ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第7唱 純粋な心

ラピス、拝まれる

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 星殿に入る前から、なんとも言えないにおいが漂ってきた。
 各地で被災者や病人の救助にあたってきジークは、すぐにその原因に気づいたらしく、ラピスの鼻を面布マスクで覆ってくれた。
 建物に入ると、においが何十倍も強烈になる。汗や体臭、血と排泄物などが入り混じり、えたにおいが充満していた。
 その中に横たわり、あるいはぐったりと背を丸めて座り込む、たくさんの病人たち。

 素朴な造りの星殿は、外見から想像したより広く、高さも奥行きもある。
 椅子等が撤去された室内には、寝台もいくつか用意されてはいるが、全員が使える余地はなく、多くは藁と敷布を敷いた床に寝かされていた。祭壇以外の使える床は全部、病床代わりだ。

 ラピスは、こうした生々しい痛苦に満ちた現場に立ち入るのは初めてだった。
 痛みに呻き、苦しさに身をよじり、発疹を掻きむしり、喀血する人々。
 自分より小さな子もいる。見ているだけでもつらくて、彼らの苦しみが我が身に迫ってきて、とこに臥した母の姿とも重なり、震えがくるほど胸が痛んだ。

(でも、でも。この人たちは助かるんだ。助けるんだ!) 

「大丈夫?」
「大丈夫か?」

 顔色を変えたラピスに気づいたのだろう。町長とジークが心配そうに声をかけてきたが、はっきりとうなずいた。
 手立てはある。できることがある。その方法を古竜が教えてくれた。それはなんて幸せなことだろう。

「大丈夫です! 早速、お薬の準備を始めましょう!」

 凛々しく宣言したつもりが、「しんどくなったら、すぐ言うこと」と心配されたままだったが。まず段取りを確認していると、出入り口のそばにうずくまっていた老爺が目をひらいた。

「ああ、ベスターさん……戻ってきてくれたのか……」
「当たり前でしょう! ごめんなさいね、雪で家から出られなくなっていたの。でもね、心強い方たちが助けに来てくれましたからね!」
「心強い……?」

 周囲の人たちもだるそうにこちらを向く中、町長はラピスとジークを手で示した。

「こちらは、王都の第三騎士団団長のアシュクロフト様と! 、噂の大魔法使い様のお弟子さんである、ラピスくんよ!」

 ズンと進み出て、「気にせず楽にしていてくれ」と会釈した大柄なジークに注がれた皆の視線が、次いで、ジークの横からぴょこっと顔を覗かせたラピスに下がった。
 すかさず面布を外して頭を下げる。

「こんにちは、ラピス・グレゴワールです! すぐにお薬の準備を始めるので、もう少しお待ちください!」

 ぽかんと口をあけた人々に向かって、にっこり笑う。
 すると、最初に話しかけてきた男性が、落ちくぼんだ目を潤ませ、両手を合わせた。

「ベスターさん……天の御使いを連れてきなすったか……」
「ええっ!? 違いますよ、ラピスくんはね」

 町長が訂正しようとするも、次々、横たわったまま手を組む人たちが続出する。

「なんとまあ、眩しいような御子だよお……」
「最後に目にするのが、こんな綺麗な天使様で、よかっ……ゴフッ」
「ちょっとお待ちなさい! 誤解よ、ここはまだあの世ではないわ! 気をしっかり持って!」

 町長があわてて駆け寄る。
 彼らが心配ではあったが、なぜか励まそうとするたび涙を浮かべて拝まれるので、(病気の方に気を遣わせちゃいけないな)と、やはり薬作りを最優先することにした。
 だがそのとき、ジークがハッと息を呑んで、「プレヒト!」と叫んだ。

(プレヒトさんって確か、伝書鳩でロックス町の現状を知らせてくれた騎士さん!?)

 ラピスもジークの視線の先を追う。
 そこには壁に寄りかかって半身を起こし、弱々しく手を振る青年がいた。

「団長、ラピスくん……」  

 笑ってみせるが、頬にも首にも発疹が出ている。
 懸命に疫病の情報を送ってくれた彼も、その後感染していたのだ。
 ほかにも、「来てくれたんですね、団長」と泣き笑いを浮かべている者が何人かいる。魔法使いの護衛にあたっていた騎士たちだろう。

 床は病人たちでいっぱいで、足の踏み場もない。ジークは部下のもとへ駆け寄ることもできぬまま、固くこぶしを握り締めた。

「すぐに助ける。もう少し辛抱してくれ」

 低いがよく通る声に、騎士たちは嬉しそうにうなずいた。

「信じています……団長と、ラピスくんだから」
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