醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

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第五章 異世界ですが、再就職をしたいです

1.怪しい人と、口をきいてはいけません

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 三度目の転移で、すっかり状況把握もお手のものと思うだろうか。

 社会人も三年たてばいろいろわかるとはよく言うし。
 一年目は、ただ業務に忙殺されて。
 二年目は、息をつきながら、やっていることの意味がわかってきて。
 三年目に、余裕で作業をこなして、それが会社や社会で、どういう位置づけのことなのかも見えてくる。うむ。

 しかしながら今件に関しては。
 いいえ、まったくそうではない。
 むしろ一度目のそれよりもなお、私を混乱させた。

 極寒の地から、地中海風の都市へ移動させられただけならわかる。
 そこに縮んだユーリオットさんがいることこそが問題だ。

 一言で私の心中を表すならば、こうだ。

 説明しろよ、たま!







 広場にいた人たちは私を怪しげに見ていたが、寄ってきて締め上げるなんてことはしなかった。
 ずっと噴水を眺めていた人なら突然あらわれた私を見て騒ぎ立てるだろうが、そうでなければ噴水に飛び込んだ怪しい女程度なのだろう。いや、それでもだいぶおかしいけど。
 私が包丁を振り回すだとか、危ない動きはとらないらしいと思ったらしく、三々五々足を動かしだす。
 そのうちの何人かは、私よりもむしろユーリオットさんに眉をひそめている。子どもに向けていい視線ではない。

 目の前のユーリオットさんも、そういう視線に気づいたのだろう。私をうさんくさげに一瞥してから踵を返した。私は慌てて声をかける。

「まっ、まって!」

 さすがに名前を呼ぶと、さらなる不審を呼ぶかと思いとどまる。ユーリオットさんは弾かれたようにこちらを向いた。声をかけられたことが、信じられないというふうだ。
 私は私で呼びかけたはいいもの、どう言葉を続けるべきなのかわからない。 

 たま、と声を低くして呟く。
 いいかげんにしなさいよ。勝手にひとをあちこちへ連れまわして拓斗を使って脅して。私にさせたいことがあるなら、ちゃんと説明して頼むのが筋ってもんでしょうが!
 いっつも肝心なところでだんまりを決め込むわ、都合よく眠るわ。ばっきばきに私に破壊されても、文句言えないんだからね。
 溜まった感情をここぞとばかりに言い募った。これでもぜんぜん、いい足りないが。

(我輩の予知プロヴィシマとは。ひとつの未来を願ったとき、その達成への枝分かれに、ときに時間軸を超えて辿るもの。行使した結果、いつどのような状況へ移行するのかは、我輩の知るところではないのだ)

 さすがに負い目を感じているのか、普段の尊大な口調にもかすかな後ろめたさが滲んでいる。

 つまり「あの大学に入りたい!」と願って、自分を叱咤しに過去へ行くのか、浪人した自分に助言しに未来へ行くのか、そのあたりには干渉できないということ?
 というかそもそもそういう非現実的なことを想像するのは骨が折れるけど、私は無理やり考えた。

(加えて、ひどく我輩を消耗させる力でもある。ましてや過去へ作用するのも初めてだ。そのせいもあってかひどく疲れた)

 こいつ。
 私は開いた口がふさがらない。
 ただ、それでもどこかこの少年(の声)を憎めないのは、きっとギィが私に言ったことと似ているのだろう。

 たまは私に隠し事をしている。利用しようともしている。
 ただそこには、私への悪意は感じられないのだ。
 たまの中にある純粋な何か――ゆずれない願いがあって、それに巻き込まれているのだろう。

 学生のころの私ならぶち切れてただろうなあと、私は息をつく。昔の私は今よりずっと短気で、利己的で、他人との関わりを避けていた。
 もちろん今は許容できるというわけではない。ただ諦めをつけるのがうまくなっただけだ。あとは昔よりも必死な人をみると、積極的にではないが、うまくいけばいいと思うようにもなった。
 この年になると、自分の行いはある程度そのまま自分に跳ね返ってくると知ったせいかもしれない。がんばった人には、やはりその見返りがあってほしい。
 どうせたまの望みをかなえないと、拓斗には会えないのだ。

「……なぜ、おれを呼び止めた」

 ユーリオットさんが疑わしげに聞いてくる。私は意識を目の前の彼に合わせた。

 背丈はおそらく私と同じくらいだろう。まだ月花ユエホワと同じか、少し幼いくらいだろうか。高校生にはなっていないと思う。
 伸び盛りという身長に対して、腕や足の筋肉が追いついていない。
 出会ったときのユーリオットさんは、20歳前後のように見えたので、それよりも5,6歳若いと思う。
 その魚拓 (人拓?)を取りたいくらい美しい面立ちさは同じまま。それでいてまだ声変わり途中であろう、掠れた声が、少年から青年への悩ましさをあらわしているようだった。
 一言でいうなら、めちゃくちゃかわいい。ときどきヨーロッパのほうを特集した番組で、完璧な美しさの子どもが映ってたりするよね。まさにそれ。こんな子どもだったら、ひとりで出歩かせたくないくらいのきらきらしさだ。

 いったん私は噴水から這いずり出る。噴水のへりに手をかけて向こう側へ身を起こす。階段状になっていたところにべしゃっとつぶれるように腰を下ろした。やれやれだ。
 かるく服のすそを絞ってから彼を見上げる。

「あの、私。あなたを」

 たま、どうしよう。未来のあなたに買ってもらった異世界出身の奴隷です、なんて自己紹介は――極めて正しいものの――さすがに狂っている。

(我輩にも勝手はわからんが。おそらく初めて会うように振舞うほうがいいかとは思うぞ)

 予知プロヴィシマは相当に特殊な能力で、たまはたま以外に仕える魔法使いは知らないという。そしてたまも、その反動の大きさゆえにあまり使わないようにしてきたらしい。
 我輩もまだ把握しきれていない未知の力でもある。とまで補足した。
 そういえばギィのもとへ転移したくせ、ビエチアマンでギィと別行動したときには彼から逃げろと促されたっけ。
 ということはギィが天珠ラーラ・アモを生み出すということまでは、たまは知らなかったということになる。
 たま自身、スペックを知れていないってことなのだろう。
 
 何もかも手探りですか。もうなんでもいいけど。

「見慣れない服だが。……奴隷なのか」

 私の手首についた跡を見て、ユーリオットさんは眉をひそめた。アブドロに拘束されていたときの痣がまだ残っている。

「ええと。そのような感じです。それで雇用先を探しているというか。私に屋根と食事を与えてくれませんか? そのかわり炊事洗濯、いろいろやります」

 やっぱり裁縫は言わないでおいた。そして子どもの彼に「雇って!」というのも、たいがいおかしな話ではある。というか、だいぶおかしい。場所が場所なら通報ものだ。
 でもこの街の名前も知らない状況で、夜を迎えるわけにはいかない。子どもとはいえ、彼はユーリオットさんなのだ。
 そこらの見も知らぬ真っ赤な他人よりは、よっぽどお近づきになりたい相手だ。私はどうにかして、彼の興味を引こうとする。だめでもともとだ。言うだけ言ってみようと私は思ったのだ。

 しかし炊事洗濯掃除できますって強いなあ。どの世界でもやっていけるのでは?
 エクセルやパワーポイントの能力なんて、時代を超えてしまえば役立たずなのだ。局所的なスキルというか。いや、会社勤めなら非常に役立つものではあるんだけどね。

 私がそう言えば、ユーリオットさんはラム肉を買おうとしている羊を見るような顔をする。

「――あなたは醜くも臭くもないですよ」

 私って変わってるんです。
 先手をとって控えめにそう伝える。ユーリオットさんは目を見開いて、そのままゆるゆると顔を振った。それからじりじりと後ずさりをして。

 一目散に駆け出した。

 ちょろちょろと水を噴いている噴水の音が耳に届く。

(縁子。我輩、ひどく眠い。悪いがすこし睡眠をとるぞ。なかなか苦労をかけるが、縁子なら大丈夫と信じている)

 人生で一番深く抱いた殺意をどうにか押さえた私を、だれか褒めてはくれないものか。




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