忍びしのぶれど

裳下徹和

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第一章

三 新たな任務

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 日本橋四日市にある駅逓寮へ、跳は足を向けた。
 東京の西の外れでの盗賊事件が決着をみたので、一旦呼び戻されたのだ。
 るまに言った通り、東京の街は変化を遂げているものの、駅逓寮の建物は、徳川時代からの古い日本家屋を使っている。元は魚会所納屋として使われていた建物だったが、今は老朽化し、雨漏りまでする始末だ。
 跳は顔なじみの職員達に挨拶し、駅逓頭室へとおもむく。
 許可を得て室内に入ると、駅逓頭前島密まえじまひそかが、机の前に座したまま言葉をかけてきた。
「きたか。留崎跳」
 留崎跳という名前は、明治に入ってから、前島密によってつけられた。自分でつけた名を気に入っているのか、前島は、一回は名前全体で呼ぶ。
「盗賊の件は、正直言ってやり過ぎだったな。川路さんに頼んで、警察隊が倒したことにしたが、あまり暴れ過ぎないでくれ」
 跳はかしこまって頭を下げた。
 会話の中で出た川路とは、川路利良邏卒総長だ。薩摩藩出身で、戊辰戦争で功績を残し、明治政府で今の役職についた。治安を維持する為に、正規の警察隊以外に密偵を何人も駆使しており、跳はその中の一人だった。
 前島密は、郵便業務全般を司る駅逓寮の頭だ。跳の表向きの上司であり、川路からの命令は、前島を通して伝えられる。御一新前に、前島は薩摩藩士と揉め、命を狙われたことがあったが、それを執り成したのが川路だった。その縁もあり、このような形で跳を使役している。
 川路の命令だけではなく、前島の命令で動く時もあるが、どちらにせよ表立って出来ないことばかりだ。
「帰ってきたばかりで苦労かけるが、もう一度西多摩郡へ行ってもらう。田満村たみつむら実相寺じっそうじから、仏像を持ちかえってくれ」
 跳は、前島から実相寺の住職宛ての書状を受け取り、駅逓寮を後にした。

 跳は、八王子行きの郵便馬車に揺られ西を目指しながら、これから行う仕事について思いを巡らせていた。
 明治元年に神仏分離令が発せられ、長い年月をかけて混ざりあった神道と仏教が、分けられることとなった。明治政府は神道を国教とし、天皇を中心とした国造りをはかったのである。だが、その御触れを曲解する者が続出した。国は神道と仏教を分けようとしただけなのに、仏教を排斥する者が出てきてしまったのだ。日本各地で仏像が壊され、寺は焼かれ、僧が迫害された。今回の命令は、さして大きくもない仏像一体を運ぶだけなのに、跳に命令が下ったのは、こういう情勢を考えてのことだった。
 岐阜の方では、仏教へのあたりが激しいと聞くが、これから向かう西多摩郡は、そのような噂は流れてこない。自分の足でも歩き回ったが、そのような空気は感じなかった。必要以上に心配することもあるまい。跳は任務を楽天的に考えていた。
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