22 / 28
第二章
藍色
しおりを挟む
食事処を出た後、クローヴィアとイーシャはエミナたちに連れられ街の北側にある井戸の側にいた。エミナたちの宿に近いというこの場所は地面が剥き出しのまま舗装されておらず、ちょっとした空き地のようになっている。
「よし、行ってこいデッツ」
「っしゃあ! 勝つぞぉ!」
クローヴィアらが見守る中、イーシャとエミナの仲間の戦士、デッツが向かい合っていた。互いに武器は手にしておらず、斜めに立つイーシャに対しデッツが構えを取っている。
「つってもエミナさんよぉ。デッツが勝つとは思ってないんしょ?」
「うん。だから誘ったんだもん」
バンダナ男の問いにエミナは少々残酷な答えを口にする。
これから始まるのはイーシャの適性試験だ。イーシャにエミナらの仕事に加わるだけの実力があるか、それを試すものである。
といってもエミナは発言通りイーシャの方が強いだろうと思っているし、仲間たちにもそれに異論を唱える者はいない。それでも試験をやるのは一応の確認と興味のためだ。
(歩き方などの所作は隙が無かったのだが、構え方は戦い慣れているという感じではないな。しかし……)
イーシャとデッツは身長にほとんど差がない。そして体格はデッツのほうがずっと良い。
にも関わらず、デッツは全く勝てる気がしていなかった。
(ならあの落ち着き方はなんなんだ。こちらの動きの全てを観察しているようなあの目、どう攻めれば攻撃が届くかビジョンが全く見えん)
威圧感は牙を持つ獣のそれに近い。金色の瞳が揺らぐことなく獲物を見据えているのだ。
「来ないのか?」
「! ――そうだな。いい加減始めるか」
これじゃあどっちが試されてるのかわからんな。
呆れて緩んだ顔を締めつつ、デッツは覚悟を決めた。
「っし、いくぞ!」
鋭く踏み出し間合いを詰め、右の拳を繰り出す。本気の一撃がイーシャの顔に迫った。
「うわっ、デッツいきなり顔面いった」
「なんかスイッチ入っちゃってませんか!?」
聖伐部隊の面々は仲間の容赦のない拳に動揺していた。
が、クローヴィアはわかっている。そのぐらいの攻撃を見切れないイーシャではないと。
金の瞳は迫る拳をまっすぐ見つめ、寸での所で躱した。一歩横に滑る、最小限の動きだ。
(この程度は慌てるまでもないか? だが、こっちもそれはわかってるんだ)
そのまま右脚を踏み出し、左の拳でイーシャの腹を狙う。防具と呼べるものは着ていないため、まともに喰らえばそれで勝負が決まってもおかしくはない。
イーシャはこれを右手で受けた。威力が完全に殺されたかのように拳がぴたりと止まる。
「うっ、なに!?」
拳を引こうにも掴まれたまま抜くことができない。膂力の勝負は大差をつけて負けていた。
デッツはすかさず踏み出した方とは反対、左脚で蹴りを放つ。
(掴んだ手を離さねぇとガードすらできねぇぜ――)
しかし、技を繰り出すのが早かったのはイーシャの方だ。
デッツの視界が回転する。
踏み出していた右脚に足払いをかけられていた。
「っ――!」
体勢を崩したデッツは右肩から倒れ込む。
土の上だったため衝撃はそこまでない。戦いを続行することも可能ではある。しかし――
「そこまで!」
試験としては十分すぎる結果に、エミナが終了を告げた。
「お姉さんの勝ち! デッツはちょっと熱入りすぎだから!」
続いた言葉までは耳に入らず、デッツは上体を起こし息を吐いた。
(完敗だったな……)
ある程度覚悟していた結果とはいえ、彼我の実力差は想像以上だった。上には上がいるとわかってはいても、これだけの差を直接見せつけられればプライドにもひびが入るというものだ。
「立てるか?」
イーシャが見下ろしていた。その表情は先ほどまでとは違い柔らかなものだ。
「ああ、大丈夫だ。やっぱり強いな、あんた」
「そうだな。私とお前ではいろいろ違いはあるが……まあ、年季の差じゃないか?」
「年季って……」
乾いた笑いがこぼれた。
確かにイーシャの見た目はまだ十八のデッツより十は年上でも驚くほどではないが、十年後の自分に同じ動きができるかといえば自信はない。
「なに、お前にはまだまだ時間がある。これからだ」
「そうか…………ま、そうだな」
腐るにはまだ早いか。
デッツは頬をぴしゃりと叩き立ちあがった。
一行は場所を移し、エミナたちが泊まる宿の一階ロビーにいた。丸テーブルを二つくっつけ、囲うようにして座っている。
「じゃ、試験合格ってことで、具体的な仕事の説明をするね」
クローヴィアたちはまだ仕事内容の詳細は聞いていない。獣退治であるとだけ聞いているが、具体的にどこで、何を討伐するのかは不明だった。
ただそれ以上に、クローヴィアにとっては聖伐同盟の存在が気掛かりだ。例えば同盟の支部に出向いて何かしなければならないというのであれば、クローヴィアは絶対に断らなければならないと思っている。
橙級聖伐部隊"神火槍"、変身した姿を見せていないイーシャは違うが、クローヴィアは彼らに顔が割れているのだ。
万が一にでも出くわせばそこからイーシャのことを追及される可能性は高い。
(その辺りはそれとなく聞かないと……)
「まず場所ね。あたしたちの故郷のフェイマーって村なんだけど、知ってる?」
「いや、知らないな」
エミナの問いにイーシャが答える。クローヴィアも名前を聞いたことすらなかった。
「まあそうだよね、特に目立ったとこないし。ナラキアから歩きで二日ぐらいのとこにあるんだけど……そういえば確認してなかった。二人は急ぎでお金がいるの?」
イーシャは隣に座るクローヴィアの顔を見た。これはイーシャでは答えられない問いだ。
「ええと、それは報酬が貰えるタイミング次第、ですね。仕事自体はある程度長引いても問題ないですけど、報酬が早めに貰えないとそれまでの生活費が危ういかもしれないです」
「ああ、そういう感じなんだ」
クローヴィアたちの状況が想定とは違ったらしく、エミナは顎に手を当てしばし考え込んだ。
「家とかご飯とかって用意して貰えるかな?」
「まあそこは行って頼んでみるしか。ダメなら何匹か分前払いってことで良いんじゃね?」
エミナの案にバンダナ男も賛同する。どうやら村の人々の厚意に甘えさせてもらう方針らしい。
「よし、じゃあその辺は何とかなると思うから話を続けるね」
既に解決した風な口ぶりだが、果たして大丈夫なんだろうか。クローヴィアは内心そう思っていたが、話を進められなくなるので黙っておいた。
「具体的にやってもらうことだけど、村周辺に出る獣の討伐に協力して貰います」
「どんな奴だ?」
この問いにはエミナの代わりにデッツが答えた。
「稀に藍色級も出るが、ほとんどは四つ牙猪や普通の狼種みたいな紫級の獣だと思っていい」
「紫、か」
「ん? ……ああ、同盟のランク付けには馴染みがないか。まあ簡単に言えば、あんたなら心配いらないってレベルの奴らだ」
(危険度を色の名前で区別しているのか。そういえばクローヴィアもこの間戦った奴らは橙級だと言っていたな)
記憶を辿りつつ納得する。
出会ったことのない獣でも危険度を示す指標がわかっていれば退くか否かの方針は決めやすくなる。イーシャは階級の順番を覚えることも課題に加えた。
「まあそういうこと。で、報酬は出来高制、一匹あたりいくらって感じね。レートはあたしたちと同じで払ってもらえると思うから、紫なら三等硬貨二枚、藍色なら五枚だよ」
「らしいが、どうだクローヴィア?」
「うーん……」
イーシャに任せられる話ではもちろんないが、かといって財布を任されたことのない十歳が自信を持って担当できる話でもない。わかっているのは安宿一晩に今日の食費、これらが合わせて三等硬貨三枚分にやや届かない程度という情報だけだ。
話に乗れば実際に戦うのはイーシャである。ゆえに彼女に損をさせるような仕事は受けられない。
しばし悩んだのち、クローヴィアは答えを出した。
「はい、条件はそれで問題ないです」
最下位クラスの獣二匹で一日は暮らせる、それがレートとして適正か否かは正直判断が付かない。しかしエミナらがその条件でやっているのは確かだ。ならば決して悪い話ではないのだろう。
もちろん彼女らの話が真実であるという前提があるが、ここまでの言動を見る限りエミナが人をだますような人物にはとても思えない。報酬に関しては大丈夫なはずだ。
「わかった。じゃああたしたちと一緒に来るってことで良いよね?」
「あっ、その前に確認してもいいですか」
話がまとめに入ろうとする前にクローヴィアが引き留める。
「いいよ。まだ聞きたいことある?」
「報酬の支払い方についてです。確か聖伐部隊って、同盟を通して報酬を貰うんですよね? 僕たちの分はどうなるんですか?」
聖伐部隊は聖伐同盟に寄せられた依頼の中から仕事を引き受け、同盟を通して報酬を貰う。では今回のように部外者が立ち入る場合、その報酬の払われ方がどうなるかは疑問だ。
もしクローヴィアらも同盟の事務所に行かなければならないのなら、それは背負いたくないリスクだ。
「あー、その話はさっきもちらっと言ったけど、この仕事は同盟は通してないんだよね」
そう説明を始めたのはバンダナ男だ。
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。普通の仕事は依頼者と俺たちの間に同盟が入るけど、今回のは毎年この時期に故郷の人たちと直接取引してる仕事だからさ。だから普通に、現地で俺たちとは分けて報酬を貰えば良いよ」
「そういう場合もあるんですね」
「普通の依頼だと同盟にマージン持ってかれる分、依頼者は高く払ってるからね。向こうは安く頼める、俺たちは安定して仕事にありつける、お互い得しかしてないってわけ」
「は、はあ……確かにそうですね」
理屈としてはわかるが、そのやり方が横行すれば依頼の来なくなった同盟は困るのではないだろうか。
そんな考えが顔に出ていたのか、バンダナ男は少しバツが悪そうに顔を掻いた。
「えーと、一応青級以下の部隊だとこういうのは珍しくないんだわ」
「え……ああ、そうなんですか」
「そそ。緑以上になると固定給あるんだけど、俺らみたいな末端はそういうのないからさ。コネ使ってでも仕事貰わないと大変なのよ」
「なるほど……」
クローヴィアにとっては意外であり興味深い話でもあった。
聖伐部隊といえば害を成す獣から人々を守る誇り高き存在で、時には英雄とも称される憧れでもある。しかし実情は、目立った活躍をする者達でもなければ案外世知辛いようだ。
「ま、同盟もある程度はわかっていて目を瞑っているだろうしな。あるいは全く気にしていない可能性すらある」
「結果的に獣が減れば良いってこと? 流石に利益を度外視まではしないっしょ」
「でも未だにルールで禁止されないってことは暗に認めてはいるんでしょうね」
男たちが同盟の方針について意見を交わしていると、エミナが手を叩いて話を止めた。
「はいはいそこまで、とりあえず話をまとめよう。もう質問することはない?」
「はい」
報酬や仕事内容に問題はなく、聖伐同盟の存在という一番の懸念事項も解消された。ならばひとまず聞くことはない。
「よし、じゃあ最後の確認。あたしたちと一緒に来てくれる?」
クローヴィアはイーシャの方を向いた。するとちょうど目が合ったので、クローヴィアは首を小さく縦に振った。
実際に戦うのはイーシャだ。最後に判断を下すのは彼女であるべきだろう
「ああ、よろしく頼む」
イーシャが迷いなく答えると、エミナの顔は一層明るくなった。
「じゃあ決まり! 出発は明日だから、準備しといてね」
悪くない話を持ち掛けられ、何とか稼ぎ口は見つかった。
そのことにクローヴィアは安堵しつつも、しかし心にはもやがかかったままだった。
「よし、行ってこいデッツ」
「っしゃあ! 勝つぞぉ!」
クローヴィアらが見守る中、イーシャとエミナの仲間の戦士、デッツが向かい合っていた。互いに武器は手にしておらず、斜めに立つイーシャに対しデッツが構えを取っている。
「つってもエミナさんよぉ。デッツが勝つとは思ってないんしょ?」
「うん。だから誘ったんだもん」
バンダナ男の問いにエミナは少々残酷な答えを口にする。
これから始まるのはイーシャの適性試験だ。イーシャにエミナらの仕事に加わるだけの実力があるか、それを試すものである。
といってもエミナは発言通りイーシャの方が強いだろうと思っているし、仲間たちにもそれに異論を唱える者はいない。それでも試験をやるのは一応の確認と興味のためだ。
(歩き方などの所作は隙が無かったのだが、構え方は戦い慣れているという感じではないな。しかし……)
イーシャとデッツは身長にほとんど差がない。そして体格はデッツのほうがずっと良い。
にも関わらず、デッツは全く勝てる気がしていなかった。
(ならあの落ち着き方はなんなんだ。こちらの動きの全てを観察しているようなあの目、どう攻めれば攻撃が届くかビジョンが全く見えん)
威圧感は牙を持つ獣のそれに近い。金色の瞳が揺らぐことなく獲物を見据えているのだ。
「来ないのか?」
「! ――そうだな。いい加減始めるか」
これじゃあどっちが試されてるのかわからんな。
呆れて緩んだ顔を締めつつ、デッツは覚悟を決めた。
「っし、いくぞ!」
鋭く踏み出し間合いを詰め、右の拳を繰り出す。本気の一撃がイーシャの顔に迫った。
「うわっ、デッツいきなり顔面いった」
「なんかスイッチ入っちゃってませんか!?」
聖伐部隊の面々は仲間の容赦のない拳に動揺していた。
が、クローヴィアはわかっている。そのぐらいの攻撃を見切れないイーシャではないと。
金の瞳は迫る拳をまっすぐ見つめ、寸での所で躱した。一歩横に滑る、最小限の動きだ。
(この程度は慌てるまでもないか? だが、こっちもそれはわかってるんだ)
そのまま右脚を踏み出し、左の拳でイーシャの腹を狙う。防具と呼べるものは着ていないため、まともに喰らえばそれで勝負が決まってもおかしくはない。
イーシャはこれを右手で受けた。威力が完全に殺されたかのように拳がぴたりと止まる。
「うっ、なに!?」
拳を引こうにも掴まれたまま抜くことができない。膂力の勝負は大差をつけて負けていた。
デッツはすかさず踏み出した方とは反対、左脚で蹴りを放つ。
(掴んだ手を離さねぇとガードすらできねぇぜ――)
しかし、技を繰り出すのが早かったのはイーシャの方だ。
デッツの視界が回転する。
踏み出していた右脚に足払いをかけられていた。
「っ――!」
体勢を崩したデッツは右肩から倒れ込む。
土の上だったため衝撃はそこまでない。戦いを続行することも可能ではある。しかし――
「そこまで!」
試験としては十分すぎる結果に、エミナが終了を告げた。
「お姉さんの勝ち! デッツはちょっと熱入りすぎだから!」
続いた言葉までは耳に入らず、デッツは上体を起こし息を吐いた。
(完敗だったな……)
ある程度覚悟していた結果とはいえ、彼我の実力差は想像以上だった。上には上がいるとわかってはいても、これだけの差を直接見せつけられればプライドにもひびが入るというものだ。
「立てるか?」
イーシャが見下ろしていた。その表情は先ほどまでとは違い柔らかなものだ。
「ああ、大丈夫だ。やっぱり強いな、あんた」
「そうだな。私とお前ではいろいろ違いはあるが……まあ、年季の差じゃないか?」
「年季って……」
乾いた笑いがこぼれた。
確かにイーシャの見た目はまだ十八のデッツより十は年上でも驚くほどではないが、十年後の自分に同じ動きができるかといえば自信はない。
「なに、お前にはまだまだ時間がある。これからだ」
「そうか…………ま、そうだな」
腐るにはまだ早いか。
デッツは頬をぴしゃりと叩き立ちあがった。
一行は場所を移し、エミナたちが泊まる宿の一階ロビーにいた。丸テーブルを二つくっつけ、囲うようにして座っている。
「じゃ、試験合格ってことで、具体的な仕事の説明をするね」
クローヴィアたちはまだ仕事内容の詳細は聞いていない。獣退治であるとだけ聞いているが、具体的にどこで、何を討伐するのかは不明だった。
ただそれ以上に、クローヴィアにとっては聖伐同盟の存在が気掛かりだ。例えば同盟の支部に出向いて何かしなければならないというのであれば、クローヴィアは絶対に断らなければならないと思っている。
橙級聖伐部隊"神火槍"、変身した姿を見せていないイーシャは違うが、クローヴィアは彼らに顔が割れているのだ。
万が一にでも出くわせばそこからイーシャのことを追及される可能性は高い。
(その辺りはそれとなく聞かないと……)
「まず場所ね。あたしたちの故郷のフェイマーって村なんだけど、知ってる?」
「いや、知らないな」
エミナの問いにイーシャが答える。クローヴィアも名前を聞いたことすらなかった。
「まあそうだよね、特に目立ったとこないし。ナラキアから歩きで二日ぐらいのとこにあるんだけど……そういえば確認してなかった。二人は急ぎでお金がいるの?」
イーシャは隣に座るクローヴィアの顔を見た。これはイーシャでは答えられない問いだ。
「ええと、それは報酬が貰えるタイミング次第、ですね。仕事自体はある程度長引いても問題ないですけど、報酬が早めに貰えないとそれまでの生活費が危ういかもしれないです」
「ああ、そういう感じなんだ」
クローヴィアたちの状況が想定とは違ったらしく、エミナは顎に手を当てしばし考え込んだ。
「家とかご飯とかって用意して貰えるかな?」
「まあそこは行って頼んでみるしか。ダメなら何匹か分前払いってことで良いんじゃね?」
エミナの案にバンダナ男も賛同する。どうやら村の人々の厚意に甘えさせてもらう方針らしい。
「よし、じゃあその辺は何とかなると思うから話を続けるね」
既に解決した風な口ぶりだが、果たして大丈夫なんだろうか。クローヴィアは内心そう思っていたが、話を進められなくなるので黙っておいた。
「具体的にやってもらうことだけど、村周辺に出る獣の討伐に協力して貰います」
「どんな奴だ?」
この問いにはエミナの代わりにデッツが答えた。
「稀に藍色級も出るが、ほとんどは四つ牙猪や普通の狼種みたいな紫級の獣だと思っていい」
「紫、か」
「ん? ……ああ、同盟のランク付けには馴染みがないか。まあ簡単に言えば、あんたなら心配いらないってレベルの奴らだ」
(危険度を色の名前で区別しているのか。そういえばクローヴィアもこの間戦った奴らは橙級だと言っていたな)
記憶を辿りつつ納得する。
出会ったことのない獣でも危険度を示す指標がわかっていれば退くか否かの方針は決めやすくなる。イーシャは階級の順番を覚えることも課題に加えた。
「まあそういうこと。で、報酬は出来高制、一匹あたりいくらって感じね。レートはあたしたちと同じで払ってもらえると思うから、紫なら三等硬貨二枚、藍色なら五枚だよ」
「らしいが、どうだクローヴィア?」
「うーん……」
イーシャに任せられる話ではもちろんないが、かといって財布を任されたことのない十歳が自信を持って担当できる話でもない。わかっているのは安宿一晩に今日の食費、これらが合わせて三等硬貨三枚分にやや届かない程度という情報だけだ。
話に乗れば実際に戦うのはイーシャである。ゆえに彼女に損をさせるような仕事は受けられない。
しばし悩んだのち、クローヴィアは答えを出した。
「はい、条件はそれで問題ないです」
最下位クラスの獣二匹で一日は暮らせる、それがレートとして適正か否かは正直判断が付かない。しかしエミナらがその条件でやっているのは確かだ。ならば決して悪い話ではないのだろう。
もちろん彼女らの話が真実であるという前提があるが、ここまでの言動を見る限りエミナが人をだますような人物にはとても思えない。報酬に関しては大丈夫なはずだ。
「わかった。じゃああたしたちと一緒に来るってことで良いよね?」
「あっ、その前に確認してもいいですか」
話がまとめに入ろうとする前にクローヴィアが引き留める。
「いいよ。まだ聞きたいことある?」
「報酬の支払い方についてです。確か聖伐部隊って、同盟を通して報酬を貰うんですよね? 僕たちの分はどうなるんですか?」
聖伐部隊は聖伐同盟に寄せられた依頼の中から仕事を引き受け、同盟を通して報酬を貰う。では今回のように部外者が立ち入る場合、その報酬の払われ方がどうなるかは疑問だ。
もしクローヴィアらも同盟の事務所に行かなければならないのなら、それは背負いたくないリスクだ。
「あー、その話はさっきもちらっと言ったけど、この仕事は同盟は通してないんだよね」
そう説明を始めたのはバンダナ男だ。
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。普通の仕事は依頼者と俺たちの間に同盟が入るけど、今回のは毎年この時期に故郷の人たちと直接取引してる仕事だからさ。だから普通に、現地で俺たちとは分けて報酬を貰えば良いよ」
「そういう場合もあるんですね」
「普通の依頼だと同盟にマージン持ってかれる分、依頼者は高く払ってるからね。向こうは安く頼める、俺たちは安定して仕事にありつける、お互い得しかしてないってわけ」
「は、はあ……確かにそうですね」
理屈としてはわかるが、そのやり方が横行すれば依頼の来なくなった同盟は困るのではないだろうか。
そんな考えが顔に出ていたのか、バンダナ男は少しバツが悪そうに顔を掻いた。
「えーと、一応青級以下の部隊だとこういうのは珍しくないんだわ」
「え……ああ、そうなんですか」
「そそ。緑以上になると固定給あるんだけど、俺らみたいな末端はそういうのないからさ。コネ使ってでも仕事貰わないと大変なのよ」
「なるほど……」
クローヴィアにとっては意外であり興味深い話でもあった。
聖伐部隊といえば害を成す獣から人々を守る誇り高き存在で、時には英雄とも称される憧れでもある。しかし実情は、目立った活躍をする者達でもなければ案外世知辛いようだ。
「ま、同盟もある程度はわかっていて目を瞑っているだろうしな。あるいは全く気にしていない可能性すらある」
「結果的に獣が減れば良いってこと? 流石に利益を度外視まではしないっしょ」
「でも未だにルールで禁止されないってことは暗に認めてはいるんでしょうね」
男たちが同盟の方針について意見を交わしていると、エミナが手を叩いて話を止めた。
「はいはいそこまで、とりあえず話をまとめよう。もう質問することはない?」
「はい」
報酬や仕事内容に問題はなく、聖伐同盟の存在という一番の懸念事項も解消された。ならばひとまず聞くことはない。
「よし、じゃあ最後の確認。あたしたちと一緒に来てくれる?」
クローヴィアはイーシャの方を向いた。するとちょうど目が合ったので、クローヴィアは首を小さく縦に振った。
実際に戦うのはイーシャだ。最後に判断を下すのは彼女であるべきだろう
「ああ、よろしく頼む」
イーシャが迷いなく答えると、エミナの顔は一層明るくなった。
「じゃあ決まり! 出発は明日だから、準備しといてね」
悪くない話を持ち掛けられ、何とか稼ぎ口は見つかった。
そのことにクローヴィアは安堵しつつも、しかし心にはもやがかかったままだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
神眼の鑑定師~女勇者に追放されてからの成り上がり~大地の精霊に気に入られてアイテム作りで無双します
すもも太郎
ファンタジー
伝説級勇者パーティーを首になったニースは、ギルドからも放逐されて傷心の旅に出る。
その途中で大地の精霊と運命の邂逅を果たし、精霊に認められて加護を得る。
出会った友人たちと共に成り上がり、いつの日にか国家の運命を変えるほどの傑物となって行く。
そんなニースの大活躍を知った元のパーティーが追いかけてくるが、彼らはみじめに落ちぶれて行きあっという間に立場が逆転してしまう。
大精霊の力を得た鑑定師の神眼で、透視してモンスター軍団や敵国を翻弄したり、創り出した究極のアイテムで一般兵が超人化したりします。
今にも踏み潰されそうな弱小国が超大国に打ち勝っていくサクセスストーリーです。
※ハッピーエンドです
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる