忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

10 追いつめられて

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 礼拝堂の中に入るなり、床に栄雲を置いて、跳自身も崩れ落ちる。呼吸は乱れ、体中の筋肉が燃えるように熱い。
 るまが扉を閉め、かんぬきをかけると、礼拝堂は暗闇と静寂に包まれ、跳の荒れた呼吸と、栄雲のうめき声が響いた。
 マッチを擦って、るまが蝋燭に火を灯すと、ぼんやりと礼拝堂の情景が浮かび上がった。造られたばかりの装飾のない室内。板の間の上に整然と椅子が並べられている。不安を無理に押し込めようとするるまと、苦痛に脂汗を流す栄雲。それらを見おろす磔にされたキリスト像。
 栄雲の傷の具合を見てみると、脛からふくらはぎにかけて斬られ、血が流れ出している。命に関わるものではないだろうが、走って逃げることは出来ない。
 るまが傷口に手ぬぐいを巻いて止血をする。手ぬぐいはたちまち赤黒く染まっていった。
「るまさん。ありがとうございます」
「いえ、そんな。栄雲様は、切支丹の我々にも良くして下さいました」
 宣教師のジラールは、横浜の教会へ所要で出かけ不在で、今日はるま一人で留守番をしているそうだ。
 外に人が集まってくる足音がする。栄雲の傷から流れ落ちた血をたどってきたのだろう。提灯の灯りも漏れ見えている。
 恐怖で顔を強張らせるるまに、事情を説明してやりたいが、跳にもそんな余裕はない。
「いるのはわかっている。おとなしく勅書を渡せ!」
 残党の一人が、戸を叩き始めた。
 素直に渡したところで皆殺しだろう。勅書の入手が目的なので、火をつけられることはないが、戸を破られるのは時間の問題だ。破られるまで助けがくるだろうか。きたところで、葛淵率いる軍人達なら、赤報隊の残党と共に皆殺しにされ、教会ごと焼き払われそうだ。
「綾小路。勅書をよこせ。俺達が偽官軍ではなかったことを証明するのだ。俺達は正義だったのだ」
 外から聞こえてくる声に、栄雲が反応する。
「何が正義だ。お前が官軍の名のもとに乱暴狼藉をはたらいたから、我々は罪人とされたのだ。名誉回復とか言っているが、赤報隊の名を使って、うまい汁を吸いたいだけだろうが。これ以上無意味な騒乱を起こして、民を苦しめるな。相楽総三に対し、恥ずかしいと思わんのか!」
 建物の外から流れ込む殺気が、密度を上げた。
「何を偉そうに!お前だって似たようなものだろうが!」
「相楽達が処刑されたってのに、てめえは公家出身ってことで無罪放免。頭丸めて一人だけ極楽に行こうってのか? 善人面するんじゃねえ!」
「戦費の収奪など誰でもやっていることだ。俺達が略奪しなかったら、戦うことも出来ずに飢え死にしていた。お前も恩恵を得たくせに!」
 罵詈雑言が投げかけられ、扉を破壊する音に力が入る。
 交渉の道は断たれたようだ。
 残った弾丸は一発。棒手裏剣が三本。含み針が一本。相手の数は七人か八人。いささか戦力が足りない。
 跳が、何か使えるものがないかあたりとさぐると、厚い革の表紙の一冊の本をみつけた。開いてみると、外国の言葉が書かれている。
「この本は何ですか?」
「これは聖書。神の教えが書かれたものです」
 これは使える。
 叩かれている扉の軋みが大きくなってきた。もうすぐ破られる。
 跳は急いで準備をする。
それを見て、るまが跳を止めようとした。
「それは…」
「神が我々に生きろと言っている」
 るまは何か言いたげだったが、跳の圧力に負け、言葉を引っ込める。
 もうすぐ扉が破られそうになった頃、準備は完了した。
「俺が合図したら、マッチで火をつけて下さい」
 るまがうなずくのを見届けてから、跳はろうそくの火を消し、聖堂の中は暗闇に包まれる。
 残党達が扉を叩く音がやんだ。もうすぐ破れそうなので、突入する手はずを整えているのだろう。
 跳は、るまと栄雲とは離れたところに隠れ、暗い聖堂内に目を凝らす。忍び時代に訓練していたので夜目は利く。聖堂の様子は大概把握出来るようになった。
 残党達も提灯を消して暗闇に目を慣らしているようだ。一斉に踏み込んで、短時間で決着をつけるつもりだろう。
 嵐の前の静けさが訪れ、次の瞬間扉が蹴破られた。
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