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第23話 戴冠式と涙の別れ

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戴冠式当日。
魔王城の大広間は、数百人の貴族や重臣たちで埋め尽くされていた。
壁には魔国の紋章が飾られ、天井からは魔法の光が優雅に降り注いでいる。
広間の中央には、赤い絨毯が敷かれた通路。
その先に、二つの玉座。
一つは、魔王ゼノギアスが座る玉座。
もう一つは、空いている。これから、イグニスが座る玉座だ。
俺は、広間の貴賓席に座っていた。
隣には、フラーラさん。
エルフの正装を纏い、金色の髪を優雅に結い上げている。
「緊張してる?」
フラーラさんが、小声で聞く。
「はい……こんな大きな式典、初めてで……」
「大丈夫よ。あなたは、もうここの一員なんだから」
フラーラさんが、優しく微笑む。

その時、ラッパの音が響いた。
ファンファーレ。
広間の扉が開き、イグニスが入ってくる。
白と金の礼服を纏い、マントを羽織っている。
その姿は、これまでのイグニスとは違う。
凛としていて、堂々としている。
佳奈が、広間の片隅で見守っている。
彼女の目には、涙が浮かんでいる。

イグニスが、ゼノギアスの前に跪く。
「我が息子、イグニス・ゼノギアス」
魔王の声が、広間に響く。
「汝は、魔国の王となる覚悟があるか」
「はい、父上」
イグニスの声は、震えていない。
「我が民を守り、魔界の平和を守る覚悟があります」

ゼノギアスが、立ち上がる。
そして、自らの王冠を外した。
「ならば、この冠を授けよう」
ゼノギアスが、イグニスの頭に王冠を載せる。
「今日より、汝は魔王イグニスである」
広間が、静寂に包まれる。
それから、一斉に拍手が起こる。
パチパチパチパチ!
イグニスが、立ち上がり、空いていた玉座に座る。
その瞬間、玉座が光り始めた。
魔力が、イグニスに注がれていく。
これが、戴冠の儀式。
魔王の力が、正式にイグニスに移される瞬間だ。

光が収まると、イグニスが全員を見渡す。
「我が民よ」
イグニスの声が、広間に響く。
「私は、まだ未熟だ。父上のような偉大な王には、まだ遠く及ばないだろう」
「だが、私はここに誓う」
イグニスが、拳を握る。
「人と魔が共に生きる世界を、必ず実現すると」
「地球と魔界が、友好的に交流できる未来を、作り上げると」
「そのために、私は全力を尽くす」

広間が、再び拍手に包まれる。
俺も、拍手する。
フラーラさんも、嬉しそうに拍手している。
「イグニス、成長したわね」
「はい……本当に」
俺は、イグニスの姿を見つめる。
あの時の、認められたくて暴走していた王子とは、まるで別人だ。

式典が終わり、祝賀会が始まった。
広間には、豪華な料理が並べられる。
貴族たちが、イグニスに次々と挨拶に来る。
俺とフラーラさんは、少し離れた場所で料理を楽しんでいた。
「佐伯雄一」
声をかけられて振り返ると、ゼノギアスさんが立っていた。
「あ、ゼノギアスさん」
「こちらへ来てくれ」
ゼノギアスに促されて、俺は広間の中央へ向かう。
フラーラさんも、一緒に来る。

ゼノギアスさんが、全員に向かって声を上げる。
「皆、聞いてくれ」
広間が、静かになる。
「今日、もう一つ、発表がある」
ゼノギアスが、俺を指差す。
「この者、佐伯雄一を、異世界ランドの統括マネージャーに任命する」
「え……」
俺は、驚いて固まる。
「統括マネージャー?」
「ああ。地球側の施設運営、全てを統括する責任者だ」
ゼノギアスさんが、満足そうに頷く。

「彼は、イグニスの代役を見事に務めあげ、さらに多くの功績を残した」
「そして、何より……人と魔の架け橋となる資質を持っている」
「だから、この役職を授ける」
広間が、再び拍手に包まれる。
俺は、戸惑いながらも、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。精一杯、務めさせていただきます」

祝賀会が続く中、突然、異変が起きた。
広間に隣接するホールに設置されていた、地球へのポータルが激しく揺れ始めたのだ。
ビリビリビリ!
空間が、歪んでいく。
「何だ!?」
貴族たちが、騒ぎ始める。

カオスが、慌てて駆け寄る。
「まずい……ポータルが不安定になっている!」
「どうして!?」
俺も駆け寄る。
「わからない……理論上は完璧だったのに!」
カオスが、魔法陣を展開して分析を始める。
「魔力の流れが……乱れている……これは……」
ポータルの扉が、ゆっくりと閉じ始める。
「このままでは、扉が完全に閉じてしまう!」

「私が!」
メリーナが、前に出る。
白い聖女の衣装で、杖を掲げる。
「聖女の力で、ポータルを安定させます!」
「メリーナ、できるのか?」
「やります! 私、たまには役に立つの!」
メリーナが、杖を振る。
柔らかい光が、ポータルを包む。
揺れが、収まる。
でも、完全には止まらない。
「くっ……これが限界……」
メリーナが、膝をつく。
「メリーナさん!」
俺が駆け寄る。
「大丈夫……でも、これは一時的な処置……」
メリーナが、苦しそうに言う。
「根本的な原因を解決しないと、またすぐに不安定になる……」

カオスが、額を押さえる。
「くそ……原因がわからない……」
イグニスが、玉座から降りてくる。
「カオス、どうすればいい」
「わかりません、陛下……このままでは、ポータルは数日で完全に閉じてしまいます」
「数日……」
俺は、決断する。
「わかりました。とりあえず異世界ランドを、一時的に閉園します」
「閉園?」
「はい。ポータルが安定するまで、施設の整備という名目で」
俺は、カオスを見る。
「その間に、原因を突き止めて、直してください」
「……わかった」
カオスが頷く。
「全力で取り組む」

祝賀会は、そこで中断された。
貴族たちは帰り、スタッフだけが残る。
俺は、すぐに地球側に戻った。
異世界ランドの緊急閉園の手続きを始める。
「施設の整備のため、一週間の臨時休業」
公式サイトに掲載し、取材にも同じことを伝える。
来場者からは不満の声もあったが、仕方ない。
その間、カオスたちは必死にポータルの修理に取り組んだ。
でも、三日経っても、原因は特定できない。
「わからない……何が原因なんだ……」
カオスが、疲れ果てた顔で呟く。

そして、四日目の夜。
ポータルが、再び激しく揺れ始めた。
メリーナの力も、もう限界だ。
「これ以上は……無理です……」
メリーナが、倒れ込む。
フラーラさんが、メリーナを支える。
「メリーナ、よく頑張ったわ」
「ごめんなさい……私、役立たずで……」
「そんなことないわ。あなたがいてくれたから、四日も持ったのよ」
フラーラさんが、優しく言う。
ポータルの扉が、さらに小さくなっていく。
もう、人一人が通れるかどうかの大きさだ。

「フラーラさん! 今のうちに、魔界に戻ってください!」
俺が叫ぶ。
「このままだと、扉が完全に閉じてしまいます!」
フラーラさんが、俺を見る。
その目には、涙が浮かんでいる。
「……そうね。戻らなきゃね」
「はい! 早く!」
でも、フラーラさんは動かない。
「フラーラさん!」
「ねえ、佐伯」
フラーラさんが、俺に近づく。

「もし、今ここで私が地球に残ったら……」
「え?」
「私たち、ずっと一緒にいられるわよね」
その言葉に、俺の胸が締め付けられる。
「でも……魔界に帰れなくなりますよ」
「わかってる。でも……」
フラーラさんが、俺の手を取る。
「あなたと一緒にいたい」
俺は、フラーラさんを抱きしめた。
「俺も、フラーラさんと一緒にいたいです」
「佐伯……」
「俺が、フラーラさんがいる世界に行きます」
俺は、フラーラさんを強く抱きしめる。
「愛しています。フラーラさん」
フラーラさんが、俺の胸で泣く。
「私も……あなたを愛してる……」
でも、フラーラさんが、ゆっくりと俺から離れる。

「でも……ダメよ」
「え?」
「あなたは、あなたの世界で生きなきゃいけないわ」
フラーラさんが、涙を拭う。
「私がわがままを言ったら……あなたは、大切な故郷を失うもの」
「そんなこと……」
「いいえ。あなたには、地球での生活がある。家族や、友達も」
フラーラさんが、俺の頬に手を添える。
「それを、私のために捨てさせるわけにはいかない」
「フラーラさん……」
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
フラーラさんが、微笑む。
「四百年ぶりに、人を愛することができた」
「それだけで、私は幸せよ」
「待ってください! まだ、カオスが原因を突き止めれば……」
「無理よ。もう時間がない」

ポータルの扉が、さらに小さくなる。
フラーラさんが、扉に向かって歩き出す。
「フラーラさん!」
俺が手を伸ばす。
でも、フラーラさんは振り返らない。
「さようなら、佐伯」
「待って! 待ってください!」
俺が駆け寄ろうとすると、カオスが扉の向こうから俺を止める。
「ダメだ、佐伯くん! 今、扉を通ったら、君は帰れなくなる!」
「でも!」
「フラーラの選択を、尊重してやれ!」
フラーラさんが、扉の前で立ち止まる。
そして、最後に振り返った。
涙で濡れた顔。
でも、その表情は穏やかだ。
「愛してる、佐伯」
「フラーラさん!」
フラーラさんが、扉の中に入る。
その瞬間、扉が完全に閉じた。

バシン!
重い音が響く。
扉が消える。
ポータルが、完全に消失した。
「フラーラさん……」
俺は、その場に崩れ落ちる。
気がつくと、俺は、涙を流していた。

フラーラさん。
愛している。
まだ、思いを伝えきれていない。
一緒に、もっといたかった。
「フラーラさん……」
俺の叫びが、空しく響く。

その夜、俺は一人、異世界ランドの森を歩いた。
エルフの森。
フラーラさんが、よく休憩していた場所。
石のベンチに座る。
もう、フラーラさんはいない。
隣には、誰もいない。
空を見上げる。
地球の空。
一つの月。
魔界の空とは、違う。
「フラーラさん……今、何をしているんだろう……」
俺は、小さく呟く。
風が吹く。
まるで、フラーラさんが答えてくれているような……。
「また、会えるかな……」
俺は、涙を流し続けた。

翌日、異世界ランドは閉園したままだった。
ポータルが消失したことで、魔族のスタッフは誰も来られない。
人族のスタッフだけで、施設を管理する日々が始まった。
田中さんが、心配そうに声をかけてくる。
「佐伯さん、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫です」
でも、大丈夫じゃない。
心に、大きな穴が空いている。
フラーラさんがいない世界。
それが、こんなに辛いなんて。
「また、会えますよね……」
俺は、誰にともなく呟いた。
でも、答えは返ってこない。
ただ、風が吹くだけ。
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