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ギルドマスターのルーセフ、無事会議を終えてケルアに戻る
しおりを挟む全面戦争という物騒な言葉により慌ただしくなる会議室の中で、一人笑みを浮かべるクロリスは、どこかその状況を楽しんでいるようにルーセフの目には映っていた。
そんなクロリスはルーセフと目が合うと、ふっと鼻で笑ってニマニマとした笑顔で再び各々自由に言い合いしている集団に向けて視線を向け始める。
「いや~、こういうのいいねぇ。みんなで話し合って、意見を言い合うの。クロリスちゃんはこういうのを期待してたんだよね~」
そして口を開いたと思えば、緊張感のない呑気な事を言い出す始末。
それにはルーセフやミレイダだけでなく、リカインを含んだ他のギルドマスターも揃って『なに言ってんだこの人』と口にしていた。
「ク、クロリスさんはどう考えているか、教えてもらえますかな?」
「ん~、そうだねぇ。クロリスちゃんが思うに、全面戦争とまではいかないけど、近い内にどこかの街や国がモンスターによって襲撃されるだろうね。もしかしたら小さな名も無き村はいくつかモンスターによって既に潰されている可能性もある」
「なっ……! クロリスさんはそれでいいんですかっ!?」
「なに言ってんの、言いわけないじゃない」
突然放たれた冷ややかなトーンによる一言で、会議室の空気が冷たくなり、静かになる。
先程まで声を荒らげていたリカインもクロリスの剣幕に圧されているのか、ぐっと下唇を噛み締めながらクロリスの目を逸らさずにじっと見つめていた。
「クロリスちゃんはね、戦争には反対だけど、モンスターによってこの世界が覆い尽くされるのはもっと反対なんだよね」
「そ、それは分かりましたが……解決策はあるんですか……?」
「あるにはある。けど、厳しい条件だよ」
「その条件とは……?」
「ん? そんなのみんな薄々気付いてるんじゃないの? 過去にも全面戦争は起きて、それを止めた者達がいる。ならその者達──そうだね、四大能力持ちを探せばいいんだよ」
当たり前のように言葉にするクロリスだが、それがどれだけバカバカしい話なのかは、お察しの通りである。
誰もが息を呑んで聞いていた中、クロリスの言葉を聞いて落胆するものや、吹き出して笑う者などが多く、静寂に包まれていた会議室が再び騒がしくなる。
「四大能力持ちを探す!? そんな子供のような考えでよいのですか!? あんなの、所詮はおとぎ話ですよ!?」
「おとぎ話……ねぇ。いったいどこをどう判断して『おとぎ話』と断定したんだい? 実際、あれはおとぎ話ではないという可能性の方が高いのに、なぜ自ら選択肢を潰すんだい?」
「……っ、ですが! そう簡単に四大能力持ちなんて……」
「見つからないだろうね。でも、あのおとぎ話でもモンスターが街を襲撃したシーンがあるんだ。しかも、仲の悪いモンスターから共存は不可能なモンスターまで手を取り合ってね。それと今回の事件は似ている。もしこの世界のモンスターが一斉に動き出したら、一瞬で壊滅だよ?」
厳しい現実を叩きつけられることにより、クロリスを笑う者はいなくなり、皆揃ってクロリスの方を向き、次の言葉を待つ姿勢になる。
だがクロリスは中々口を開こうとせず、時間だけが過ぎていく。そしてそんな居辛い静寂を切り開いたのは、なんとずっと黙り込んでいたルーセフであった。
「まぁ、今回の話はあくまで可能性としての話だから、そんなに張り詰めなくていいんじゃないか?」
「だ、だが……もし明日にもモンスターが襲撃してきたら……」
「それはないだろう。街や国にモンスターが襲撃するならば、それなりの数が必要だ。だから予兆だとか、そこら辺は詳しくないがそんなのが現れると考えるのが妥当だろう」
「うん、クロリスちゃんもルーセフの意見に同意するよ。ここで言ってあれだけど、やっぱり非現実的ではあるのは重々承知の上なんだ。でも世の中なにが起きるか分からないからね。まぁ、みんなとりあえず座って。とりあえず、この話はここまでにしようじゃないか」
自分で場を乱したのにも関わらず、宥め始めるクロリスに皆冷たい視線を向けつつも、言われた通りに自分の座っていた席に座る。
皆クロリスのおちゃらけた態度は気に入らない様子だが、このようにちゃんと指示に従うあたり、クロリスにはカリスマ性のようななにかがあるのだろう。
実際ヴァンホルンという大きな国のギルドマスターをやっているということは、それなりに実績があるということだ。
ふざけた一面はクロリスの裏面であって、真面目な表面が見えるとき、誰よりも頼りになるということをルーセフは知っていた。
「クロリスよ、これからはいつものように冒険者の増加数を報告し合うのか?」
「そうだよ~、でもね……ちょっとクロリスちゃんのギルドはとんでもないことが起きてしまったのです!」
「とんでもないこと……とは、説明できるかね?」
「もちろん。えーとね、なんと残念なことに、クロリスちゃんのギルドでもしかしたら一番強いかもしれないSランクの冒険者が一人、やめちゃったんだよねぇ。個人のプライバシーにより個人情報は言えないけど、とりあえず若くて、好青年なだけあってショックだったなぁ……」
そんな一大事なことを軽々しく言うクロリスであったが、周りの者は『Sランクがやめた』ということを聞き、絶句しているのか唖然としているのか分からない表情をしていた。
「なぁ、クロリス。なんでやめたんだい? あたしだったら止めるけど、クロリスは止めたりしなかったのかい?」
「うーん、できれば止めたかったけど、裂かれたギルドカードを受付嬢の子が持ってきたとき、もうそのSランクの子はヴァンホルンから出ていったらしくてね。どこに行ったかも不明なんだよね」
「ふーん、なるほどね。で、ちなみになんでやめたんだい?」
「聞いた話によると、チームの中で喧嘩が起きたらしいよ。なんかスキル開花の準備期間にその子は入ってたらしいんだけど、なんか1ヶ月以上経ってもスキルが開花しないから、言い合いになって、失望したんだろうね。お金を叩きつけて颯爽と去っていったらしいよ」
クロリスが聞いた話を淡々と話すことにより、そのSランクの冒険者がやめた問題に対し、この場にいる全員が腕を組んで悩み始める。
今回はクロリスのギルドで起きたことだが、もしこれが自分達のギルドで起きてしまったら。
冒険者というものは道具ではない。だがやめてしまうとギルドとしての損害どころか、解決できる問題も人手が足りなくて解決出来なくなってしまう。
ギルドというものは冒険者がいることで機能するものであり、その冒険者がいなければギルドなど名ばかりの施設に過ぎないのだ。
「……考えたのですが、話を聞く限り、そのSランクの方は自分からギルドを辞めましたが、実際は追放されたようなものじゃないですか」
「うん、そうだけど……フィルーナはなにが言いたいのかな?」
フィルーナと呼ばれる女性は顔立ちが良く、整っており、一言で表すなら『美人』と呼ぶに相応しい容姿をしており、色白い肌と宝石のような翡翠色の長い髪の毛はどこか神秘性すら感じられた。
だが彼女は変わったところがある。
それは、耳の先が尖っており、横に大きく伸びているのだ。
そう、彼女──フィルーナは、この世界で唯一のエルフが統べる国にあるギルドのギルドマスターなのだ。
「私は、追放した──いえ、事実は不明なのでSランクの方が勝手に辞めただけかもしれませんが、そのパーティの方々が愚かだとしか思えません。クロリス様のギルドに所属する冒険者にこのような言い方をするのはあまり好まれた行為ではありませんが、私は彼ら、もしくは彼女らがなにを言おうと、Sランクの方を止めるべきだと思います」
「そうだよね。確かにスキル開花が遅れるのは不安だと思うけど、あの子はクロリスちゃんのギルドの自慢でもあったんだよ。もしスキルが開花したときどうなったのか。きっと目の前の現実を見過ぎてその先が見えてなかったんだろうね」
「それもありますが、私はSランクの方を捨てた方々はきっとSランクの方に任せっきりではないかと思っています。スキル開花の準備期間ということは、著しく戦闘能力が下がっているということです。ですが、そこをカバーするのがパーティです。しかしカバーをせず責めた。単なる愚行ですね」
一通り話して満足したのか、フィルーナは丁寧にも周囲のギルドマスターに頭を下げ、姿勢を正す。
一つ一つの動作に目を奪われてしまうのは、エルフにしかない魅力が原因だろう。
平たく言えば、人間とエルフは良き隣人である。
エルフは長寿で、身体能力も人とは比べ物にならないが、人に似た姿形をしているため、亜人と呼ばれていても人族の仲間である。
そしてフィルーナはエルフの中でも特に美しく、通り過ぎる者は必ず一度は振り返るほどで、一目惚れしてしまう者も少なくはないだろう。
実際会議室の中にも何人かはフィルーナの美貌に夢中になっているのか、鼻の下を伸ばすギルドマスターがパッと前を見るだけで目に入るほど多かったりもするのだ。
「目先の利益と、今後の利益。彼らが選んだのはどうやら目先の利益だったようだね。実際、そのパーティはSランクの子以外は大したことないんだよねぇ。ギルドマスターがこんなこと言うのはあれだけど、ざっと見積もってAランクが妥当かな。でもSランクのモンスターを討伐してくるから、よっぽどSランクの子に任せてたんだろうね」
「でもさ、それで喧嘩が起きるってことは、そいつらはSランクの子に助けてもらってることを知らないってことなんじゃないかい? もしそれだったら、いつか痛い目見るよ」
「実は、もう痛い目見てるんだよね。だって、新しく前衛の子をスカウトしたらしいんだけど、次から次へとSランク指定のクエストを失敗してくるからこっちも困ってたんだ。だからAランクの降格してあげたんだ。そしたらいきなり怒り始めてね、いや~困った困った」
クエストの失敗は、受注した冒険者だけでなくギルド全体の信用を失うことに繋がる。
しかもそれがSランク指定のクエストならば、失う信用も多い。そして、被害も多くなってしまう。
なのでクロリスはそれではいけないと、Sランクだったパーティの者達に直々にギルドランク降格を告げたのだ。
最初は納得しない様子ではあったものの、失敗した時に出た被害の数々。そして失敗したせいで生じた賠償金の数値と、それをギルドが全負担してることを包み隠さず告げたら苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、なんとか引き下がってくれたのだ。
彼らとて、同じ人間だ。自分達の失敗を忘れることはないし、それを盾に話を持ち出されたら頭が上がらないのである。
「ところで、他のみんなはなんかないの? 新しく入った冒険者とか、抜けた冒険者とか」
そう聞くクロリスであったが、季節が季節なだけに新しく入った冒険者も抜けた冒険者もいないのか、皆クロリスと目が合うと首を横に振っていた。
そしてそのまま進んでいき、クロリスとルーセフの目が合う。
おそらくクロリスはルーセフにも首を横に振られるのだろうとすぐに目を離そうとしたが、その前にルーセフが口を開くことによってクロリスはルーセフから目を離さず静かに聞く体勢に移行していた。
「ワタシのギルドは新しい冒険者が二人入ったな。一人は好青年で、もう一人は頑張り屋の少女だ」
「ふぅん、この時期に二人も入るなんて珍しいね。で、腕はどうなの?」
「腕は大したものだ。確か、ワタシがケルアを出るときにはCランクになっていたからな。つい1ヶ月ほど前に入った冒険者なのに、もうCランクだ。あの二人はきっと偉業を成し遂げてくれるだろうとワタシは信じているよ」
「およそ30日でFからCに……それはすごいね。素晴らしい人材だよ。えっと、ルーセフで終わりだね。じゃあ他になにか話したいことがある人は手を挙げて~」
だが数十秒待っても誰一人と手を挙げることはないので、クロリスは手を叩いて『じゃあ、これにて解散!』と晴れやかな笑顔で告げ、一足先に会議室から出ていってしまう。
早くも自由の身になったギルドマスター達はそれぞれ懐かしの再開に喜んでいるのか、しばらく立ち止まって長話を始める。
ルーセフもその中に混じってしばらく笑い合った後、ヴァンホルン内にある馬繋場で待たせているディムルのことを思い出し、クロリスの次に会議室を出てギルドを飛び出す。
そして騒がしい大通りを歩き、ルーセフはディムルの馬車を見つけ、すぐさまケルアへと帰還するのであった。
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