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三章 異世界からの脱出を目指すにあたり、男になります
11.晴天の霹靂、つまり、思ってもみなかった頼みごと
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ギィが、来ない!
私は寒さに震えている。上等な毛皮を纏っているとはいえ、もうとっくに日も暮れた。気温は目減りしていく一方なのだ。
体育すわりのままもっとコンパクトに縮まってみる。表面積をできるだけ減らして体温を維持したい。
日暮れ前に迎えにくるって言っていたのに。何かよっぽどのことが起こったのかな。
雪で滑って転んで骨折して、ここには来れなくなったとか。
空腹で食堂に入ったはいいものの、持ち合わせのお金がなくてもめているとか。
私はちょっと、そんな状況になっているギィを想像してふっと笑う。合理的で慎重なギィのことだ。ありえないだろう。
あるいは、と私は思う。もしかすると私に頼みたい用っていうのが、何らかの理由でなくなったのだろうか。
だとしたら私を迎えにきても何の得もしないなと、私はその可能性があることに気づいた。
しかしそれは私からは判断のしようがない。
たまはまだふて寝をしているようだし(ずっと腕に付けているからか、なんとなくわかるようになってきた)、どうしたものかな。
たまを起こして今後のことを決めようか。そう思っていると突然声をかけられた。
「そこの兄さん、ずっと座っているな。女でも待っているのか?」
さいしょは誰に言ってるのかと思ったが私だった。男に見えていることをすっかり忘れていたのだ。
話しかけてきたのは久々の、この世界の「イケメン」だ。目は落ち窪み、頬は肉でだるだる。分厚い唇はこの世界の美的感覚で言うならばきっととても麗しいのだろう。声も酒やけしているようにかすかすだ。
あとはこの気温にもかかわらず、むわっと届くその体臭。久々すぎてくらくらする。
「いや、女はほしくない。連れを待っているだけだ」
できるだけ男っぽく聞こえるように返事をした。でも言いながらちょっと虚しくなる。来ないかもしれない誰かを待つのって切ない。
男は犬が唸るような声を上げた。どうやらそれは小さな笑い声だったらしい。
「寒い日は女としっぽりするのが一番だ。どうだ、今日は美人が空いているんだが」
客引きだったようだ。いろんな意味でお断りすぎて、私はどう言えばいいのかちょっと固まってしまう。男に見えていようが私は女だし、私にとっての美人ではないに違いないし、そもそも一文無しだし。
そしてたいへん、たいへん申し訳ないのだが、男の容姿は私にとってひどくつらい。ずっと美麗とも言えるギィしか見ていなかったせいもあるだろう。腰を浮かせて距離をとろうとした。
「――俺の連れに、何か用か」
背後から聞こえた声に、私は腰を浮かせたまま反射的に振り向く。声をかけてきた男は、ひっと小さく息を呑んで、後ずさった。
化け物と小声で呟いた男は、取るものもとりあえずというように去っていった。
私はその丸い背中を見送りながら、改めて醜いとか美しいとかってどのようにして決まるのだろうと不思議に思う。
縄文時代はぽっちゃりであればあるほど求婚された。平安時代は一重でしもぶくれの女性がモッテモテ。現代日本では、メディアによって都合よく創られたもの。美醜の価値観は、どう金を動かせるかに焦点を当てられているように思える。まあ私個人の意見ではあるけれど。
その人がいいと思えばそれでいいではないか。誰それが醜いとか美しいとか、まわりを指差すものではないのかもしれない。
「こんなに格好いいのに」
ギィの顔をみてほれぼれと私が言えば、ギィはやっぱり、逆立ちして歩くサボテンを見たときのような顔をするのだった。
※
私はさすがにちょっと怒っていた。
いや、怒るというには心細すぎた。つまるところすねていたのだ。見も知らぬ土地でひとりになって寂しくないはずがない。
「遅いですギィ。私、てっきりもう戻ってこないのかと」
「なんでいるんだ」
「とっくに日は暮れていたし……え?」
耳を疑った。待ってろって言ったのそっちだよね?
「おかしな男。おかしな人間だ。あんなに脅かしたのに」
なに、いないほうがよかったの?
「なっ、なんなの! いらないならそう言ってくれればいいのに。待っていたのはいけなかった?」
待てと言われたから待った。いろいろお世話になった人に言われたから、心細くてもずっと待っていたのに。
ギィはどうしたものか、というように眉根を寄せた。苦渋の決断をするかのような渋面だ。
「いけなくは、ない。――だが、あんたを逃がす最初で最後の機会だった。そしてそれは失われた。俺は、あんたに貸しを返してもらう」
不思議なことを言う。まるで本当は私に頼みごとをしたくないようだ。最初からそういう条件で助けてくれたはずではなかったか。
「私を雪山で拾ってくれたときに約束したじゃないですか。役に立つかは、知らないけど」
私はちょっと自暴自棄になりながらそう言った。卑屈になりたくないけど、語尾ににじんでしまったかもしれない。
私は美人でもないし頭も普通だし、大胆さとか、そういう突出したものは持っていない。積極性もないし、基本的には流れに逆らわないほうだ。でも与えられた場所、携わったものに関しては、その役割を全うしたいと思う。できるかどうかはまわりの人たちが判断することだから、全うできたかどうかはわからないけれど。
だから貸しは返したいとずっと思っていた。だからこそこんなふうに、一方的に逃げるかどうかを量られることは、ひどく私を傷つけた。助けてもらったときにちゃんと覚悟はしていたのに。
持ち前の勘の鋭さでギィはきっと、私が思ったことの一部に気づいたのだと思う。
ちょっとばつが悪そうに、あるいは眩しそうに私を見てうつむいた。
そして一拍後に顔を上げたときにはもう、出会ったときと同じような完璧な無表情をのせていた。ゆっくりと、ひとこと一言を区切るように言葉をのせる。
「――あんたには、女になってもらう」
おっと。ややこしいことになってきた。
だから言ったのにと、たまが肩をすくめた。
腕輪に肩というものがあれば、という話だけど。
私は寒さに震えている。上等な毛皮を纏っているとはいえ、もうとっくに日も暮れた。気温は目減りしていく一方なのだ。
体育すわりのままもっとコンパクトに縮まってみる。表面積をできるだけ減らして体温を維持したい。
日暮れ前に迎えにくるって言っていたのに。何かよっぽどのことが起こったのかな。
雪で滑って転んで骨折して、ここには来れなくなったとか。
空腹で食堂に入ったはいいものの、持ち合わせのお金がなくてもめているとか。
私はちょっと、そんな状況になっているギィを想像してふっと笑う。合理的で慎重なギィのことだ。ありえないだろう。
あるいは、と私は思う。もしかすると私に頼みたい用っていうのが、何らかの理由でなくなったのだろうか。
だとしたら私を迎えにきても何の得もしないなと、私はその可能性があることに気づいた。
しかしそれは私からは判断のしようがない。
たまはまだふて寝をしているようだし(ずっと腕に付けているからか、なんとなくわかるようになってきた)、どうしたものかな。
たまを起こして今後のことを決めようか。そう思っていると突然声をかけられた。
「そこの兄さん、ずっと座っているな。女でも待っているのか?」
さいしょは誰に言ってるのかと思ったが私だった。男に見えていることをすっかり忘れていたのだ。
話しかけてきたのは久々の、この世界の「イケメン」だ。目は落ち窪み、頬は肉でだるだる。分厚い唇はこの世界の美的感覚で言うならばきっととても麗しいのだろう。声も酒やけしているようにかすかすだ。
あとはこの気温にもかかわらず、むわっと届くその体臭。久々すぎてくらくらする。
「いや、女はほしくない。連れを待っているだけだ」
できるだけ男っぽく聞こえるように返事をした。でも言いながらちょっと虚しくなる。来ないかもしれない誰かを待つのって切ない。
男は犬が唸るような声を上げた。どうやらそれは小さな笑い声だったらしい。
「寒い日は女としっぽりするのが一番だ。どうだ、今日は美人が空いているんだが」
客引きだったようだ。いろんな意味でお断りすぎて、私はどう言えばいいのかちょっと固まってしまう。男に見えていようが私は女だし、私にとっての美人ではないに違いないし、そもそも一文無しだし。
そしてたいへん、たいへん申し訳ないのだが、男の容姿は私にとってひどくつらい。ずっと美麗とも言えるギィしか見ていなかったせいもあるだろう。腰を浮かせて距離をとろうとした。
「――俺の連れに、何か用か」
背後から聞こえた声に、私は腰を浮かせたまま反射的に振り向く。声をかけてきた男は、ひっと小さく息を呑んで、後ずさった。
化け物と小声で呟いた男は、取るものもとりあえずというように去っていった。
私はその丸い背中を見送りながら、改めて醜いとか美しいとかってどのようにして決まるのだろうと不思議に思う。
縄文時代はぽっちゃりであればあるほど求婚された。平安時代は一重でしもぶくれの女性がモッテモテ。現代日本では、メディアによって都合よく創られたもの。美醜の価値観は、どう金を動かせるかに焦点を当てられているように思える。まあ私個人の意見ではあるけれど。
その人がいいと思えばそれでいいではないか。誰それが醜いとか美しいとか、まわりを指差すものではないのかもしれない。
「こんなに格好いいのに」
ギィの顔をみてほれぼれと私が言えば、ギィはやっぱり、逆立ちして歩くサボテンを見たときのような顔をするのだった。
※
私はさすがにちょっと怒っていた。
いや、怒るというには心細すぎた。つまるところすねていたのだ。見も知らぬ土地でひとりになって寂しくないはずがない。
「遅いですギィ。私、てっきりもう戻ってこないのかと」
「なんでいるんだ」
「とっくに日は暮れていたし……え?」
耳を疑った。待ってろって言ったのそっちだよね?
「おかしな男。おかしな人間だ。あんなに脅かしたのに」
なに、いないほうがよかったの?
「なっ、なんなの! いらないならそう言ってくれればいいのに。待っていたのはいけなかった?」
待てと言われたから待った。いろいろお世話になった人に言われたから、心細くてもずっと待っていたのに。
ギィはどうしたものか、というように眉根を寄せた。苦渋の決断をするかのような渋面だ。
「いけなくは、ない。――だが、あんたを逃がす最初で最後の機会だった。そしてそれは失われた。俺は、あんたに貸しを返してもらう」
不思議なことを言う。まるで本当は私に頼みごとをしたくないようだ。最初からそういう条件で助けてくれたはずではなかったか。
「私を雪山で拾ってくれたときに約束したじゃないですか。役に立つかは、知らないけど」
私はちょっと自暴自棄になりながらそう言った。卑屈になりたくないけど、語尾ににじんでしまったかもしれない。
私は美人でもないし頭も普通だし、大胆さとか、そういう突出したものは持っていない。積極性もないし、基本的には流れに逆らわないほうだ。でも与えられた場所、携わったものに関しては、その役割を全うしたいと思う。できるかどうかはまわりの人たちが判断することだから、全うできたかどうかはわからないけれど。
だから貸しは返したいとずっと思っていた。だからこそこんなふうに、一方的に逃げるかどうかを量られることは、ひどく私を傷つけた。助けてもらったときにちゃんと覚悟はしていたのに。
持ち前の勘の鋭さでギィはきっと、私が思ったことの一部に気づいたのだと思う。
ちょっとばつが悪そうに、あるいは眩しそうに私を見てうつむいた。
そして一拍後に顔を上げたときにはもう、出会ったときと同じような完璧な無表情をのせていた。ゆっくりと、ひとこと一言を区切るように言葉をのせる。
「――あんたには、女になってもらう」
おっと。ややこしいことになってきた。
だから言ったのにと、たまが肩をすくめた。
腕輪に肩というものがあれば、という話だけど。
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