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第三章 平民ライフ出張編

53.彼女と彼は受け入れる。

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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 やらかした気がしないでもないけれど、後悔はしていない。

 わたしに敵対心ありありの護衛が失言をして。
 殿下によってルドルフ様たちがサティアス邸に戻されてしまって。
 ルドルフ様や従者さんはとんだとばっちりだったけれど。
 正直なところ、わたしとしてはちょっとホッとしたのも事実だ。

 だって、あのままずっとあの護衛に睨まれたまま過ごすなんて拷問だもの。
 ずっと彼の目を気にして行動したら、気疲れなんてもんじゃ済まなかった。

 だから、彼らがいなくなってちょっと心が軽くなって。
 夕食の餃子を焼いていたらテンションが上がってきて。
 出来上がった餃子を見たら、もう気分は餃子パーティーだった。

 それで、殿下がいらっしゃったのにも関わらず。
 餃子を囲んで、無駄にはしゃいでしまったのだ。

 うん。確実に『殿下のおもてなし』ではなかったと思う。
 やらかした、と言っても過言ではない。

 いや、ルドルフ様たちには上品に盛り付けてお出しするつもりだったのよ?
 でも、殿下たちだったら、気取って食べるよりもみんなでわいわいやったほうがいいと思ったのよ。

 前回、我が家に来ていただいた時に確信したけれど。
 殿下は貴公子の皮をかぶったただのアニキだと思う。
 結構やんちゃなお方だし、堅苦しいのもお好きじゃないようなのよね。

 結果、大変庶民的な餃子パーティーにしてしまったんだけど。
 本来、上品に食べるものでもないと思うし。
 でも、大蒜料理としては外せないし。
 何よりも、楽しく食べれたんだからあれでよかったと思っている。

 だから後悔はしていない。
 ご不興を買ってしまっていたのならば、甘んじて罰は受けるつもりだ。

 ――――そうして、翌日。視察三日目。

 朝起きたら、お母様から呼び出しのお手紙が届いていたから。
 ラディと共にサティアス邸に向かったんだけど。

 わたしたちが到着した途端。
 公爵とルドルフ様と従者さんたちが一斉に頭を下げてきて驚いた。

「昨日は本当に申し訳なかった!」
「いや、昨日だけじゃない。これ以上ないくらいのもてなしを受けているのに、こちらに来てからずっと無礼な態度を取っていたことを本当に申し訳なく思う」

 わたしもラディも一瞬呆気に取られてしまったけれど。
 失礼だったのは、あのラスとかいう護衛だけなのだし。
 公爵たちに謝罪してもらう必要はないわけで。

 だから、すぐに頭を上げてもらって、こちらは気にしていないことを伝えた。
 まあ、気にしてないといったら嘘だけど、別にね、怒ってるわけじゃないし。
 態度を改めてくれたら嬉しいって程度なので、そこまで恐縮しないでほしい。

「ラスからの謝罪も受け取ってもらえないだろうか」

 あの護衛が謝罪?
 公爵たちから強制されてのことだったら、謝罪の意味なんてあるのかしら。

 なんて思ってたら、連れて来られた護衛を見てそれこそ驚いた。
 別人じゃないかと思うくらいに、項垂れて縮こまっていたから。
 わたしもラディもちょっと言葉がでないくらいに。

 これは、公爵やルドルフ様から、こってりと絞られたのかと思いきや。
 どうやらブチ切れたのは、もうひとりの護衛のカイさんだったらしい。
 外に連れ出して一発殴ってから、それはもう滔々と説教をしたようだ。

 聞くに。ラスはドミニクに相当心酔していたらしく。
 ドミニクは嵌められて放逐されたと勘違いしていて。
 今回もわたしたちへの復讐のためについて来ていたと聞いて、想像以上に物騒な話だったことにちょっと震えてしまった。

 それを、公爵たち他の面々は謝罪のために来たとこれまた思い違いをしていて。
 連れてきたはいいものの、謝罪はおろか、攻撃的な態度を取るラスに困惑していたところ、昨日の件に至ったと。

 カイさんの説教にもラスは反論していたようだけど。
 すべて論破されて、やっと自分の勘違いに気づいたとのこと。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 深く深く頭を下げられて、やっぱり別人じゃないかとも思ったけれど。
 その姿が、本当に反省しているようだったから。
 わたしとラディは謝罪を受け入れることにした。

「ラスは護衛からは外すことにしたんだ。リディア嬢やラディンベルには迷惑をかけて本当にすまなかった。もう二人には近づけないと約束する」

 そう言ったルドルフ様によると。
 本来は謹慎にしたいところだけど、ここは他家なので。
 サティアス邸の雑用をしてもらうことになったようだ。

「リディアとラディンからは何かある?殿下からは、標的になったふたりが納得すればあとは好きにしていい、って言われてるんだよ」

 あらま。殿下、わざわざ伯父様にそんな連絡入れてくれていたのね。
 そこまで気を回していただいて、本当にすみません。

 ってことは、この件は、ここだけの話で済むってことだ。
 それは本当によかった。

 わたしたちは、もう、睨まれたり難癖をつけられなければいいだけだから。
 ラスがわかってくれて反省しているならば、これ以上は特にない。

 それを伝えてこの件は終了となり。
 そうして、ラス抜きで視察が進められることになった。

 ルドルフ様の護衛がいなくなってしまったから。
 案内役のラディが護衛も兼ねるってことにはなったけれど。
 あとは概ね、予定していた通りに進めていけばいいのよね。

「じゃあ、リディア、ラディン。あとはよろしくね」

 伯父様にそう言われて、ルドルフ様と従者さんと我が家に戻ったわたしたちは。
 昨日と同じお部屋にご案内して。
 まずは、昼食――今日は生姜焼きだ――をとった。

「リディアは、本当に料理が上手なんだな。殿下が仰ったことがよくわかる。これを毎日食べられるラディンベルが羨ましいよ」
「庶民的なお料理ばかりで申し訳ないのですけれど」
「いや、そんなことはない。私は遠征も多かったし、どちらかと言うと上品な料理はあまり好きではないんだ。そもそも、レンダルの貴族の料理よりもよっぽど旨いぞ」

 それは褒めすぎだと思うけれど。
 餌付け?も完了して。
 クールな見た目に反して、意外と気さくなルドルフ様とも打ち解けて。
 ―――今では呼び捨ててもらってるし、わたしもルド様と呼んでいる。

 わたしたちは、残りの視察期間も存外に楽しく過ごした。

 商会の店舗では、綿製品の品質に随分と感心されて。
 機織り工場でも、機械化され、整然とした現場に驚かれて。
 わたしたちの職場も見たいと言われてお弁当屋さんに案内したときは、帰りのお弁当を注文してもらったりもした。

 合間合間に、サティアス邸に行って公爵たちと意見交換をしているけれど。
 基本的には我が家に滞在しているから、わたしはとりあえず料理を頑張ったわ。
 作るたびに喜んでくれるから、作り甲斐もあるってものよね。

 そうして、最終日を明日に控えた四日目の夜。
 こちらでの最後の晩餐は。

「今日は!焼肉パーティーです!!」

 ラディからの、またかよ?みたいな視線が痛い。

 でも、だって、ルド様は好きだと思うのよ。
 打ち解けてから色々と話してわかったけど。
 正直、ルド様と殿下は同類だと思うのよ。
 次期公爵と王太子つかまえて言う言葉じゃないけれど。

 案の定、ルド様はめちゃくちゃ食いついて。

「ラディンベル。この肉は、お前の家に頼めば買えるのか?」
「え、買えますけど、普通に肉屋でも売ってますよ?それに、肝心なのは、肉というよりはタレですから。大蒜と生姜があるから美味しいんですよ」
「ああ、そうか。そうだな。これは、ちょっと農地計画への気合も倍増だ」

 見た目クールビューティーな騎士が農作業に励む。
 そんな図を想像して、ちょっと吹き出しそうになったのを堪えて。
 ラディとルド様が怪訝な顔をしてきたけど、なんとかごまかして。
 肉もエールも追加しまくって焼肉パーティーは大成功に終わった。

 ――――そして、視察最終日。

 予定通りに王都にご案内したんだけど。
 公爵もルド様も、視察や観光そっちのけでひたすら買い物をしていた。
 それも、我が商会の店舗で。いや、ありがたいけれど。

 どうやら、初日に下着をプレゼントしていたようなのよね。
 それと、お父様やラディの服がすごく気になっていたらしいのよ。
 特にスーツにはかなり興味を持っていて。
 内ポケットが気に入って、どうしても欲しいと思っていたようだ。

「それなら、オーダースーツのほうがいいんじゃないかしら?」

 お母様のその言葉は、もちろんその通りなんだけど。
 オーダーしちゃったら出来上がるのは結構先よね?

「グラント家の冷蔵庫の第二弾がもうすぐ出来上がるのよ。それと一緒にお届けすればいいじゃない」

 ああ、そうか。
 グラント家特注の業務用冷蔵庫。
 さすがに業務用だけあって数も多くて。
 作るのにも時間がかかっているのよね。

 それで、先日、水道設備の調査に行く技術者に出来ている分だけを託したのだ。
 追加分がもうすぐできあがるのならば、それもまた運ばなくてはならないから。
 誰かがまたレンダルに行くことになる。

「そうだな。オスカー殿やルドルフ殿には少し時間をもらってしまうが、オーダーのほうが仕立てもいいし、着心地も随分と違う。せっかくだから、身体に合うものを用意したいのだが、どうだろうか?」
「そうしてもらえるならば、もちろん嬉しいが、いいのかい?」
「ああ。出来上がりを楽しみに待っていてくれ」

 結局、オーダースーツのご注文もいただいて。
 お洋服以外にも、文具とかの雑貨や魔道具なんかも大量購入してくれて。
 最終日は視察にはなっていなかったようにも思うけど、公爵たちが喜んでくれたから、それでいいのかな。

 そうして、馬車に詰めるだけ買い物をして。
 ルド様に頼まれていたお弁当もお渡しして。
 公爵たちは、五日間の視察を満喫してお帰りになった。

「リディア、ラディン。本当にお疲れ様」

 伯父様と両親に労われて、わたしたちも労って。
 漸く、すべてのミッションが終わったのだった。

 護衛の標的にされたりして、思わぬ事態になったりもしたけれど。
 振り返ってみれば、なかなか充実していた視察だったんじゃないかしら。

 公爵やルド様も、農地開発のいいヒントになったと思う。
 このまま、レンダルの発展につながればいいわよね。

 ―――――なんてことをラディと話しながら帰宅したら。

 ダズルが来ていた。
 何かと思えば、ダズルの足元には大量のエールとワインがある。

「え、何、これ?」
「クリスからだ。栽培検証の報酬分だそうだぞ。お前たちは、温室にしても、金は受け取らなかったのだろう?」

 確かにそうだけど。
 だからって、お酒って……。
 殿下、わたしたちのことを何だと思っているのかしら。

「本当に戴いていいのかしら」
「もちろんだ。カインもクリスも無償でお前たちが働くのをよしとはしない。当然の報酬なのだから、そのまま受け取ってやってくれ」

 そう言われれば、こちらも頷くことしかできない。
 せっかくだし、ありがたく受け取らせてもらおう。

「これ、第二回餃子パーティーの分なのかな?」

 ラディのその言葉は聞かなかったことにした。
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