145 / 259
第19章 勝敗と守銭奴ごころ
ダンスのお相手
しおりを挟む
繻子那嬢と話していると、彼女の向こうの席の壱香嬢が、おそるおそるというように首をのばして、会話に参加してきた。
「あの、ウォルドグレイブ伯爵。お尋ねしてもいいかしら」
おや。
繻子那嬢に続いて壱香嬢まで、やけに低姿勢。
こういう場だから猫を被っているというのとも、ちょっと違うようだし……。
かつて繻子那嬢と共に、この四人の中で真っ先に僕に嫌味を言いに来た二人が、どうしたことか。
「あなたも相当悪いものを食べ」
「「食べてないわよ?」」
二人声を合わせて、食い気味に否定してきた。息ぴったり。
「繻子那様っ。この人、素で失礼ね!?」
「その通りよ、壱香様」
仲良く僕を罵る二人を、久利緒嬢はぽかんと口をあけて見ているけれど。
琅珠嬢は、口角だけ引き上げた笑みを顔に貼りつけたままだ。
その目は、先刻、僕に向けられていた、例のカマキリのような目。
油断なく何かを探るように繻子那嬢を注視するその目は、とても友人を見る目とは思えない。そう思ったら、ぞわっと肌が粟立った。
見ていて気分の良いものではないので、「それで」と注意をこちらに向けて、繻子那嬢への視線を断ち切る。
「どういったご質問ですか? 壱香嬢」
「あなたはかなりの地方に住んでいたと聞いているけど、音楽やら会話術やらあれこれを、どこで学んだの? さぞ高名な教師を招いていたのでしょう?」
壱香嬢も、どんどん素に戻っているなあ。
僕は白銅くんにミルクプリンを取り分け、自分のカップに薬湯を注ぎながら、「とんでもない」と首を横に振った。
「『かなりの地方』の貧乏領主のところへなど、引く手あまたの高名な教師が来てくれるわけがありません。来てくださっても、お手当も払えませんし」
「嘘よ! じゃあどうしてそんなに何でもできるのよ!」
「執事が何でもできたので」
「へ?」
「執事?」
またも息ぴったりに眉根を寄せた二人に、「執事から習ったのです」とうなずいたところで、進行の侍従さんの声が響いた。
「お待たせいたしました! 皆様、最後の項目『ダンス』の会場である大広間へ、ご移動をお願いいたします!」
僕はそのときまで、『大広間』とは今いるこの部屋のことだと思っていた。だが卓と椅子がずらりと設営されたこの部屋は、言わば続き間だったのだと、ようやく気づいた。
巨大な緞帳みたいなタペストリーと、醍牙独特の精緻な文様が透かし彫りされた、これまた巨大な壁のような引き戸が、絡繰り仕掛けでゆっくりひらかれると。
そこが、本物の大広間だった。
皆がぞろぞろと移動していくのを見送って、僕は次の間からじっくりと大広間を観察した。
第一印象は、広い。広すぎる。奥行きだけで遥か遠い。
醍牙に来て講和会議に出たときの『灯華殿』も大きかったけど、あれ以上だ。
ボックス席が五階まであって、歌劇場みたい。もしかして、そういう用途もあるのだろうか。
豪奢なシャンデリアがいくつも眩くきらめいているのを見ていると、腕の中の白銅くんが、
『一万三千人ほどが踊れる広さだそうです』
と教えてくれた。
体格の良い醍牙人が一万三千人、くるくると大円舞できるとは凄い。
『僕も実際に入ったのは初めてなんです……おっきいにゃあ……すごいにゃあ……』
見上げすぎて口があいてる愛らしい子猫に、僕は「ほんとだねぇ」と相槌を打った。本当に、なんて、なんて。
なんて不経済なんだ……!
寒冷地なのにこんな高い天井では、暖気がどんどん上に逃げていくではないか。
おっきな暖炉も複数あるし、燭台も星空みたいにたくさん灯っているけれど、それらのひと冬の維持管理費だけで、ダースティンの領民全員が半年は遊んで暮らせそう。
いや、わかるけども。ここはおそらく外交の場で、国の威信を見せつける重要な役割があるんだろうとはわかっているし、不経済とか言ってる場合ではないのだろうけども。
でも、つい考えずにはいられないんだ。
……あのシャンデリアをひとつ、ブチッともいで売りに出したら、借金いっぱい返せるだろうなあ……!
まったく夢も威信も無い発想をしていたら、白銅くんが心配そうに、
『こんにゃ広いところで踊ったら、疲れちゃいそうですよね。大丈夫ですか……?』
僕が体力の心配をしていると思ったらしく、気遣ってくれた。
「大丈夫、ありがとう。白銅くんは本当に優しいねえ」
『えへへ~』
ごめんよ。体力の心配じゃなく、シャンデリアの売却価格の見積もりをしていた僕を許しておくれ。
そうこうするうち、ダンスのパートナーが現れた。
壱香嬢のお相手は、入場したときと同じく、父親の蟹清伯爵。
白銅くんが今日も真顔で
『やっぱり頭に小さい巻きうんこが乗ってるみたいですね』
と感想を述べたので、こらえきれずにちょっと吹き出したが。
けど、ヘアスタイルはともかく、蟹清伯爵も双子ほどではないが背が高くて、壱香嬢と身長のバランスが良さそうだ。
それにきっと彼も、ダンスには自信があるのだろう。
僕のパートナーは……双子にお願いできればよかったけど、『公平な競い合い』ゆえ、僕だけ双子と踊るわけにもいかず。
最初は、入場時と同じく刹淵さんにお願いして、了承してもらっていたのだけれど。
話を聞きつけた別の人物が、「だったら自分が」と引き受けてくれた。
父親と動きを確認していた壱香嬢が、そして蟹清伯爵も、僕のダンスパートナーに気づいてギョッと目を剥いた。
「……本気?」
「あの、ウォルドグレイブ伯爵。お尋ねしてもいいかしら」
おや。
繻子那嬢に続いて壱香嬢まで、やけに低姿勢。
こういう場だから猫を被っているというのとも、ちょっと違うようだし……。
かつて繻子那嬢と共に、この四人の中で真っ先に僕に嫌味を言いに来た二人が、どうしたことか。
「あなたも相当悪いものを食べ」
「「食べてないわよ?」」
二人声を合わせて、食い気味に否定してきた。息ぴったり。
「繻子那様っ。この人、素で失礼ね!?」
「その通りよ、壱香様」
仲良く僕を罵る二人を、久利緒嬢はぽかんと口をあけて見ているけれど。
琅珠嬢は、口角だけ引き上げた笑みを顔に貼りつけたままだ。
その目は、先刻、僕に向けられていた、例のカマキリのような目。
油断なく何かを探るように繻子那嬢を注視するその目は、とても友人を見る目とは思えない。そう思ったら、ぞわっと肌が粟立った。
見ていて気分の良いものではないので、「それで」と注意をこちらに向けて、繻子那嬢への視線を断ち切る。
「どういったご質問ですか? 壱香嬢」
「あなたはかなりの地方に住んでいたと聞いているけど、音楽やら会話術やらあれこれを、どこで学んだの? さぞ高名な教師を招いていたのでしょう?」
壱香嬢も、どんどん素に戻っているなあ。
僕は白銅くんにミルクプリンを取り分け、自分のカップに薬湯を注ぎながら、「とんでもない」と首を横に振った。
「『かなりの地方』の貧乏領主のところへなど、引く手あまたの高名な教師が来てくれるわけがありません。来てくださっても、お手当も払えませんし」
「嘘よ! じゃあどうしてそんなに何でもできるのよ!」
「執事が何でもできたので」
「へ?」
「執事?」
またも息ぴったりに眉根を寄せた二人に、「執事から習ったのです」とうなずいたところで、進行の侍従さんの声が響いた。
「お待たせいたしました! 皆様、最後の項目『ダンス』の会場である大広間へ、ご移動をお願いいたします!」
僕はそのときまで、『大広間』とは今いるこの部屋のことだと思っていた。だが卓と椅子がずらりと設営されたこの部屋は、言わば続き間だったのだと、ようやく気づいた。
巨大な緞帳みたいなタペストリーと、醍牙独特の精緻な文様が透かし彫りされた、これまた巨大な壁のような引き戸が、絡繰り仕掛けでゆっくりひらかれると。
そこが、本物の大広間だった。
皆がぞろぞろと移動していくのを見送って、僕は次の間からじっくりと大広間を観察した。
第一印象は、広い。広すぎる。奥行きだけで遥か遠い。
醍牙に来て講和会議に出たときの『灯華殿』も大きかったけど、あれ以上だ。
ボックス席が五階まであって、歌劇場みたい。もしかして、そういう用途もあるのだろうか。
豪奢なシャンデリアがいくつも眩くきらめいているのを見ていると、腕の中の白銅くんが、
『一万三千人ほどが踊れる広さだそうです』
と教えてくれた。
体格の良い醍牙人が一万三千人、くるくると大円舞できるとは凄い。
『僕も実際に入ったのは初めてなんです……おっきいにゃあ……すごいにゃあ……』
見上げすぎて口があいてる愛らしい子猫に、僕は「ほんとだねぇ」と相槌を打った。本当に、なんて、なんて。
なんて不経済なんだ……!
寒冷地なのにこんな高い天井では、暖気がどんどん上に逃げていくではないか。
おっきな暖炉も複数あるし、燭台も星空みたいにたくさん灯っているけれど、それらのひと冬の維持管理費だけで、ダースティンの領民全員が半年は遊んで暮らせそう。
いや、わかるけども。ここはおそらく外交の場で、国の威信を見せつける重要な役割があるんだろうとはわかっているし、不経済とか言ってる場合ではないのだろうけども。
でも、つい考えずにはいられないんだ。
……あのシャンデリアをひとつ、ブチッともいで売りに出したら、借金いっぱい返せるだろうなあ……!
まったく夢も威信も無い発想をしていたら、白銅くんが心配そうに、
『こんにゃ広いところで踊ったら、疲れちゃいそうですよね。大丈夫ですか……?』
僕が体力の心配をしていると思ったらしく、気遣ってくれた。
「大丈夫、ありがとう。白銅くんは本当に優しいねえ」
『えへへ~』
ごめんよ。体力の心配じゃなく、シャンデリアの売却価格の見積もりをしていた僕を許しておくれ。
そうこうするうち、ダンスのパートナーが現れた。
壱香嬢のお相手は、入場したときと同じく、父親の蟹清伯爵。
白銅くんが今日も真顔で
『やっぱり頭に小さい巻きうんこが乗ってるみたいですね』
と感想を述べたので、こらえきれずにちょっと吹き出したが。
けど、ヘアスタイルはともかく、蟹清伯爵も双子ほどではないが背が高くて、壱香嬢と身長のバランスが良さそうだ。
それにきっと彼も、ダンスには自信があるのだろう。
僕のパートナーは……双子にお願いできればよかったけど、『公平な競い合い』ゆえ、僕だけ双子と踊るわけにもいかず。
最初は、入場時と同じく刹淵さんにお願いして、了承してもらっていたのだけれど。
話を聞きつけた別の人物が、「だったら自分が」と引き受けてくれた。
父親と動きを確認していた壱香嬢が、そして蟹清伯爵も、僕のダンスパートナーに気づいてギョッと目を剥いた。
「……本気?」
211
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。