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セントリー領のお茶会

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今日も無事に貴族のお嬢さんへの授業を終えることができました。

あっという間に、私が家庭教師を始めてから、すでに半年が過ぎていました。

「今日はここまでです。呑み込みが良いから私も教えがいがありますね。」

私がそう言うと、生徒は照れたように微笑んでくれました。

この子は、学習内容を理解する速度が非常に速いという驚くべき才能を持っていました。

しかし、極度の恥ずかしがりで、発言することや表に出すことが苦手だったため、「できない子」だと勘違いされていたのです。

時間をかけて緊張を解くと、みるみるうちに実力を発揮するようになった。

「セシリア先生、ありがとうございます!」

最初は硬い表情をしていたのに、今では明るい笑顔をみせるようになった生徒送り出され、私は心が満たされるのを感じました。

生真面目な私には家庭教師の仕事は向いていたのかもしれません。

家庭教師としての私の評判はとても良いもので、この子以外にも数人の子の勉強をみています。

そして、私は徐々に貴族の奥様方とのつながりをつくり、最近では家庭教師としての仕事以外にも、奥様方の給仕兼話し相手としてお茶会に参加することが増えました。

私は元子爵令嬢ですし、隣のマクマレー領から婚約破棄の噂が流れていないか心配していましたが、不思議なほどにそういった話題は聞こえてきませんでした。

姉から妹へ婚約者を変更したというのは外聞も悪いですし、表には出さなかったのかもしれません。

それに、どうやら私たちがセントリー領へ来た後、マクマレー領では何やら問題が起こったようで、多少混乱した状況にあるという噂をお茶会で耳にしました。

アーサー様がマクマレー領のお金を持って夜逃げした、というものです。

いくらアーサー様とはいえ、ローズと婚約しなおしたばかりでそれはないだろう、というのが私の考えですが真相は不明です。

家庭教師の仕事も順調で、ウィリアムと幸せな生活を送っている私には関係ないこと。

私はマクマレー領について考えることを、一度放棄したのでした。

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さて、そんなお茶会ではありますが、秋を前にすると、貴族のご婦人方の話題になることがあります。

「税金」です。

領地を治める貴族は、毎年秋の終わりに領民から集めた税を集計し、王宮に報告します。

そして、一定の割合を税として国に収めるのです。

「秋の収穫時期を過ぎると、税の季節ですわね。どうにも高くて。」

真っ先に口に出したのはハミルトン伯爵夫人でした。
ハミルトン伯爵はセントレー領の貴族社会の中心的な人物であり、伯爵夫人も慈善事業に力を入れるなど、精力的に活動されている方です。

他のご婦人方も次々に同調します。

私は差し出がましいかと思いながらも、領地経営の経験を思い出し、その方にお伺いしました。

「ハミルトン伯爵夫人様は貧民街の救済のための慈善事業をお持ちですよね。寄付金の一部は地方貢献税にされているのですか?」

「地方貢献税ですって?」

ハミルトン伯爵夫人は興味深そうにこちらを見ました。

「慈善事業への寄付は申請が認められると、地方貢献税を納めたとみなされる制度があると耳にしまして。」

細かい手続きは必要で、あまり有名ではないのですが、この国には、貴族が領地内に慈善団体を設立した場合、その団体に寄付したお金の一部を地方貢献税とみなす制度があるのです。

アーサー様の横領を調べた時に、帳簿を見ながらウィリアムに教えてもらったことでした。

「まぁ、それは知らなかったわ。あなた、詳しいのね。」

「いえ、会計に明るい夫の受け売りなので、正確な情報ではないかもしれません。」

「それでも良いわ。私も夫に相談してみましょう。」

他のご婦人方からも、感心するような声が聞こえ、私はホッと胸をなでおろしました。

この情報がハミルトン伯爵夫人のお役に立てたら良いのだけれど。

税に関する愚痴はそこからも続きましたが、その時はこの会話が私たち夫婦の人生を変えるなんて思いもよらなかったのです。
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