ひと夏だけと思ってたアバンチュール

鳴宮鶉子

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アバンチュールな愛欲から醒め

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橘涼真さんの前から線香花火のように消えてから2ヶ月が経とうとしていた。
YouTubeとニコ生に歌ってみたの動画をあげる事を辞め、家に引きこもりフリーランスでシステム開発の仕事のみ打ち込んでた。
ネットスーパーを利用して食品や日用品を購入し、システム開発の仕事を請け負うために派遣会社から紹介されたクライアント先へ足を運ぶ以外は引きこもって生活を送る日々。

「宮坂愛凛、橘涼真と破局でシンガーソングライターを引退……」

わたしはただ、YouTubeとニコ生に曲をあげてただけでシンガーソングライターになったつもりはなかった。

でも曲をあげる、イコール、アーティストになるらしく、ネット上ではわたしは歌い手だったらしい。

CDになったのは橘涼真さんとのデュエット曲の一曲のみ。

その曲はネット配信初週に初週に36.2万DLとオリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキングで初登場1位を記録した。

BAR海空で熱唱する姿やBAR海空の裏口から橘涼真と2人で出てタクシーに乗り込み姿を写真に撮られ、ネット上に晒されていた。

「……怖」

BAR海空に行く時は女子力高めのカクテルドレスっぽいワンピースを着てメイクも濃くしてた。

普段のわたしとは別人のように、作り上げてた。

仕事仕様のわたしはコンサバ系ブランドの「UNTITLED」と コンサバながらカジュアルなデザインの「INDIVI」を見にまとい大人のキャリアウーマン的な装いをしてる。

だから、橘涼真さんといた時の自分は作り上げた自分で、非日常なわたしで本来のわたしじゃない。


YouTubeとニコ生に曲をあげるのを辞め外出も控えている生活の中で、システム開発のフリーランスの仕事だけは打ち込む事で無心にさせてくれるから派遣会社に引き受けれるだけ仕事を回して貰った。
週2回、紹介して貰ったクライアント先に出向いていた。

12月になり、派遣会社こら品川にあるソミーで人工知能ロボットのプログラム開発の仕事を派遣社員として引き受けてくれないかと言われた。

大学時代に人工知能の分野を専攻していたわたし。

ソミーのロボット開発の仕事に就きたかったから、これを機にフリーランスで働くのではなく、また会社勤めをしようと思った。

パンツスーツにブルーライトカットのためにかけてるメガネ。
長い髪の毛は1つに高い位置でポニーテールにし、キャリアウーマン風の装いをしてソミー本社ビルの中に入った。

受付で名前を伝え、18階にあるロボット開発部へ向かう。

8時半過ぎで始業前なのに社員全員が出勤し、パソコンをカタカタ叩いていた。

「今日から派遣されるプログラマーの香坂奈月さん」

疲れ切った顔をしたわたしと同い年ぐらい女性がわたしに気づいて声をかけてくれた。

「ロボットのプログラミングをねお願いしたいの。これ……仕様書。席はわたしの隣。よろしく……」

ドサッと仕様書を渡され、パソコンのパスワードを貰い、立ち上げ、仕様書を見ながら黙々とプログラミングをしていく。

9時になり、周りの社員達の顔が強張った。
9時15分に仕立てのいいスーツを着た若い男性が部署に入ってきて社員全員が立ち上がった。
わたしも同じように立ち上がり入ってきた男性を見て目を疑う。

ホワイトボードに時間と名前が書かれた紙を貼り、

「ここに貼り出した人、この時間に俺の所に来て」

橘涼真さんが冷淡な表情で一言そう言い、すぐに部署から出て行った。

「橘課長、多忙だからいつもあんな感じ。28歳で課長だからね、かなり優秀だけど、厳しい人で、呼び出されたらかなりきつく指導される。
おかげでうちの課の社員全員が彼にに脅えてる……。
仕上げたプログラミングにポカが無ければ関わる事ないから、慎重に仕上げていって」

首にぶら下げた社員証。中嶋莉穂(なかじま りほ)さんはパソコンの画面に
目をやり、キーボードを叩きながら
わたしに言った。

わたしと一緒にいる時とは全く別人のような冷淡な橘涼真さんに、戸惑いを感じる。

仕様書を見ながらわたしもプログラミングをしていく。
ポカをしたら呼び出されて指導をされるから、ミスはできない。
わたしは橘涼真さんに気づいたけど、橘涼真さんはわたしに気づいていない。
3ヶ月間の契約。契約延長はしない。

仕事が遅すぎても呼び出されるらしく、かなり神経をとがらせ、9時から18時までの業務を、残業にならない範囲で8時半から18時半まで働いた。

隣の席なのもあり、中嶋さんとランチ時間を共にしたりプログラミングの方法であれこれ話をする中で仲良くなった。

「香坂さんはプログラミングが速くて正確で凄いね。
わたしなんて気をつけて取り組んでるのに1週間に1度はやらかして呼び出される……」

パスタランチのカルボナーラとサラダを食べながら中嶋さんと話す。
ポカをして10分ほど橘涼真さんから指導された中嶋さん。
プログラムの荒の痛い所を突かれ、かなりきつく言われたらしい……。

「ロボットプログラミングは大学時代に専門的な事を学んでたから。
でも、わたしは派遣社員だから難しいプログラムは描いてないから」

「いや、派遣社員だからって簡単な仕事を回してるとかないから、……ややこしいのを香坂さんにお願いしてたりするよ」

申し訳なさそうに中嶋さんが呟く。

「橘課長に怒られるのに怖気ついて、難しいプログラムを香坂さんに回してる。
うちの課の社員全員、橘涼真が怖いから。
橘課長、ソミーミュージック所属してアーティストもしてる。
仕事はできるしハンサムだし良い男なんだけど、究極的に冷酷な男だから、課員の女性社員は脅える対象にしか見てない。
一般職の受付や総務、経理の女性社員達は橘課長に熱を上げてるけど完全に相手にされてないから絶対零度な眼差しで拒絶されてるのを見かけると不憫に思う」

社内での橘涼真はいつも不機嫌そうな表情をしてる。
派遣社員として勤め始めて半月が経った。
橘涼真さんと関わる事なく勤める事ができてほっとしてる。

大学時代に研究していた分野に関するプログラミングだから仕事は楽しかった。
橘涼真さんから呼び出される事もなく、朝礼の時に5分ほど部署に顔を出すだけで後は執務室にいるから顔を合わせる事はない。

中嶋さん以外の女性社員とも仲良くなれた。
3歳年上の真鍋紗織(まなべさおり)さんに2歳年上の浜崎歩美(はまさきあゆみ)さん。

「香坂さん、うちとの契約更新するよね?」

昼休憩。社員食堂で4人固まってランチを食べてたら真鍋さんに突然言われた。

「……フリーランスで仕事を個人的に請け負ってこなしていく方が向いてるから更新は考えてない」

勤め始めて2ヶ月が経ち、契約更新の話が派遣会社からきた。

ソミー側から3ヶ月間延長で勤めたら契約社員として雇用するという申し出があったけど、フリーランスでクライアント先に出向いて仕事をこなしていく方が稼げる事を理由にお断りした。

「香坂さんがさっさとプログラミングを仕上げていってくれるから、橘課長から『PG、仕事が遅すぎ。今週いっぱいに分担してこの仕様書を終わらせ』と無茶苦茶な事を言われずに済んでるのに……。
始発出勤終電退社の魔の追い込み週間が月の終わりにあって、月の終わりが近づくたびに気持ちがブルーになる。
香坂さんがきてから2ヶ月間は仕様書を溜め込まずに済んでるから本当に助かってる。
だから、ずっとうちにいて欲しい」

中嶋さんに言われた。
そうは言われても、橘涼真さんが課長を務めるこの職場で働き続けるのは精神的にきつい。

悩んでるふりをしながらも、契約更新をするつもりはなかった。


「香坂さん、昼休憩が終わったら橘課長の所に行って!!」

社員食堂から戻ってくると、橘涼真さんから呼び出されてプログラムの訂正を入れられるパンをかじりながら昼休憩を取らずに仕事をしてるPG歴5年目の加藤くんがわたしに声をかけてきた。

プログラミングでやらかしたとしてその日に呼び出される事はない。
朝礼の時に呼び出しリストを貼り出されるから。
契約更新について言われるのかもしれない。

橘涼真さんとこの2ヶ月間、全く関わる事がなかった。
挨拶もしてない。

重い足取りで部署を出て、橘課長の執務室へ行き、ノックをして中に入った。

6畳ぐらいの部屋に執務机とパソコンが6台と印刷機と応接セットもある。

わたしが入ると執務机の上にあるパソコンの画面を見ながら高速でキーボードを叩いていた橘涼真さんが立ち上がり、応接セットへ行き、わたしにソファに座るよう声をかけてきた。

わたしを見て、わたしが宮坂愛凛だと気づかないかドキドキしながら、橘課長さんと向き合う形でソファに座る。

【INDIVI】のパンツスーツを着たわたし。
ブラックのパンツにグレーのジャケット、ブラウスはオートドックスな襟の水色。
そして、ブルーライトカットのためにかけてるブラックフレームの眼鏡。
長い髪は高い位置でポニーテールにして、キャリアウーマンに見える装いをしてる。

女性らしい可愛い綺麗目のレッセパッセとアプワイザーリッシェの服を着ていた宮坂愛凛バージョンのわたしとは似ても似つかないはず。

わたしをじっと見つめてくる橘涼真さん……。
バレずに乗り切りたいとわたしは思った。


橘涼真さんが座っていたソファから立ち上がり、わたしの眼鏡を外した。

「……あ、愛凛」

立ち上がって身体を二つ折りにし、顔と顔が15センチほどの至近距離で橘涼真さんに見つめられる。

橘涼真さんがわたしの顎に手をやる。目と目が合う。
目をそらしたいのに反らせない。

「……間違いない。愛凛だ」

「……わたし、愛凛という名前ではないです。香坂奈月です。人間違えです」

「……声でわかる。探偵事務所に人探しを委託したら宮坂愛凛という人は存在しないと言われた。芸名だったからなんだな。愛凛の本名は香坂奈月。奈月、ずっと探した」

橘涼真さんがわたしの唇に唇を押し付け、そしてわたしの唇をこじ開け舌をわたしの口内に挿れ舌を絡めてきた。

どれくらいの間、濃厚なキスをしていたのだろう……。

部屋の扉をノックされ、その音で橘涼真さんの唇が離れた。

「ちっ、やっと愛凛と再会できたのに。……奈月はこのまま座ってて」

わたしに聞こえるぐらいの声で呟き、橘涼真さんは立ち上がって、執務室を出て行った。

そして、午後からの呼び出し指導を取りやめにして執務室に戻ってきて、内鍵をかけ、就業時間なのにわたしとの今後について話してきた。

「もう逃がさないから。奈月、俺の隣に居てくれ……」

定時の18時まで橘涼真さんの執務室に閉じ込められ、2人がけのソファに押し倒されたり、机に手を置きバックの体勢で、逸物をわたしの中に挿れられ種付けをされた。

今日は金曜日。
金曜日は基本的に残業をしない橘涼真さんはわたしの手を引いて執務室から出て、他部署の社員達が見てる中、わたしとオフィスビルを出てタクシーに乗り込み、銀座にある橘涼真さんのすむタワーマンションへ向かった。

「奈月、今日からここで一緒に暮らそう」

久しぶりに入る橘涼真さんの部屋。
部屋に入るとわたしをお姫様抱っこし、パンプスを投げるように逃せ、靴を脱いでわたしを寝室に連れて行く。

「BAR海空のマスターが奈月が来なくなって心配してた。だから20時に一緒に行こう。
それまでは、奈月を可愛がらせて」

わたしの着ているパンツスーツを脱がせ下着姿にし、橘涼真さんもスーツを脱ぎ捨てパンツだけの姿になった。

それから1時間半、わたしは快感の渦に沈められたのに焦らされるというお仕置きのような情事を繰り広げられた。
そして時間になったからと中途半端な情事で身体が疼く中で、シャネルのワンピースを着せられ、「首輪」と言ってネックレスをつけられ、BAR海空に連れて行かれた。

橘涼真さんはわたしがまた姿を消すかもしれないと懸念し、常にわたしを隣に居させる。

仕事中も執務室にわたしを連れ込み、橘涼真さんの仕事のサポートをさせられてる。
半ば強制的に雇用契約を更新させられ、住んでるマンションを解約され引越しもさせられた。

アバンチュールな一時的な恋路は、再会と共に2度と離れられないエターナルラブになった。





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