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 帰宅後、またにれからメッセージが入っていた。用事があるなら学校にいる内に言っても良かったのに、今日楡はおれに近付きもしなかった。
『今日は?』とだけ書かれたそれに『今日は暇』と返すと、『7時にギルハン』ときた。先週罰ゲームをする原因になったゲームだ。その時間にネット通信で合流して遊ぼうという意味だろう。
 けどあのゲーム機はおれのじゃない、楡の元にある。その事を伝えると『精度鈍った?』と謎のお言葉を賜った。
 何言ってるかわかんなかったので一旦保留する。

 じいちゃんが山道で拾ってきた栗の選別してる間に、成程家に遊びに来いってことかと閃いた。楡はすぐにその意図に気づかなかったことを咎めたのだ。
 確かにいつもならすぐ気付いてたかもしれない。最近自分を取り巻く環境がガラッと変わったからか、気が回らなくなってるみたいだ。
 了承を返そうとして、昼休みの奈留なるくんを思い出す。同性の友達って浮気に入るだろうか? 付き合ってるのが男だから入るか。
 異性間と同じとみなすなら、二人きりで会うのは個人的にはアウトだ。
 ただ友達歴の長い楡を蔑ろにしたくないんだよな。うんうん唸った結果おれはひとつの答えを出した。
『ゲーム機だけ借りていい?』『家に上がるのはちょっとダメかも』
 うん、これなら二人きりにならず、かつ友達として遊べる。名案だ。
 既読が付いた瞬間電話が鳴った。取って早々楡からの不機嫌な声が飛んでくる。

『何それ』
「いやー浮気厳禁なもんで」
『……また留目とどめ?』
「おれが自主的に自重してんの」
『何それ……』
「ネット通信なら遊べるよー」
『もういい、クローは俺なんかどーでもいいんだろ』

 反論しようと思ったのに、ぶつ切りされてしまった。
 あいつ変に拗らせてない?



 火曜日、登校すると木ノ重このえが額にでかいガーゼを貼り付けていた。

「おはよ木ノ重、デコまたやらかした?」
「サッカーゴールに頭からいった!」
「胸張んな、走る時よそ見すんなっていっつも言われてんだろ」
「えーでもクロやんはちょっと抜けてるオレのこと好きでしょ!」
「怪我しなかったらもっと好きだねえ」
「ヤブヘビ!」

 木ノ重はブー、ときったねえ音を発しながら不貞腐れている。欠伸しながら教室のドアをくぐった吾妻あづまも、木ノ重の額に気付いて呆れた様子を見せた。
 吾妻からも説教を受け始める木ノ重をからかって遊んでいると、背中に先週ぶりの重みが乗った。

「おはよーホモ白くん、今日も彼氏のケツ追っかけんの?」
「……楡、言い方悪いよ」
「おれのタイプおねーさん系だしバイ白じゃね?」

 楡を咎めてくれる吾妻に苦笑を返しつつ、背中から楡を退ける。退けた楡はそのまま吾妻にくっつけた。

「ちょっとクロー何すんの」
「今日からは吾妻に子泣き爺するんだぞ楡」
「おい妙な妖怪を僕に押し付けんなよ!」

 スキンシップもものによっては浮気カウントかもしれないしね。
 奈留くんはいつも遅刻ギリギリに来るっぽいのが救いだ、見られる前に対処出来て良かった。



「…………顔色悪くない?」

 放課後、今日初めて聞いた奈留くんの声は、おれの体調を気遣ってくれるものだった。嬉しい。
 今日は昼休みに用事があったから奈留くんを追い回せなかったのだ。ちなみに授業毎の休み時間はというと、奈留くんは机に突っ伏してるか小説みたいなの読んでて邪魔できないんだよね。おれもたまに寝てるしな!

「さっきまで腹壊してたけどヘーキ!」
「家帰れば」
「マジ全然平気だから! 後生だから!」
「……必死過ぎて気持ち悪い」

 ドン引きしながらも追い払わないでいてくれる奈留くんの隣に並んで歩き出す。
 道すがら奈留くんに色々質問を飛ばしたが、八割くらい無視された。アニメ関係の二割だけ答えてくれた。

 奈留くんの家は縦に長い立地に建った一軒家だった。
 初めて入る家ってどうしてこんなに緊張するんだろう。
 慣れた手つきで鍵を開ける奈留くんに続き、学生鞄を胸元に抱えながら「お邪魔しマース……」と呟く。完全に借りてきた猫である。

 階段上がってすぐの部屋に案内される。
 白と黒を基調とした家具が、なんかパソコンやらゲーム機やら漫画やらで埋め尽くされてほとんど見えない賑やかな部屋だ。
 あ、でもちゃぶ台周りだけ物が避けてある。おれが来るから片付けてくれたのだろうか。好き。

「烏龍茶しか無いから。水道水がいいなら勝手に汲んで」
「おれが普段飲んでるもん覚えててくれたんだ! 烏龍茶も好きだぞ、ありがと」
「……アンタは無駄に前向き過ぎる……」

 座椅子に座ったおれの前にコップを置いた後、奈留くんはテレビの横にあるパソコン机の方に向かって回転椅子に座った。
 てっきり隣に座るものかと思って端に詰めたおれはちょっとテレテレしながら真ん中に戻る。

 それからおれらは一時間ほど一緒にアニメを観て、ついでに宿題も一緒にやった。
 奈留くんに解説を受けながらのアニメ鑑賞は、一人で見るよりずっと楽しかった。何よりちょっと得意そうに好きなものの話をする奈留くんが微笑ましい。
 2期も12話あるからまた家に呼んでくれるらしい。毎回お呼ばれして良いのかと聞けば、「動画サイトは2期以降有料でしょ」と答えられる。
 おれのこと苦手な気持ちより趣味を布教する楽しみが上回っちゃってるのも可愛い。見れば見るほど奈留くんの好きポイント増えてくなあ。

 宿題中は隣にも座ってくれた。折角だしと「ちょっとだけ触っていい?」と許可を求めても拒否されなかったので、肩同士を引っつけてみた。
 奈留くんの方が背が高いせいで、彼の肩におれの顔が来る。
 頭を乗せると耳が塞がって、おれの体内の音がよく聞こえるようになった。
 とく、とく、と規則正しい脈拍が耳の奥で響いている。おれの心拍数は普段と変わってないみたいだ。



 奈留くんの親は出張まみれでほぼ居ないらしい。
 夕飯は自分で作るか買ってこいって言われてるんだって。
 お礼も兼ねて作ろうか? と聞いてみる。

「……好きにすれば」

 初めての肯定的な返事だった。このちょっとずつ懐いてくる感じがたまらんのだ。
 挽肉があったからありがたく拝借してロコモコ丼と玉ねぎのスープを作る。野郎の知ってるレシピなんて大半が丼だ。面倒だからね。異論は認める。

 またあのささやか過ぎる笑顔を見せてくれるかもとワクワクしながらお盆に出来上がった料理を乗せて二階に戻る。
 奈留くんはパソコンに向かって何か打ち込んでいる。
 ちゃぶ台に料理を並べてから奈留くんの背後に回って画面を覗き込む。
 ……ニュースサイトのコメント欄に攻撃的な書き込みしてやがる。

「…………何、文句あるの」

 俺に気付いた奈留くんが威嚇するように問いかけてくる。
 まあいい趣味ではないなーとは思うけど、それより。

「ねー奈留くん、今度からそういう書き込みはサイトにするんじゃなくて俺に送ってくんない?」
「……説教? 俺が何しようと勝手でしょ」
「いや説教じゃなくて」
「なら何が目的だよ偽善者」

 さっきまでの楽しそうだった奈留くんはもう跡形もなくなってしまった。後ろめたい趣味なら見られないようになさいよ。

「知らんやつの方がおれよりいっぱい奈留くんから話しかけられてんの羨ましいんだよね」
「……………………は?」
「こんなとこに書き捨てるくらいならおれにちょうだいよ勿体無い」

 あ、固まった。そんなに変なこと言ってるだろうか。
 だっておれには一度もメッセージ返してくれないのに、ネットの向こうの奴らはこんなに長文貰ってずるいじゃん。
 芸能人の悪口でも誹謗中傷でも何でもいいからおれだって話しかけられたい。彼氏ですからね一応。

 奈留くんは暫く怪訝そうに眉をはね上げてたけど、徐に笑顔を作った。
 それは昼休みに見せてくれたあの好きな感じの笑顔じゃなくて、この関係が始まった時に浮かべていた嘲笑に近いものだった。

「……ねえ、アンタ実は俺の事好きだったわけ?」
「えっそうだね」
「え」

 二人して何言ってんだといった顔になる。
 そうか、奈留くんはおれが好きでお付き合いしてるんじゃないもんな。
 おれもそうだと思ってたのかもしれない。
 だがしかしおれは今日までにすっかり奈留くんを彼氏として慕うマインドが出来上がっているのである。

「またそうやって媚売るんだ」
「何なら今まで積み重ねた奈留くんの好きポイント羅列できますけどいる?」
「い、いらない」

 なんでちょっと引き気味なんだよ。
 奈留くんは机上を睨みつけてイライラしたように指でキーボードの端っこを叩いていた。もう何が沸騰スイッチなのかわからんぞ。
 また触っていいか許可を取ろうとした時、椅子ごと身体をこっちに向けてくる。

「……そういえば前言ってたよね」

 急に頭を押さえつけられた。座れって事かと思い、素直に跪く。
 奈留くんの大きな手の隙間から見える彼の目が冷めきっている。

「しゃぶってよ」

 今度はおれが固まる番だった。




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