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第五章 リリスの心
第六十一話 心を阻むもの
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料理のやり方なんて、全く頭に入らなかった。ルティアスは優しく教えてくれるものの、その瞳の奥に感じる熱量に、わたくしはワタワタするばかりで……色々と失敗をしたような気がする。
食事を終えて、片付けも終えて、普段なら、二人で少し話した後に就寝という流れになるのだけれど、今、わたくしはルティアスにガッチリと手を掴まれていた。
「あ、あのっ、ルティアス!?」
「リリスさん、可愛いなぁ……ねぇ、そろそろ、リリスって呼んでも良い?」
『リリス』と呼び捨てにされた瞬間、わたくしの心臓は大きく跳ねる。
(ル、ルティアスから呼び捨て!? あああっ、お、お、落ち着きなさいっ、わたくしの心臓っ!)
必死に暴れる心臓をなだめながら、わたくしはとにかく口を開く。
「そ、そんなの、勝手にすればよろしいのではなくてっ?」
(ちっがーうっ!!)
口が勝手にそんな言葉を宣った瞬間、わたくしは頭を抱えたい衝動に駆られる。
「ふふっ、うん。それじゃあ、これからはリリスって呼ぶね?」
どこか妖艶に微笑み、わたくしの名前を呼ぶルティアスに、わたくしは、とにかくここから逃げられないものかと思考を巡らせる。
「愛称も考えてるんだけど、それはもうちょっと後で」
(愛称っ!? 愛称というのは、あれですのっ? 友達同士や、家族同士、はたまた、恋人同士で呼び合う特別な名前のことですのっ!?)
残念なことに、前世を含めても、わたくしは誰かに愛称で名前を呼ばれた記憶はない。それを考えると、ルティアスの言う愛称というのがとても特別なもののように思えて仕方がなかった。
「でも、僕は愛称で呼んでもらいたいから……ねぇ、僕のこと、ルティって呼んでみてくれないかな?」
(……えっ? 今、ここで、ですの?)
どこか期待した目で見つめてくるルティアスを前に、わたくしは盛大に視線をさ迷わせるものの、『ダメ?』という可愛らしい一言に陥落する。
「……ル、ルティ……?」
「うん、もう一度、呼んで?」
「ル、ルティ……」
「もう一度」
「ルティ」
それはそれは嬉しそうに、『もう一度、もう一度』とせがむルティアスを前に、わたくしはもう、言われるがままに応えることしかできなかった。
「ありがとう。リリス」
ギュッと抱き締められたわたくしは、先程から熱かった顔がさらに熱くなるのを感じる。できることなら気絶してしまいたいくらいの感覚はあるものの、悲しいかな。魔物との戦いで鍛え上げた精神は、この程度のことでは気絶を許してはくれなかった。
「ねぇ、リリス? 今後、憂いがなくなったら、僕と結婚してくれるかな? 必ず、幸せにするから」
抱き締めていた腕をほどき、真剣な、男の眼で語りかけたルティアスを前に、わたくしは思わず息を呑む。
(こ、これって、プロポーズ、ですの!?)
プロポーズなんてもの、受けたことは一度もないわたくしは、大混乱を起こす。
「受けてくれるなら、これを……」
そうして差し出されたのは、美しいアクアマリンの指輪。わたくしの誕生石であり、ルティアスの髪と同じ色の宝石。
「シェイラさんから、リリスは三月が誕生日だと聞いたから、アクアマリンにしたよ。僕の髪の色とお揃いだしね」
(ルティアスと、お揃い……)
お揃いのものなんて、もらったことはない。そんな機会がなかったといえばそれまでだけれど、密かにお揃いというものに憧れていたわたくしは、その言葉に大きく動揺してしまう。
「憂い、とは、何のことですの?」
だから、わたくしは、余計なことを聞いてしまう。
「うーん、貴族のご令嬢が、こんな危険な森に一人で住んでいて、何もないっていうのはさすがに無理があると思うよ?」
そう言われて、それもそうだと納得してしまう。
「考えられるのは、家出、もしくは、追放。ただ、家もあるし、結界まで張って万全の状態だし、家出かなぁとは思ってたんだけど、ね?」
『家出』という結論を翻したような言い方に、わたくしは、少しばかりの不安を覚える。
「ねぇ、リリス? 何があったのか、僕に話してみない? そして、それが解決した暁には、結婚してほしいな」
優しく、優しく、その黄金の瞳を向けて話すルティアスに、わたくしはようやく気づく。
(あぁ、そう、か……わたくしは、一人で戦ってきたけれど、傷ついてないわけじゃなかったのですね)
父親の心ない言葉や暴力。社交界でつま弾きにされる日々。傲慢で、わたくしを傷つけるようなことしかしない婚約者。そんな者に囲まれて、わたくしは、どうやら深く傷ついていたようだ。
気づかないフリは、もう、できない。
(話したら、何か変わるのでしょうか?)
きっと、ルティアスの気持ちを分かっていながら、受け入れることに躊躇してしまうのは、また傷つくことを恐れているからだ。そんなことはないと分かっていても、過去につけられた傷達が、わたくしの足を止める。
「……全てが解決したら、考えなくもないですわ」
本当は、嬉しいのに、素直じゃない言葉が出てくる。
「っ、うんっ!」
それでも、満面の笑みを浮かべて喜ぶルティアスに、わたくしは大きく安堵して、ゆっくりと、今までのわたくしのことを話し始めるのだった。
食事を終えて、片付けも終えて、普段なら、二人で少し話した後に就寝という流れになるのだけれど、今、わたくしはルティアスにガッチリと手を掴まれていた。
「あ、あのっ、ルティアス!?」
「リリスさん、可愛いなぁ……ねぇ、そろそろ、リリスって呼んでも良い?」
『リリス』と呼び捨てにされた瞬間、わたくしの心臓は大きく跳ねる。
(ル、ルティアスから呼び捨て!? あああっ、お、お、落ち着きなさいっ、わたくしの心臓っ!)
必死に暴れる心臓をなだめながら、わたくしはとにかく口を開く。
「そ、そんなの、勝手にすればよろしいのではなくてっ?」
(ちっがーうっ!!)
口が勝手にそんな言葉を宣った瞬間、わたくしは頭を抱えたい衝動に駆られる。
「ふふっ、うん。それじゃあ、これからはリリスって呼ぶね?」
どこか妖艶に微笑み、わたくしの名前を呼ぶルティアスに、わたくしは、とにかくここから逃げられないものかと思考を巡らせる。
「愛称も考えてるんだけど、それはもうちょっと後で」
(愛称っ!? 愛称というのは、あれですのっ? 友達同士や、家族同士、はたまた、恋人同士で呼び合う特別な名前のことですのっ!?)
残念なことに、前世を含めても、わたくしは誰かに愛称で名前を呼ばれた記憶はない。それを考えると、ルティアスの言う愛称というのがとても特別なもののように思えて仕方がなかった。
「でも、僕は愛称で呼んでもらいたいから……ねぇ、僕のこと、ルティって呼んでみてくれないかな?」
(……えっ? 今、ここで、ですの?)
どこか期待した目で見つめてくるルティアスを前に、わたくしは盛大に視線をさ迷わせるものの、『ダメ?』という可愛らしい一言に陥落する。
「……ル、ルティ……?」
「うん、もう一度、呼んで?」
「ル、ルティ……」
「もう一度」
「ルティ」
それはそれは嬉しそうに、『もう一度、もう一度』とせがむルティアスを前に、わたくしはもう、言われるがままに応えることしかできなかった。
「ありがとう。リリス」
ギュッと抱き締められたわたくしは、先程から熱かった顔がさらに熱くなるのを感じる。できることなら気絶してしまいたいくらいの感覚はあるものの、悲しいかな。魔物との戦いで鍛え上げた精神は、この程度のことでは気絶を許してはくれなかった。
「ねぇ、リリス? 今後、憂いがなくなったら、僕と結婚してくれるかな? 必ず、幸せにするから」
抱き締めていた腕をほどき、真剣な、男の眼で語りかけたルティアスを前に、わたくしは思わず息を呑む。
(こ、これって、プロポーズ、ですの!?)
プロポーズなんてもの、受けたことは一度もないわたくしは、大混乱を起こす。
「受けてくれるなら、これを……」
そうして差し出されたのは、美しいアクアマリンの指輪。わたくしの誕生石であり、ルティアスの髪と同じ色の宝石。
「シェイラさんから、リリスは三月が誕生日だと聞いたから、アクアマリンにしたよ。僕の髪の色とお揃いだしね」
(ルティアスと、お揃い……)
お揃いのものなんて、もらったことはない。そんな機会がなかったといえばそれまでだけれど、密かにお揃いというものに憧れていたわたくしは、その言葉に大きく動揺してしまう。
「憂い、とは、何のことですの?」
だから、わたくしは、余計なことを聞いてしまう。
「うーん、貴族のご令嬢が、こんな危険な森に一人で住んでいて、何もないっていうのはさすがに無理があると思うよ?」
そう言われて、それもそうだと納得してしまう。
「考えられるのは、家出、もしくは、追放。ただ、家もあるし、結界まで張って万全の状態だし、家出かなぁとは思ってたんだけど、ね?」
『家出』という結論を翻したような言い方に、わたくしは、少しばかりの不安を覚える。
「ねぇ、リリス? 何があったのか、僕に話してみない? そして、それが解決した暁には、結婚してほしいな」
優しく、優しく、その黄金の瞳を向けて話すルティアスに、わたくしはようやく気づく。
(あぁ、そう、か……わたくしは、一人で戦ってきたけれど、傷ついてないわけじゃなかったのですね)
父親の心ない言葉や暴力。社交界でつま弾きにされる日々。傲慢で、わたくしを傷つけるようなことしかしない婚約者。そんな者に囲まれて、わたくしは、どうやら深く傷ついていたようだ。
気づかないフリは、もう、できない。
(話したら、何か変わるのでしょうか?)
きっと、ルティアスの気持ちを分かっていながら、受け入れることに躊躇してしまうのは、また傷つくことを恐れているからだ。そんなことはないと分かっていても、過去につけられた傷達が、わたくしの足を止める。
「……全てが解決したら、考えなくもないですわ」
本当は、嬉しいのに、素直じゃない言葉が出てくる。
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それでも、満面の笑みを浮かべて喜ぶルティアスに、わたくしは大きく安堵して、ゆっくりと、今までのわたくしのことを話し始めるのだった。
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