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2. 12歳-2
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初めて会って以来、お母さんは二ヶ月に一度の平日に、その人に和菓子を買ってきてくれるように頼んでいた。その人の家の近所に、お母さんの好きな和菓子屋さんがある。
うちはお父さんの仕事で引っ越すことが多かった。
今までは離れたところに住んでいた。最近になってその人のわりと近所の一軒家に引っ越してからは、うちに来るその人と顔を合わせることが増えた。
その人は自転車で20分くらい離れたアパートに一人で暮らしていた。その人はいつも40分かけて歩いてきたけれど、別に大変そうでもなかった。
日曜日に自転車でその人の家に行ってみた。
驚かれなかった。顔を見て「入れ」とだけ言われた。
六畳の和室と、四帖の台所、小さな風呂とトイレ付きの古いアパート。畳の部屋には大きな窓と大きな本棚があった。窓からの光で明るかった。本棚にはたくさんの本が並んでいた。テレビはなかった。真四角の風呂の浴槽を初めて見た。狭い。ひざをかかえて入るのかもしれない。
「長方形じゃないね」
「昔の建物だから」
質問じゃなかったけれど、その人はおれの目を見て答えてくれた。
それからたびたび、本を持って日曜日にアパートを訪ねた。その人がいれば、部屋でお互いに本を読んだ。いなければ近くの図書館に一人で行った。小さな図書館で、人があまりいなくて好きだった。
その人の本棚を見るのも好きだった。本棚を見れば持ち主がなにに興味があるかわかる。難しい本もあったけれど、日本画の画集、江戸時代の花の絵図鑑、植物の写真集、海の中の写真集や雪の結晶の写真集もあった。自由に見ていいと言ってくれた。
その人と外へ出ることもあった。
「図書館に行くがおまえはどうする」
「散歩に行くがおまえはどうする」
必ず訊いてくれた。訊かれるたび、一緒に行くと言った。歩いてついていった。
そういうひとつひとつが、楽しいと思った。
12歳のときから二年くらい、会いに行き続けた。
その人は、ほかの大人の男の人たちみたいにズボンのポケットに手を入れて立ったり歩くことをしなかった。
おれはズボンのポケットに手を入れている男の人たちがあんまり好きじゃない。格好よさそうにして、内心は嫌なことや苦しいこと、怖いことやさびしいこと、いろいろな本音を隠しているように見えたから。
どうしてポケットに手を入れないのかその人に訊いてみた。
「手を入れていると転んだとき、前に手が出せなくて危ないからだ」
信条的なものではなく現実的な理由だった。
でもその言葉は小学校低学年の頃に聞いた覚えがあった。
「おれのお母さんに、昔言われたの?」
「そうだ」
「言われたこと、ずっと守ってるの?」
「理にかなうことなら破る必要はない」
それはとてもあたりまえのようでいて、ほかの人にはたぶん難しいのだろうと思った。
うちはお父さんの仕事で引っ越すことが多かった。
今までは離れたところに住んでいた。最近になってその人のわりと近所の一軒家に引っ越してからは、うちに来るその人と顔を合わせることが増えた。
その人は自転車で20分くらい離れたアパートに一人で暮らしていた。その人はいつも40分かけて歩いてきたけれど、別に大変そうでもなかった。
日曜日に自転車でその人の家に行ってみた。
驚かれなかった。顔を見て「入れ」とだけ言われた。
六畳の和室と、四帖の台所、小さな風呂とトイレ付きの古いアパート。畳の部屋には大きな窓と大きな本棚があった。窓からの光で明るかった。本棚にはたくさんの本が並んでいた。テレビはなかった。真四角の風呂の浴槽を初めて見た。狭い。ひざをかかえて入るのかもしれない。
「長方形じゃないね」
「昔の建物だから」
質問じゃなかったけれど、その人はおれの目を見て答えてくれた。
それからたびたび、本を持って日曜日にアパートを訪ねた。その人がいれば、部屋でお互いに本を読んだ。いなければ近くの図書館に一人で行った。小さな図書館で、人があまりいなくて好きだった。
その人の本棚を見るのも好きだった。本棚を見れば持ち主がなにに興味があるかわかる。難しい本もあったけれど、日本画の画集、江戸時代の花の絵図鑑、植物の写真集、海の中の写真集や雪の結晶の写真集もあった。自由に見ていいと言ってくれた。
その人と外へ出ることもあった。
「図書館に行くがおまえはどうする」
「散歩に行くがおまえはどうする」
必ず訊いてくれた。訊かれるたび、一緒に行くと言った。歩いてついていった。
そういうひとつひとつが、楽しいと思った。
12歳のときから二年くらい、会いに行き続けた。
その人は、ほかの大人の男の人たちみたいにズボンのポケットに手を入れて立ったり歩くことをしなかった。
おれはズボンのポケットに手を入れている男の人たちがあんまり好きじゃない。格好よさそうにして、内心は嫌なことや苦しいこと、怖いことやさびしいこと、いろいろな本音を隠しているように見えたから。
どうしてポケットに手を入れないのかその人に訊いてみた。
「手を入れていると転んだとき、前に手が出せなくて危ないからだ」
信条的なものではなく現実的な理由だった。
でもその言葉は小学校低学年の頃に聞いた覚えがあった。
「おれのお母さんに、昔言われたの?」
「そうだ」
「言われたこと、ずっと守ってるの?」
「理にかなうことなら破る必要はない」
それはとてもあたりまえのようでいて、ほかの人にはたぶん難しいのだろうと思った。
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