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第三章
⑭ 赤煉瓦をさらに赤く
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跳は桐桑を追って走り、建物の正面へと回る。そこは、藤巴党と警察が戦い、民衆が逃げ惑う騒乱の場と化していた。人々の間を通って逃げていく桐桑の背中が見えるが、他の人に当たるので、発砲は出来ない。
演台の上では、石走と藤田が、井上馨を守って戦っていた。
猿叫と共に繰り出した石走の刀が、敵の体を肉塊へと変える。藤田の放った突きが、敵ののどを貫く。二人の強者振りは相変わらずだ。
そんな二人を見て、砥叶が放水しながら声を上げる。
「石走、藤田。てめえらの正当な裁きとやらは最高だな!」
さすがに藤田も、この状況では返答出来ず、口元を歪めるだけだった。
石走と藤田は強いのだが、三尺棒を携えた部下の警官達は、刀を持った敵達に苦戦を強いられている。
跳は加勢すべきか一瞬迷うが、桐桑を追った。
桐桑を追いかけていくと、女性とぶつかりそうになり、慌てて避ける。
「跳さん?」
ぶつかりそうになった女性は、るまだった。現在働いている女学校は、ここからそう離れていない。三井商店の落成式を見にきて、巻き込まれたのだろう。
「はやく逃げろ!」
跳の鬼気迫る表情に、るまは質問せずに走り出した。
るまを逃がし、跳は桐桑を追跡する。
人混みを抜けて煉瓦街を進む桐桑の先には、藤巴党の仲間と盗まれた蒸気ポンプ消火器が待ち構えていた。あれを盗んだのも、桐桑とその仲間達だったのだ。
桐桑は蒸気ポンプ消火器に走り寄ると、放水筒を手に取り、跳に向かって叫ぶ。
「爆薬だけではないぞ!」
筒先から液体がほとばしり、跳は地面を転がって逃げる。液体は跳がいた場所を大きく越え、建ち並ぶ煉瓦の建物を濡らした。
放出された液体は水ではない。
「油だ。逃げろ!」
跳のあらん限りの声に、人々の混乱はさらに加速する。悲鳴を上げて逃げ惑い。建物の中に逃げる者、建物から出る者、収集がつかない状態になった。
消防団の援軍が、腕用消火器三台を引き連れて到着したものの、人の流れに阻まれて、立ち往生している。
本来は火を消すはずの道具で火をつける。妻と子を亡くした桐桑の憎しみの発露だ。
桐桑は容赦なく蒸気ポンプ消火器から油を噴出させまくる。油は人々にも建物にもかかった。着火したら火炎地獄になる。
止めねばならないが、火がつくおそれがあるので、拳銃は使えない。
跳は棒手裏剣を投げ、蒸気ポンプを乗せた荷車を動かしていた男達の一人に当てた。当たった男はその場に倒れたが、残りの男達で荷車を三井商店へ近付いていく。
逃げ惑う人が邪魔をして、二発目の手裏剣が投げられない。跳は蒸気ポンプ消火器めがけて走る。数人で押しているとはいえ、そんなに速度は出ていない。すぐ追いつける。途中で手裏剣を投げつけ倒した男の腰から刀を奪い、鞘から抜き放って、荷車を押す男に斬りかかった。
敵も察知して、刀を抜こうとするが、跳の攻撃の方が速い。一刀のもとに斬り伏せる。
息をつく暇もなく、別の敵が刀を振り上げて襲いかかってくる。
跳はかわす余裕がなく、刀で攻撃を受けとめる。金属と金属がぶつかり合い、火花が散った。蒸気ポンプの中に入っている油は、忍び時代に学んだ独自の調合がされたものだろう。普通の油より格段に激しく燃える。運良く引火しなかったが、していたら紅蓮の炎に包まれていた。
鍔迫り合いになったが、渾身の力で押し飛ばし、すきが出来たところで腕を斬り裂き、首を飛ばす。
最後の一人を倒し、荷車は動かなくなった。
跳は、放水筒を持って油を振りまき続ける桐桑に近付き、蒸気ポンプから伸びる放水管を叩き斬った。放水管が暴れて油がほとばしり、桐桑の体をずぶ濡れにする。
続けて桐桑も斬ろうとするが、切断された管は油を撒き散らしながら動き続け、近付くことが出来なかった。
桐桑は跳の方に振り返り、放水筒を投げ捨て、懐から火打石を取り出す。
「やめろ!」
叫びながら跳は駆け出すが、間に合わなかった。
騒乱の中かき消される程の軽い音を立て石と金属がぶつかり合い、桐桑の体の上に小さな火花を散らした。小さかった火花は急速に成長し、桐桑の体を包み込み、さらに撒き散らされた油を伝って勢力を広げていく。
「逃げろ!」
跳が張り上げた声は、引火した蒸気ポンプ消火器が爆発炎上した轟音によりかき消された。
爆風と共に襲ってきた蒸気ポンプ消火器の破片に切り裂かれ、跳がよろめいている間に、炎は銀座煉瓦街の広い道路いっぱいに、真っ赤な手を伸ばしている。
跳がよろめく体をたて直し、前方を見ると、全身の火に包まれた桐桑が、井上馨に向かって走って行く姿が目に入った。一緒に消し炭になるつもりなのだ。
井上は逃げようとするが、飛んできた火の粉が引火したのか、三井商店の建物が爆発した。水で処理し切れなかった爆薬があったようだ。
逃げ道を断たれたと思った井上は、身を硬直させ、迫ってくる桐桑を呆然とみつめていた。
燃え上がる炎に阻まれ、跳は進むことが出来ない。
「水は使うな!」
砥叶が三井商店の方から連呼しているのに気付き、跳が振り返ると、後続の消防団員達が、腕用消火器で燃え上がる炎に放水しようとしていた。
それを見た跳は、横方向へ慌てて逃げる。
砥叶の声は後続の消防団員には届かず、燃え上がる蒸気ポンプ消火器へ向かって放水がなされてしまった。
水が当たった瞬間爆発を起こし、燃える油が飛散する。油火災に水をかけるのは御法度なのだ。
火災の拡大は混乱に拍車をかけ、井上馨に迫る桐桑に気を向ける者がいない。
こうなったら火器の使用をためらう理由もなくなった。跳は拳銃を構えるが、たちのぼる炎と煙が邪魔をして、狙いを定めることが出来ない。
体中炎に包まれ、煙と肉が焦げる臭いを撒き散らす桐桑が、井上馨まであと少しと迫った時、石走が横から飛び出し、桐桑の胴をなぎ払う。血と炎が飛び散り、桐桑の上半身と下半身は分断された。
下半身を失った桐桑の上半身は、演台の上に鈍い音を立てて落ちるが、動きを止めず、手の力で這って、井上へ近付こうとする。
井上は腰を抜かしてその場にへたり込み、どうにか後ずさろうとした。
石走が歩み寄り、刀を逆手に振り降ろし、桐桑の胸を演台に串刺しにし、ようやく桐桑は動きを止める。
銀座大火が起きていなければ、火事を消し止めることが出来ていたら、もう少しだけ運が微笑んでくれていたら、桐桑は美しい花火を打ち上げていたのだろうか。
跳は力なく拳銃を下ろし、肌を焦がす熱さも忘れ、虚脱する。
藤巴党は、一人残らず斬り倒すか、捕縛された。
「これからが俺達の勝負だ!」
砥叶の威勢の良いかけ声に、消防団達は業火に向かっていく。
水を直接かけるのは危険なので、砂や濡れた布団をかけて、空気を遮断し消火にあたる。
「郵便屋! 何ぼさっとしていやがる。忍術でどうにかしろ!」
藤田に怒鳴り散らされ、跳は我に返り、慌てて消火活動の手助けにまわった。
「跳さん!」
名を呼ばれ、声の方を見ると、るまも消火活動に加わっていた。顔を煤で真っ黒にしながら、濡れた布団を火にかぶせている。戻ってきたのだ。
仲間達と共に、跳は業火と戦った。
絶望的にも思えた火勢だったが、煉瓦による街づくり、幅の広い道路が功を奏し、延焼することなく消し止められた。もちろん消防団の活躍が大きい。
焦げ臭い空気の中、跳は消し炭になった桐桑のもとへ歩く。手や顔が軽度の火傷を負い痛む。煙を吸って、鼻ものどもやられたようだ。すれ違う者の顔は、押しなべて煤で黒い。自分も同じ顔をしていることだろう。
体を分断された桐桑は、死してなお復讐を遂げようとするように手を前方に伸ばしている。その先にはもう井上馨はいない。
「お前無駄死にだったよ。多分俺も無駄死にするだろう。辛い忍びの生活をせっかく生きのびたのにな……」
演台の上では、石走と藤田が、井上馨を守って戦っていた。
猿叫と共に繰り出した石走の刀が、敵の体を肉塊へと変える。藤田の放った突きが、敵ののどを貫く。二人の強者振りは相変わらずだ。
そんな二人を見て、砥叶が放水しながら声を上げる。
「石走、藤田。てめえらの正当な裁きとやらは最高だな!」
さすがに藤田も、この状況では返答出来ず、口元を歪めるだけだった。
石走と藤田は強いのだが、三尺棒を携えた部下の警官達は、刀を持った敵達に苦戦を強いられている。
跳は加勢すべきか一瞬迷うが、桐桑を追った。
桐桑を追いかけていくと、女性とぶつかりそうになり、慌てて避ける。
「跳さん?」
ぶつかりそうになった女性は、るまだった。現在働いている女学校は、ここからそう離れていない。三井商店の落成式を見にきて、巻き込まれたのだろう。
「はやく逃げろ!」
跳の鬼気迫る表情に、るまは質問せずに走り出した。
るまを逃がし、跳は桐桑を追跡する。
人混みを抜けて煉瓦街を進む桐桑の先には、藤巴党の仲間と盗まれた蒸気ポンプ消火器が待ち構えていた。あれを盗んだのも、桐桑とその仲間達だったのだ。
桐桑は蒸気ポンプ消火器に走り寄ると、放水筒を手に取り、跳に向かって叫ぶ。
「爆薬だけではないぞ!」
筒先から液体がほとばしり、跳は地面を転がって逃げる。液体は跳がいた場所を大きく越え、建ち並ぶ煉瓦の建物を濡らした。
放出された液体は水ではない。
「油だ。逃げろ!」
跳のあらん限りの声に、人々の混乱はさらに加速する。悲鳴を上げて逃げ惑い。建物の中に逃げる者、建物から出る者、収集がつかない状態になった。
消防団の援軍が、腕用消火器三台を引き連れて到着したものの、人の流れに阻まれて、立ち往生している。
本来は火を消すはずの道具で火をつける。妻と子を亡くした桐桑の憎しみの発露だ。
桐桑は容赦なく蒸気ポンプ消火器から油を噴出させまくる。油は人々にも建物にもかかった。着火したら火炎地獄になる。
止めねばならないが、火がつくおそれがあるので、拳銃は使えない。
跳は棒手裏剣を投げ、蒸気ポンプを乗せた荷車を動かしていた男達の一人に当てた。当たった男はその場に倒れたが、残りの男達で荷車を三井商店へ近付いていく。
逃げ惑う人が邪魔をして、二発目の手裏剣が投げられない。跳は蒸気ポンプ消火器めがけて走る。数人で押しているとはいえ、そんなに速度は出ていない。すぐ追いつける。途中で手裏剣を投げつけ倒した男の腰から刀を奪い、鞘から抜き放って、荷車を押す男に斬りかかった。
敵も察知して、刀を抜こうとするが、跳の攻撃の方が速い。一刀のもとに斬り伏せる。
息をつく暇もなく、別の敵が刀を振り上げて襲いかかってくる。
跳はかわす余裕がなく、刀で攻撃を受けとめる。金属と金属がぶつかり合い、火花が散った。蒸気ポンプの中に入っている油は、忍び時代に学んだ独自の調合がされたものだろう。普通の油より格段に激しく燃える。運良く引火しなかったが、していたら紅蓮の炎に包まれていた。
鍔迫り合いになったが、渾身の力で押し飛ばし、すきが出来たところで腕を斬り裂き、首を飛ばす。
最後の一人を倒し、荷車は動かなくなった。
跳は、放水筒を持って油を振りまき続ける桐桑に近付き、蒸気ポンプから伸びる放水管を叩き斬った。放水管が暴れて油がほとばしり、桐桑の体をずぶ濡れにする。
続けて桐桑も斬ろうとするが、切断された管は油を撒き散らしながら動き続け、近付くことが出来なかった。
桐桑は跳の方に振り返り、放水筒を投げ捨て、懐から火打石を取り出す。
「やめろ!」
叫びながら跳は駆け出すが、間に合わなかった。
騒乱の中かき消される程の軽い音を立て石と金属がぶつかり合い、桐桑の体の上に小さな火花を散らした。小さかった火花は急速に成長し、桐桑の体を包み込み、さらに撒き散らされた油を伝って勢力を広げていく。
「逃げろ!」
跳が張り上げた声は、引火した蒸気ポンプ消火器が爆発炎上した轟音によりかき消された。
爆風と共に襲ってきた蒸気ポンプ消火器の破片に切り裂かれ、跳がよろめいている間に、炎は銀座煉瓦街の広い道路いっぱいに、真っ赤な手を伸ばしている。
跳がよろめく体をたて直し、前方を見ると、全身の火に包まれた桐桑が、井上馨に向かって走って行く姿が目に入った。一緒に消し炭になるつもりなのだ。
井上は逃げようとするが、飛んできた火の粉が引火したのか、三井商店の建物が爆発した。水で処理し切れなかった爆薬があったようだ。
逃げ道を断たれたと思った井上は、身を硬直させ、迫ってくる桐桑を呆然とみつめていた。
燃え上がる炎に阻まれ、跳は進むことが出来ない。
「水は使うな!」
砥叶が三井商店の方から連呼しているのに気付き、跳が振り返ると、後続の消防団員達が、腕用消火器で燃え上がる炎に放水しようとしていた。
それを見た跳は、横方向へ慌てて逃げる。
砥叶の声は後続の消防団員には届かず、燃え上がる蒸気ポンプ消火器へ向かって放水がなされてしまった。
水が当たった瞬間爆発を起こし、燃える油が飛散する。油火災に水をかけるのは御法度なのだ。
火災の拡大は混乱に拍車をかけ、井上馨に迫る桐桑に気を向ける者がいない。
こうなったら火器の使用をためらう理由もなくなった。跳は拳銃を構えるが、たちのぼる炎と煙が邪魔をして、狙いを定めることが出来ない。
体中炎に包まれ、煙と肉が焦げる臭いを撒き散らす桐桑が、井上馨まであと少しと迫った時、石走が横から飛び出し、桐桑の胴をなぎ払う。血と炎が飛び散り、桐桑の上半身と下半身は分断された。
下半身を失った桐桑の上半身は、演台の上に鈍い音を立てて落ちるが、動きを止めず、手の力で這って、井上へ近付こうとする。
井上は腰を抜かしてその場にへたり込み、どうにか後ずさろうとした。
石走が歩み寄り、刀を逆手に振り降ろし、桐桑の胸を演台に串刺しにし、ようやく桐桑は動きを止める。
銀座大火が起きていなければ、火事を消し止めることが出来ていたら、もう少しだけ運が微笑んでくれていたら、桐桑は美しい花火を打ち上げていたのだろうか。
跳は力なく拳銃を下ろし、肌を焦がす熱さも忘れ、虚脱する。
藤巴党は、一人残らず斬り倒すか、捕縛された。
「これからが俺達の勝負だ!」
砥叶の威勢の良いかけ声に、消防団達は業火に向かっていく。
水を直接かけるのは危険なので、砂や濡れた布団をかけて、空気を遮断し消火にあたる。
「郵便屋! 何ぼさっとしていやがる。忍術でどうにかしろ!」
藤田に怒鳴り散らされ、跳は我に返り、慌てて消火活動の手助けにまわった。
「跳さん!」
名を呼ばれ、声の方を見ると、るまも消火活動に加わっていた。顔を煤で真っ黒にしながら、濡れた布団を火にかぶせている。戻ってきたのだ。
仲間達と共に、跳は業火と戦った。
絶望的にも思えた火勢だったが、煉瓦による街づくり、幅の広い道路が功を奏し、延焼することなく消し止められた。もちろん消防団の活躍が大きい。
焦げ臭い空気の中、跳は消し炭になった桐桑のもとへ歩く。手や顔が軽度の火傷を負い痛む。煙を吸って、鼻ものどもやられたようだ。すれ違う者の顔は、押しなべて煤で黒い。自分も同じ顔をしていることだろう。
体を分断された桐桑は、死してなお復讐を遂げようとするように手を前方に伸ばしている。その先にはもう井上馨はいない。
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