醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

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第二章 異世界で死に物狂いで貯金をします

8.新たな厄介ごと、二度目の転移

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 その後は、たいへんだった。

 阿止里あとりさんになかなか離してもらえず、あちこちぎゅうぎゅう抱きしめられていたところに、三人が起き出してきてしまったのだ。
 まあ、この家の庭はどの部屋にも面している作りだ。中庭に近い。みんながそれぞれ寝ている小部屋にも、声は筒抜けだったろう。

 ユーリオットさんは血のにおいを誰よりもはやく嗅ぎつけた。
 それが私と阿止里さんの腕からのものだと気づき、私を引き剥がし、その場で手早く治療を施してくれた。(阿止里さんには、懐から乾いた布を投げつけていた。血止め用だろうと思う)
 無駄なく動く手。
 立て板に水の勢いで与えられるお説教。
 ユーリオットさんは、ツンデレなのだ、たぶん。ぷんぷんしながら包帯を巻き終え、怪我をしたら10回呼吸をする前におれのところへ来い、とのたまった。
 治療が済んで、私たちの顔が思いのほか近い距離にあることに気づいて、さらに起こったように顔を赤くして、そっぽを向いていた。

 ナラ・ガルさんは、その立派ながたいに見合わず、とても純情、とても乙女だ。裁縫も趣味だけど、中身もだ。
 先ほどまで取り乱していた私の目じりに、すこしだけ涙のあとがあったのだろう。それを見つけて、盛大におろおろしていた。
 俺の知らぬところで涙を流してはならないよ、とか、怪我の痛みを紛らわすためにフェズの蜜を舐めてみる? とか、落ち着きなく私の髪を撫でていた。

 月花ユエホワもナラ・ガルさんに負けず劣らず純情可憐だけど、彼にはもっと冷徹な――闇深いところがある。
 何も言わず、悲しげに私をじっと見つめていた。 
 帰りたいのですか、と私に聞いた。
 さすがに何も言えなかった私の、怪我をしていないほうの手をうやうやしく掲げて――その小指をがりりと噛んだ。

 反射的に身を強張らせた私に気づいたユーリオットさんが、慌てて手を引き剥がしてくれたけど、月花は私から一瞬も目を離さずに、表情ひとつ変えずにいた。

 すこし離れたところで、三人に囲まれていた私を、阿止里さんは試すような、測るような、温度のない瞳を向けていた。
 内面はいたずらっ子の俺様なのかと思ったが、その認識も間違っているのかもしれない。
 そう思うような、ひどく渇いた瞳。

 腹立たしい三つの月は、音もなくその位置を下げていて、そして夜が明けた。







 今日の買出しの護衛は、月花の番である。 

 もちろん、いつも通り私からはどこにいるのか見つけられないけど。
 いつもの市場、いつもの肉屋。前にユーリオットさんとちょっとごたごたしてしまったけど、私はすっぽり頭衣をかぶっていたから、店主からはわからない。
 ただ、ひいきにしていた店では声とかをちょっと変えて、あのときの女じゃないですよ、とアピールする必要があったけどね。

 今日のメニューは、鶏の焼いたのを薄焼きのパンに挟む、サンドイッチにしよう。
 レタスみたいな野菜も安く変えたし、うむ、食費の残りのお駄賃がどんどん貯まって、わりと大きいぞ。

 私はふと、魔女アレクシスってどんな人だろう、と思った。
 というか、魔女に支払うぶんのお金も貯めなきゃならないのだろうか。
 仮に私を現世に戻すことが、彼女にできたとしても、ふつうタダではやってくれないのでは。魔女といっても生きた人間なわけで、ということは金銭のやり取りが必要になるわけで。
 日本に返すということは、片道の運賃がかかることになるのかな。日本からイースター島までですら、30万円とかかかるわけで、ましてや異世界だといくらになるやら……。

 私はつらつらとそういった実費について考えたが、当面の目標は自分を買い戻すだけの貯金に変わりはない。なるようになるか、と、空を見上げて大きく息を吐いた。お昼は食べたかったサンドイッチにできるのだ。元気だせ、私。

 ふんふんと無理やり気分をあげつつ、私は市場を後にして、ゆるやかな坂道を下った――そのとき。

 うん? と、私は足を止めた。
 何かいま、気になった。

 なんとなく横を見ると、装飾品の露店がある。
 このあたりの店の例に漏れず、ところ狭しを商品を並べた小さな露店だ。イノシシのような見た目の店主はちょっと奥まったところで、やる気なさそうにやすりで爪の手入れをしていた。足を止めて見ている私にも、目もくれない。商売する気あるのかな。

 しかし、なんだろう。何か、気になる。

 そう思って、並べられた商品に視線をやる。
 きらきら光るネックレス、イヤリング、ブレスレット。他にも、衣服のわきに装着できるブローチのようなものや、頭衣を上から押さえるティアラのようなものが、きんきらきんに光っている。このあたりでは銀のような色よりも、ぴかぴかの金色が好まれると一目でわかるラインナップだ。

 ふとその中に、ひとつだけみすぼらしい腕輪があるのに気づく。

 えっ、何で? と思うくらい、みすぼらしいのだ。

 色はたまねぎ色。たまねぎの皮の、いちばん内側の色だ。外側の、剥くときに爪の間に刺さってくる厚いのではない。薄いオレンジというか橙色というか、そういう微妙な色。この色だけでもそうとう負けてるのに、腕輪の外側に、宝石や装飾が施されているかといえば、それもない。
 つまり、つるりとしたたまねぎ色の、まるでプラスチック製みたいに見える腕輪なのだ。

 いったいだれが買うというのだろう。

 そう思って、両手に鶏肉や野菜を抱えながら、よく見ようと身体を屈めて乗り出した瞬間。

(――見つけた、見つけた!)

 歓喜に震えるような、魂の叫びが、頭に響く。

 たまねぎ色の腕輪が、視界を奪うように強い光を発して、反射的に目を閉じる。
 どこかで覚えのあるような、気色悪い浮遊感が身体を包む。
 内臓と骨の位置を、無理やり入れ替えようとするような、それとも洗濯機の中につっこまれたような不快感。

 そして浮遊感から解放された次の瞬間、私の全身の毛穴がぎゅるぎゅる! と締まるのを感じた。
 
 厭な予感しか、しなかった。

 おそるおそる目を開ける。
 目の前には、ポストカードで見るような、白銀の世界。
 横たわるのは大雪原。晴れ渡った空。青と白の二色世界。360度のパノラマ。

 勘弁してくれ。
 私がいったい、何をした? 何もしてない、そうでしょう?

「――っなんで! こうなるんだよおおおおお!!!!!」

 魂の叫びは、むなしく蒼天に吸い込まれた。
 こうして私は、異世界にておまけとばかりにもう一回、転移を果たしたらしいのだった。


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