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第五章 リリスの心

第六十話 モフモフの代償

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 どうにか転移で魔の森のログハウスに戻ったわたくしは、改めて、ルティアスと同棲しているという事実に大混乱中だった。


(わたくしのバカぁ、どうしてっ、どうしてっ、同棲しようなんて考えましたのっ!?)


 自分でも分かっている。そこどうせいに、そんな深い意図はなかったのだと。ただ、ルティアスをずっと野宿させるのが忍びなくて、風邪でも引かれたら困ると思って、張り切って増築したのだ。


(あああああああっ)


 現在、ルティアスに手を引かれるままにログハウスの中に入ったわたくしは、いよいよ逃げ場がなくなった事実に、頭の中でとにかく叫ぶ。


「うーん、ガチガチだね……よしっ、あれを試してみようかっ」


 隣でルティアスが何か言っているものの、その半分も頭に入ってこない。


「リリスさん、リリスさん。狼って好き?」

「ふぇ? は、はい。それは、好き、ですが……」


 少し屈んで、わたくしと視線を合わせてきたルティアスにドギマギしながら、その問いをどうにか頭の中で処理して答える。


「そっか。なら、面白いものを見せてあげるよ」


 ニッコリと微笑むルティアスを前に、心臓がキュウッと絞られるような感覚に陥る。


(うぅっ、こうして見ると、可愛いですわっ。犯罪ですわっ)


 わたくし以外がそんな感想を抱くことなどないとは気づけないまま、内心、悶絶する。


「それじゃあ……変化へんげ


 と、次の瞬間、ルティアスの姿が消え、代わりに、アクアマリン色の毛皮に、黄金の瞳を持つ、小さな小さな子狼が目の前に現れる。


「きゅーん」

「かっ……」

「きゅ?」

「可愛いですわっ!!」


 目の前で変化魔法を見たばかりのわたくしは、もちろん、それがルティアスの変化した姿だと承知している。けれど、可愛い可愛い子狼につぶらな瞳で見つめられて、叫ばずにはいられなかった。


「きゅっ」


 『抱っこ』とでも言うかのように前足を上げた子狼ルティアスに、わたくし、素早い動きで抱き上げる。


「ふわわっ、モフモフ……。可愛いですわっ。可愛いですわっ。可愛いですわっ!」


 もう、『可愛い』以外の言葉が死滅してしまった脳内で、わたくしはとにかく子狼ルティアスを愛でなければという使命感に駆られる。
 ギュウッと抱き締めて、モフモフして、モフモフして、モフモフして、モフモフして……。


「きゅ、きゅーん……」

「ハッ! 今何時ですの!?」


 我に返った時、部屋は随分と暗くなっていて、すでに時刻が夜と呼べるものになっていることに気づく。目の前には、どこかグッタリとした子狼ルティアス。どうやら、わたくしはたがが外れて構い過ぎたらしい。


「ル、ルティアス?」

「だ、大丈夫……天国と地獄を味わっただけだから」


 一応、変化魔法を使用中もしゃべることはできるらしく、いつもより少し高い声で子狼のまま、返事が返ってくる。


(天国はまだしも、地獄は不味いのでは?)


 なぜ、モフモフしただけで天国と地獄を味わうことになるかは分からないものの、それが大丈夫なことだとは思えなかった。


「変化、解除」


 どういうことか問い詰めようとしたところで、ルティアスは、元の姿へと戻る。そして、それを目にしたわたくしは……。


「っ!?」


 少し乱れた髪で、なぜか色気が駄々漏れなルティアスを前に、一気に顔へ熱が集まる。


「ふふっ、可愛いなぁ。リリスさんは。また赤くなってる。これは、しっかりと看病しなきゃだよね?」

(これっ、絶対分かってて言ってますわよねっ!?)


 ヴァイラン魔国では余裕が全くなくて、本気でわたくしが病気だと思ったのだと考えていたけれど、目の前のルティアスの目は明らかに面白がっている。


「び、病気ではありませんので、看病は不要ですわっ」

「んー? それじゃあ、たくさん構ってくれたお礼ってことで?」

(わ、わたくしのバカぁっ!!)


 絶対に、モフモフし続けたことを根に持っていると思われる発言に、わたくしは思わず狼狽える。


「な、何のことですの? そ、それより、お腹が空きましたわ。そろそろ夕飯の支度をしませんか?」


 夕飯の支度となれば、ルティアスは一度わたくしから離れてくれる。その間に、考えをまとめて、どうにかルティアスの魔の手から抜け出さなければ……色々と不味い気がした。


「ふふっ、そうだね。それじゃあリリスさん。今日は一緒に夕飯を作ろうか」

「っ!? そ、それは……」

「いつもは僕だけで作ってるけど、リリスさんも料理を覚えたいんでしょう? 教えてあげるよ? 手取り足取り……」


 確かに、確かにっ、わたくしも日本食を作れるようになりたいとは思っていた。けれど、それをルティアスに言った覚えはなくて、なぜ、そこまで見透かされているのかが分からない。
 どこか獰猛な光を宿したルティアスの目に気圧されながら、わたくしは必死に、必死に、言葉を捻り出そうとして……。


「わ、分かりましたわ!」


 ふいに、ルティアスからつうっと頬を撫でられたわたくしは、思わずそんな返事をしていた。
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