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始まりの塔編
第30話 解決
しおりを挟む秩序の塔で出会ったリクたちと別れた俺は、そのまま道草を食うことはなくギルドへと戻り、ネアたちと再会していた。
どうやら俺がいない間に、ネアとアリサは少しばかり仲良くなったらしい。
とはいってもネアからアリサに話しかけるようなことはないが、ネアはアリサの言葉に対ししっかりと自分の言葉を伝えており、会話が数秒で終わる──ということはなくなっていた。
いったいどこで意気投合をしたのかは不明だが、それでもネアとアリサがこうして仲良くなったのは喜ばしいことであり、つい笑みを零してしまう俺がいた。
すると、そんな俺の元にとある二人の冒険者が訪れていた。
「よぉ! レイくんじゃないか!」
「あ、ジークさんにフィリアさん。こんにち──」
「あらら? まだ敬語なの? この前は説明をするからって言ったから許したけど、私は敬語よりもいつも通りのレイくんのまま接してほしいなぁ~」
「……っ、分かった。これで、いいか……?」
俺にとっては命の恩人であるジークとフィリアを呼び捨てにしたり、タメ口で話しかけたりするというのは気が引けるのだが、フィリアは俺が敬語で話すと「他人行儀で嫌だわ」と言うので、俺は仕方なく敬語をやめ、タメ口に戻す。
するとフィリアは納得したかのように頷いており、俺はジークに助けを求めるべく目線で訴えるのだが、俺と目が合ったジークは豪快に笑うだけで、なにも感じ取ってはくれなかった。
「それで、レイくんは例の依頼を終えて戻ってきたのかな?」
「はい、そうで──じゃなくて……そうだ。それで、ついでにある魔物の素材を持って帰ってきた」
「魔物の素材? どれどれ──って、こ、これは!?」
俺が『魔法の袋』の中から初心者殺しの尻尾を取り出すと、ジークは一目見てその尻尾が初心者殺しのものだと分かったのか、大きく目を見開いて驚いていた。
それはフィリアも同じで、その他にも俺とジークたちのやり取りをこっそり見ていた冒険者たちは「む、無能力者のあいつが!?」と俺に聞こえるように口にしていたので、少しばかり誇らしい気分である。
「これは初心者殺しの尻尾だな! レイくん、すごいじゃないか! 周りの連中だって、みんな驚いてるぞ!」
「……それは初心者殺しの尻尾を俺が持ってきたというよりも──いや、やっぱりなんでもない」
確かに俺の方へ向けられる視線は多いが、それらは俺が初心者殺しを討伐したから向けられているものではない。
大半の視線が俺ではなくジークやフィリアに向けられており、誰しもがジークやフィリアとお近付きになりたいのか、次第にその視線は俺に対する嫉妬へと変わっていく。
考えてみてほしい。
俺が無能力者ではないと知っているのはネアとアリサ、そしてジークとフィリアだけで、他の冒険者はまだ俺の事を無能力者だと思っている。
そんな俺みたいな冒険者界の負け組が、冒険者界の勝ち組であり英雄とも呼ばれるジークやフィリアと、仲睦まじく親しげに言葉を交わしているのだ。
そりゃ、嫉妬されるのも無理はない。
ジークはアーラスの冒険者にとって憧れの存在であり、フィリアは女性冒険者にとって希望ともいえる存在である。
俺はただそんな二人に助けられたのだが、初心者殺しの件に関しては実質的に俺が二人を助けたということにもなるので、いつの間にかこのような親密な関係を築けているのだ。
聞けば、俺が秩序の塔に挑んでいるとき、俺が危険な目に遭っているかとしれないと知ったジークとフィリアが、俺のためにわざわざ秩序の塔へと捜索しに向かったらしい。
それを聞いたとき、俺は少しばかり感極まってしまった。
偶然の出会いがここまで親密で貴重な関係になるとは思ってもみなかったので、本当にジークとフィリアには感謝してもしきれないくらいである。
そんな俺の前では、ジークが初心者殺しの尻尾を掴んでマジマジと観察しているのだが、なにを思ったのか初心者殺しの尻尾をカウンターに置き、ふっと笑みを浮かべていた。
「レイくん。この初心者殺しの尻尾は、今日回収したもので間違いないんだな?」
「あぁ。今日赤傘草を回収したと同時に、偶然出会ったから討伐したんだ」
「なら、これで当分始まりの塔に初心者殺しは現れないな。レイくんは、素晴らしいことをしたんだ!」
「そうね。実は、ここだけの話……このギルドでは、Aランク冒険者以上になると、ある問題を押し付けられるのよ」
「ある、問題……?」
そうよ。と口にするフィリアは、他の冒険者でも知らないような秘密をこっそりと教えてくれた。
どうやら、このギルドに所属しているAランク冒険者やSランク冒険者は、突然ギルドマスターからある『依頼』を言い渡されるらしいのだ。
それは始まりの塔に出没する初心者殺しを討伐するというものであり、早くて五日、遅くて十日置きに別々の冒険者が指名され、始まりの塔に向かわされるとのこと。
初心者殺しはバーニグモーラやグレイルーフと違い、討伐したら数日間は姿を現さなくなるらしいのだが、復活すると一階層目から四階層目までの階層を縄張りにして動き回るらしいので、年々被害が後を絶たないらしい。
そして、まだ無能力者だった頃の俺が初めて秩序の塔に挑んだ日がちょうど初心者殺しが復活する日だったらしく、その日偶然初心者殺しを討伐するよう指名されたジークとフィリアによって、俺は助けられたらしいのだ。
それを聞き、俺はやっと納得した。
どうして、ジークやフィリアのようなSランク冒険者が、秩序の塔みたいな場所にいたのか──それはフィリアの説明によって明らかになり、俺の中にあった疑問は綺麗さっぱりなくなっていた。
「だから、レイくんが初心者殺しを討伐したって聞いたら、みんな喜ぶわよ。俺たちの仕事がなくなったぜー! って」
「そ、そんなことがあるのか」
「まぁ、冒険者の世界は色々あるからな……それよりも、長々と話して悪かった。早く依頼を済ませるといい」
ジークにそう言われたので、俺は後ろを振り返って受付窓口にて立つアリサの元へ向かう。
そして俺が『魔法の袋』から取り出した五本の赤傘草を受付カウンターに乗せると、突然隣から追加で赤傘草が八本置かれ、ふと顔を上げるとそこには見覚えのある二人の女性が立っていた。
「お前たちは……」
その顔と名前を、俺は知っていた。
その二人の名前は、タニアとニーシャ──かつてアレクが仕切っていたパーティーにて、同じパーティーメンバーとして活動をしていた二人であった。
そんな二人に、俺はいったいなんのようだと睨み付けるのだが、二人は決して俺を見て怒るようなことはなく、むしろ申し訳なさそうに顔を俯かせていた。
「そ、その……レイ?」
「……なんだ」
「あ、あのときは……ごめんなさい!」
「…………ごめんなさい」
突然二人に頭を下げられるので、俺はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。
まさか、あの二人が俺に頭を下げるなんて。
だがそれよりも、どうして今更俺の元へやって来たのかが気になって、俺はどう反応すればいいのか分からなかった。
「あんなことがあって、許してほしいなんて言わない。でも、私たちはレイに酷いことをした」
「……アレクに命令されたとは言え、ニーシャはレイのことを無視した。だから、これを受け取ってほしい」
「この、赤傘草をか?」
俺がそう聞くと、二人は静かに首を縦に振っていた。
俺は、俺のことを馬鹿にしてきたタニアが嫌いだ。
それに、話しかけても無反応で頑なに無視してきたニーシャが嫌いだ。
それでも、二人はアレクと違ってこうして頭を下げ、謝罪をしてきている。
だからといって、もう印象は覆らない。
だが、自らの過ちを認めて謝罪をする二人を無下にするほど、俺は人として落ちこぼれてはいなかった。
「アリサ、換金してくれ」
「……よろしいのですか?」
「あぁ。これで合計金貨は十三枚になるだろ? だから──」
俺は小声でアリサにあることを伝え、アリサが手続きを終えるのを待つ。
そして、アリサから報酬の金貨を受け取った俺は、タニアとニーシャに金貨を二枚ずつ手渡しした。
「こ、これは……?」
「報酬の分け前だ。今はもう俺とお前たちは同じパーティーではないが、依頼に協力してくれたら報酬は分ける。少し取り分が少ないのは、許してほしいが」
「……で、でも! 金貨二枚なんて、ニーシャたちには多すぎる。そもそも、こうして分けて貰うために渡したわけじゃ──」
「…………これでも、無能力者だった俺を拾ってくれて、面倒を見てくれたことに関しては感謝しているんだ。だから、頼む。受け取ってくれ」
「「っ!」」
俺がまさか感謝をするとは思っていなかったのだろう。
タニアとニーシャは分かりやすく驚いた後、二人で肩を並べて俺の元へと歩み寄ってきた。
「ねぇ……無理なのは分かってるけど、また私たちのパーティーに来ない?」
「……新しい仲間が増えたけど、アレクが抜けて三人になった。でも、レイが入ったら四人になるし、レイみたいに魔物や植物に詳しい人がいないから、レイはすごく力になる。だから──」
「…………そうやって俺のことを評価してくれるのは、素直に嬉しいよ。だが、俺にはもう、新しい仲間ができたからさ。な、ネア?」
『…………ん』
俺がネアの名前を呼ぶと、少し遅れてネアが俺の後ろからひょこっと顔を出してくる。
タニアとニーシャはそんなネアをしばらく見つめた後、どこか諦めたかのように笑みを浮かべていた。
「そっか、レイにはもう新しい仲間がいるんだね」
「あぁ。確かに俺はお前たちに意地悪された。もちろん、それは俺が無能力者だからってのはある。それでも、俺はお前たちから学んだこともあった。だから……その、なんだ。これから、頑張ってくれ」
「……うん! ニーシャたちはこれからも頑張る。だから、レイも頑張って」
「私たち、応援してるわ。だって、あの初心者殺しを倒したんでしょ? きっと、いつかレイは私たちの想像を超える有名人になるかもしれないしね」
「もしそうなったら、いつか俺を追い出したことを後悔するかもな」
「かもね。ううん、今でもしてるわ。この世界はスキルが全てだけど、人の価値はスキルだけじゃないってやっと気付いたわ。だから……頑張ってね」
俺はタニアとニーシャが嫌いだが、悪くはないと思った。
自然と俺は冗談を言っていたし、それに対しタニアは笑って答えてくれ、最後に俺の背中を押してくれた。
「(この世界はスキルが全てだけど、人の価値はスキルだけじゃない──か)」
この言葉を、俺は胸に刻んだ。
そして、俺はこちらに背中を向けて去っていくタニアとニーシャを見つめながらも、すぐに後ろを振り向いてゆっくりと息を吐きだした。
「……これで、よかったのかな」
「ふふっ。ちゃんと謝ってきた相手を許す。それは人として立派なことよ。ね、ジーク?」
「お、おう! そ、そうだな……うぅっ! 素晴らしいものを、見させてもらったぞ……うぅぅ……!」
「えー……? あんた、今ので感動したの!? はぁ、ほんっと、ジークって昔っから涙脆いんだから」
なぜか号泣しているジークを前に苦笑いを浮かべつつも、俺は目の前に立っているネアに手を差し出す。
一方のネアは差し出された手を前に、なにをすればいいのかと小首を傾けていたが、ネアはそこで俺が手を差し出した意味を理解したのか、小さな手で俺の手を握り返してくれた。
「改めて、これからよろしくな。ネア」
『……うん。よろしく、レイ』
こうして、俺とネアは握手を交わした。
タニアとニーシャのおかげで、俺はネアという存在を再認識できた。
それだけじゃない。
ジークやフィリア。そして、アリサの存在もだ。
「俺って、恵まれてるんだな」
最後にそう口にした俺は、片目に浮かび上がっていた涙を指で拭き取りながらも、俺はアリサに人数分の飲み物をお願いした。
そして俺とネア、ジークとフィリアにアリサという五人のメンバーで乾杯をし、俺たちはアリサの担当する受付カウンター前で小さな宴を始めた。
アリサはまだ仕事があるため会話に混ざる程度だったが、俺たちは他のギルド職員に注文した食事を口に運びつつも、長い時間に渡って談笑を交わしていた。
この日の出来事は、決して忘れることはないだろう。
そんなふうに思いながらも、俺は夜が更けるまで小さな宴を楽しむことにした。
これが、今のところアーラスで残せる最後の思い出なのだから──
──────第1章 始まりの塔編 完──────
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