召し使い様の分際で

月齢

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第14章 アーネストvs.令嬢たち

嫁の居ぬ間に

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 青月が碧雲町を発ったその日の夜、浬祥リショウさんがやって来た。
 医師や従業員たちは宿に泊まり、僕と白銅くんは夕方になると問答無用で迎えに来る青月と共に領主の屋敷に戻る習慣ができていたが、それを知ってか知らずか、

「シュドドン、ハッ! シュドドン、ウッ! ウ~ハッ!」

 なんだか聞きおぼえのある調子の歌声が聞こえてきたと思ったら、子猫の出入り用に半開きにしてあった作業部屋の扉がコココン、コン! とノックされ、返事を待たずに「ズダダダーン!」と浬祥さんが現れた。

「ぼく登場! お待たせしたね、子猫ちゃんたち!」
『待ってませんけど!』

 間髪を入れず返した白銅くんに、

「子猫め! どういう出迎えだ! ……って、なんてことだ。ほんとに子猫になってるじゃないか! 人型に戻ったんじゃなかったのか?」
『放っておいてくださいっ!』

 着いて早々というか、いついかなるときも賑やかだなあ、浬祥さん。

「浬祥様、こんばんは~。お疲れ様です」
「やあ、元気にしていたかい? 鯉のリバイバル」
「はい、お陰様で。でも鯉のリバイバルって何ですか?」
「白銅。彼は自分で言ったトンチンカン発言を忘れているね」
『僕も知りませんね。にゃにを言っているんですか浬祥様』
「子猫め! ぼくのみをトンチンカンに仕立て上げるつもりだな!」

 早速会話が弾んでいるので、手早く疲労回復効果の薬草茶を淹れて椅子をすすめると、浬祥さんは片手で子猫を捕まえて肉球パンチを受けながら、「ありがとう!」と腰を下ろした。
 その隙にニョロリと腕から脱出した白銅くんは、ついでに浬祥さんの顎を頭突きして「いでっ!」と言わせて、僕のお膝に戻ってきた。
 ほんとこの二人は仲良しさんだね。

「ずいぶん早いご到着ですね。明日以降かと思っていました」
「ふふん。そりゃあ愛しい男から可愛くおねだりされたら、応えぬわけにはいかないだろう?」
「愛しい男?」

 浬祥さんはグビグビお茶を飲んで「美味い!」とうなずいた。

「寒月さ! 昨日、彼から『死ぬ気で超高速でアーネストのとこまで行って守れ、あいつに何かあったらコロス』と熱烈にお願いされたのさ!」

『それは一般的にはお願いじゃニャく、脅されたと言うのですよ』
「子猫め! 大人の言葉遊びは子供にはわからん!」
「じゃあ、昨日王都を出て、もう着いたということですか? 凄いですね!」

 感嘆の声を上げると、浬祥さんは「ふふん」と長い脚を組んだ。

「虎獣人の脚力と持久力をもってすれば、容易いことさ! とはいえ一族でもこれほど速いのは、ぼくと双子と歓宜姫と陛下くらいではないかと思うが」

皓月コウゲツ殿下は?」

「あの子走れるの? それはともかく、王都を馬橇で出発したぼくは、途中で馬に乗り換えて、夜はお目当ての高級宿に泊まって地元の名物料理に舌鼓を打ち、朝からまた馬を駆り街道の土産物店を冷やかしたりして、こうして辿り着いたというわけさ」

『言うほど自力で走ってニャいですね』
「子猫め!」
『ミャアァァァッ!』

 身を乗り出した浬祥さんが、僕の膝の上から子猫を素早く引っ掴み、あーんと口に入れる振りをした。
 子猫の尻尾がボンッ! と膨らんだところで浬祥さんの手から救出すると、僕の手の中で浬祥さんに向かって「シャーッ!」と威嚇している。
 ぽわ毛が逆立った子猫の手触りもまた、たまらんものですなあ。

「それで浬祥様。双子の急用とは」
「ああ、それは……夜食をいただいたあとで説明するとしよう」

 ちらりと白銅くんに視線を流して、そう言った。
 白銅くんがいるところでは話しづらいことなのかもしれない。

「そうですね。お疲れでしょうし、温泉はいかがですか? 薬膳料理も用意しますから、感想など聞かせていただけたら嬉しいです」
「おお、それは良い! お言葉に甘えるよ!」
『甘えるニャですっ』
「子猫め!」


⁂ ⁂ ⁂


 温泉と食事を堪能した浬祥さんは、泉質も料理の内容と味も最高だと称賛してくれた。
 彼はたくさんの宿や料理屋さんに精通しているようなので、そういう人から褒められるとすごく心強い。

 白銅くんは浬祥さんの食事の最中も何だかんだと言い合っていたが、浬祥さんの膝の上で好物のミルクプリンを分けてもらったりして楽しそうに過ごすうち、こっくりこっくりと舟をこぎ始めた。
 ほぼ寝落ちしている子猫のちっちゃな歯を磨き、膝の上で完全に眠ってしまったところで浬祥さんを見ると、「さて」と彼のほうから話を切り出してくれた。

「双子の『急用』が気になるのだったね」
「はい。何か問題でも起きたのでしょうか」
「いや。まったく問題は無い。が、きみが絡むと大問題になる」
「僕が?」

「そう」と首肯した浬祥さんは、碧雲産の葡萄酒を口に含んで「うーん」とちょっと不満そうに唸ってから飲み込むと、「簡単なことさ」と僕に視線を戻した。

「寒月に繁殖期が来た」
「……あ」

 繁殖期。というと、あの。
 三日三晩でもアレをし続けてしまうので、それが始まったら絶対に近づくなと双子から忠告されていた、あの。

「な、なるほど」

 にわかに頬が火照って、動揺を隠すべく薬湯を飲んだ。
 浬祥さんは「もっとも、今回はすぐ終わりそうだよ」と話を続ける。

「ぼくらは――虎や羆の獣人の繁殖期は、極端なんだ。性交を望む相手がそばにいると猛烈な性欲が何日も止まらなくなるけど、離れていれば半日で終わることもある。今回は幸か不幸か、きみがそばにいなかった」

「じゃ、じゃあ、青月はなぜ」

「これまでの例からいくと、双子の繁殖期はほぼ重なってる。青月もたぶん、繁殖期の前兆があったんだろう。繁殖期を短く終わらせるため、急いできみから離れたんだ」

 そういえば繁殖期について学ばせてもらった藍剛ランゴウ将軍の本にも、『前兆として躰に変化がある』と書かれていた。
 
 しかしそんなにあわてて、逃げるように去らねばならないほど凄まじいものなのか……。改めて、恐ろしいような気持ちになった。

 と同時に、とても申しわけない気持ちにも。
 数が少ないという虎の獣人にとって、繁殖期はとても重要な期間だろうに……僕のせいで、無駄に我慢させるだけの時間になってしまうのか。

 胸中で落ち込む僕の気持ちを知ってか知らずか、浬祥さんはチチチと人差し指を振った。

「繁殖期のことは双子に任せておくのだね。きみが考えるべきことはほかにある、アーネストくん」
「何でしょう?」
「きみの居ぬ間に、婚約者候補だった四人の令嬢たちが、双子の繁殖期を嗅ぎつけて突撃をかまそうとしていたぞ」
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