忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

3 仏像運搬再び

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 郵便配達に勤しんでいた跳に、前島から別の指令が下った。西欧に渡航している川路が電信で依頼してきたものらしい。前回と同じく栄雲が持つ仏像を保護しろということだが、そんなに貴重なものなのだろうか。
 豊島郡巣鴨村の顕現寺におもむく。田満村の実相寺が燃やされ、住職の栄雲は、廃寺となっていた顕現寺に身を寄せていたのだ。
 跳は早速顕現寺へ向かう。
 顕現寺のまわりは田畑や森に囲まれ、徳川時代から変わらぬ景色が広がっていた。このあたりもまだまだ文明開化から取り残されているようだ。
 到着すると、栄雲が迎えてくれた。
「その節はお世話になりました」
 そう言って頭を下げる栄雲は、さらに痩せたように見えた。会うのは小塚原刑場での裁き以来だが、あれだけの体験をすれば、心の疲れはなかなかとれないだろう。
「村から逃げて終わりかと思ったら、隣村の切支丹まで巻き込んで大騒動になりましたな。とにかく解決して良かった」
 力なく微笑みながら栄雲は言った。
 栄雲は、乍峰村の人々が隠れ切支丹であることは知っていた。切支丹達が有罪となれば、見逃してきた栄雲にも咎が及んだかもしれない。内心安堵していることだろう。
 話の区切りがついたところで、跳は手紙を差し出す。
「前にも同じようなやり取りがありましたね」
 苦笑いしながら、栄雲が手紙の封を開け、中を読み始める。短い文だったようで、すぐに読み終えた。
「仏像を運んでください」
 東京の街中からそう離れていないこの寺でも、神仏分離令の悪影響を受けているのだろうか。多少疑問に思うところもあるが、跳は与えられた仕事をこなすだけだ。
 前にも運んだ仏像を丁寧に布で包み、箱に入れ、さらに布でくるむ。それ程の重さはないし、距離も短い。何よりもライ麦の毒にあたって錯乱した村人がいない。簡単な届け物になりそうだ。
「栄雲様も、危険を感じたら避難して下さい」
 跳の言葉に、栄雲はうなずく。
 挨拶をして、退居しようと玄関に行くと、外から寺へと近付く足音が跳の耳へ入った。栄雲には聞こえていない。
「栄雲様。今日来客の御予定はありますか?」
「いえ。ありませんね」
 足音から察するに人数は三人。刀を持っている。殺気は読み取れないが、緊張感は伝わってくる。
「人が来ます。裏口から逃げましょう」
 過去に危機を経験している栄雲の決断は早かった。すぐにわらじをひっかけ、二人で裏口から逃げ出した。
 足音を忍ばせて寺から少しずつ離れる。
 すぐに戸を叩きながら来訪を告げる声が聞こえ、少し間を置いて戸を蹴破る音がした。
「裏口から逃げた。追え!」
 跳と栄雲は、駆け出す。
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