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伯爵家は大混乱
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ウィリアム殿下の訪問によって、我が家がパニックに陥ったのは言うまでもない。
訪問があったのは午後のこと。
病み上がりの私は、家でおとなしく過ごしているように命じられ、サンルームで刺繍をさしていた。
母は、社交クラブに出かける日課を取りやめた父と、何やら話し合っているようだった。居間の前を通りかかったときに耳を澄ませてみたら、私の将来について案じているのがわかった。
昨日の今日だから、まあそういう話をしているだろうと予想はついていた。でもやっぱり胸が痛んだ。
私ったら、ふたりに心配ばかりかけているわね……。
強引なところがあるものの、父と母はいつも私の身を案じてくれいた。そしてそのせいで頭を悩ませている。
もう一度見つけなければいけない結婚相手。貴族として生きていくうえで最も重要な社交界にたいして、心が苦手意識を持ってしまったこと。次にパーティーに赴くとき、また胃痛が襲ってくるのではないかという不安。
これらの問題としっかり向き合うべきなのか。それとも、ほうっておけば時間が解決してくれるのか。
刺繍の手は止まり、針目を見つめてしばらくぼんやりしていると、唐突に屋敷内が慌ただしくなった。
(え……? なに……?)
サイドテーブルに刺繍枠を置いて顔を上げたとき、血相を変えたエミリーがサンルームに駈け込んできた。
「た、たたた大変です、リディア様……! 殿下が! ウィリアム殿下がいらっしゃいました……!!」
「……!? 殿下が……!? なんで!?」
驚きのあまり思わず立ち上がる。エミリーなんて気が動転しすぎて半分泣いていた。
「リディア様からお手紙を受け取り、お見舞いに来たのだとおっしゃっているそうです! リディア様! 昨日書いていらっしゃったお手紙ってウィリアム殿下宛てだったんですか!?」
「あ、そ、そうね……。ええ。たしかに手紙は殿下に出したわ……」
理由はわかったけれど、それでもまだ信じられない。
だってまさか、ウィリアム殿下がお見舞いにいらして下さるなんて……。
「それで? 今はお父様とお母様がお相手をされているの?」
「奥様は興奮のあまり卒倒されたため、お休みになっていらっしゃいます」
(お母様ったら……!! 倒れるほど興奮するなんて……!)
でも大げさな反応とは言い切れない。一介の伯爵家に王子様が訪問するなど、普通はあり得ない事態だ。
「リディア様、ど、どどど、どういたいましょう? お召し物は普段着ですし、お化粧もされていらっしゃらないのに……! ウィリアム殿下にはお待ちいただいて、とにかくお着替えを……」
エミリーがパニックになっているせいで、私のほうは逆に落ち着きを取り戻してきた。
「しっかりしてエミリー。お見舞いにいらして下さったのに、療養中の相手が着飾った格好で出ていくなんておかしいわ」
「あ……。そうですね……」
髪は無造作におろしたままだし、お化粧も本当に一切していない。そんな姿で出て行くのは正直恥ずかしいけれど、仕方がない。
本来ならこのような状況では、女性は面会を断るのが普通だ。見苦しい恰好で顔を出すほうが失礼にあたるため、相手が殿下であっても許されるのだ。でも……。
こちらが謝罪の手紙を出した結果、会いに来てくれた人に、まさか帰って下さいとは言えない。
「ウィリアム殿下にお会いするわ」
「は、はい……! ではご案内いたします」
一度自室に寄って、ウィリアム殿下から借りていたハンカチを手にした私は、エミリーとともに客間へと向かった。
客間の扉を開けてもらった瞬間、ガチコチに固まり青ざめている父と目が合った。母だけでなく父もあと少しで倒れそうな形相だ。急いできて良かった。父の目が、一体どうなっているんだと訴えかけてくる。うん……それはあとで説明するわ……。母も父も、舞踏会の夜に私がウィリアム殿下と出会ったことをまったく知らないのだ。だってそんな話をしたら、ふたりが変な方向で盛り上がりそうだったし……。
ウィリアム殿下はこちらに背を向ける格好でソファーに座っていた。気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返る。私と目が合うと、彼は申し訳なさそうな顔で微笑んで席を立った。
ウィリアム殿下が目の前まで歩み寄ってくると、甘く爽やかな匂いがふわりと香った。
訪問があったのは午後のこと。
病み上がりの私は、家でおとなしく過ごしているように命じられ、サンルームで刺繍をさしていた。
母は、社交クラブに出かける日課を取りやめた父と、何やら話し合っているようだった。居間の前を通りかかったときに耳を澄ませてみたら、私の将来について案じているのがわかった。
昨日の今日だから、まあそういう話をしているだろうと予想はついていた。でもやっぱり胸が痛んだ。
私ったら、ふたりに心配ばかりかけているわね……。
強引なところがあるものの、父と母はいつも私の身を案じてくれいた。そしてそのせいで頭を悩ませている。
もう一度見つけなければいけない結婚相手。貴族として生きていくうえで最も重要な社交界にたいして、心が苦手意識を持ってしまったこと。次にパーティーに赴くとき、また胃痛が襲ってくるのではないかという不安。
これらの問題としっかり向き合うべきなのか。それとも、ほうっておけば時間が解決してくれるのか。
刺繍の手は止まり、針目を見つめてしばらくぼんやりしていると、唐突に屋敷内が慌ただしくなった。
(え……? なに……?)
サイドテーブルに刺繍枠を置いて顔を上げたとき、血相を変えたエミリーがサンルームに駈け込んできた。
「た、たたた大変です、リディア様……! 殿下が! ウィリアム殿下がいらっしゃいました……!!」
「……!? 殿下が……!? なんで!?」
驚きのあまり思わず立ち上がる。エミリーなんて気が動転しすぎて半分泣いていた。
「リディア様からお手紙を受け取り、お見舞いに来たのだとおっしゃっているそうです! リディア様! 昨日書いていらっしゃったお手紙ってウィリアム殿下宛てだったんですか!?」
「あ、そ、そうね……。ええ。たしかに手紙は殿下に出したわ……」
理由はわかったけれど、それでもまだ信じられない。
だってまさか、ウィリアム殿下がお見舞いにいらして下さるなんて……。
「それで? 今はお父様とお母様がお相手をされているの?」
「奥様は興奮のあまり卒倒されたため、お休みになっていらっしゃいます」
(お母様ったら……!! 倒れるほど興奮するなんて……!)
でも大げさな反応とは言い切れない。一介の伯爵家に王子様が訪問するなど、普通はあり得ない事態だ。
「リディア様、ど、どどど、どういたいましょう? お召し物は普段着ですし、お化粧もされていらっしゃらないのに……! ウィリアム殿下にはお待ちいただいて、とにかくお着替えを……」
エミリーがパニックになっているせいで、私のほうは逆に落ち着きを取り戻してきた。
「しっかりしてエミリー。お見舞いにいらして下さったのに、療養中の相手が着飾った格好で出ていくなんておかしいわ」
「あ……。そうですね……」
髪は無造作におろしたままだし、お化粧も本当に一切していない。そんな姿で出て行くのは正直恥ずかしいけれど、仕方がない。
本来ならこのような状況では、女性は面会を断るのが普通だ。見苦しい恰好で顔を出すほうが失礼にあたるため、相手が殿下であっても許されるのだ。でも……。
こちらが謝罪の手紙を出した結果、会いに来てくれた人に、まさか帰って下さいとは言えない。
「ウィリアム殿下にお会いするわ」
「は、はい……! ではご案内いたします」
一度自室に寄って、ウィリアム殿下から借りていたハンカチを手にした私は、エミリーとともに客間へと向かった。
客間の扉を開けてもらった瞬間、ガチコチに固まり青ざめている父と目が合った。母だけでなく父もあと少しで倒れそうな形相だ。急いできて良かった。父の目が、一体どうなっているんだと訴えかけてくる。うん……それはあとで説明するわ……。母も父も、舞踏会の夜に私がウィリアム殿下と出会ったことをまったく知らないのだ。だってそんな話をしたら、ふたりが変な方向で盛り上がりそうだったし……。
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