生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

『喜』の加勢『哀』の扶侍

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 今まで過ごして中で味わったことのないほどの激痛。殴られるとか蹴られるとか、針で肩を刺されるとか横腹を大剣で斬られるとかそんな生半可なものではない。痛みを通り越して熱くなり、謎の倦怠感が姿を現し呼吸が荒くなる。

 自分の腹からおびただしい量の血が滝のように流れ、折れた剣の破片を伝ってアルグレートの拳に付着していく。抜け出そうにも抜け出せない。背中は剣が深く刺さるように抑えられ、今も尚ジワジワと奥へ奥へと破片は悠真の体を貫通していく。

「──っ!! あぁぁぁぁぁ!!」

 グチュと肉が潰れる音が聞こえる。それと同時に背中に腹と同じ──いや、それ以上の激痛が走った。

 悠真の腹から侵入した破片はそのまま背中を貫通し、背中からも血が吹き出てくる。臓器がやられたのか口の中まで血が逆流してきて溺れそうになる。吐き出そうとすると血が大量の涎や胃液と混ざり、粘着性のある血液が喉にまとわりつく。吐き出すとベチャッと音を立てて地面に落ち、広がることなく一つの塊として形状を維持していた。

 涙が出てくる。怒りだとか、憎しみだとか、そんなものではない。痛みを感じ、無意識の内に目の前が見えなくなるほどの涙が溢れ、頬を伝ってポタポタと滴り落ちる。

 なにもしていないのに右腕が震え、力が抜けていく。剣の柄を掴む力すらなくなり、静かに剣は悠真の足元へ落下した。

 柄の付いた折れた剣をアルグレートは足で踏み潰す。頑丈が売りな黒鉄の短剣は足の筋力と熱で原型は残っておらず、ただの黒い鉄くずと化していた。

『ルガァア!!』
「ぐっ……!」

 アルグレートは悠真の腹に刺さった破片を掴み、悠真を宙に浮かべていく。全体重が破片に掛かり、さらに傷口が開いていく。気付く頃には地面から足は50センチ以上は離れており、悠真はモリで突かれた魚のようになっていた。

 『危険察知きけんさっち』が煩いほど反応する。だがどうすることもできなかった。武器は失い、力も抜け、体は動かない。悠真はただのサンドバッグと同等かそれ以下になっていた。

『ルガァァァ……!』

 破片をパッと離し、悠真は無防備のまま重力に倣って落ちていく。その時見えたのは横から抉るように繰り出された強靭で、強烈で、強悪な、巨大な岩すら木端微塵にしてしまうほどの威力を持つ蹴り。

 悠真の視界が真っ暗になっていく。今その攻撃を受けてしまえば死んでしまうと分かっていた。だが体は動かなかった。諦めたのではない。動かせないのだ。途方に暮れた怒りが悠真の中で溢れるも、その怒りを解き放つこともできない。歯を食いしばろうにも顎が動かない。拳を握ろうとしても手に力が入らない。

 その蹴りを避けられる可能性は0%だった。すでに足は悠真の腹付近まで接近している。次目を覚ますとしたら天国か地獄かどちらかであろう。



 だがいつまで経っても腹に足は当たらなかった。すでに死んでしまったのかすら感じた。だが重い瞼を開けると藍色の夜空と大きな白い月が見える。そして落下していくのを体で感じていた。

 そのまま地面に落下すると思えば、上半身と腹部、足を何か柔らかい紐のようなもので巻き付かれ、空中で悠真は静止しているというなんとも異様な光景になっていた。

『ふぅ、危なかったにゃ。ちょっと痛むけどガマンするにゃ』

 悠真の身を青い魔力が包んでいく。体中が水に浮かぶような感覚になり、いつの間にか巻き付いていた紐はなくなっていた。その紐は『哀』の化身、リュリーナの三叉の尻尾であり、ミアーラルの命令で駆けつけてきたのだ。

 体中から痛みがジワジワと引いていく。腹から水泡に包まれた折れた剣の破片はヌルりと抜けていた。だが不思議と痛みはなく、すぐに腹と背にあった痛々しい傷は無くなっていた。

『ちょっと服を脱がすにゃ……ってにゃんだこれ。酷い痣だにゃあ』

 器用に小さな口──と言っても顔は虎くらい大きいので悠真の顔は丸々と飲み込めそうなのだが。そんな口でリュリーナは悠真の上着を脱がしていく。

 脱がし終わった悠真の体にあった痣を見てリュリーナは目を見開き、はぁとため息を一つ吐いていた。

『またアルグレートは……いつもいつも試練ってこと忘れるにゃ』
「リュリーナ……さん……?」

 傷が治っていき、やっと口が動いたので悠真は無意識にリュリーナの名を呼ぶ。だが『喋っちゃだめにゃ』と言われ、悠真は細い紐のような尻尾で口を巻かれてしまった。

『今から傷はにゃおすけど……血は戻ってこないからそのまま安静にしてるのにゃ。《水泡すいほう》に《天光復ハイヒール》を『付与エンチャント』にゃ』


 悠真の上半身に『水属性魔法みずぞくせいまほう』の《水泡すいほう》が体のラインに沿ってピッタリと付着する。その後『付与エンチャント』という、魔法に別の魔法の能力や属性を追加したり、物に魔法の力を与えるUSユニークスキルで『光属性魔法ひかりぞくせいまほう』の《天光復ハイヒール》を付与し、水泡に包まれた部分が満遍なく回復できるようにした。

 そんな魔法の使い方に悠真は目を見開き、リュリーナにお礼を言うため口を開こうとした。だがその口はリュリーナによって塞がれており、伝えたいことが伝えられなく酷くもどかしかった。

『にゃはは、お礼にゃんていらないにゃ。いっつもアルグレートは暴走して怪我人を作るから困るにゃ。聞いてくれるかにゃ?』

 悠真は自然と首を縦に振って頷いていた。リュリーナから漂う母性にくすぐられ、無性に甘えたくなってしまう。そんは悠真を察したのかリュリーナは腰を下ろし、悠真の首を持ち上げてモフモフなお腹の上に乗せてのんびりとする。

 最初は目付きも少し鋭く、規格外の大きさだったため少しびびっていたのだが、今はこの大きさのおかげで安心できる。気のせいかもしれないがつり目気味だったリュリーナの目も少し垂れており、まるで赤子を見るような目であった。

 リュリーナは意外と母的な感性があるのかもしれない。いつの間にか口から尻尾は離れており、体を丸めて悠真全体を包むような形になっている。悠真の鼻腔に花のような可憐な匂いが漂い、心はとても落ち着いていた。

『アルグレートは昔からあんなでにゃ? 戦いに燃えたらあんな感じで暴走しちゃうのにゃ。毎回あんたみたいにゃルザインが1人はいるんだけどにゃ? 毎回アルグレートの闘争心を駆り立ててボコボコにされるにゃ。そして毎回毎回暇な『喜』と『哀』の化身であるシュルートスとリュリーナが止めるのにゃ。勘弁してほしいと思わにゃいかにゃ?』

 体の傷はなくなり、痣すらなくなっていたため悠真の脳は正常に判断することができた。今の話を聞く限り、リュリーナはアルグレートの暴走に呆れている様子であった。そこから察するにルザインが来るといつもこうなのだろう。最初は「めんどくさがり屋」だと思っていたが意外と苦労人なのだろう。

『でも今回は違ったにゃ。確かにあんたがあれ以上高みに登ってたら暴走したかもしれにゃい。でも今回はただの暴走じゃにゃいのにゃ。あれは血を見たことによるアルグレートの『本能』が開放されたのにゃ。《血の怒りブラッド・バースト》って言ってにゃ? 自分の血を見ると我を忘れるのにゃ。いつも偉そうな口叩いてるが意外と小物にゃのよ』

 少し毒舌が入ってる気もするが納得できる。あれほど『これ以上は無駄だ、逆上だ』とか言ってた本人が傷を付けられて我を忘れてしまう。それこそ逆上である。

 のんびりと話を聞いてる中、悠真の頭の中に一つの疑問が過ぎった。今アルグレートは何をしているのか? と。自分をリュリーナが助けてくれたのは理解できる。だが今はどうなっているのだろうと考えても分からなかった。

『……ん? あぁ、今のアルグレートならシュルートスと戦ってるにゃよ。あんたを蹴ろうとした時途中で蹴りが止まったにゃ? あれはシュルートスの長い尻尾に巻き付かれて止められたからにゃ』

 なるほど、それならまだ安心である。だが暴走し、とんでもない力を持つアルグレートに対しいつも呑気に笑っているシュルートスだけで大丈夫なのかとふと不安になる。

 そんな悠真の不安を感じ取ったのか、リュリーナは悠真の頭を尻尾で撫で、猫なのにザラザラとしていないしっとりとした舌で首元を舐め始めた。

『安心するにゃ、シュルートスはいつも笑ってるけど喜怒哀楽の化身の中で1番強いにゃ。2番目はルルータ、3番目はリュリーナ、4番目はアルグレートっていう順番にゃ。正面からの力勝負ならアルグレートに負けるけど魔法なら負けにゃいにゃ』

 まさかの真実。1番化身の中で弱いと思っていたシュルートスは実は1番強く、アルグレートが化身の中で1番弱いということが発覚した。だがそれでもあまり差はないだろう。

 それよりもリュリーナに舐められてから段々と眠くなっている気がする。瞼も重いし体は動かない。だがそれはアルグレートに捕まった時とは違ってまた別。全身をいい香りのする柔らかいもので包まれているような感覚だ。

 そのまま悠真は目を閉じ、眠りについてしまった。実はリュリーナは悠真が眠るようにしていたのだ。いくら傷はなくなっても大量に流れた血は戻らないからである。そのため優しくし、安心させ、静かな眠りにつかせたのだ。『哀』の化身とは思えない気配りである。

『にゃふふ。やっぱり男はいつまで経っても子供だにゃ。可愛い寝顔をして……って、いけにゃいいけにゃい。早くバカグレートを止めにいかにゃきゃにゃ。さすがのシュルートスだけじゃ危にゃいし』

 悠真が起きないようにそっと体から頭を下ろし、そっと音を立てず立ち上がる。そのままシュルートスに加勢するようにリュリーナは暴走するアルグレートの元へ駆けつけていった。



◇◆◇◆◇



 時は少し遡り、悠真がアルグレートに蹴られる前。

 何千メートルも離れていたはずのシュルートスとリュリーナはスキルを駆使しておよそ1分弱でアルグレートの試験場へと辿り着いていた。

『儂はアルグレートを止める、リュリーナはルザインを頼んだぞ~』
『はいはい、いつものパターンにゃ。任せるにゃ』

 あともう少しで悠真が蹴られる寸前。紙一重のところでシュルートスの長く太い尻尾がアルグレートの足に巻き付き、なんとか悠真が蹴られずに済んでいた。

 その途中、悠真が力なく落下してヒヤヒヤとしたものの期待通りリュリーナが尻尾を使って支えていたのを見てシュルートスは内心ホッとしていた。

『ルガァアァァア!!』
『ワッハッハ! また暴走しとる。しかも力が増しとるな……それほどあの少年との戦闘が『楽しかった』のか?』

 そんな呑気に考えているシュルートスはアルグレートの足から尻尾を離す。その時アルグレートの胸にあった傷を見て改めて『危ない』状況であったことを理解し、顔をしかめる。

『それは《血の怒りブラッド・バースト》! なるほど、理解出来たぞ……それよりも、あの少年はよくアルグレートに傷を与えたのぉ』

 化身の中でアルグレートが1番弱いと知りつつも、只者ではないことはシュルートスが誰よりも理解していた。その上で、悠真を純粋に『凄い』と思いつつも、もう少しで取り返しのつかないことになってしまっていたということを察していた。

 もう少しミアーラルの判断が遅れ、自分たちが駆けつけるのが1歩でも遅れていたら確実に悠真は死んでいた。それほど《血の怒りブラッド・バースト》というのはとんでもない能力であるのだ。

『ルガァア!』
『おっと! ワッハッハ! 力はあっても、アルグレートの攻撃パターンはいつも同じじゃのお。普段ルザインにつまらないとか言ってる割には変わらんのぉ』

 我を忘れてもシュルートスの若干煽りが入った発言に反応するようにアルグレートの力が増して空を切るパンチが繰り出される。だがシュルートスはそんなパンチをものともせず太い体をニュルニュルと動かして全て避けていた。

 傍から見れば切り倒された大木が滑らかにしなって動いているように見える。それほどシュルートスは外見に沿わず俊敏にアルグレートの攻撃をかわしているのだ。

『ルガァアァァ!!』
『ワッハッハ! まぁ、ちょっと普段から調子に乗りすぎだ。アルグレートよ』

 シュルートスの額めがけてパンチが飛ぶ。だがそれは呆気なくかわされてしまった。アルグレートが空を切った拳を引こうとすると腕に尻尾が巻きつく。

 引き抜こうとするもとんでもない力によってどんどん飲み込まれ、腕から胸、腹、足へとシュルートスによってどんどん封じ込まれてしまった。だがそれでもシュルートスの体はまだ半分以上残っているので余裕の表情であった。

『ガァ! ガァアァァ!』
『ワッハッハ! 熱風を出しても無駄じゃ。儂に熱は効かん。諦めるのじゃ』

 それでも諦めないとアルグレートはもがき続ける。だが動けば動くほど強く縛られ、まるでアリジゴクに落ちた蟻のようになっていた。

『シュルートス、来たにゃ。またいつも通りでいいかにゃ?』
『おぉ、リュリーナか。加勢ご苦労。頼んだぞ!』

 悠真を救出し終えたリュリーナがシュルートスの元へ駆けつけてくる。そしてアイコンタクトで互いに頷き、アルグレートの顔にリュリーナの《水泡すいほう》がまとわりついた。

 息のできなくなったアルグレートは暴れるも首しか動かないためなにもできなかった。そのまま目の充血は治っていき、逆立っていた全身の毛は落ち着いてきた。


 そのままアルグレートは窒息するように静かになり、シュルートスに開放されたのであった。


























如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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