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ドワイラルク編
第9話 危機
しおりを挟む『ギィイィイイィィッ!!』
仲間が殺されたことにより、怒り心頭のまま暴れ回る赤い色をしたコアマンティス。
その名は《レッドコアマンティス》。
先ほど俺が《鑑定眼》で調べたときに明らかになった名前は、まさに外見通りの安直な名前ではあったが、奴の特性には厄介なものが存在した。
そう、奴は女王蟻や女王蜂のように、卵を産んで仲間であるコアマンティスを増やしていくのである。
しかも、その卵はレッドコアマンティスの大きく太った腹の中で孵化するため、レッドコアマンティスは赤ん坊であるコアマンティスをどんどん生み出していくのである。
産まれたばかりのコアマンティスは全長が一メートルもないのだが、それでも戦闘能力は申し分なく、むしろ戦い方が分からなくて力加減というものを知らない分、厄介な存在であった。
「(コアマンティス単体の戦闘能力はそこまでではない。だが、連携が驚くくらいぴったりだ。これは、レッドコアマンティスが統率を取っていると見て間違いはないだろうな)」
先ほどから鎌を動かし、コアマンティスに向けてなにやら声を上げているレッドコアマンティスは、今もなおゆっくりではあるがまた新たなコアマンティスを生み出している。
いったいその腹の中にどれだけの卵が詰まっているのだと考えるが、そんな考えなど一瞬で吹き飛ぶくらい、レッドコアマンティスは面倒な魔物であった。
『ギィィ!!』
『ギキッ! ギィ!!』
「くそっ……! 小さい分、すばしっこくてうざったいな! 下手にレッドコアマンティスを刺激したとして、中から大量のコアマンティスが出てきたら面倒だ……どうする、考えろ……!」
幸い、レッドコアマンティスの怒りは俺に向けられているため、遠くで木の陰に隠れているネアは安全なので、周囲を気にすることなく戦うことができる。
しかし、このままコアマンティスを倒し続けていては先に俺の体力が尽きてジリ貧になってしまう。それだけは避けたいところだ。
避けたいところなのだが……レッドコアマンティスは端から持久戦に持ち込む気が満々だったのか、嫌な声を上げながらコアマンティスをまた生み出していく。
「(…………こうなったら、もうなりふり構わず戦った方がいいな。少し気が引けるが、遠慮はしないぞ)」
一度大きく息を吐き捨てた俺は、周囲の木々に向けて《炎属性魔法Ⅲ》で習得できる《フレイムボム》を何発か放つ。
ファイヤよりも強力な火力を誇るフレイムに、爆発力を持たせたフレイムボムは湿った木々を一瞬で乾かしていき、そして瞬く間に燃やしていく。
だが、別にネチャクの森を焼き付くそうとしているわけではない。
本命は、ここからである。
「炎よ、集え──熱線球生成!」
炎を放ち、今度は自分の手のひらにその放った炎を集めていく。
すると木々に燃え移っていた炎は俺の手のひらに集まっていき、その集まる過程で俺の周りにいたコアマンティスは、すべて焼き焦がされていた。
そして、先ほどまでメラメラと燃え盛っていたネチャクの森には静寂が訪れ、今俺はレッドコアマンティス目掛けて、手のひらの前に生成された直径五十センチほどの炎の球を向けた。
『ギィィ……ギキィイィィ!!』
大量のコアマンティスを統率している分レッドコアマンティスは頭がいいのか、危機を察したのか俺に背を向けて自分で掘り返した穴へ向けて逃げ込んでいく。
その姿は、まさに脱兎のごとく。
だがそんなレッドコアマンティスを見逃すほど、俺は甘くはなかった。
なぜなら、ここで見逃せばまたレッドコアマンティスは大量のコアマンティスを産み続け、またこの地で巣を作ってメンクの村を襲うかもしれないからだ。
生態系を破壊するようで悪いが、イズンたちからは「コアマンティスたちは害虫ですので、駆除しても構いません」と言われたので、俺も容赦なんてしない。
むしろ、穴に逃げ込んだのは悪手であると、あの世で思い知らせてやる。
「──放出っ!」
全速力で駆け出し、そこから《脚力IV》の力で高く跳躍した俺は、穴の中に目掛けて熱線を放つ。
あまりの威力に、宙に浮いている俺の体が浮き上がるほどだ。
しかも水分を多く含む土壌のせいか、土の中の水分が熱線によって蒸発し、俺の体を火傷するくらい高音の水蒸気が包んでくる。
だが、俺には《氷の鎧》がある。
それに《温熱耐性 (強)》がある分、熱いものは熱いが苦しむほどではなく、むしろ平気なくらいであった。
「…………《気配察知》の反応はなし、か。死んだからなのか、それとも逃げられたからなのか……分からないな……」
危なっかしくも着地した俺は、精神を研ぎ澄まして《気配察知》を使用するが、範囲内にレッドコアマンティスの反応はない。
いくらレッドコアマンティスであっても、あの高火力な熱線から逃げきれるとは考えにくいため、とりあえずは安心だろう。
「さ、夕方になる前に帰るか」
抜刀していた剣を鞘に収め、ネアが隠れている場所へ向かおうとした瞬間、突如として《気配察知》が反応する。
だがその《気配察知》は、俺ではなくネアの場所へと向かっていき──
『ギギャアァァァアァァアッ!!』
ネアの隠れている場所の数メートル離れた場所で、体が半分ほど焼けてボロボロになっているレッドコアマンティスが、地面から勢いよく飛び出してくる。
もう、レッドコアマンティスもやけになっている。
傍から見てもレッドコアマンティスの体はもう動けないくらいボロボロで、ところどころ欠損しているというのにも拘わらず、レッドコアマンティスはネアに殺意で満ちた鎌を振り下ろしていた。
「──っ! ネ、ネア! 逃げろ!」
やられた。してやられた。
元々、奴の標的は俺ではなく巣を潰した張本人であるネアだったのだ。
考えてみれば、最初レッドコアマンティスが現れたのも、ネアが立っていた場所であった。
どうしてそんな簡単なことを早く理解できなかったのか。
そもそも、本当に奴が俺を殺そうとしていたのなら、わざわざ体力を消費しながらコアマンティスを産まずとも、己の手で俺の首を取りに来るはずだ。
つまり、最初から奴は俺の足止めをするためにコアマンティスを産んでいただけで、俺がコアマンティスに苦戦しているうちにネアを狙おうとしていたのだ。
「(──間に合わない……!)」
剣を抜いて投擲? 間に合わない。
魔法を詠唱し、展開? いや、間に合わない。
《錬成》を使って足止めを──距離が遠すぎて、現実的じゃない。不可能だ。
せめて、ネアが傷を負ったとしても、致命傷でないのなら。
そんな淡い希望を抱き、俺は《風属性魔法》であるエアロカッターを詠唱としようする。
その刹那──ドパンッ! となにかが破裂する音が響き渡り、レッドコアマンティスの動きが固まる。
その後、数秒も経たない内にレッドコアマンティスの頭が、俺の足元に転がり込んでくる。
それから、レッドコアマンティスの体に次々と無数の小さい穴ができていく。
そして、レッドコアマンティスは地表に飛び出してから数秒も経たずに絶命し、巨体を揺らしながらその場で横たわっていた
「…………は?」
素っ頓狂な声を上げる俺の目の前には、手のひらをレッドコアマンティスに向けているネアがいた。
だがそんなネアの前には手のひらよりも小さい、人差し指が入るか入らないくらいの《ゲート》が展開されており、そこからは少しだけ水が滴っていた。
そしてネアはすぐに《ゲート》を閉ざし、安堵のあまり膝をついている俺の元に歩み寄り、身を屈めて顔を覗き込んできた。
『…………レイ? なにしてるの?』
「い、いや……ネア、今なにをしたんだ?」
『……? 少し色は違うけど、あの魔物の弱点は水だってレイが言ってたから』
いや、確かにレッドコアマンティスの弱点は《水属性魔法》なため水も弱点となっているのだが、俺が聞きたいのはそんなことではない。
俺は、攻撃手段を持たないネアがいったいどのような手段を用いて、瀕死ではあったものの暴走しているレッドコアマンティスにトドメを刺したのかが気になるのだ。
「えーと……単刀直入に聞くぞ? ネアは、そいつをどうやって倒したんだ?」
『……この《ゲート》は大きさも調整できる。だから、穴に水を流し込んだときの勢いのまま、穴を小さくしたらさっきレイがやったみたいなことができるかなって』
そう言いながら、ネアは小さな《ゲート》を展開して少量の水を放つ。
だがその威力は目を見張るもので、地面に穴を開けたり太い木の幹を貫通させたりと、弓などの遠距離武器並みと同じくらいか、それ以上の威力が出ていた。
「……まさか、たった一回だけ見せた《熱線球生成・放出》から学んで、その技を生み出したのか?」
『……うん。調整は難しいけど、楽しい。水もまだまだあるから、これでネアも戦える』
「そ、そうだな……それにしても、まさかネアがトドメを刺すなんてな……怖くなかったか?」
『…………うーん……怖いとか、よく分からない。でも、レイの隣にいるとホッとできる』
「……っ。ま、まぁ、そういう話を聞きたかったわけじゃないが……と、とりあえず! これでもうメンクの村にコアマンティスが襲いにかかることはないはずだ。これも、ネアのおかげだな」
俺と目線を合わせるため屈んでいるネアの頭は非常に近い場所にあり、小首を傾げながら見上げてくるネアがあまりにも愛らしく、俺はついネアの頭を撫でてしまう。
だがその途中で俺は自分でなにをしているのかを理解し、ハッと我に返ってネアの頭から手を離した。
「す、すまん! アリサの頭を撫でてやったことを思い出して、つい無意識のうちに頭を撫でてしまった。申し訳ない……!」
頭を下げる俺を前に、ネアは小首を傾げながら俺に撫でられた場所を自分で撫で、なにやら難しい顔をする。
そしてなにを思ったのか、ネアは突然俺の腕を掴んで引っ張ったと思えば、ネアは俺の手を自分の頭に乗せていた。
『これ。よく分からないけど……嫌いじゃない』
「そ、そうか……? それならよかったのだが……」
試しにもう一度ネアの頭を撫でてやると、やはりネアは無表情ではあったものの、今は少しだけ口角を上げながら目をつむっており、少しばかりご機嫌な様子であった。
犬のようであったアリサと違って、ネアの反応はまるで猫のようで、今まで見てきた中で一番愛くるしい姿を見せてくるネアを前に、俺はつい目を逸らしてしまった。
だが、いつまでもこんな森の中でイチャイチャしているわけにもいかないので、俺はネアにレッドコアマンティスの亡骸を《ゲート》の中に保管してもらうよう頼んだ。
それをネアは快く了承してくれ、ネアは《ゲート》の大きさを普段よりも何倍にも拡大し、その《ゲート》を利用して器用にも全長四メートルを超えるレッドコアマンティスの亡骸を飲み込むように包んでいった。
『これで、完璧』
「そうだな。ありがとな、ネア」
また撫でてほしそうに頭を寄せてきたネアの頭を撫でつつも、俺たちは肩を並べて岐路に立つ。
その道中では魔物と出会うことはなく、会話はなかったものの二人で仲良くメンクの村へと向かうのであった──
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