古狼と獣憑き

ヒノ

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第二章

藍色

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 食事処を出た後、クローヴィアとイーシャはエミナたちに連れられ街の北側にある井戸の側にいた。エミナたちの宿に近いというこの場所は地面が剥き出しのまま舗装されておらず、ちょっとした空き地のようになっている。

「よし、行ってこいデッツ」
「っしゃあ! 勝つぞぉ!」

 クローヴィアらが見守る中、イーシャとエミナの仲間の戦士、デッツが向かい合っていた。互いに武器は手にしておらず、斜めに立つイーシャに対しデッツが構えを取っている。

「つってもエミナさんよぉ。デッツが勝つとは思ってないんしょ?」
「うん。だから誘ったんだもん」

 バンダナ男の問いにエミナは少々残酷な答えを口にする。
 これから始まるのはイーシャの適性試験だ。イーシャにエミナらの仕事に加わるだけの実力があるか、それを試すものである。
 といってもエミナは発言通りイーシャの方が強いだろうと思っているし、仲間たちにもそれに異論を唱える者はいない。それでも試験をやるのは一応の確認と興味のためだ。

(歩き方などの所作は隙が無かったのだが、構え方は戦い慣れているという感じではないな。しかし……)

 イーシャとデッツは身長にほとんど差がない。そして体格はデッツのほうがずっと良い。
 にも関わらず、デッツは全く勝てる気がしていなかった。

(ならあの落ち着き方はなんなんだ。こちらの動きの全てを観察しているようなあの目、どう攻めれば攻撃が届くかビジョンが全く見えん)

 威圧感は牙を持つ獣のそれに近い。金色の瞳が揺らぐことなく獲物デッツを見据えているのだ。

「来ないのか?」
「! ――そうだな。いい加減始めるか」

 これじゃあどっちが試されてるのかわからんな。
 呆れて緩んだ顔を締めつつ、デッツは覚悟を決めた。

「っし、いくぞ!」

 鋭く踏み出し間合いを詰め、右の拳を繰り出す。本気の一撃がイーシャの顔に迫った。

「うわっ、デッツいきなり顔面いった」
「なんかスイッチ入っちゃってませんか!?」

 聖伐部隊の面々は仲間の容赦のない拳に動揺していた。
 が、クローヴィアはわかっている。そのぐらいの攻撃を見切れないイーシャではないと。

 金の瞳は迫る拳をまっすぐ見つめ、寸での所で躱した。一歩横に滑る、最小限の動きだ。
 
(この程度は慌てるまでもないか? だが、こっちもそれはわかってるんだ)

 そのまま右脚を踏み出し、左の拳でイーシャの腹を狙う。防具と呼べるものは着ていないため、まともに喰らえばそれで勝負が決まってもおかしくはない。
 イーシャはこれを右手で受けた。威力が完全に殺されたかのように拳がぴたりと止まる。

「うっ、なに!?」

 拳を引こうにも掴まれたまま抜くことができない。膂力の勝負は大差をつけて負けていた。
 デッツはすかさず踏み出した方とは反対、左脚で蹴りを放つ。

(掴んだ手を離さねぇとガードすらできねぇぜ――)

 しかし、技を繰り出すのが早かったのはイーシャの方だ。

 デッツの視界が回転する。
 踏み出していた右脚に足払いをかけられていた。

「っ――!」

 体勢を崩したデッツは右肩から倒れ込む。
 土の上だったため衝撃はそこまでない。戦いを続行することも可能ではある。しかし――

「そこまで!」

 試験としては十分すぎる結果に、エミナが終了を告げた。

「お姉さんの勝ち! デッツはちょっと熱入りすぎだから!」

 続いた言葉までは耳に入らず、デッツは上体を起こし息を吐いた。

(完敗だったな……)

 ある程度覚悟していた結果とはいえ、彼我の実力差は想像以上だった。上には上がいるとわかってはいても、これだけの差を直接見せつけられればプライドにもひびが入るというものだ。

「立てるか?」

 イーシャが見下ろしていた。その表情は先ほどまでとは違い柔らかなものだ。

「ああ、大丈夫だ。やっぱり強いな、あんた」
「そうだな。私とお前ではいろいろ違いはあるが……まあ、年季の差じゃないか?」
「年季って……」

 乾いた笑いがこぼれた。
 確かにイーシャの見た目はまだ十八のデッツより十は年上でも驚くほどではないが、十年後の自分に同じ動きができるかといえば自信はない。

「なに、お前にはまだまだ時間がある。これからだ」
「そうか…………ま、そうだな」

 腐るにはまだ早いか。
 デッツは頬をぴしゃりと叩き立ちあがった。





 一行は場所を移し、エミナたちが泊まる宿の一階ロビーにいた。丸テーブルを二つくっつけ、囲うようにして座っている。

「じゃ、試験合格ってことで、具体的な仕事の説明をするね」

 クローヴィアたちはまだ仕事内容の詳細は聞いていない。獣退治であるとだけ聞いているが、具体的にどこで、何を討伐するのかは不明だった。
 ただそれ以上に、クローヴィアにとっては聖伐同盟の存在が気掛かりだ。例えば同盟の支部に出向いて何かしなければならないというのであれば、クローヴィアは絶対に断らなければならないと思っている。

 橙級聖伐部隊"神火槍ヴァレッティア"、変身した姿を見せていないイーシャは違うが、クローヴィアは彼らに顔が割れているのだ。
 万が一にでも出くわせばそこからイーシャのことを追及される可能性は高い。

(その辺りはそれとなく聞かないと……)
 
「まず場所ね。あたしたちの故郷のフェイマーって村なんだけど、知ってる?」
「いや、知らないな」

 エミナの問いにイーシャが答える。クローヴィアも名前を聞いたことすらなかった。

「まあそうだよね、特に目立ったとこないし。ナラキアから歩きで二日ぐらいのとこにあるんだけど……そういえば確認してなかった。二人は急ぎでお金がいるの?」

 イーシャは隣に座るクローヴィアの顔を見た。これはイーシャでは答えられない問いだ。

「ええと、それは報酬が貰えるタイミング次第、ですね。仕事自体はある程度長引いても問題ないですけど、報酬が早めに貰えないとそれまでの生活費が危ういかもしれないです」
「ああ、そういう感じなんだ」

 クローヴィアたちの状況が想定とは違ったらしく、エミナは顎に手を当てしばし考え込んだ。

「家とかご飯とかって用意して貰えるかな?」
「まあそこは行って頼んでみるしか。ダメなら何匹か分前払いってことで良いんじゃね?」

 エミナの案にバンダナ男も賛同する。どうやら村の人々の厚意に甘えさせてもらう方針らしい。

「よし、じゃあその辺は何とかなると思うから話を続けるね」

 既に解決した風な口ぶりだが、果たして大丈夫なんだろうか。クローヴィアは内心そう思っていたが、話を進められなくなるので黙っておいた。

「具体的にやってもらうことだけど、村周辺に出る獣の討伐に協力して貰います」
「どんな奴だ?」

 この問いにはエミナの代わりにデッツが答えた。

「稀に藍色級も出るが、ほとんどは四つ牙猪や普通の狼種みたいな紫級の獣だと思っていい」
「紫、か」
「ん? ……ああ、同盟のランク付けには馴染みがないか。まあ簡単に言えば、あんたなら心配いらないってレベルの奴らだ」

(危険度を色の名前で区別しているのか。そういえばクローヴィアもこの間戦った奴らは橙級だと言っていたな)

 記憶を辿りつつ納得する。
 出会ったことのない獣でも危険度を示す指標がわかっていれば退くか否かの方針は決めやすくなる。イーシャは階級の順番を覚えることも課題に加えた。

「まあそういうこと。で、報酬は出来高制、一匹あたりいくらって感じね。レートはあたしたちと同じで払ってもらえると思うから、紫なら三等硬貨二枚、藍色なら五枚だよ」
「らしいが、どうだクローヴィア?」
「うーん……」
  
 イーシャに任せられる話ではもちろんないが、かといって財布を任されたことのない十歳が自信を持って担当できる話でもない。わかっているのは安宿一晩に今日の食費、これらが合わせて三等硬貨三枚分にやや届かない程度という情報だけだ。
 話に乗れば実際に戦うのはイーシャである。ゆえに彼女に損をさせるような仕事は受けられない。
 しばし悩んだのち、クローヴィアは答えを出した。

「はい、条件はそれで問題ないです」

 最下位クラスの獣二匹で一日は暮らせる、それがレートとして適正か否かは正直判断が付かない。しかしエミナらがその条件でやっているのは確かだ。ならば決して悪い話ではないのだろう。
 もちろん彼女らの話が真実であるという前提があるが、ここまでの言動を見る限りエミナが人をだますような人物にはとても思えない。報酬に関しては大丈夫なはずだ。
 
「わかった。じゃああたしたちと一緒に来るってことで良いよね?」
「あっ、その前に確認してもいいですか」

 話がまとめに入ろうとする前にクローヴィアが引き留める。

「いいよ。まだ聞きたいことある?」
「報酬の支払い方についてです。確か聖伐部隊って、同盟を通して報酬を貰うんですよね? 僕たちの分はどうなるんですか?」

 聖伐部隊は聖伐同盟に寄せられた依頼の中から仕事を引き受け、同盟を通して報酬を貰う。では今回のように部外者が立ち入る場合、その報酬の払われ方がどうなるかは疑問だ。
 もしクローヴィアらも同盟の事務所に行かなければならないのなら、それは背負いたくないリスクだ。

「あー、その話はさっきもちらっと言ったけど、この仕事は同盟は通してないんだよね」

 そう説明を始めたのはバンダナ男だ。

「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。普通の仕事は依頼者と俺たちの間に同盟が入るけど、今回のは毎年この時期に故郷の人たちと直接取引してる仕事だからさ。だから普通に、現地で俺たちとは分けて報酬を貰えば良いよ」
「そういう場合もあるんですね」
「普通の依頼だと同盟にマージン持ってかれる分、依頼者は高く払ってるからね。向こうは安く頼める、俺たちは安定して仕事にありつける、お互い得しかしてないってわけ」
「は、はあ……確かにそうですね」

 理屈としてはわかるが、そのやり方が横行すれば依頼の来なくなった同盟は困るのではないだろうか。
 そんな考えが顔に出ていたのか、バンダナ男は少しバツが悪そうに顔を掻いた。

「えーと、一応青級以下の部隊だとこういうのは珍しくないんだわ」
「え……ああ、そうなんですか」
「そそ。緑以上になると固定給あるんだけど、俺らみたいな末端はそういうのないからさ。コネ使ってでも仕事貰わないと大変なのよ」
「なるほど……」

 クローヴィアにとっては意外であり興味深い話でもあった。
 聖伐部隊といえば害を成す獣から人々を守る誇り高き存在で、時には英雄とも称される憧れでもある。しかし実情は、目立った活躍をする者達でもなければ案外世知辛いようだ。

「ま、同盟もある程度はわかっていて目を瞑っているだろうしな。あるいは全く気にしていない可能性すらある」
「結果的に獣が減れば良いってこと? 流石に利益を度外視まではしないっしょ」
「でも未だにルールで禁止されないってことは暗に認めてはいるんでしょうね」

 男たちが同盟の方針について意見を交わしていると、エミナが手を叩いて話を止めた。
 
「はいはいそこまで、とりあえず話をまとめよう。もう質問することはない?」
「はい」

 報酬や仕事内容に問題はなく、聖伐同盟の存在という一番の懸念事項も解消された。ならばひとまず聞くことはない。

「よし、じゃあ最後の確認。あたしたちと一緒に来てくれる?」

 クローヴィアはイーシャの方を向いた。するとちょうど目が合ったので、クローヴィアは首を小さく縦に振った。
 実際に戦うのはイーシャだ。最後に判断を下すのは彼女であるべきだろう

「ああ、よろしく頼む」

 イーシャが迷いなく答えると、エミナの顔は一層明るくなった。

「じゃあ決まり! 出発は明日だから、準備しといてね」

 悪くない話を持ち掛けられ、何とか稼ぎ口は見つかった。
 そのことにクローヴィアは安堵しつつも、しかし心にはもやがかかったままだった。

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