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再会の約束
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ウィリアム殿下に手を引かれて、花の匂いが香る中庭を歩いていく。
今日は三日月。月明かりは弱々しい。どんな花が咲いているのかは、残念ながらわからなかった。
「寒くはないですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「風のない夜で良かった」
虚空を仰いだウィリアム殿下が、穏やかな声で呟く。
泣いていたことを再び聞かれたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたものの、彼がその話題を振ってくることはなかった。多分、こちらの気持ちを察してくれたのだろう。その気遣いが、とてもありがたかった。
早く正門に辿り着きたいなどと思ってしまったことを、申し訳なく感じた。もちろん相変わらず緊張しているけれど……。
「さあ、着きました。いま馬車を用意させましょう」
正門の前で見張りをしていた衛兵たちは、ウィリアム殿下の姿を見るなり大慌てで畏まった。
うっ……。視線が突き刺さる……。
貴族たちのように露骨に好奇の目を向けてくることはなくても、明らかにソワソワしている。どういう関係なのか興味を抱かれているのだろう。
それはそうよね……。
殿下が自ら見送るなんて、本来なら特別な相手以外ありえない。
困ったわ。どうしよう。私を案内してくれたおかげで誤解されてしまっては、申し訳が立たない。
「殿下! 道案内をしていただき本当にありがとうございました。初対面の私に親切にして下さり、とても助かりました」
わざと衛兵たちに聞こえるよう声を張ってお礼を伝える。これできっと誤解をされずに済むはすだ。
チラッと衛兵のほうに視線を向けると、そういうことかという顔をしている。
ホッとしながら改めてウィリアム殿下を見上げると、彼は不思議そうに小首を傾げていた。それから何かを閃いたらしく、「ああ、なるほど」と呟いた。
「私たちが特別な関係だと誤解されたくなかった?」
クスクス笑われ、なんだかすごく恥ずかしくなってきた。
「ご迷惑がかかるかと思ったんです……」
「私に?」
「はい……」
ボソボソと答えると、ウィリアム殿下は優しく目を細めて私を見つめてきた。
ますます恥ずかしさが募る。彼は黙ったまま。どうすればいいかわからなくて困ってしまう。
ちょうどそのとき伯爵家の馬車がやって来た。
よ、良かった……。気まずくて仕方なかったので救われた気持ちだ。
ステップを上るときも、ウィリアム殿下は丁寧にエスコートをしてくれた。
「今日は本当にありがとうございました。お借りしたハンカチは、洗ってからお返しいたします」
馬車の窓から顔を覗かせてそう伝える。
「ハンカチは……そうですね。本来ならばお気になさらずというところですが、貴女にはまたお会いしたい。次に会うときは笑顔を見せて下さい」
「……!」
なんていい人なのだろう。私が泣いていたのをまだ心配してくれているのだ。ウィリアム殿下の思いやりの深さを改めて実感する。
今日は悲しい思いもしたけれど、ウィリアム殿下の優しさに触れられたことが、私にとって救いとなった。
ハンカチを返すときはちゃんと立ち直って、もう大丈夫ですと笑顔で伝えたい。
そんなふうに思いながら、私は頷き返した。
「もうひとつお願いがあります。ご令嬢、貴女のお名前をお聞かせいただけますか?」
「はい。リディア・ガーネットと申します」
「愛らしい名ですね。貴女にとてもよく似合っている」
「ありがとうございます……」
社交辞令だとわかっていても、穏やかな声音で真剣に言われるとドキドキしてしまう。
「それではリディア嬢。また会える日を楽しみにしています」
「はい、殿下」
もう一度頭を下げてから、御者に声をかけ馬車を出してもらった。
ガタガタと揺れる馬車の中で、背もたれに寄りかかって、深いため息をつく。
感情が目まぐるしく動いた夜だった。
(今日アイザックたちに会ったということは、もう謹慎が解けたのね……)
今後は社交の場でふたりの姿をたびたび目にするのだろう。
はあ……胃が痛くなってきた……。
嫌なことを考えるのはやめておこう……。
アイザックたちの姿や、令息たちの言葉を脳裏から無理やり追い払うと、私の中には、ウィリアム殿下の優しい微笑みだけが残った。
今日は三日月。月明かりは弱々しい。どんな花が咲いているのかは、残念ながらわからなかった。
「寒くはないですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「風のない夜で良かった」
虚空を仰いだウィリアム殿下が、穏やかな声で呟く。
泣いていたことを再び聞かれたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたものの、彼がその話題を振ってくることはなかった。多分、こちらの気持ちを察してくれたのだろう。その気遣いが、とてもありがたかった。
早く正門に辿り着きたいなどと思ってしまったことを、申し訳なく感じた。もちろん相変わらず緊張しているけれど……。
「さあ、着きました。いま馬車を用意させましょう」
正門の前で見張りをしていた衛兵たちは、ウィリアム殿下の姿を見るなり大慌てで畏まった。
うっ……。視線が突き刺さる……。
貴族たちのように露骨に好奇の目を向けてくることはなくても、明らかにソワソワしている。どういう関係なのか興味を抱かれているのだろう。
それはそうよね……。
殿下が自ら見送るなんて、本来なら特別な相手以外ありえない。
困ったわ。どうしよう。私を案内してくれたおかげで誤解されてしまっては、申し訳が立たない。
「殿下! 道案内をしていただき本当にありがとうございました。初対面の私に親切にして下さり、とても助かりました」
わざと衛兵たちに聞こえるよう声を張ってお礼を伝える。これできっと誤解をされずに済むはすだ。
チラッと衛兵のほうに視線を向けると、そういうことかという顔をしている。
ホッとしながら改めてウィリアム殿下を見上げると、彼は不思議そうに小首を傾げていた。それから何かを閃いたらしく、「ああ、なるほど」と呟いた。
「私たちが特別な関係だと誤解されたくなかった?」
クスクス笑われ、なんだかすごく恥ずかしくなってきた。
「ご迷惑がかかるかと思ったんです……」
「私に?」
「はい……」
ボソボソと答えると、ウィリアム殿下は優しく目を細めて私を見つめてきた。
ますます恥ずかしさが募る。彼は黙ったまま。どうすればいいかわからなくて困ってしまう。
ちょうどそのとき伯爵家の馬車がやって来た。
よ、良かった……。気まずくて仕方なかったので救われた気持ちだ。
ステップを上るときも、ウィリアム殿下は丁寧にエスコートをしてくれた。
「今日は本当にありがとうございました。お借りしたハンカチは、洗ってからお返しいたします」
馬車の窓から顔を覗かせてそう伝える。
「ハンカチは……そうですね。本来ならばお気になさらずというところですが、貴女にはまたお会いしたい。次に会うときは笑顔を見せて下さい」
「……!」
なんていい人なのだろう。私が泣いていたのをまだ心配してくれているのだ。ウィリアム殿下の思いやりの深さを改めて実感する。
今日は悲しい思いもしたけれど、ウィリアム殿下の優しさに触れられたことが、私にとって救いとなった。
ハンカチを返すときはちゃんと立ち直って、もう大丈夫ですと笑顔で伝えたい。
そんなふうに思いながら、私は頷き返した。
「もうひとつお願いがあります。ご令嬢、貴女のお名前をお聞かせいただけますか?」
「はい。リディア・ガーネットと申します」
「愛らしい名ですね。貴女にとてもよく似合っている」
「ありがとうございます……」
社交辞令だとわかっていても、穏やかな声音で真剣に言われるとドキドキしてしまう。
「それではリディア嬢。また会える日を楽しみにしています」
「はい、殿下」
もう一度頭を下げてから、御者に声をかけ馬車を出してもらった。
ガタガタと揺れる馬車の中で、背もたれに寄りかかって、深いため息をつく。
感情が目まぐるしく動いた夜だった。
(今日アイザックたちに会ったということは、もう謹慎が解けたのね……)
今後は社交の場でふたりの姿をたびたび目にするのだろう。
はあ……胃が痛くなってきた……。
嫌なことを考えるのはやめておこう……。
アイザックたちの姿や、令息たちの言葉を脳裏から無理やり追い払うと、私の中には、ウィリアム殿下の優しい微笑みだけが残った。
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