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始まりの塔編
第20話 ネアの持つ力
しおりを挟む「ほら、終わったぞ」
俺の《錬成》による鎖除去作業も、たったの三分で終わったため特になにかが起きることもなく、俺はネアの足首から取り出した鎖を床に置いた。
気付けば最初に鎖を抜いた方の足首には傷が無くなりかけており、改めて俺はネアの再生力を前にしてつい唸ってしまう。
一方のネアは足首を自由に動かしており、違和感がないことを確認したのか納得するように頷いていた。
『…………これで、使えるはず』
「使えるって、なにがだ?」
『私のスキル。鎖のせいで、使えなかった』
「鎖のせいで……? この鎖、なにか特別な効果でもあるのか?」
試しにネアの手首や足首から取り出した鎖に《鑑定眼》を使用すると、俺の目の前に小さなパネルが浮び上がる。
そこには《封印の鎖》と書かれており、この鎖によって繋がれた者は魔法やスキルを使えなくなってしまうという、地味な見た目の割りには恐ろしい効果を持つ鎖であった。
だが力が強い者に封印の鎖を繋いでも意味がないらしく、強大な力を持つ者の力を封印するには何本も鎖を繋ぐ必要があると、パネルには書かれていた。
つまり、ネアの力を封印するためにはこの封印の鎖が四本は必要だったというわけで、ネアの潜在能力というものは計り知れないのだろう。
さすがに自分に突き刺すのは怖いため実験はできないが、わざわざ封印の鎖で繋がないとネアを封印することができなかったというわけになるため、やはりネアには謎が多いのだと、俺は改めて認識した。
「それで、ネアはどんなスキルが使えるんだ?」
『記憶が曖昧でよく覚えてないけど、まだこれしか使えない。名前は──"ゲート"』
ネアが『ゲート』と口にすると、俺とネアの目の前に直径二メートルあるかないかくらいの黒い穴が生成される。
その穴は横から見ると紙のように薄っぺらく、近付いても吸い込まれるだとかはなかったため、用途がよく分からないスキルであった。
「これ、なにに使えるんだ?」
『えーと……物を入れたり、出したりするくらい?』
「それって、容量に制限はあるのか?」
『分からない。でも、物なら沢山入るはず』
ネアがそう言いながらその黒い穴──ゲートに手を突っ込むと、そこからネアは一輪の綺麗な白い花を取り出していた。
だがなぜそれを取り出したのかはネアもよく理解していない様子で、その花を見つめて小首を傾けたと思いきや、すぐに花をゲートの中に戻してしまう。
そして今度はそのゲートを動かし、ネアは自分の頭からゲートの中をくぐるかのようにゲートを通過させる。
すると、そこにはピッチリとした扇情的なスーツを着たネアではなく、白と淡い水色が施された可愛らしい服を身にまとったネアが、そこには立っていた。
「そ、それってそんな使い方ができるのか……」
『うん。今まではずっと下着だったから、落ち着かなかった。でも、この戦闘服を着ると安心する』
本当にそんな服が戦闘服なのか? と、問いたくなるほどネアの服装はオシャレになっており、とてもではないが戦うための服には見えなかった。
だがよく見ると短いスカートに巻かれているベルトには武器を携えるための穴が空いていたり、ハイヒールのようなブーツにはクリスタルのような刃が付いていたりと、意外と殺傷能力は高そうではある。
しかし背中に生えている翼を出すためにやはり背中は腰の辺りまで丸見えになっており、それだけでなく腕を上げれば腋どころか胸も少しだけ見えてしまうなど、色々と目のやり場に困る服装であった。
「……その他に服はないのか? 翼があるから背中が見えてしまうのは仕方ないと思うが、太ももの大半が見えるほど短いスカートとかだと、少し……な?」
下にはあのスーツを着ているということは分かっているのだが、それでも服を着ることによって変なチラリズムが生まれてしまうのだ。
いや、別にネアをそういう目で見ているわけではない。ただ、今の服装のまま人通りが多い場所を歩いたら色々と大変なことになりそうだ──というのが、素直な感想である。
『……これから、レイはこの塔を出て外に行くの?』
「え? ……まぁ、そのつもりだな」
『私がこの服を着てたら、レイは困る?』
「いや、別に困るわけじゃないが……面倒事に巻き込まれる可能性があるな。その点で考えたら、困るといえば困ることになる」
『なら、変える。翼もしまう』
「あぁ、できるならそうして──って、ん? 翼を、しまう……?」
俺が素っ頓狂な声を上げる頃には既にネアはまたゲートを頭からくぐっており、また服装を変えていた。
今度は先ほどよりもラフな格好であった。
少しだけ胸元が見えてしまっているのは置いておくとして、今回は全体的に色が白と、どちらかというと清楚系な服装になっていた。
黄色と緑の刺繍が施されたスカートの丈は少し短いが、さっきの戦闘服と呼ばれている服装のスカートよりかは長めであり、膝の上辺りまで生脚が隠れるようになっている。
それでいて武器のようだった靴も今回はどこでも見かけるようなブーツに変わっていたため、これでもう目のやり場に困るということはなくなり、一安心である。
だが俺はそんなことよりも、本当にネアの言う通り背中にあったはずの翼が消えてしまっていることに、驚きを隠せなかった。
もし無理して服の中にしまっているのなら悪い気がするため、俺はネアから許可を得て背中を確認してみる。
だがそこには翼がはみ出ているどころか、服が変に盛り上がっているようなこともないため、俺はわけが分からなくてつい喉を唸らせていた。
「……なぁ、ネア? さっきまであった翼はどこにいったんだ?」
『私の力で、こうやって翼を無くすこともできる。でも、定期的に出さないと背中がむず痒くなるから、いつまでもこの姿でいるのは難しい』
「なるほどな……でも、こうして見るとネアは普通の女の子に見えるな」
黒い翼が生えていたり鎖を引きちぎったり強引に引き抜いたりと、実は天使のような見た目をした悪魔なのではないかと内心思ったこともあるが、こうして見ると今のネアはただの可愛らしい女の子にしか見えない。
しかしネアはなにを言っても笑ったりだとか照れたりだとかはせず、いつも通りの無表情のまま腕を伸ばしたり自分の背中を見つめたりと、良い意味でも悪い意味でもお人形のようであった。
『私でも、人のように見える?』
「……? あぁ、見えるぞ」
『…………そう』
突然あまりにも予想外な質問が飛んでくるので、俺は少しだけ戸惑いながらも素直な気持ちで肯定する。
するとあの無表情だったネアの顔が少しだけほころんだような気がして、俺は軽く目を擦ってからもう一度ネアの顔を見てみる。
だがやはり、ネアの表情は驚くほどの無表情であった。
「(笑ったように見えたが、気のせいだったか──)」
そう俺が心の中で呟くと、突如として床が激しく揺れ動き、天井からステンドグラスの欠片がパラパラと降り注いでくる。
あまりにも強い揺れにネアが倒れそうになっていたので、俺はネアを抱えながら足や腰に力を入れて体勢を整え、ゆっくりとしゃがみながら揺れが収まるのを静かに待っていた。
そして、揺れが始まってから十数秒後に揺れは収まったのだが、なぜ突然地震のような揺れが起きたのかが理解できず、俺は警戒を強めてから辺りを見渡すことにする。
そこで、俺はあるものを発見した。
「…………扉……か?」
どうやら先ほどの揺れは壁が動いたことで生じた揺れらしく、気付けば正面に見える壁には小さな扉のようなものができていた。
怪しさ満載ではあるものの、だからといって《危険察知》などが反応することもないため、俺はネアを連れてその扉の前へと移動する。
その扉には小さなドアノブが付いていたため、俺は恐る恐るそのドアノブを掴んで捻ってみる。
するとガチャッという音と共に、扉がゆっくりと開かれた。
その中を覗き込むと、そこはやけに生活感のある広めの個室であった。
本棚や大きめなベッド、そして部屋の中央にはテーブルがあり、そのテーブルの上には一枚の手紙が置かれていた。
試しにその手紙に目を通すが、なにが書いてあるのかが分からない。綺麗な文字なのに複雑というか、とりあえず普段俺が読み書きしている文字とはまた違った言語の文字であることは確かであった。
『……それ、神刻文字』
「神刻文字……? もしかして、ネアはこの字を読めるのか?」
俺の後ろから手紙を覗き込んでいたネアは、俺の言葉に対して小さく首肯をする。
なら──と、俺はその手紙をネアの前に差し出した。
「悪いが……読んでもらえるか?」
『…………ん』
小さく返事をしたネアは、俺が手に取っていた手紙を覗き込んだままその文字を目で追っていく。
俺はてっきりネアが手紙を受け取ってから読んでくれると思っていたため、俺に手紙を持たせたまま手紙を読むネアを前に、つい苦笑いを浮かべてしまった。
しかし俺が読めない文字を読んでくれるらしいので、この辺りは目をつぶることにしよう。
『──この手紙を読んでいるということは、あなたはネアを殺さずに、生かしたということでしょう』
「ん? それ、もう読んでるんだよな?」
いきなりネアが話し出したので、念の為確認として俺がネアに聞いてみると、ネアは静かに頷く。
そして、また口を開いて手紙の内容を音読していった。
『私は秩序の塔を管理している、ヴェルタニアと申します。もし、この塔を攻略したあなたが《殺奪》というスキルを取得しているのなら、またどこかで出会うことになるでしょう』
「またどこかで出会う……? それに、どうして《殺奪》のスキルを……」
ここで、俺が前々から抱いていた確信が確実なものとなった。
この塔は──始まりの塔然り秩序の塔を攻略するためには、やはり《殺奪》のスキルが必要不可欠だったのである。
そうでなくては、ここまで到達することなど不可能だ。
そして、今まで得てきたスキルは次の階層やボス級の魔物を討伐するために無くてはならないものばかりだったので、やはりこの塔は俺のため──いや、《殺奪》を持つ者のためにある塔だったのだ。
手紙の内容から推測するに、間違いはないだろう。
『ですが、私から話せることはまだありません。秩序の塔を管理している者として、あなただけに肩入れなどできないのです。しかし、もしあなたがこの世界の真実を知りたいのなら、私は情報を提供します』
区切りのいいところで、ネアは『まだ読む?』と俺に視線を向けて確認をとってくるので、俺が「頼む」と口にすると、ネアは視線を手紙に戻してまたゆっくりと続きを読み始めた。
『もしあなたが本当にこの世界の真実を知りたいのなら、ドワイラルクという国にある《真実の塔》を訪れなさい。その塔の最上階にいるシュミラークという人物なら、真実を話してくれます。あなたが知りたいことを、彼は話してくれるはずです──だって』
「……それで終わりなのか?」
『うん。これで全部』
「そうか……ありがとな、ネア」
秩序の塔を管理しているらしいヴェルタニアの手紙はそこで終わっているらしく、俺はネアに感謝の言葉を伝えながらもヴェルタニアからの手紙を綺麗に折りたたむ。
すると手紙の裏にはまだ少しだけだが文章が続いており、俺がお願いするとネアはすぐにその一文を解読し、またゆっくりと読んでくれた。
『なにも力になれなくて、ごめんなさい。お詫びになるかは分かりませんが、この部屋は自由に使ってください。本棚の裏には宝物庫がありますので、中の物は自由に持ち帰って有効活用してください。それが、あなたの力になるのなら──って、書いてある』
「なるほど……それで、本当に終わりか?」
『うん。これで最後』
「そうか。改めてありがとな。そうだな……俺は情報を整理してるから、ネアはこの部屋で自由にしてていいぞ。といっても、できることは少ないからなにもできないと思うが……大丈夫か?」
『…………ん。分かった』
俺はネアにそう言ってから手紙を机に置き、色々と情報を整理するために近くにあったベッドに腰を下ろす。
だがそのベッドはあまりにもフカフカで、たまりにたまった疲労感も相まってか、俺は無意識の内に体を倒して瞼を閉ざしていた。
「(この部屋は自由に使ってもいいって書いてあったらしいから、少しの間だけ休ませてもらおう……)」
そう自分に言い聞かせるように心の中で呟きつつも、俺はゆっくりと呼吸を繰り返す。
そして、そこで俺はまるで気絶したかのように眠りにつくのであった──
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