醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

文字の大きさ
54 / 97
第五章 異世界ですが、再就職をしたいです

8.こじれた糸、与えられた小瓶

しおりを挟む
「聞き間違い、ではないんですかね。あなたの実子に、毒を盛れと?」

 私は右手で頭を押さえた。この男、ユーリオットさんの父親ではないのか。どういう背景でそういう話になるというのだ。
 男は怪訝そうに小首を傾げている。

「娘。おまえは面妖だな。あれのことを知った上で、ここに留まっているようだ」

 そうですよ、知ってます。というか近親婚の禁じられているなかで、妹さんに手を出したんですよね。ちゃんといろいろ責任とりましょうよ。
 と、すごく言いたくなったが我慢した。言いたいことを言うべき場面と、そうでない場面というものがある。

「困ったものだ。ようやくあれと平気で暮らせるものがいたと思ったのに」
「あの、正気ですか。息子さんでしょう?」
「違う」
「は」
「あれは人の子ではない。悪魔の子テクナトディアボルだ。よって私の子ではない」

 この人、何を言ってるんだろう。

「エッサラを私は真実愛した。彼女も私を愛した。ただあれの存在がすべてを狂わせた。濃い血は実を結ばない。ゆえにあれは誰の子でもない。悪魔の子」

 たっぷり5秒ほど、その言葉を反芻する。ようやく思考が追いついた。まったく理解はできないが、いいだろう、この男の言い分を、まずは聞こうじゃないか。

「それで。エッサラさんもあなたの意見に賛成してるんですか」

 言外に、違うだろうとほのめかす。私が会ったエッサラさんは情緒不安定ではあったけれど、そうは見えなかった。
 私が彼女の名前を出すと、男は気色ばんだ。能面を貼り付けたような顔に朱が差す。

「下女。気安く名を呼ぶなよ。おまえが我らの何を知る」
「何も知りませんよ。ただ、先日お目にかかる機会がありました。少なくとも、自分の子どもを殺したがっているようには見えなかった」
「おおそうか。そうだろうよ。エッサラは毒杯を干したのだ。私と同じ目線で世界を眺めることは、二度とない」

 なんだって。どういうこと?
 彼女は罪子であるユーリオットさんの存在で、心を病んだのではなかったか。

「そうだな、話してやろう。聞けばお前も、あれにこれを飲ませたくもなるというもの」

 そう言って、男はゆったりとした懐から、透明な小瓶を取り出した。
 香水瓶のごとく優美なカットが施された、親指くらいの小さな瓶。
 ことん、と机に置かれた音が、部屋に響いた。

 昔話の始まる音だ。







 私とエッサラは、六つ年の離れた兄妹だ。

 このカラブフィサの街でも、比較的古い血筋の家系。父親は政治に忙しく、母親は男遊びに忙しかった。典型的な貴族の家だった。
 乳母はふくよかで優しい女だったが、乳離れするとすぐにお堅い女中たちだけになった。
 表情ひとつ動かさない、人形のような召使いに囲まれて、私たちがお互いを愛するのは必然だった。

 エッサラは穏やかで控えめな性格だが、ときおり思いつめると自分だけで突っ走ってしまうところがあった。美味い果物を食べた直後に、その樹を庭に植えると言い出し、実行してしまう。咲き誇る鬱金香(チューッリップ)の球根をすべて植え替えると言って、泥だらけになりながら家のまわりを掘り起こしてしまう。そういう邪気のないことを。しかし基本的には、花や植物を世話するのが好きな、内向的な少女だった。

 父親の指示を受け、我々は与えられた義務に取り組む日々だった。私はまつりごとの歴史書や、遠方の国々の行政を学ばされた。エッサラは貴族の女としてのたしなみや、刺繍などだった。動く人形のような女中たちは、みな見張りだった。

 我々は息抜きが必要だった。我々は目を盗んでは、庭にある背の高い植物に隠れ、遊んだ。茂る草花の壁を手で掻き分け、隠れ鬼をすることをエッサラは好んだ。あとは相変わらず、土いじり。エッサラは植物の中でも、薬と毒の成分を持つ花を好んでいた。適量ならば我々を援け、過ぎれば死に至らしめる。すべては使い方しだいでおもしろいのだと、いつも微笑んでいた。私はその笑顔が見られるなら、どんなことでも耐えることができた。

 年を経て、エッサラ自身が花のように美しくなった。父親が危ぶんだときには遅かった。
 私たちは心も身体も、お互いなしでは生きていけないと思うようになっていた。

 私が十九、エッサラが十三のときに、身ごもった。

 泡を食ったのは父親だ。父はは政治的に有利になるよう、私に旧家の女を宛がうつもりだった。
 そして父親はエッサラが身ごもったときに堕胎させようとしていた。
 それについては私も賛成だった。先ほども言ったように、濃い血の中で子はできない。つまり私たちの子のふりをして生まれる、私たちの子どもでないものだから。
 しかし烈火のごとく反抗したのがエッサラだった。普段は温厚な彼女のその意志は鋼のように堅く、ついにはあれを生み落としてしまった。

 それからというもの、エッサラは私と向き合うことがめっきり減ってしまった。彼女の愛情はすべて、あの悪魔の子テクナトディアボルへ向けられた。私が部屋を訪ねても、あれが泣けば飛んでいって世話をする。すべてはあれが優先された。私は彼女を失いかけている。そう思った。

 そのことに苦しむ私に、父親がさらなる厄介を持ち込んだ。旧家の女との婚姻だ。

 私はエッサラを説得した。ふたりで逃げようと。だれにそしられようと、ふたりでいれば傷つくことなどない。

 エッサラは首を横に振った。あれを守るためだ。

 そして私は絶望しながら、望まぬ結婚をした。エッサラがそうするように言ったためだ。抗う気力もなかった。私が二十一、エッサラが十五のときだった。
 迎え入れた妻は高慢で、典型的な箱入り娘だった。
 妻を愛さない私に怒り、その矛先はエッサラの存在へと向けられた。
 妻とエッサラは私にきつく言いつけられた女中たちによって、間違っても会うことはないように注意していたが、妻はそれをかいくぐり、エッサラの部屋へ入ったのだ。
 部屋の隅で寝ていたあれを高々と掲げた。泣き叫ぶ赤子を守りたければ、これを干せと与えられた葡萄酒を、エッサラは干した。

 そして。夢の住人となった。

 ここに用意したのは、と再び小瓶を机に置きなおした。ことん、という音が、やはり部屋に響いた。

「エッサラが干したものと、同じ毒。私は私からエッサラを奪ったあれを憎んでいるが、一方でエッサラが愛を傾けたものだと思えば、彼女に与えてやりたいとも思い始めていた。これをあれに飲ませたなら、エッサラと同じ世界へ行けるのだ。エッサラもそう望むに違いない。今はただ、エッサラが望むであろうことを、私はしてやりたい」

 エッサラさんに毒を突きつけた彼の妻を、八つ裂きにしても飽き足らないという暴挙は、召し使いたちに必死に止められた。
 すぐに離縁をした。政略結婚させようとした、彼の父親すらも黙らせるほどに仕事に打ち込んだ。

 この広大な敷地に、抜け殻のようになったエッサラさんと、赤子のユーリオットさん、そしてこの父親が残された。
 こじれた糸はほぐれる機会を得ることなく、邸ごとに暮らしている。

 私は与えられる情報のすさまじさについていけず、ほとんど無意識に背後にあった壁に寄りかかった。

 出会ったころに、ククルージャの街でものを投げつけられたユーリオットさん。彼の手を掴んで逃げた袋小路。しゃがみ込んだ彼の背中。震えていた身体。深い慟哭。

「……ユーリオットさんは、それを」
「もちろん知らない。エッサラが毒を干したとき、あの邸へ幽閉した。これからも知らせるつもりはない」
「どうして。ねえ、彼はあなたとエッサラさんの子どもだよ。エッサラさんを愛するなら、どうしてユーリオットさんを愛せないの」
「くどい。悪魔の子テクナトディアボルだ。我らの間に、子はできぬ」

 違う「世界」の住人だ。何を言っても通じない。

「今までもな。さんざん試したのだよ。だが、罪子に関わることで神の怒りを買いかねないと、大金をはたいても関わるものはいない。むろん、私も」

 この男は。
 エッサラさんへ向けるその情念を、愛と呼ぶ人もいるのかもしれない。いっそ狂おしいほどの熱情。

「この小瓶は渡しておこう。また数日後、ここに来る」

 話は平行線のまま、男は去っていった。

 ひとりになった部屋で、ずるずるとしゃがみ込む。静かなのに圧倒的な存在感は、生まれ持ってのものか、政治の世界で身に付けたものか。
 私は大きく息を吐いた。

 誰も彼も言いたい放題言うものだ。彼らの重苦しい過去に引きずられそうになったが、無理やり思考を引き上げる。

 ククルージャでものを投げられて逃げ込んだ一角。そこで撫でた、ユーリオットさんの髪の感触がよみがえる。すこしだけ拓斗に似ていた柔らかさ。

 ユーリオットさんが、傷ついてほしくない、大切な人のひとりになっていることに気づく。 

 ユーリオットさんは、エッサラさんのことを何も覚えていないようだった。捨てられたと、そう思っているのかもしれない。
 でも違った。エッサラさんは彼を守ろうとした。そこには深い母の情が存在したのだ。

 お父さんは、エッサラさんを愛した。
 エッサラさんは、お父さんもユーリオットさんも愛した。だが、お父さんはユーリオットさんを憎んだ。エッサラさんの愛情を奪う相手だから。
 何も知らないユーリオットさんは、誰かを憎むことにも疲れて、死ぬために日々を生きている。

 少なくともエッサラさんは、ユーリオットさんを大切に思っていたのだ。
 伝えたい。知ってほしい。

 だが、そのまま伝えて信じてくれるはずもない。

 三者三様の心のもつれ。

 なんとか万事うまくいくように、その形を変えられないものだろうか。

「なんとかしてよ、とらえもん」

 少しでも気楽になりたくて、私は小さく呟いた。




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【美醜逆転】ポジティブおばけヒナの勘違い家政婦生活(住み込み)

猫田
恋愛
 『ここ、どこよ』 突然始まった宿なし、職なし、戸籍なし!?の異世界迷子生活!! 無いものじゃなく、有るものに目を向けるポジティブ地味子が選んだ生き方はーーーーまさかの、娼婦!? ひょんなことから知り合ったハイスペお兄さんに狙いを定め……なんだかんだで最終的に、家政婦として(夜のお世話アリという名目で)、ちゃっかり住み込む事に成功☆ ヤル気があれば何でもできる!!を地で行く前向き女子と文句無しのハイスペ醜男(異世界基準)との、思い込み、勘違い山盛りの異文化交流が今、始まる……

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

処理中です...