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三章 異世界からの脱出を目指すにあたり、男になります
2.相性が悪い人の、やり過ごし方のすすめ
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「ねえもうほんと、意味がわからないんだ。いい加減にしてほしいんだ。そして寒いんだ。なんとかしないと、ぺきっと折るよ」
たぶんすごく切羽詰った声が出ていたと思う。いや実際詰まってるんだけどね、切羽。あれ、そういえば切羽ってなんのことなんだろう?
(む、無茶を言うな! 我輩だって、万能ではないのだぞ)
わがはい! なんて古風な一人称だろう。声変わり前の鈴やかな少年の声で聞く「我輩」は、ひどくショッキングなものがある。猫か、猫なのか。
ああ、拓斗。この世界に来てずいぶん経ってしまった。無事でいてほしい。かくなるうえは、時間の流れが違うというアレなパターンを祈るばかりだ。
「私がここで倒れるのも、あんたにとってまずいんじゃないの? いったん、この寒さはどうにかしなさ、い よ」
さすがに身体が限界に近い。言葉がきれぎれになっている。代謝で大幅にエネルギーが失われたに違いない。
(うぬ、背に腹は変えられない、か)
ぶつぶつと渋る声が聞こえたあとで、私はこたつの中にいた。
訂正。こたつの中にいるような感覚に包まれていた。
唖然としながらも足元をみると、別に新しい服を身に着けているとか、みかんの乗ったこたつがあるとかの目に見える変化はひとつもない。
たとえるなら、皮膚の一枚外側にサランラップみたいな薄い膜で覆われている、そんな感じだ。
(言っておくが、そう長くは持たないからな。我輩はさっきの転移で、魔力はからっぽに近いんだ)
「まりょく……魔力? ま、魔法? ってこと?」
そういえばこの世界に来たときって、私はひとつも言葉がわからなかったのだった。
奴隷商人に売られて、そこで使い物にならないから言葉がわかるように魔法を与えられた……のだったか?
めまぐるしすぎてなんだかよく覚えていない。とにかく魔法が存在するってこと忘れてた。
四人と暮らしていた生活の中でも、魔法なんてものの存在は感じなかったし。
もしかしたら、現世でいうところのキャビアやフォアグラ並みに、高級かつレアな位置にいるのかもしれない。一般人は名前は聞くが、まともに食べたことはおろか見たこともないような。
「てことは、あんたは魔法使い、なの?」
魔法使いって。自分で言いながら、ほんと頭弱い発言だなと脱力する。夢なら覚めろと今までで一番強く思ったかもしれない。
(脳みそ詰まってるのか小娘。我輩はどう見ても、見習いの弟子だろうに!)
どう見ても、ただの腕輪だ。
(それからな、こんなに優美な我輩をあんた呼ばわりとは、なんたる無礼! もっと敬え!)
「はあ。じゃあ名前を教えてよ」
(魔法使いの弟子が、軽々しく名を渡せると思うのか? 名を渡すことは、支配を許すこと。小娘ごときが、我輩の名を得られると思うな!)
私はこの短いやり取りの中で、とても素直な気持ちで、こいつとは合わないと判断を下す。
いるもんね、どこに行っても馬が合わない人って。学校でもいれば部活でもいるし、会社でだって存在する。なんなら、家族だって。
そういう相手とどう接するべきか。生きてきて私が得たやり過ごし方は「否定しない」ことである。まさしく今はそれを実践すべき場ではないか。
名前については、たまねぎ色だから「たま」と呼ぶことにしよう。便宜上。
それからもたまは、先ほどの勢いも衰えずぷんぷん怒っていろいろ馬鹿にしてくる。話が進まないので、そのまま罵倒されてみることにした。
(だいたい、どうしておまえはククルージャなんかにいたんだ! 街中に転移したわけでもないだろう、砂漠で野垂れ死んで、ひからびているかと郊外ばかり探していた我輩に謝れ!)
じゃあどうしてあんたは露店に並べられていたんだ、と思ったが面倒だから触れないでおく。
そして言ってることがここまでめちゃくちゃだと、腹も立たないから不思議だ。
というか今、私を探していたというようなこと言ってた?
あと、私が死んでてもべつにいいみたいなニュアンスなかった?
(すごい魔力を秘めているかといえば真逆である。一滴の魔力も感じられない。神をも凌ぐ叡智を持つかといっても、万に一つもありえなそうなあほ面だ。まったくアレクシスは、なんでこんな貧相な小娘を選んだんだ。理解に苦しむ)
いやまあ、事実なんだけどね。三角関数のみならず、物理基礎もひどいものだったけど。なんでこんなたまねぎ色の無機物に、ここまで言われなきゃならない――ん?
アレクシス?
「ちょ、ねえ、待って。私って、たまたまとかでなく、選ばれてここに来たの?」
(いや、たぶん手違いだ)
「折るよ」
(我輩の主であるアレクシスが、サトウ・ユカリコを選んだのは認めたくないが事実ではあるな)
私はそれを聞いて、空を仰いだ。
大きくひとつ息を吸って。つとめてゆっくりと長く、吐く。
何てことだ。何てことだ! いろいろ思うこともあるけれど、今知りたいのはひとつだ。
「――じゃあ、アレクシスは、私をもとの世界に戻すことも、できるの?」
たぶんすごく切羽詰った声が出ていたと思う。いや実際詰まってるんだけどね、切羽。あれ、そういえば切羽ってなんのことなんだろう?
(む、無茶を言うな! 我輩だって、万能ではないのだぞ)
わがはい! なんて古風な一人称だろう。声変わり前の鈴やかな少年の声で聞く「我輩」は、ひどくショッキングなものがある。猫か、猫なのか。
ああ、拓斗。この世界に来てずいぶん経ってしまった。無事でいてほしい。かくなるうえは、時間の流れが違うというアレなパターンを祈るばかりだ。
「私がここで倒れるのも、あんたにとってまずいんじゃないの? いったん、この寒さはどうにかしなさ、い よ」
さすがに身体が限界に近い。言葉がきれぎれになっている。代謝で大幅にエネルギーが失われたに違いない。
(うぬ、背に腹は変えられない、か)
ぶつぶつと渋る声が聞こえたあとで、私はこたつの中にいた。
訂正。こたつの中にいるような感覚に包まれていた。
唖然としながらも足元をみると、別に新しい服を身に着けているとか、みかんの乗ったこたつがあるとかの目に見える変化はひとつもない。
たとえるなら、皮膚の一枚外側にサランラップみたいな薄い膜で覆われている、そんな感じだ。
(言っておくが、そう長くは持たないからな。我輩はさっきの転移で、魔力はからっぽに近いんだ)
「まりょく……魔力? ま、魔法? ってこと?」
そういえばこの世界に来たときって、私はひとつも言葉がわからなかったのだった。
奴隷商人に売られて、そこで使い物にならないから言葉がわかるように魔法を与えられた……のだったか?
めまぐるしすぎてなんだかよく覚えていない。とにかく魔法が存在するってこと忘れてた。
四人と暮らしていた生活の中でも、魔法なんてものの存在は感じなかったし。
もしかしたら、現世でいうところのキャビアやフォアグラ並みに、高級かつレアな位置にいるのかもしれない。一般人は名前は聞くが、まともに食べたことはおろか見たこともないような。
「てことは、あんたは魔法使い、なの?」
魔法使いって。自分で言いながら、ほんと頭弱い発言だなと脱力する。夢なら覚めろと今までで一番強く思ったかもしれない。
(脳みそ詰まってるのか小娘。我輩はどう見ても、見習いの弟子だろうに!)
どう見ても、ただの腕輪だ。
(それからな、こんなに優美な我輩をあんた呼ばわりとは、なんたる無礼! もっと敬え!)
「はあ。じゃあ名前を教えてよ」
(魔法使いの弟子が、軽々しく名を渡せると思うのか? 名を渡すことは、支配を許すこと。小娘ごときが、我輩の名を得られると思うな!)
私はこの短いやり取りの中で、とても素直な気持ちで、こいつとは合わないと判断を下す。
いるもんね、どこに行っても馬が合わない人って。学校でもいれば部活でもいるし、会社でだって存在する。なんなら、家族だって。
そういう相手とどう接するべきか。生きてきて私が得たやり過ごし方は「否定しない」ことである。まさしく今はそれを実践すべき場ではないか。
名前については、たまねぎ色だから「たま」と呼ぶことにしよう。便宜上。
それからもたまは、先ほどの勢いも衰えずぷんぷん怒っていろいろ馬鹿にしてくる。話が進まないので、そのまま罵倒されてみることにした。
(だいたい、どうしておまえはククルージャなんかにいたんだ! 街中に転移したわけでもないだろう、砂漠で野垂れ死んで、ひからびているかと郊外ばかり探していた我輩に謝れ!)
じゃあどうしてあんたは露店に並べられていたんだ、と思ったが面倒だから触れないでおく。
そして言ってることがここまでめちゃくちゃだと、腹も立たないから不思議だ。
というか今、私を探していたというようなこと言ってた?
あと、私が死んでてもべつにいいみたいなニュアンスなかった?
(すごい魔力を秘めているかといえば真逆である。一滴の魔力も感じられない。神をも凌ぐ叡智を持つかといっても、万に一つもありえなそうなあほ面だ。まったくアレクシスは、なんでこんな貧相な小娘を選んだんだ。理解に苦しむ)
いやまあ、事実なんだけどね。三角関数のみならず、物理基礎もひどいものだったけど。なんでこんなたまねぎ色の無機物に、ここまで言われなきゃならない――ん?
アレクシス?
「ちょ、ねえ、待って。私って、たまたまとかでなく、選ばれてここに来たの?」
(いや、たぶん手違いだ)
「折るよ」
(我輩の主であるアレクシスが、サトウ・ユカリコを選んだのは認めたくないが事実ではあるな)
私はそれを聞いて、空を仰いだ。
大きくひとつ息を吸って。つとめてゆっくりと長く、吐く。
何てことだ。何てことだ! いろいろ思うこともあるけれど、今知りたいのはひとつだ。
「――じゃあ、アレクシスは、私をもとの世界に戻すことも、できるの?」
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