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3. 13歳
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13歳のとき、流星群の極大日が真冬の真夜中だった。
外へ見に行きたかったけれど、両親に言うことをためらった。一人で行くのは危ないと言われるだろうし、深夜二時についてきてくれるはずもない。
その人に話すと「一緒に行くのはかまわない」と言われた。
夕方からアパートに行き、真夜中に外へ出た。20分ほど歩いた先のだれもいない公園で、ベンチに座って流れる星を見た。
星はそう頻繁に流れない。寒さの中で20分や30分は平気で待つ。それでも夜の空を白い尾を引きながら一瞬で星が流れるたびに心が沸き立った。
隣を見るとその人が空を見上げて微笑んでいた。
その人が笑っているところを初めて見た。
「流れたね」
「流れた」
そんな短いやり取りが、この上なくうれしかった。
春になったある日、その人が家に来たとき、早く帰ってきたお父さんが言った。
「いつも息子が家にまでお邪魔して悪いね」
「邪魔だと思ったことはない」
お父さんの周りの空気が冷えたとわかった。
たぶんお父さんは、「そんなことありませんよ」と言いながらも「でももう少し来るのを控えてもらえたら」とそれとなく言ってもらいたかったのだろう。おれがその人になついているから。お父さんよりもずっと。
その人の言い方は嫌味でもお世辞でもなかった。だから余計に、お父さんには不満だったと思う。
数日後、その人の家から帰ってきた日曜日の夜、お父さんが言った。
「お前がたびたび家に来るんじゃ、彼女も作れないだろう」
衝撃を心に受けた。
おれは「恋人を『作る』」という言葉がすごく嫌いだ。
「恋人」という存在だけがほしくて、そのためにだれかを「恋人」の座に据えようとしているようで、相手は都合が良ければだれでもよかったと言っているように聞こえて、お父さんはお母さんをそんな風にして「作った」のかと思うととてつもなく嫌だった。
クラスの男子生徒が「彼女作りたい」と言う声は時々聞こえる。それが「ふつう」なのだとわかっている。でもおれは嫌だった。
今、明確に父親を嫌いだと思った。
でも、おれが父さんに向かって「おれはあなたが嫌いだ」と言ったとして、なんの意味があるんだろう。おれが父さんを嫌いだと思う感情が消えるわけじゃない。心は軽くならない。ただ父さんを傷つけるだけだ。一生、言うまいと思った。苦しかった。
その場にいたくなくて、家を飛び出した。自転車であのアパートまで走った。
夜の九時だった。玄関のドアを開けて再び訪ねたおれを見て、その人は一瞬だけ驚いたあと、「入れ」と言った。
今まで夜の遅い時間に来たことはなかった。
六畳間で向かい合った。おれは正座でうつむいて、その人はあぐらをかいて座った。
「どうした」
「恋人を『作りたい』って思う?」
沈黙があった。たぶん、意味がよくわからなかったのだろう。
「……恋人は『作る』ものではなく、『できる』か『なる』ものだろう。別々の心を持つ人間が二人いるんだ。思い通りに『作る』ことはできない。だから俺は『作りたい』とは思わない」
その言葉を聴いて、目に涙がにじんだ。この人は、他人の心を無意識に従えたりしない。好きになった人の心をだいじにする人だと思った。
「……おれ、父さんが嫌いだ」
畳の上に涙が落ちた。
「人を嫌いになるのは苦しいことだ」
その人はそう言っておれの頭をそっと撫でた。それで十分だと思った。
その人がお母さんに電話をしてくれて、アパートに泊まった。布団は一組しかなかった。布団を横向きにして、二人で分け合って寝た。布団から足がはみ出ていたけれど、寒くはなかった。一つしかない枕を貸してくれた。
「おれがいて困らないの?」
「困らない」
安心して眠った。この人は嘘を言わない。
その日から、もう父さんを「お父さん」とは呼べなくなった。
外へ見に行きたかったけれど、両親に言うことをためらった。一人で行くのは危ないと言われるだろうし、深夜二時についてきてくれるはずもない。
その人に話すと「一緒に行くのはかまわない」と言われた。
夕方からアパートに行き、真夜中に外へ出た。20分ほど歩いた先のだれもいない公園で、ベンチに座って流れる星を見た。
星はそう頻繁に流れない。寒さの中で20分や30分は平気で待つ。それでも夜の空を白い尾を引きながら一瞬で星が流れるたびに心が沸き立った。
隣を見るとその人が空を見上げて微笑んでいた。
その人が笑っているところを初めて見た。
「流れたね」
「流れた」
そんな短いやり取りが、この上なくうれしかった。
春になったある日、その人が家に来たとき、早く帰ってきたお父さんが言った。
「いつも息子が家にまでお邪魔して悪いね」
「邪魔だと思ったことはない」
お父さんの周りの空気が冷えたとわかった。
たぶんお父さんは、「そんなことありませんよ」と言いながらも「でももう少し来るのを控えてもらえたら」とそれとなく言ってもらいたかったのだろう。おれがその人になついているから。お父さんよりもずっと。
その人の言い方は嫌味でもお世辞でもなかった。だから余計に、お父さんには不満だったと思う。
数日後、その人の家から帰ってきた日曜日の夜、お父さんが言った。
「お前がたびたび家に来るんじゃ、彼女も作れないだろう」
衝撃を心に受けた。
おれは「恋人を『作る』」という言葉がすごく嫌いだ。
「恋人」という存在だけがほしくて、そのためにだれかを「恋人」の座に据えようとしているようで、相手は都合が良ければだれでもよかったと言っているように聞こえて、お父さんはお母さんをそんな風にして「作った」のかと思うととてつもなく嫌だった。
クラスの男子生徒が「彼女作りたい」と言う声は時々聞こえる。それが「ふつう」なのだとわかっている。でもおれは嫌だった。
今、明確に父親を嫌いだと思った。
でも、おれが父さんに向かって「おれはあなたが嫌いだ」と言ったとして、なんの意味があるんだろう。おれが父さんを嫌いだと思う感情が消えるわけじゃない。心は軽くならない。ただ父さんを傷つけるだけだ。一生、言うまいと思った。苦しかった。
その場にいたくなくて、家を飛び出した。自転車であのアパートまで走った。
夜の九時だった。玄関のドアを開けて再び訪ねたおれを見て、その人は一瞬だけ驚いたあと、「入れ」と言った。
今まで夜の遅い時間に来たことはなかった。
六畳間で向かい合った。おれは正座でうつむいて、その人はあぐらをかいて座った。
「どうした」
「恋人を『作りたい』って思う?」
沈黙があった。たぶん、意味がよくわからなかったのだろう。
「……恋人は『作る』ものではなく、『できる』か『なる』ものだろう。別々の心を持つ人間が二人いるんだ。思い通りに『作る』ことはできない。だから俺は『作りたい』とは思わない」
その言葉を聴いて、目に涙がにじんだ。この人は、他人の心を無意識に従えたりしない。好きになった人の心をだいじにする人だと思った。
「……おれ、父さんが嫌いだ」
畳の上に涙が落ちた。
「人を嫌いになるのは苦しいことだ」
その人はそう言っておれの頭をそっと撫でた。それで十分だと思った。
その人がお母さんに電話をしてくれて、アパートに泊まった。布団は一組しかなかった。布団を横向きにして、二人で分け合って寝た。布団から足がはみ出ていたけれど、寒くはなかった。一つしかない枕を貸してくれた。
「おれがいて困らないの?」
「困らない」
安心して眠った。この人は嘘を言わない。
その日から、もう父さんを「お父さん」とは呼べなくなった。
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