アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 その夜、結衣の安全について新たな懸念が浮上していた。
「A国の工作員による監視活動が活発化しています」
 森川が鮎川に報告していた。
「学校周辺だけでなく、自宅周辺でも不審な人物が確認されています」
「結衣さん自身は気づいていますか?」
「いえ、まだ気づいていないようです」
 森川が答えた。
「日常生活に大きな変化はありません」
「それは良いことです」
 鮎川が安堵した。
「しかし、警戒態勢は最高レベルに引き上げましょう」
「了解しました」
 森川が同意した。
「24時間体制で監視を続けます」
 一方、祖父の博文も孫の安全について心配していた。
「最近、結衣の様子はどうですか?」
 電話で鮎川に確認していた。
「特に変わったところはありませんが、少し疲れているようです。遅くまで勉強をしているようだと報告が上がってきていますから、そのせいだとは思うのですが……」
 鮎川が答えた。
「能力の覚醒に伴う症状かもしれません」
「無理をさせないでください」
 博文が心配した。
「まだ高校生なのですから」
「もちろんです」
 鮎川が答えた。
「結衣さんのことを最優先に考えています」

 結衣は部屋の電気を消した後、布団の中でもらったボールペンを握りしめていた。月明かりが差し込む中、小さな光の玉を作ろうと集中するが、ほんの一瞬輝いただけで消えてしまう。
「やっぱりうまくできない……マナ自体の発光は弱いし、ルミネセンスも上手くいかない。やっぱりアプローチの方法がだめなのかなあ」
 ため息をつきながらも、もう一度挑戦していた。これまでも毎日挑戦しているがなかなか思うようにできない。
「やっぱり、魔法をちゃんと使うには、科学的な知識が足りないか」
 結衣は、再び部屋の明かりをつけると机に座り、図書館で借りてきた物理学の専門書をめくって読み始めた。熱力学の法則、電磁気学、量子力学。高校生には難解な内容だが、魔法を理解できるのではと必死に読み込んだ。もうそんな日が何日も続いているのだった。
 しかし、結衣の興味は広がるばかりだ。これまで、こんなに勉強が楽しいと思ったことはなかった。
「治癒魔法は細胞レベルでどう作用するのだろう」
 生物学の教科書をめくり、解剖学図譜を見ながら人体の構造を覚え、生理学で臓器の機能を理解し、薬理学で薬物の作用機序を学んだ。
 いつか読んだ物語の主人公のように、魔法で、怪我や病気で苦しんでいる人たちを助けたいという思いが、勉強への原動力になっていた。
 深夜2時、3時まで机に向かう日が続き、気がつけば、教科書と専門書、医学書が部屋中に積み上げられていた。ノートには魔法理論と科学知識を結び付けようとする彼女なりの考察がびっしりと書き込まれていました。
 朝の授業中、睡魔に襲われてうつむく結衣を見て、友人の佳織が心配そうに声をかけてきた。
「結衣ちゃん、最近顔色悪いよ?無理しちゃダメだよ」
「大丈夫、ちょっと遅くまで勉強していただけ」
 そう応えた結衣の顔は確かに青白く、目の下には薄いクマができていた。その様子を森川も心配そうな表情で見るのだった。

 国際情勢はますます複雑化していた。各国の思惑が絡み合い、真実を見極めることが困難になっている。
 防衛省では、24時間体制で情報収集と分析が続けられていた。
「最新の衛星画像では、C国の艦隊は予定通り長崎沖に向かっています」
 分析官が報告した。
「A国の艦隊も、航路を変更せずに接近中です。衛星画像を回します」
「現場海域での衝突の可能性は?」
 吉澤が質問した。
「現時点では低いと判断していますが、偶発的な事故のリスクは常にあります」
「海上保安庁との連携を強化してください」
 吉澤が指示した。
「万が一の事態に備える必要があります」
 一方、首相官邸でも緊急対策が検討されていた。
「外交的解決を最優先にしますが」
 総理が方針を示した。
「自衛隊の準備も怠らないでください」
「了解しました」
 防衛大臣が応えた。
 事態は刻々と変化し、どこで何が起こってもおかしくない状況だった。

 深夜、吉澤は一人で執務室に残り、状況を整理していた。
 机の上には、世界各地から集まった報告書が積まれている。東シナ海の軍事的緊張、アガルタでの調査活動、各国の工作活動……すべてが複雑に絡み合っている。それに、今日届いたC国の発掘現場での事故のことも気になる。
「一体、誰が糸を引いているのか……」
 吉澤はつぶやいた。
 この一連の事件には、明らかに統一された意図がある。しかし、その全貌はまだ見えてこない。
 電話が鳴った。安藤からだった。
「お疲れさま。まだ残業か?」
「ああ、情報整理をしていた」
「俺も同じだ。今日得た情報を総合すると、敵はかなり高度な情報戦を展開している」
「そのようですね」
「明日のC国との会談が重要になりそうだ」
 安藤が続けた。
「相手も同じような困惑を感じているはずだ」
「協力できれば、状況は好転するでしょう」
 吉澤が希望を込めて言った。
「そう願いたいね」
 通話を終えて、吉澤は再び書類に向かった。明日は重要な一日になりそうだ。
 窓の外では、東京の夜景が静かに輝いている。平和に見える都市の風景だが、その裏では多くの人々が国家の安全のために働いている。
 アガルタでも、使節団が困難な任務に取り組んでいることだろう。すべての人々の努力が実を結び、平和が保たれることを、吉澤は心から願った。
 長い夜は続いているが、必ず朝は来る。その時、世界はより良い方向に向かっているだろうか。
 答えを求めて、多くの人々が今夜も働き続けていた。
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