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第一部 婚約破棄されました
15、叶恵さんの新しい年:下
しおりを挟む「ねーちゃんめんどいから蚊取り線香買ってきて」
「頼まれたのアンタでしょ」
「だからめんどいからって言ってるじゃん」
そう言って勝手に部屋に入ってきては、我が物顔で芽衣子は漫画を手に取った。家に置いていってたやつだけど、この慣れた様子だと好きに持ち出しまくってるに違いない。
あれ?これ最新刊まである?
…うむ、読み漁るのを許可してやってもよいぞ
ついついまだ未読の最新刊を手に取っていると、芽衣子はごろんと横になって漫画のページを捲った。最近は買うのも高いしと手が出せて無かったのよねぇ
「まぁ行ってあげるわ」
「ありがとー。それの最新刊超おもろいよ」
「ほんと」
ぱらぱらと捲る音だけが響く。
なっ、まさか超合体の先に超進化を持ってくるのか、これ最早インフレを楽しむ漫画だな…、確かに面白いといえば面白い…?
シュールさが増しているが地味に読み進んでしまう謎の魅力の漫画を捲っていると、妹がぺたりと床にうつ伏せた。漫画に飽きたらしい。
「ねーちゃんさぁ、あれ嘘でしょ。下手すぎ」
「何が?」
「いいけどさ、何で怒んないの。あんなんじゃアイツ等全然ダメージないようなもんじゃん」
「またその話? いいのよ、大人には大人の解決法ってのがあるの」
「太ったね」
「うるさい」
食べまくるのに太らない妹に対して今怒気が湧いたわ
「ねーちゃんが母さんと父さん譲りの平和主義者ってのは分かるけどさぁ、代わりにもっとぼこぼこに殴っとくよ?」
「別にいらないわよ。もう怒ってないんだって」
「姉ちゃんあんなに好きだったのに? あの無神経野郎達、姉ちゃんに結婚式の招待状とか送ってくるって」
「お金包むのは流石に嫌ねぇ」
「そこなの。いいじゃん慰謝料だっけ? 貰えたんでしょ」
「そうね、どうせだしお年玉にする?」
「よっしゃ~」
あれとコレとあれも欲しいと並べるラインナップに、どれも漫画じゃないかとデコピンしていると、額を押さえた芽衣子が口を尖らせ呟いた。
「母さんは気付いてあげられなかったのかしらって落ち込んでるよ」
「母さんはそれがいいところなのにね」
優しく厳しい父と、呑気で人の良い母、めんどくさがりで敏い妹。家族が好きだからこそ頼って迷惑をかけたくなかった。それを父が見守りを持って見ていたのも、母が大らかさを持っていつもどおりに迎えてくれたのも、妹が拗ねた思いを持って待っててくれたのも、帰ってからより実感してしまう。
「あんた達のお陰で立ち直れてるんだって」
「よく言うよ、全然頼らないくせに」
さらさらした妹の髪を梳く。妹は無言でされるがままだ。
「ウチはさぁ心配だよ、ねーちゃん何でも1人でやるし。自分のことには案外鈍感だし」
「うそ、結構敏い方だと思ってるけど」
「はいはい乙乙」
「スラングを若い子が使わないの」
「ねーちゃん痛い」
デコピンセカンドをしてやりながら、よっこいしょと立ち上がる。さて、そろそろお酒買いに行くかな
「じゃ行ってくるわ」
「甘いのもよろしく~」
「あったらね」
「姉ちゃん」
「なぁに」
「二人、当分帰らないってさ。会えるの、最後じゃない?」
「…そう」
コートとマフラーを羽織って外に出る。雪が積もった外は視覚的にも体感的にもとても寒い。
ええっとお酒とおつまみとコバエ取りとゴミ袋と…、新たに追加されたそれらを指折り数えつつ、はぁっと白い息をたなびかせながら、引っ張り出したカイロを片手に私はざくざくと雪道を踏み進んだ。
◇
もぉーいーくつねーるーとー、おーしょーうーがーつーっと
意外と重くなってしまった袋を片手によろよろと帰っていると、道の先に人影があった。こんな時間に誰だろうとその背中に目を凝らしてみて困惑。
おおう、困った、声を掛けるか掛けざるべきか
迷っていると人影が振り向いた。
目が合ってお互い困って苦笑。流石にここで無視しあうのもあれかと隣りに並んで歩き始めた。
これは蛇足の様な、おまけの物語なんだろう
雄輔と二人、並んで歩く。
「何買ったんだ?」
「お神酒と篭もりグッズよ、そっちこそこんな時間に何してんのよ」
「煙草だよ、コンビニまで遠いから自販機行ってた」
「あんたも結婚して子供作る気ならやめなさいよね」
「わかってるよ」
一本咥えてライターを鳴らす。無駄に拘ってゼンマイ式のやつにしてるが、使いやすさを考えるとプッシュ式の方がいいのにと毎度思ったものだ。
「ガス欠じゃない?」
「まじか」
「着火マンならあるけど」
「燃やされそうだな」
「祭りの恨みよ」
うるさい声は無視して着火マン点火。昔はとんど祭りのマキを持って私を追い掛け回しもしてたのだ、着火マン如きでもごもご言うんじゃない! このいじめっ子め!
苦い七つ星の香りが空気に混じる。
白い煙を目で追えば満天の星空が映った。
「冬の大三角も結構見えるわね」
「お前いい加減名前覚えたか?」
「そ、そりゃ勿論覚えてるわよ。シリウスでしょ、ペテ、プ…、プロテイン?」
「筋肉増強してどうする。ほら、あっちがベテルギウスでプロキオンな」
「うるさいわね。あんたがカッコつけて放課後残ってまで辞典と望遠鏡片手に覚えたやつなんて知らないわよ。付き合わされたお陰でインフルに掛かったんだから」
「よく知ってるじゃねぇか」
雄輔の左手が少し動いて、ぎこちなく煙草を咥えなおす。
私も鉄板アイアンクローを避けねばと左に1歩ずらしていた脚を何でもない風にまた動かした。
「電話越しで泣いてたって」
「気のせいじゃない」
「俺はお前がずっと隣りを走ってる強い女だって知ってた」
「まぁその点は頑張ってたし」
「だからいつの間にか甘えてた」
「えっ、今更その話? 幼稚園時代から幾度となくおねしょの隠蔽を手伝わされてたのに? あれを甘えと言わずになんて言うのよ。小五の時にあんたがまさか――」
「俺が悪かった」
「わかればいいのよ」
大袈裟にえらぶってみる。それこそ今更の話だ。お互い長く一緒に居過ぎたから、自分に対して無頓着になるように、相手のことに鈍感になってしまっていた。それだけの話である。
私の口元からも白い息がたなびく。煙草よりも無味無臭、その癖やけに飲み込みにくかった。
「仕事、どんな感じ?」
「そうだな、心機一転別の所でやり直す予定」
「あっそ。借金だけはこさえないようにね」
「まぁ大人しくリーマンやっとくよ」
「よく言う」
軽く笑いがこぼれ合う。
揃う砂利道の音。すすき野が風に揺れる音。ふぅーっと吐く息遣い。
この時間が続けばなんて思わない
ただこの時間を感じる気持ちをなんと言えばいいのだろう。
狭間の時間
今年の最後だから生んでくれたのか
傍から見たら何でもない日常の様な穏やかに凪ぐ時間
感情が混じり混ざった、冬空の様に静かな灰色の時間
「当分帰らないんだってね」
「芽衣子か? ああ、折り合いが上手くつかなくてな…。お前も気を遣って色々話してくれてたんだろ、悪かったな」
「それは大袈裟にしたくなかったから勝手にやっただけで、別にいいのよ。それよりも、今そんな険悪なの?」
「いや…、お互い腫れ物に触るみたいな感じだな」
そう言って雄輔は無意識といった感じで頬を摩った。暗がりでわからなかったが、よく見れば両頬に青あざがある。雄輔のご両親はどちらも血気盛んで義理人情に熱いタイプだから、どちらかに殴られたんだろう。昔から何かと拳で語りあってたのもあるし、私のことも娘の様に可愛がってくれてたし。
青あざについては触れない。今は美樹さんに対しても扱いに困っているのだろうが、時間を置けばそのうち彼等ならと私は思う。
でもな雄輔……
「あんた馬鹿でしょ」
「いきなりなんだ」
「何そんな状況で美樹さん置いて呑気に煙草買いに来てんの。デリカシー無し男め! いい? あんたの居た堪れなさの十倍絶対居た堪れないんだからっ、ご両親も美樹さんもね! 言っちゃあ何だけど言わば敵地でしょ? 敵地に来たんだったらお互いしか味方いないって心地で一緒にいなさい!」
「お、おう」
目を丸くして此方を見下ろす雄輔のケツを蹴りあげる。
「痛って! お前の世話焼きグセも変わんねぇな」
「別名あんたの後処理係でしょうが! これから先は全部美樹さんに押し付けることになんだから、勿論分かってるでしょうね」
「……分かってるって」
わざとらしく摩りながら噛み締める様に雄輔は答えた。
蹴り上げた際に落とした煙草を雄輔が拾いあげる。携帯灰皿に入れられ火が消える。
分かれ道。一緒の帰り道はここでおしまい。狭間の時間ももうおしまい。
すると遠くから心配げな美樹さんの呼び声が聞こえた。
迎えが来たようである。
少し離れた位置で美樹さんは立ち止まった。
視線は雄輔ただ一人に注がれている。
そりゃ杞憂だけど不安になるし心配するだろう。それでも信じてるといった様子でじっと動かず佇んでいる。よくあるドラマの中の様な敵役になるとは、人生何があるか分からないものだ。いや、ドラマになるのだから、意外とありふれたことなのだろうか。ただ一つ分かるとするなら、私は、眩しい主人公にはなれない。
あーあ、まだ若いのに敵地まで来て、ほんと、こんな出会いじゃなければ根性を持ったいい部下になっただろうにとそんな雑念が浮かんで思わず笑ってしまった。
驚いた顔の美樹さんは、もっと睨まれるとでも思ってたのかな
「じゃね」
「なぁ叶恵」
振り切る様に一声だけ掛けて一歩踏み出せば、独り言の様に呼び止められた。
「これ、受け取ってくれねぇか」
差し出された手に握られてるのは、強く握り締められたまだ中身のある七つ星と空のライターと携帯灰皿
星灯りと月光に照らされる腕
俯いて影になって分からない顔
けじめ? 後処理? 未練?
ふっと私は笑ってやった。
「あんたからのプレゼントなんて受け取るもんか」
自分でも、いっそ朗らかに笑えた気がした。
雄輔の腕から力が抜ける。
月明かりが当たって見えた顔は、甘いものを飲んだ様な、それでもどこか憑き物が落ちた笑顔だった。
「そうだな。禁煙するか」
「保たないに一票入れてあげる」
「今度は勝つぞ?」
「毎回負けるのに? じゃあ負けるにも一票で」
美樹さんが恐る恐る一歩近づく度に私も一歩ずつ道を進む。二人から離れる。
背を向けたからもう後ろのことは分からない。
前に見えるのは曲がりくねったでこぼこの道。
「じゃあな」
「またね」
澄んだ冬空に2つの声が溶けていった。
「ただいまー」
「あ、あねやんおかえり~、遅かっ……姉ちゃん?」
「ん、ただいま」
「…ん、お疲れ様」
重かった荷物を置いて、鼻を擦って、私はぐいっと背を伸ばした。
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