忍びしのぶれど

裳下徹和

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第三章

① 西の龍と東の龍

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 西の龍が東の龍を殺しにきた。
 そんな話が、東京の街に流れ始めた。
 きっかけは、三体の焼かれた死体が発見されたことからだった。別々の場所で違う日時に発見されたものだったが、犯行の手口から同一犯の仕業だと思われた。犯人はまだ捕まっていない。
 凄惨な事件に人々の興味が集まり、犯人の憶測が駆け巡る中で、いつの間にか先の噂が広まっていた。広まっているのは子供中心にだが、大人でも面白半分で口にする者もいる。
 なんでも、日本などの東洋の龍は、水を司る神に近い存在だが、西洋の龍は、火を噴く化け物だという。殺された三人は、西洋の龍の侵攻を食い止めようとした者達だったらしい。何とも荒唐無稽な話だ。怪談めいた話で鬱屈の溜まった日常に刺激を与えるの良いが、西洋文明に侵食される日本文化に重ね合わせると、跳はやるせない思いになる。

 そんな浮足立った街で、跳が郵便配達の仕事をしていると、石走厳兵衛から声をかけられた。無愛想な石走は、いつもなら道で会っても、黙って目礼する程度なのに珍しい。
「川路大警視から命令はきていないのか?」
 洋行から帰国した川路利良は、警視庁を設立。初代大警視に就任した。西欧に倣い警察機構の確立を目指し、日本の治安を維持する為、日夜邁進している。
「俺は何も聞いていない。何かあったのか?」
 跳の返事を聞いて、石走は少し言い辛そうに口を開いた。
「三人の焼死体がみつかった事件は知っているだろう。あれを追っている。何も聞いていないのなら、別にいい」
 今日の石走は、三尺棒を持たずに腰に刀を差している。帯刀が許される警部に昇進したのだろう。石走の仕事振りから考えれば遅いくらいだ。人付き合い悪さと、時々やり過ぎることが、昇進を遅らせたのだろう。
「あの事件を追っているのか。協力するから麦酒ビールおごってくれよ。出世したのだろう」
 舶来の麦酒は、まだまだ庶民の手が届かない高級品だ。警部に昇進したとはいえ、賄賂を受け取らない石走には、いささか辛い買い物だろう。会ったことはないが、石走とは釣り合わない程可憐な妻と、生まれて間もない子供もいるという。生活に余裕がないはずだ。
「お前の手など借りん。邪魔するな」
 予想通りの答えが返ってきた。
 去っていく石走の姿を眺めていると、火を噴く龍と戦う、岩から生まれた猿という、変な想像をしてしまう。あまりの馬鹿馬鹿しさに、跳は頭を振って想像を消し去った。
 妄想を振り払って、跳はそそくさと仕事に戻る。最近は思い悩むことも多かったが、今日の跳は喜びに満ちていた。仕事が終わった後、るまと連れ立って銀座煉瓦街を見物に行くことになっているのだ。配達に駆け回る足も軽い。石走をからかってしまう程のうかれ振りだ。

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