔法の鎖で拘束する。
「がはぁっ」
空中でがんじがらめに拘束された男は、受け身も取れずに地面に叩きつけられたものの……次第に、耳障りな声で笑い出す。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」
その姿にドン引きしていると、周りで野次馬をしていた者達の声が聞こえてくる。
「片翼を失った者の末路か……」
「可哀想に」
そんな言葉に疑問を抱いた瞬間、後ろから『失礼します』との言葉とともに、いきなり視界がグルリと回る。
「このまま馬車へ戻ります」
「えっ? えっ?」
状況が飲み込めないながらも、リュシリーの声が俺の顔の近くで発せられていることが分かり、とにかく混乱して……気づく。
(俺、リュシリーに横抱きにされてる……?)
それを知った瞬間、俺は羞恥のあまり暴れ出したい衝動に駆られるものの、リュシリーの真剣な声音にそれはしてはいけないと頭の片隅で強く思う。
(お、男のプライドが……)
我慢すれば良いのは、そこだけだ。きっと、そうだ。
リュシリーが何を思ってそんな行動に出たのかは分からないものの、今さっき、襲われていたのだから、安全な場所に移ろうとしているだけ、だと思いたい。断じて、俺のプライドをへし折るためではないだろう。
そうして、俺はしばし羞恥の時間を過ごし……馬車に乗り込んで、屋敷へととんぼ返りするのだった。
「カイさん、何かほしいものはありますか?」
今は、俺はお忍びというやつで、一応偽名を使っている。一緒に歩いてくれているリュシリーも、町に溶け込んだ衣装で、俺の歩幅に合わせてくれていた。
「あっ、でも、私、お金は……」
ここに来て初めて、俺はこの国のお金を持っていないことに気づく。しかし、それを告げれば、リュシリーは『問題ありません』と言う。何でも、ライナードから俺用のお小遣いをもらってきたらしい。
ライナードに申し訳ないと思う気持ちはあるものの、その心遣いはありがたい。
「なら、お土産も買わないとな」
「はい」
そう言って、俺は焼き鳥やらたこ焼きやらが売られている区画を色々と見て回る。時折、美味しそうな匂いにつられてそれらを買いながら、この世界特有の虹色に輝くお肉なんかをぼんやり見る。
(この国は日本に似てるけど、住む人や食べ物とかは、色々と違うんだよな……)
食べ物はほとんど似ているものの、それでもたまに、びっくりするようなものが出てくることがある。ドラゴンのステーキなんて、日本では食べられなかっただろう。
そして、住む人に至っては、角を生やした魔族が八割、耳が長いエルフや、背が小さくて髭のあるドワーフ、獣耳が特徴的な獣人、やたらと綺麗で神々しい精霊、俺と同じ人間などが残りの二割を占めている形のようだ。
「ん? あれは……」
「あぁ、あそこは少し屋台村からは外れますが、雑貨店のようですね」
そう言われて、俺は、お土産をそこで買えないかと足を伸ばしてみることにする。
ただ、ここでトラブルは発生した。
「キャアァァァアッ!!」
一つの甲高い悲鳴が前方から上がったと思えば、そこから一人の魔族の男が飛び出てくる。手には一振りの剣、目は血走っており、とても正気とは思えない形相で、一直線にこちらに向かってきていた。
「あぁぁぁぁぁあっ!」
恐ろしい形相で雄叫びを上げるそいつを前に、俺は、恐怖で足が動かなくなってしまう。
「カイトお嬢様っ!」
男が剣を振り下ろすタイミングで、リュシリーがどこかから取り出した短剣でそれを受け止める。
「死ねっ、死ねっ、シネっ、シネェェェェェエッ」
(っ、こ、わいっ)
狂気に駆られた者を初めて見た俺は、ここから動いて、助けを求めなければならないのに、一歩も動けなかった。
「シネシネシネシネシネシネ」
ガンガンと振り下ろされる剣は、全て、リュシリーが弾く。そして、何度目かの振り下ろしに、風魔法が男を襲い、遥か上空へと吹き飛ばす。
「拘束をっ」
「「「はっ!」」」
リュシリーの一言で、今まで存在を忘れていた護衛の男達が俺の前に出て、一気にそいつを魔法の鎖で拘束する。
「がはぁっ」
空中でがんじがらめに拘束された男は、受け身も取れずに地面に叩きつけられたものの……次第に、耳障りな声で笑い出す。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」
その姿にドン引きしていると、周りで野次馬をしていた者達の声が聞こえてくる。
「片翼を失った者の末路か……」
「可哀想に」
そんな言葉に疑問を抱いた瞬間、後ろから『失礼します』との言葉とともに、いきなり視界がグルリと回る。
「このまま馬車へ戻ります」
「えっ? えっ?」
状況が飲み込めないながらも、リュシリーの声が俺の顔の近くで発せられていることが分かり、とにかく混乱して……気づく。
(俺、リュシリーに横抱きにされてる……?)
それを知った瞬間、俺は羞恥のあまり暴れ出したい衝動に駆られるものの、リュシリーの真剣な声音にそれはしてはいけないと頭の片隅で強く思う。
(お、男のプライドが……)
我慢すれば良いのは、そこだけだ。きっと、そうだ。
リュシリーが何を思ってそんな行動に出たのかは分からないものの、今さっき、襲われていたのだから、安全な場所に移ろうとしているだけ、だと思いたい。断じて、俺のプライドをへし折るためではないだろう。
そうして、俺はしばし羞恥の時間を過ごし……馬車に乗り込んで、屋敷へととんぼ返りするのだった。
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